3.新たな交流
――ゴブリーノ族の集落。
俺は独りで森を走りゴブリーノ族の集落へ向かった。
今日は朝食を済ませると、アリーシャに午前中の修行を休むと伝えてある。
ビアンカも付いて来たそうだったが、今日は話が長くなりそうだから退屈になると話すと諦めたみたいだ。
集落に着くと、俺のことを覚えて慣れたのか、何人かゴブリンたちが集まってきた。
その中にピーノもいる。
「おう、約束通り遊びに来たぞ」
俺は頬を掻きながら言ったが、ピーノは笑みを浮かべている様に見えた。
「集落の中でも案内しようか?」
俺はピーノの言葉に頷き、ゴブリンの集落の散策が始まる。
集落の建物は、森の中ということもあり木を使ったロッジ風の感じだ。
村のような露店とかはなく、基本的にそれぞれの家の物を、お金を払って分けてもらうか物々交換らしい。
俺は集落で採れる物や作っている物を見せてもらった。
色々と見学させてもらい予想していた通りの感じを受け、思わず口元が緩んだ。
「何だ? 思い出し笑いか?」
「いや、お前たちは俺の想像通り、器用だと思って嬉しくなってな……」
「はあっ!? 何で俺たちが器用だと、お前が嬉しいんだ?」
「色々と教えてくれるよな?」
俺の言葉にピーノは笑みから口端を吊り上げる。
俺はピーノから手軽な物を貰った。
木の繊維から作った紐を長さや太さが違う数種類と縄、高い所に登るのに使う鉤縄。
それから、マキビシに使えそうな木の実と生息場所、食べられる草木や薬草や生えている場所、釣りの道具と魚の種類や釣りのポイントなどを教わった。
それ程大した物ではないとピーノに言われたが、次回はお礼の品を持って来ると伝えた。
色々と森で採取出来る物や加工品、情報を得た意義は大きい。
俺は集落を後にして、下宿先の帰途に着いた。
――昼食。
俺とアリーシャは二人で食事をしている。
「カザマがいないと、やっぱりビアンカは帰って来ないみたいですね」
「そうなのか? 最近はいつも一緒に森を散策している感じだが、言われてみるとビアンカがいないと静かだな……」
何となくアリーシャが言いたい事が分かった。
俺が来る前は、アリーシャは昼食を独りで食べていたのだ。
「後からカトレアさんの屋敷に行きたいのだが……急ぎではないとはいえ、流石に何日も放置という訳にもいかないからな」
「分かりました。後から夕食の買出しの時に、一緒に行きましょう」
二人でそんな話をしながら昼食を終えると、午後から青空教室に顔を出した。
――青空教室。
「昨日はありがとう!」
エドナが顔を合わせると、一番に声を掛けてきた。
「いや、また機会があったらご馳走するから、あまり気を使わなくていいぞ」
「そ、それで昨日、家で話したら、お父さんが暇な時に顔を出してくれと言ってた」
「そ、そうか、また、時間が出来たら寄らせてもらうよ」
俺とエドナはぎこちないが、初めてまともに会話した。
(お父さんの話って、何だろう……)
少し気になったが、カトレアさんに話がある。
「今日も少し早めに切り上げて、この前の報奨金を受け取りに屋敷に伺いますね」
「そう、兄が留守でも、誰か対応してくれると思うわ」
「それから、借りた本ですが……いえ、何でもないです……」
「……本? ゆっくり読んで頂戴! きっと、カザマなら気に入ってくれると思うわ!」
カトレアさんは顔を近づけると、意味深に伝えた。
(か、顔が近いです! この思わせぶりな感じは、何ですか……)
俺はもう何度も会っているが、カトレアさんが近づくと緊張してしまう。
しばらくして、アリーシャも遅れて現れた。
「なあ、アリーシャは、どんな勉強をしてるんだ?」
俺は、アリーシャがどんな事を勉強しているのか知らない。
「魔法の勉強の他に、国を治める勉強とか……今の時間も勉強になったりしてます……」
「へー……色々と難しい勉強をしてるんだな」
俺は深く考えず、将来は街の役所とかで働きたいのかなと思った。
「カ、カザマこそ……勉強は進んでいますか?」
アリーシャは、急に俺の勉強の話題をしてきたが、ぎこちない口調である。
