1.おもてなし
――昼食。
俺とビアンカがゴブリーノ族の集落から帰宅して昼食となった。
昼食の前に、アリーシャにゴブリーノ族からのお土産だと岩塩を渡す。
「あっ!? こ、こんなに良いのでしょうか? でも、助かります!」
家事の大半はアリーシャが任されているので、自然と生活必需品の管理を行っている。
俺は塩でこんな反応をするとは思いもせず、貴重なのだろうとかと首を傾げた。
「それにしてもビアンカは、本当にカザマと仲良くなったね」
アリーシャが何気なく言った言葉に興味を注がれる。
俺はどういう意味で言ったのだろうか気になり、二人の様子を伺った。
「いやー……最初は先生が面倒な事を押し付けて面白くなかったけど、色々と楽しいことばかりっす。それに、今日はゴブリンとオークの縄張りにも入れる様になったっす!」
ビアンカは満面の笑みを浮かべている。
ご機嫌に話をするビアンカの話を遮る様で気が引けたが、
「一応、誰かと一緒にという条件付きだがな……」
俺は食べながらビアンカの話の補足をする。
「え、えーっ!? 本当なんですか! あの時は集落の方たちが、泣きながら苦情を言いに来たと聞いていたのですが……」
「な、何それ? ビアンカは一体どんなことを仕出かしたんだ?」
以前からかなり気になっていたが、今回は漸く理由を知る機会を得た。
「それですが、私がここに来る前ですので、分かりません……」
アリーシャはいつもと違い、歯切れの悪い口調だ。
俺はあまり触れてはならないことなのだろうと感じる。
「……よ、よーし! 俺は午後から二人のためにお菓子を作るから、今日の午後は休むとカトレアさんに伝えてくれないか」
俺は二人に喜んでもらおうと思い、アリーシャに伝言をお願いした。
「分かりました。楽しみにしていますね!」
「何が出来るか、楽しみっすね! ……!? もしアウラが来たら、呼んでもいいっすか?」
アリーシャに続いて、ビアンカも嬉しそうに返事をしたがオマケがつくようだ。
「おう! 別に構わないぞ。面倒にはなったが、今回の功労者だからな」
そんな会話をしつつ昼食も終わり、俺だけが残った。
――お菓子作り。
台所では、俺の家系の特技である記憶力が冴える。
俺は見たものや聞いたことを記憶する能力が、遺伝的にあった。
遺伝的というのは大げさかもしれないが、実際に遺伝しているのだ。
ただ、この便利な能力も他人に知られると、異質な力のために目立ってしまう。
俺の家系は、初めにヘーベが口にした様ように忍者の末裔である。
ちなみに他にもあるのだが、簡単に知られる事は出来ない。
それ故に目立ってはダメなのだ。
隠密の忍者が目立っては本末転倒である。
今まで忍者の子孫であることを隠し、目立たない様にするために幼馴染のエリカの傍で大人しくしていた。
色々とハイスペックで目立つエリカの傍にいると嫉妬の対象になったが。
『木の葉を隠すなら森の中に隠せ』
そういう格言がある様に、周囲は俺自身に対して関心を持たなかった。
そんな俺に対してエリカは何故いつもあんなに興味を示したのか、謎だった……。
だが、今はたった数日しか経っていないこの世界での生活で、日本での日々が遠い過去のように感じる。
俺はこの世界でも、当初は目立たない様にしようとしていた。
しかし、俺の存在は、この世界では大した事がないと気づき始めている。
今の俺は周囲に気兼ねすることなく過ごし、生活しているだろう。
俺は自由である。
そんな俺の生活を支えてくれる仲間たちのために、何かしたいと思うのはごくごく当たり前のことではないか。
そんな訳で俺は、嘗て見たことあるレシピから、ホットケーキの下ごしらえを順調に行っている。
決して難しい料理ではないが、道具が足りなかったりと勝手が違った。
それでも生地のベースを作り、あとは焼くだけである。
俺はまだ少し時間の余裕があると思い、少量だが生クリームを作った。
残りは時間が掛からないので、みんなの様子を見に青空教室に向かう。
――青空教室。
俺がいなくてもいつも通りである。
俺が現れるとカトレアさんが俺の存在に気づく。
「……カザマ。兄が好きな時に、報奨金を受け取りに来る様にと言っていたわ」
「ありがとうございます。近いうちに伺いますね……そ、その、もしよろしければ、後からオヤツを食べませんか? アリーシャとビアンカのために『ホットケーキ』を作ろうとして準備をしましたが、後は焼くだけです」
「えっ、私も? アリーシャから聞いていたけど、私も良いのかしら?」
カトレアさんの瞳が大きくなり、碧い瞳が輝きを増す。
「たくさん準備したので……アリーシャ、いいよな?」
「私はご馳走になる身ですので、構いませんが……」
そんな話をしていたら、エドナがソワソワしてこちらを見ているのに気づいた。
「良かったら、エドナもどうだ?」
俺は何かと挑発的な態度を取ってきたエドナにも大人の対応をする。
「し、しょうがないわね……」
こういう素直になれないところも子供らしくて愛らしい。
俺が来てから勉強が捗らず、早めに切り上げられた。
