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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十九章 ゲルマニア帝国へ
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6.再びのライン川

 ――異世界生活一年と二十四日目。

 ブレーメンの街から二日を費やし、俺たちは再びライン川沿いにやってきた。

 ライン川を目にすると、モミジ丸を思い出すのか。

 船員たちの表情が曇ってみえるが、感傷に耽る訳にもいかず、俺たちは先を急いだ。

 モミジ丸でライン川を下った時は、空を飛び中流辺りから入ったが。

 今回は上流まで上り、フランク王国の方へ向かう。

 ちなみに俺たちのキャラバンは、時折地元の領主の騎士団なのか、騎馬隊に包囲され尋問を受けたりとそれなりにトラブルもあった。

 だが、北欧のやり手な技術者や俺の賄賂もあり、これまで物理的な被害を受けずに経過している。

 俺たちは川沿いを南下して、目指していた街に辿り着く。


 ――デュッセルドルフの街。

 この辺りの街はドイツらしい名称が多いが、これまで訪れた街と違いヘルメスさまの名前を含んでいないようだ。

 ヘーベやギリシア神話以外の神さまが庇護する国に信仰が似ているのか、街自体があまり神さまに関わりが無い気がする。

 そして、俺たちがこの街を目指していたのには、大きな理由があった。

 理由は、ライン川の川沿いで一番大きな街であり、商品の調達が容易な事だ。

 この街は後にも経済的に発展した都市になるが、この時代にも活気があった。

 俺はブレーメンの街で気づいたことから、交渉に長けた者を何人か先行させている。

 目的はジャガイモの購入。

 それからライン川を下る船の確保。

 この二つの目的のためである。

 先行させた者たちは俺の与えた金を使い、満足のいく結果を出した。

 ジャガイモは周辺の街にも交渉したらしく、荷馬車五台にいっぱい程度。

 余裕を持って荷馬車十台に積んでいるが、ジャガイモに興味を持つ者はおらず、途中で盗賊などの襲撃を受けることもなかったらしい。

 俺は予定通り、移送の楽な船を利用する前に、それなりのジャガイモを仕入れた。

 もっと多く仕入れることも可能だが、周囲から警戒されることを恐れたことと、栽培すればあっという間に数を増やせる自信があったからである。

 あまりこういうことを仲間たちに知られると、益々俺が商人の様だと馬鹿にされそうなので、艦長やブリッジ要員といった俺に近い立場の人間しか知らない。

 俺たちは午前中のうちに船に乗り込むと、ライン川を下っていった――


 賃貸の商船で川を下っているが、船はそれ大きくない。

 そんな船を数隻借りている。

 夜間はモミジ丸と違い川の上に停泊する訳にもいかず、川沿いの船着場に停泊して野営を行った。

 女性陣はアウラの転移魔法で帰宅しているため、念のためリヴァイには護衛として付き添いをお願いしている。


 ――異世界生活一年と二十六日目。

 俺たちは順調にライン川を上流に向かっているが、モミジ丸程の推力がない事と、今回は下りではなく上っているため、船足は緩やかである。

 一見長閑な船旅にも感じられるが、周りの雰囲気も素晴らしい。

 ライン川の上流は現実世界でも古城などが有名な観光の名所だが、この世界でも時折見える建物は如何にも中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出している。