「アリーシャが頑張って教えてくれてるし、ボチボチとな……」
俺もあやふやな返事をしてしまい、ぎこちない雰囲気を漂わせてしまう。
――オルコット村。
俺とアリーシャは早めに勉強を切り上げ、カトレアさんの屋敷に行った。
エドワードさんは留守だったが、執事の人から報奨金を受け取る。
それからアリーシャの買い物に付き合いながら、午前中にゴブリーノ族のピーノから色々貰い物をした事と、お礼は何が良いか相談した。
「さあ……どうでしょうか? ゴブリンの集落では、どんな生活をしているか知りませんし……!? 洋服とかは、どうでしょうか?」
「……そうだな。確かに、生活で不便はなそうだし、塩とかはゴブリンの方が余裕があるかもしれない。生活用品も色々と揃っている様だったが、衣類は意外と粗末だった気がする。あまり関心がないのかもしれないが……」
俺はアリーシャに案内してもらい、洋服を売っている店を覗いた。
サイズが合いそうな物の中で、動きやすくて丈夫そうなものを探す。
その中で、俺の服と同じ様な色の服を見つけると、それを購入する。
街にいる時、ヘーベから日本と若干相場が違うと聞いていたが、普通の服だけで七千ゴールドもした。
俺は知らず知らずに怪訝な表情を浮かべていたのか、アリーシャが口を開く。
「服は仕立てるのが大変ですから……」
この世界では、一着ずつ人の手で作られるのだろうと想像する。
俺とアリーシャは下宿先に岐路に着いた。
――モーガン邸。
いつも通り夕食の手伝いをしているとビアンカが帰ってきた。
ビアンカの後ろには、隠れる様にしてアウラもいる。
「……今朝は、ごめんなさない!」
アウラは顔を赤く染め、ぎゅっと目を閉じて頭を下げた。
「何のことか分からないのだが……頭を上げなさい。そんな顔をしてたら美少女が台無しだぞ」
俺は大人の対応で、格好良くアウラに声を掛ける。
アウラは俺の言葉に感動したのか無言でいた。
「アタシが、今朝のことをアウラに話したっす。それで、カザマに謝ると言い出したっすよ……それにしてもカザマ、何だかイライラするから止めて欲しいっす!」
「カザマ、アウラの言う通りですよ。何だか、凄くイライラしてくるので止めてください!」
(おやっ!? 二人揃って焼きもちか? 俺は順調に二人の兄として成長しているようだ……)
二人は冷たい目で俺を見ているが、俺は二人の反応にすこぶる満足する。
これは所謂ツンデレというやつだと、漫画やアニメで良く知っていた。
「カザマ……庇ってくれるのも、褒めてくれるのも嬉しい筈だけど……二人が言っているように、何だか気持ちが悪いわよ。かえって怒鳴ってくれた方がすっきりするわ……あっ!? もしかして、嫌がらせで朝の仕返しをしているの?」
アウラは伏し目がちで困ったような仕草から、怪訝な表情に変わる。
俺はとうとう我慢出来なくなり、
「お、おま、お前は、何言ってんだーっ!! 俺は、お前が気にしないようにと……一生懸命元気づけ様としているのに……」
アウラを大声で怒鳴り突け、報われない思いに萎れていく。
「えーっ!? そうなの! 私はこんな嫌がらせもあるのだと、初めて知ったけど、違ったのかしら……」
「ち、違ーう! も、もう良いから、この話題は止めろ!」
「そ、そんなに大声で……キャーっ! ツバを飛ばさないで!」
俺は、何を言っても裏目ってしまう状況に耳を塞ぎ、その場に蹲った。
「アウラ、幾ら何でも言い過ぎですよ。幾らカザマが悪くても……」
アリーシャはそう言うと、今朝の様に優しく俺を抱きしめる。
「もう大丈夫だから、カザマ、少し部屋で休みましょうか?」
俺はアリーシャに連れられて部屋に戻り、ベッドに寝かされた。
(俺は、アウラに格好良く決めた筈なのに、どうしてこうなったのだろう? 俺が悪い事にされたが、そもそもアウラが悪かった筈だ。アリーシャとビアンカの兄のつもりが、これでは一番年下のアリーシャの弟の様ではないか……色々と納得がいかない。昨日は幸せを満喫していた筈なのに、世の中一転して分からないものだ……それにしても朝も感じたが、アリーシャは小さいけど柔らかかったな……二度抱きしめてもらって、それだけが幸せに感じた)
