3.オルレアンの聖女
――女子用テント。
俺たちは当人の少女に会わなければ埒が明かないとテント前に足を運んだ。
「アウラ、今、ちょっといいか? 俺が助けた女の子の体調が良くなっている様なら話を聞きたいんだ。何かしらトラブルに遭っているかもしれないが、取り敢えず話を聞かないと助けてあげられないだろう」
「うむ、貴様、自分が何を言ったか分かっているのか? もう既に誰とも分からぬ少女に干渉しているのに、更に深く関わるつもりか?」
「カザマ、コテツ殿の言う通りです。取り敢えず話を聞いて、今後の事を考えるつもりでしたのに……助ける? あなたのせいでキャラバンが巻き添えを受けそうです」
俺は、ちょっと格好をつけたというか、目覚めたら知らない場所にいて不安を抱いているだろう少女を励ますだけのつもりだった。
だが、俺の想像以上に、みんなは重たく考えている。
俺は返す言葉も無く固まっていたが、アウラから返事が返ってきた。
「カザマ、あまり大勢で入られると迷惑だけど、二・三人くらいなら入ってもらっても構わないわ」
俺たちはアウラの言葉を聞くと、互いに顔を見合わせて女子用テントに入っていく。
丁度今、俺とコテツと艦長のさんにん……だと思ったが、アレスも含めてよにんだった。
誰も声に出していないが、艦長はテントの前で足を止めている。
テントの中に入ると女子用のテントで違った香りがすると思ったが、広いテントに泊まっているのがブリュンヒルデさんと北欧の数名の女性技術者だけなので、荷物もほとんどなくスカスカの状態であった。
そんな中、俺が助けた少女が横になっていたが、意識が回復しているみたいである。
俺たちは、アウラに案内されて少女の横に並んだ。
「やあ、体調の方はどうかな? 俺はこのキャラバンの隊長をしているカザマという者だ。君の名前を聞かせてくれないかな……!? イッテー!」
俺が少女に自己紹介をしていると、何故か電流が流れてアレスを睨む。
俺の突然の出来事を理解出来ない少女は、驚いたのか碧い瞳を見開いて動かない。
「ねえ、君、普通に挨拶するだけなのに格好をつける必要はないよね……さっきの話を忘れた訳ではないよね」
「うむ、アレスの言う通りだ。まだリヴァイが来ていないので、私だけだと思って頭が痛かったが、専属がいてくれて助かった」
アレスはリヴァイよりはマシだが失礼な事を言ってくれて、コテツは珍しくアレスを持ち上げる様な言動をして微妙な気持ちになる。
「カザマ、何かあったのかしら? 可愛らしい女の子の前で格好をつけるのは、いつものことだし……」
アレスとコテツの言っていることが分からないのか、アウラは首を傾げた。
(うーん……みんな言いたい放題いいやがって、アウラまで俺の事をこういう誤解しているとは思わなかった……)
俺が顔を引き攣らせて困っていると、
「うふふふふ……アウラとブリュンヒルデさんが言って通り、ここの方々は気さくな方々ばかりのようですね……私の名前は……『ジャンヌ・ダルク』と言います」
少女はクスクスと笑い出し、自分の名前を名乗った。
俺は少女の名前を聞いて、驚き興奮のあまり前のめりになる。
「はあーっ!? も、もしかして、あなたはオルレアンの出身の方ではないですか?」
「!? は、はい……そうですが、近い……」
ジャンヌ・ダルクが怯えた様に布団で顔を隠すと、アウラが俺の肩を掴んだ。
「カザマ、さっきアレスとコテツさまに叱られたばかりなのに、何をやっているの? どうして叱られているか分からなかったけど、こういうことだったのね! どうせ、ジャンヌが意識を失っている最中に……は、破廉恥な事をしようと……」
そして、顔を真っ赤にして俺に文句を言い出したが、途中から恥かしいのか口篭ってしまう。
俺は、ジャンヌにも誤解を受けそうなので、アウラを叱るのは後回しにする。
「ジャンヌと呼ばせてもらっていいかな……俺は君が追われている所で遭遇したが、倒れてしまった君を見て、放置出来ず助けてしまった。仲間たちは厄介事に巻き込まれたくないと人道的ではない事を言い出して大変だったが、俺は君を見捨てる様な真似はしたくなかった。ブリュンヒルデさんとアウラも同じ気持ちだと思う。目の前で困っている人を助けられなくて、大きなことを成し遂げる事は出来ないと思うんだ。夢の大きい人間は、器の大きさも示さなければならないと思っている。だから心配しないで、君の悩みを打ち明けて欲しい」
俺の話を聞いて、コテツは身体を振るわせ、アレスの微笑みが引き攣ってしまう。
「勿論構いません。私のことは好きに呼んで下さい……ああ……私は見捨てられてしまったと思っていました。でも、神さまは本当に困っている時に現れて助けてくれるものなのですね……」