 ここで俺はふと考えてしまう……。

 ヘーベに召還された当初は街の様子や人々の生活から、中世ヨーロッパ風の雰囲気を感じ過ごしていた。

 でも最近は、急激に色々な事が発展し出して、近代ヨーロッパの雰囲気を少しずつ感じる様になった。

 時代の流れといえば、それまでのことだが……。

 俺はグラハムさんやモーガン先生と相談して文明開化を行っているが、ユベントゥス王国に対してだけである。

 今回のモミジ丸の譲渡で、初めて他国である北欧に新しい技術を広めることになった。

 しかし、クレアには知識のみで、モノを与えたりはしていない。

 南の大陸にあるドッグで新型戦艦の建造を行っているが、秘密裏に行われている。

 情報は隠しても完全に隠蔽することは出来ない。

 それは十分承知しているが、俺たちの活動だけで、西洋の文明が急速に発展しているとは思えないのだ。

 きっと他に、誰かが俺たちと同じ様な事をしているのだろう。

 俺がこれまであまり関わっていない国が疑わしい……。

 ゲルマニア帝国、フランク王国、ヒスパニア王国、ブリタニア王国など俺が関わったことがない大国が幾つも存在する。

 俺は、古き良き文化を感じさせる景色を眺めながら、最近の情勢を考えて、今後の見通しに不安を覚えた。


 ――船着場。

 俺たちのすべての船団は、途中で遅れを出す事なく目的地に到着する。

 船団というのは川を移動する船に、数百人も一度に乗せる程の規模はなく。

 複数の船に分かれて移動しているからであった。

 対岸はフランク王国であるが、互いに国境を守るために警戒しているので、どこからでも勝手に入れる訳ではない。

 少数であれば忍び込むことも可能かもしれないが、俺たちのキャラバンは数百人規模の大集団である。

 無理することなく、正規の手順を踏むことを余儀なくされた。

 ここでも北欧の技術者たちが手際よく手続きを済ませ、北欧随一の商人と称号を頂いた俺のキャラバンが、仕入れのためにフランク王国へ入国するという事で手続きを済ませている。

 今回の移動で北欧は俺が条約を結ぶのに活躍した外交から、一気に貿易が盛んになったと分かった。

 それにしても、一応何人かは旅慣れた者をつけてくれると、事前にロキさまから聞いていたが、ここまで出来る者たちがいるとは想像以上である。

 貿易経路をあっという間に構築させた事や、これまでの手際の良さから敵に回すと厄介であると認識させられた。

 だが、ロキさまは俺が警戒するのを知っていて、有能な者たちを同行させたのは気のせいではないだろう。


 ――ストラスブールの街。

 対岸で手続きを済ませた俺たちは、船着場で手形を渡してフランク王国の街に入った。

 通行は身分証明の他に、国によって若干システムが変わり、身分や目的により税金の様なお金を払う必要がある。

 俺の様な大商人は、大きな利益のために国々を旅するので、金額も以前までとは比較にならない程多く支払った。

 

 街に入ると国境の街らしく活気があり、色々なヒトたちの姿が見られる。

 俺たちの様に、人間と亜人種の混合グループも多く見られた。

 それで気づいてしまう……ゲルマニア帝国では亜人種たちが歓迎されなかったと。

 寧ろ、偏見を持たれていた様に感じた。

 しかし、このフランク王国に入ってから雰囲気がガラリと変わる。

 モミジ丸の船員も俺の教え子たちの多くが亜人種なので、キャラバンが急に賑やかになったのを感じた。

 俺はライン川を観光する様に、静かな雰囲気で感傷に浸っていた事を反省させられる。

 いつもならビアンカの態度で気づくのだが、今回ビアンカは前回の反省から出来るだけストレスを感じさせない様に対策を行った。

 つまり船の移動に入ってから、あまり顔を出していないのだ。

 キャラバンの団長としての資質が問われるところだが、最近はリヴァイとコテツとアレスが大人しく、ほとんど叱られていない。

 今後は気をつけようと反省し、船員たちに気を配りながら先を急ぐ。


 「――カザマ、私はフランク王国に入るのを楽しみにしていたのですが、どこの街へ行くのですか?」

 俺が気を引き締めていると珍しく興奮気味に、浮かれている様子のアリーシャが尋ねてきた。

 「珍しいな……そんなに嬉しいのか? 今回は街へ行くのが目的ではなく、安全に通り過ぎるのが目的だぞ」

 俺の返事にアリーシャは頬を膨らませ、口篭る。

 「分かっています。でも、たまには私も、折角の旅行を楽しんでも良いと思いますが……」

 以前に比べて益々成長した様に見えるが、そのギャップに違った可愛さを感じた。

 「ああ……気持ちは分からないのでもないが、旅行じゃないからね」

 俺は呟く様に突っ込みを入れるが、アリーシャが俯いてしまう。

 だが、アリーシャは単に我がままを言っているだけでもなかった。

 俺は自分たちの進路を一部の仲間に、しかも目的地に合わせて分散させて知らせている程度であったので、すべてを知る者は僅かである。

 目的地というのは、先行偵察で事前に視察とお使いをお願いしてもらう事だが、ニンジャとして当然の筈だ。

 仲間内で知っているのはリヴァイとコテツとアレス、それから転移魔法の都合でアウラだけであったが、アウラには知らない振りをしてもらっている。

 それ程、外部に情報が漏れない様に注意を払っていたのだ。

 「アリーシャ、まだ確定していないが……『リヨン』の街へは寄るつもりだ。今はまだ本当に決まっていないから、内密に頼む」

 アリーシャは余程嬉しかったのか頬を緩ませ頷くが。

 俺はリヴァイとコテツから叱られたり、アレスから電流のお仕置きを受けないか冷や冷やしたが何もされなかった。

 その後、特に問題なくストラスブールの街を出た俺たちキャラバンは、荷馬車の隊列を取りながら南下して、本格的にフランク王国縦断し始める――。

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