1.自国への帰還
俺たち殿は誰も傷つくことなく見事に責務を果たすと、先に進んだ仲間達たちに追いついた。
先に進んだ船員たちは歓喜の声を上げ、俺たちを出迎える。
だが俺の仲間たちの反応は、意外と冷や冷やかに感じた。
「アリーシャ、ブリュンヒルデさん、シェルビー……何だか、他の人たちと比べると反応が薄くないか? 一応、俺たちは危険な殿の役割を果たして合流したんだが……」
「カザマ、船員たちはほとんど戦いに加わらなかったのよね? 怪我人もいない様だし、戦った形跡が見られないわ。船員たちが中心に防戦したのなら、全滅するくらいの被害が出たと思うわ。――でも、カザマとビアンカだけで戦ったのなら、被害はおろか敵の部隊を壊滅出来たでしょうね……船員たちは貴方の能力を理解していないのよね?」
ブリュンヒルデさんが答えてくれたが、冷静な見極めは流石だといえる。
「ああ、流石はブリュンヒルデさんですね。俺とビアンカを中心に守りを固めて、万一後方に逃すことがあれば、船員たちに任せるつもりでした……でも実際は、俺が独りで待ち構えて百騎程を倒したら、敵の騎馬部隊が撤退をしました」
俺はちょっとだけ得意気に話したが、事実なので問題ない筈である。
「そう、カザマが独りで……珍しいわね。いつもならビアンカが真っ先に飛び出して行きそうだし、カザマは前に出たくない人だと思っていたわ」
「いえ、俺も初めはそのつもりでしたが……色々と状況を考えると、あの場合は俺が独りでというのが得策だと考えました。それから船員たちは、俺が極東の男だということは知っていますが、俺がニンジャという職業であることは知らない筈ですよ」
「カザマ、カザマ、バハムートさまを召還する程の大魔導師なのに、近接戦闘も強いのかしら?」
「シェルビー、俺は他にも道中でジークフリートに追い掛けられたりと、結構活躍していた筈だぞ。それに、今は大魔導師ではなくて、賢者だ。そもそも俺はそんなに強力な魔法を使えないので、大魔導師の称号はアウラに相応しいと思うが……色々と神さまの気まぐれがあるんだろう」
俺の活躍を聞いたシェルビーは瞳を輝かせているが、もしかして適当に話を合わせて会話に加わろうとしただけかもしれない。
俺は、久々に現実世界での女子の友達関係の面倒臭さを思い出したのだった。
シェルビーは取り敢えず会話に入れて満足なのか、それ以上何も言わない。
しかし、アウラが話しに加わり面倒になる。
「カザマ、私の話題をするのは歓迎するけど、大魔導師というのは止めてくれないかしら。私は目立つのは無理だから断っているのよ」
「ああ、悪い……でも、アウラは結構派手に大きな魔法を使っているよな。街中では大人しいけど、戦場ではかなり目立っているぞ。神さまの気まぐれという訳でもないんだな……!? イッテー!」
アウラが文句を言うので、本当の事を言い返したが電流を浴びてしまい。
アレスに叱られると思ったが、口を開いたのはアリーシャの方が早かった。
「カザマ、調子に乗るもいい加減にして下さい。先程から黙って聞いていましたが、どうせカザマの事ですから、途中でアレスに叱られて独りで戦う嵌めになったのではないですか? それに神に対する暴言を二度も口にするとは、最近調子に乗り過ぎですよ」
「おい、お前、アリーシャの言う通りだ。どうせ、お前の事だから調子のいいことを言って後に引けなくなっただけだろう。偉そうに……」
「うむ、貴様という男は本当に、いつもいつも……」
アリーシャの言葉はまるで見ていたかの様で尤もだと思うが、ちょっと厳し過ぎるのではないだろうか。
それにリヴァイとコテツも相変わらずで、コテツは口にするのも面倒な様に見えた。
先程アリーシャに先を越されて黙っていたアレスは、何も言わないが笑みを浮かべて俺を見つめている。
「す、すみませんでした。ちょっと調子に乗っていたかもしれませんが、気をつけます……」
俺は面倒だが、アリーシャの機嫌が悪いままだと後々面倒なので、早めに謝罪を済ます。
特に誰も何も言わないので丸く収まったようだが、俺は決して納得している訳ではない。
合流して落ち着くと、再び元の隊列をとりユベントゥス王国へ向かう。
国境までは僅かだが、もうしばらく気が抜けないだろう――。
俺たちは関所を通過した。
関所の手前に国境線があるので、無事にユベントゥス王国に入った訳だ。
そしてトリーノの街まで目前に迫っているが、俺はジャンヌに尋ねる。
「なあ、途中で敵の指揮官クラスのヤツに会ったが、俺のことを知ると噂の……とか言って黙るんだよ。俺は続く言葉を聞きたかったのに、何でかな? そんな事を言われたら、誰だって気になるだろう?」