ジャンヌの言葉を聞いて、コテツは気分を害したように顔を逸らした。
神獣であるコテツは、神さまと呼ばれると無下に出来ないみたいだ。
アレスの方はコテツよりも、更に動揺している様に見えた。
しかし、現在は俺に引っ付いてフリーの上、元々戦いの神さまである。
そういった事に関心がなさそうであるが、何故そんなに気にするのか分からない。
神さまというのは、願ったり・感謝されたり・頼られると弱いのであろうか。
俺はふたりの動揺した様子を、腕を組み冷ややかに見つめる。
「え、えー……ジャンヌ、俺は神さまではないが、きっと本物の神さまが君の事を見守ってくれている筈だ……だから、君がどうして追われていたのか教えてくれないか?」
ジャンヌは余程嬉しかったのか笑みを浮かべていたが、追われていた事を問われると身体を振るわせ俯いてしまう。
「ジャンヌ、カザマは若い女の子が好きだけど悪戯とかは……言葉だけで、触れたりはしないと思うの……だって、本当は凄くヘタレなのよ」
「ええ、そうよ……ジャンヌ、私もカザマと共にして僅かですが、アウラの言う通り本当にヘタレなのよ。口では偉そうな事を言っても、本当に手を出してこないのよ」
アウラだけでなく、ブリュンヒルデさんが声を上げて俺の悪口を言い出す。
俺はふたりの言葉に顔を引き攣らせる。
(確かに手を出したりしないが、何が悪いのか分からない……)
そのため、どの様に答えたらよいか戸惑ってしまう。
コテツは満足気に頷き、アレスは余程嬉しいのかハニカンでいる。
「ありがとう、みなさん……とても温かい言葉をかけてもらって安心するわ……私は国王から裏切られたのです」
ジャンヌは途中から表情を変えると瞳を潤ませ、俺たちは想像通りというか、それ以上の重たい言葉に固まってしまう。
俺は、せいぜいお腹を空かせて、食べ物を盗んだくらいに思っていたのだ。
「……さて、そろそろ今日の進路について、艦長と相談しないと……」
「ねえ、君、待ちなよ……君はさっき……『目の前で困っている人を助けられなくて、大きなことを成し遂げる事は出来ないと思うんだ。夢の大きい人間は、器の大きさも示さなければならないと思っている。だから心配しないで、君の悩みを打ち明けて欲しい』と格好をつけて口にしたよね。その時、さり気なく僕とコテツを鼻で笑う様な仕草も見せたよね……どうするんだい?」
「はっ!? 鼻で笑うは言い過ぎだと思います。それに、俺の言葉をそっくりそのままリピートとしないで下さい。全く……!? イッテー!」
俺はアレスに抗議したが、またも電流を流され左手を振り、ジャンヌの碧い瞳が俺を見つめる。
「カザマは先程から、私の緊張を和らげようと可笑しな言動を取っていると思っていましたが……違うのですか? 私が国王から捕縛されて、無実の罪で殺される所を親しい友人に救われたのです。王都から脱出してから逃亡の日々が続き、傷つき疲弊したところをカザマに助けられました……」
俺は、最早言い逃れは出来ないと思い諦めると、ジャンヌに引き攣った笑みを浮かべて頷いた。
「うん、それは大変だったね……もう大丈夫だから……」
「うわーっ! ありがとう! アウラとブリュンヒルデさんが言っていた通りだったわ。普通の人が聞いたら、絶対に見捨てられるか王国軍に売られるのに……神さまではないけど、英雄のようだわ」
俺は、珍しく物凄く褒められて照れ臭いが、この現状はどう考えて危うい。
ちなみにシェルビーもその場にいた筈だが、アウラと違い回復魔法は苦手なのか人見知りなのか大人しかったらしい。
そっと顔を横に向けると、コテツは横になって眠っており、アレスは引き攣った微笑を湛えて顔を逸らしていた。
(やっぱりふたりとも怒っているんですか? でも、俺が悪い訳ではないですよね。ジャンヌが勝手に誤解しているだけですよ……)
俺が困っているとコテツは変わりなかったが、アレスは少しずつ表情が緩んでいく。
「ねえ、君、敵の兵がいる位置を把握している訳だし、こちらは先手を打てるよね。何かあれば君の良く回る舌とお金が何とかしてくれんじゃないかな。何せ、君は北欧随一の商人なのだから」
そしてアレスは困っている俺に助言を与えてくれたが、俺に対する皮肉が目一杯含まれている。
「ああ、そうですね……ジャンヌ、俺は一応そこそこ名が売れた商人だから、俺のキャラバンに匿って他国に亡命させよう。取り敢えず、俺たちはユベントゥス王国に行く予定だが、その周辺の国なら便宜を図る事が出来ると思う……」
俺はアレスの皮肉から立て直すと、ジャンヌに返事をして励ました。
「本当ですか……それでは、ユベントゥス王国へお願いします。そして可能であれば、ボスアレスの街へ行きたいのです」
ジャンヌの言葉を聞き、みんな驚いたが一番驚いたのはアレスであった――。