俺はどうにも納得が出来ない不条理に、声を出さずに嘆いた。
だが、最後に良いことがあったと自分を慰める。
それから、しばらく疲れて眠ってしまった。
「……カ、カザマ。大丈夫ですか?」
アリーシャに起こされて、呆然とする。
どうやら、パンとスープを持って来てくれたようだ。
「良かったら、また本を読みましょうか?」
俺はしばらく眠れそうになかったので、アリーシャに本を読んでもらった。
ひと眠りした事とアリーシャに介抱されて大分落ち着いたが……。
(……眠れない……)
中途半端な時間に仮眠を取ってしまったからだ。
それでも、アリーシャが食べ物を持って来てくれて助かった。
夜間、空腹だと苛立つのを日本でゲームをやっていた頃に体験していたからである。
カトレアさんに借りた本の二冊目を読むことにした。
この本も何度か読み返し、流れから分かる様な単語が多く、文脈も難しい気がする。
それから、途中で内容が分かってきた……。
(庶民の主人公が貴族の娘と恋人になり、恋人となった貴族の娘は、親が決めた相手と結婚しそうになる。そして、その恋人を攫う、略奪愛の物語のようだ。貴族の娘さんの流行なのだろうか……)
俺はまた今度、違う内容の本がないか聞くことにして、久々に演習場で魔法の練習をすることにした。
――演習場。
俺は独りで魔法の練習をしている。
一通り行ってみたが、基本的には以前と変わっていない。
この国の文字は、以前に比べてかなり覚えた筈だ。
だが、これはこの様な仕様なのかもしれない。
しかし、同じ魔法でも、以前に比べると威力や精度が増した様に感じる。
俺は風系統が一番で、次に火系統と雷系統の魔法が得意なようだ。
逆に土系統が一番で、次に水系統の魔法が苦手だと分かった。
それから詠唱魔法を使いながら、無詠唱魔法を発動させると同系統なら威力が増す。
他にも、風の次に火の魔法を使うと、威力が増した。
逆に、土の次に火を使うと発動しないなど、組み合わせでも色々な違いがあると理解する。
ちなみに、詠唱魔法の水魔法で溺れることはなくなったが、精度が上がったためであろう。
俺は使える組み合わせを探すのと『ライトニングピアス』よりも、実践的な新しい魔法を覚えたいと思った。
そんなことを考えつつ練習していたが、あっという間に時間経ったので、朝に備えて休息する。
――下宿七日目(異世界生活八日目)
今朝は、いつも通りビアンカが起こしに来た。
ビアンカは昨日の事は話さず、狩りのポイントまで移動する。
今日はイノシシだったが、前回と違い今回は一撃で仕留めた。
レベルが上がり、色々と向上したのを攻撃の際に把握する。
二人で担いで帰る時も何となくだが、楽に運べる様になった気がした。
俺は少しずつだが、成長しているのを感じている。
納屋に着くと俺はビアンカに、昼食前に組み手の練習相手をして欲しいと頼んだ。
「いいっすよ。遠慮なくボコってあげるっす」
ビアンカは笑顔で不吉な言葉を口にして、了承してくれた。
――ゴブリーノ族の集落。
朝食を済ませてから、俺は一人でゴブリーノ族の村へ向かった。
先日のお礼だとピーノに服を渡すと、
「う、嬉しいが……これは、何か変わった色をしているな? 魔術師の服なのか?」
他のゴブリンたちとは、明らかに違う色の服に抵抗があったようだ。
「これは俺が来ているニンジャ服と同じ様な色だ。薄暗い所では目立たなくなるぞ」
ピーノは説明を聞くと、途端に喜んで受け取ってくれた。
ゴブリンたちも狩猟を行うので、少しでも気配を薄くしたいのであろう。
「但し、ハチには近づくなよ! この色を見るとハチが攻撃的になるからな!」
俺は経験を踏まえて、しっかり注意した。
だがピーノを含め、周りにいたゴブリンたちは、みんな不思議そうに首を傾げる。
俺はお礼を済ませると、下宿先の演習場に向かった。