「イヤアアアアアアアアアアアア――!? ち、近い!」
俺はその時の事を思い出して熱くなってしまったが、ジャンヌは驚いたのか甲高い声を上げた。
「カ、カザマ、貴方は何をやっているのですか?」
俺は、誰かに聞かれたくないと思いジャンヌと二人だけで話をしていたが、現れたのはアリーシャである。
「ヒィイイイイ――!? ご、誤解なんだ!」
「な、何ですか! その情けない返事は……まるで、私に襲われるみたいではないですか……」
俺が声を震わせて答えると、アリーシャは益々表情を険しくした。
「ふ、二人とも、落ち着いて下さい……二人はアレスさまから、たくさんの加護を受けている筈です。仲間内で争ってはダメですよ」
ジャンヌは初めて聖女らしく、神々しい雰囲気を漂わせて俺たちを諌める。
だが、アリーシャには逆効果だったらしい。
「ジャンヌ、今、私は女性関係にだらしがないカザマに用事があるのです。あなたは黙っていて頂けますか」
ジャンヌは聖女のオーラが消えて後ろに下がる。
「ち、違うんだ……俺はただ、フランク王国で俺に対する噂が広まっているみたいだったから、ジャンヌにどんな噂が流れているのか聞きたかっただけなんだ。誰だって、自分の身に覚えの無い噂を流されたら気になるだろう!」
「私は気になりませんが……それは、カザマの日頃の行いに疚しい事があるからではないでしょうか! 私は幼少の頃より陰口を叩かれていたので自分の行いを正し、神に祈る事で自身の潔白を示してきましたが!」
俺の渾身の訴えも幼い頃から苦労してきたアリーシャには通用しなかった。
俺は言い返せない悔しさで奥歯を噛むが、アリーシャがどの神さまに祈ったのか興味を注がれてしまう。
「そ、そうか……それは、俺の考えが甘かったというか、稚拙だったみたいだな……。ところで、アリーシャはさっき神さまに祈っていたと言ったが、どの神さまに祈っていたんだ?」
俺は決して皮肉のつもりではなかったが、アリーシャに意地悪な尋ね方をしてしまった。
「おい、お前、口の利き方に気をつけろ!」
これまで静観していたリヴァイは我慢出来なかったのか、俺の前に姿を現すとまたも俺は意識を失ってしまう――。
トリーノの街までもう少しというところで、俺は荷馬車の揺れで目を覚ます。
後頭部に温かさと柔らかな感触を感じて、嘗ての記憶からアウラだと分かる。
「俺は、またリヴァイに殴られて意識を失くしていたのか?」
「あっ!? カザマ、目を覚ましたわね。リヴァイさまが目覚めるのはもう少し後になると言っていたけど、意外と早かったわ」
俺が目を開けて正面を見ると、碧色の大きな瞳をぱちぱちさせてアウラが真っ直ぐ俺を見つめていた。
「カザマ、先程はすみません……私がすぐに答えていれば、アリーシャも怒らなかったかもしれません……」
「ジャンヌ、そんなに気にしなくて大丈夫だ。いつものことだから、俺はもう慣れた……」
俺はジャンヌに心配を掛けまいと答えたが、アリーシャの焼きもちとリヴァイの癇癪を起こす習慣にはほとほと参っている。
「そ、そうなんですか……リヴァイがあれ程強いとは想像もしてなくて驚きました。でも、カザマがあれ程の攻撃を受けて、すぐに回復して……気にも留めない様な感想を口にして、更に驚きました」
「い、いや、リヴァイは特別な存在なので、分かってくれたなら良かった……俺の場合は、こんな事は日常茶飯事で慣れてしまっただけだが……」
俺の言葉を聞き、いつも目の当たりにしているアウラだけでなく。
最近共に行動する様になったブリュンヒルデさんとシェルビー、ジャンヌが顔を引き攣らせた。
「そ、それよりジャンヌに聞きたいのだが、俺の噂はどんな風に流れているんだ?」
「は、はい……極東の男は、この地にやってくると闘技場で大儲けして富を得ると、衰退していたアレスサンドリア帝国を金の力で滅ぼしました。そして、次にアテネリシア王国で自分に批判的なペールセウス将軍を罠に嵌めると、金の力でボスアレスの街の闘技場で試合を行い、勝利して更に大きな富を得ました。それから、アテネリシア王国の貴族や国王を金の力で貶めるテロ行為、オーストディーテ王国でも国王を失脚させるテロ行為と噂が立っていました。そして、現在は北欧随一の商人の称号を賜り、益々拍車が掛かっているでしょう……」
俺は返す言葉もなく呆然としばらくジャンヌの話を聞いていたが、他のみんなはまたも俺から背を向けて身体を震わせいる。
「……ああああああああああああああああ――っ! 聞きたくない!」
俺はフランク王国で流れている噂に耐えられなくなり、席を離れた荷馬車から飛び降りた――。