――おやつタイム。
ビアンカとアウラとモーガン先生の三人分を残し、ホットケーキの生地を焼き始める。
甘く香ばしいニオイに、周囲の期待が高まるのを感じた。
エドナはこれまでの緊張した表情が嘘のようである。
若干ヨダレが垂れている様にも見えた。
二段重ねの真ん中にバターを塗り、上にはハチミツを垂らし、頂上には生クリームを乗せたホットケーキを人数分完成させる。
俺はテーブルの上に一皿ずつ、それぞれの席の前に丁寧に置いた。
「どうぞ」
俺は静かに腰を折り、綺麗なお辞儀をした。
「「「いただきまーす」」」
三にんが一斉に食べ始める。
「お、美味しいわー!」
「うーん! 柔らかくて甘くて最高です!」
カトレアさんとアリーシャが次々に感想を声に出した。
エドナは食べることに夢中なのか無言でいる。
俺はみんなが喜んでくれている姿を見て、充実感に浸っていた。
しばらくして、三人とも食べ終わるとカトレアさんが口を開く。
「……ねー、カザマ。初めにも聞いたけど……貴方は、やっぱり貴族の家系よね?」
「違いますけど……いきなりどうしました?」
俺は、カトレアさんの貴族ではないかという言葉を聞き、首を傾げる。
「さっきの手料理だけど……私も似た様なものを食べたことはあるわ。でも、貴方の料理程美味しいと思ったことはないわ。見た目こそ素朴だったけど、素材の良さを引き出した素晴らしい料理だと思ったわ」
だが、大絶賛されて、頬を掻き照れてしまう。
俺は嬉しく思いつつも、カトレアさんの誤解を解こうと、日本の文化について語る。
「カトレアさん、俺の国は古くからお客や大切な人への気遣いや心配りをする心が尊ばれています。本来は茶の湯から始まったとされる文化なのですが、『おもてなし』と呼んでいます。素朴な材料と素朴な料理を美味しいと思われたのなら、俺の気持ちが伝わったのかもしれませんね……俺も嬉しいです」
カトレアさんは俺の話に興味を抱いたのか、瞬きもせずに俺を見つめている。
「……そういう作法の言葉を初めて聞いたわ。貴方は、やはり……」
「俺は庶民です。ただ歴史が古く、千年以上続く文化なので、重みを感じるのかもしれません」
俺は、カトレアさんが更に誤解の言葉を口にする前に、遮る様に否定した。
続けて、歴史や伝統・文化という重みを言葉にする。
「……せ、千年……」
カトレアさんは小さく呟くと、小さく口をぱくぱくして続く言葉が出ない。
俺は言葉が過ぎたと思ったが、他に目を移した。
エドナが時折り俺の顔を見ては俯いているが、恥かしくて言い出せないのが伝わる。
「ご馳走様でした。とても美味しかったですよ。ビアンカもきっと喜ぶと思います」
アリーシャも嬉しそうで満足だったが、ビアンカに対する気遣いが如何にもアリーシャらしさを感じた――。
カトレアさんとエドナが帰った後。
タイミングを見計らった様に、アウラを連れてビアンカが帰ってきた。
アウラに会うのは二度目だったが、相変わらず眩しい様な美しさである。
そんな美しさを感じつつも、俺はアウラには言いたいことがあった。
「直接会うのは二度目だよな……え、えーとだな、前からビアンカに、アウラに会いたいと言っていたが……この前のは、ちょっと良くないと思うぞ。俺のためにというのは嬉しかったが、正直あの後は大変だったんだ……そのー……まあ結果的には良いことをしたんだが……」
ほぼ初対面でお説教をしてしまい、俺の話は思い切り歯切れが悪かった。
「ご、ごめんなさい。あの後のことは聞いたわ……それで、カザマは怒ってるかと思ったけど、ビアンカが何かご馳走してくれると言ってたから……」
「よし、分かった。この話は終わりだ。これからすぐに作るから二人とも待ってろよ」
俺は、この場の空気に耐えられなくなり話題を変える。
アウラは反省しているみたいだし、もともと仲良くなりたかったのに、これ以上は本末転倒になってしまう。
モーガン先生もそろそろ帰って来るだろうと思い、三人分のホットーケーキを作った。
ビアンカとアウラの席の前に一皿ずつ置き、勧める。
「どうぞ」
二人とも照れ臭いのか顔を合わせていたが、先程の三人の様に『いただきます』は言わずに静かに食べ始めた。
「「美味しいー!」」
二人とも同時に感嘆の声を上げた。
何故か、ビアンカはいつもと口調が違ったが興奮したのだろうか。
それから、尻尾を左右に振り黙々と食べている。
「美味しかったっす! カザマ、また作って欲しいっす!」
「おう、またそのうちにな……」
「あ、あのー……カザマ……初めて、こんなに美味しい物を食べたわ。ありがとう……。それから、遅くなったけど……私はアウラ・クラルス、十五歳よ。来月、十六歳になるわ。ここから北東に向かった森の奥に集落があるの……こ、これからもよろしく……」
「お、おう、俺はカザママサヨシ。十五歳、俺と同じだな。俺は、ずーっと遠くの東の方から来た。こちらこそ、よろしくな!」
俺は待望のエルフと友達になり、今までの災難が嘘の様な幸せを覚えた――。
アウラがいなくなって、しばらくするとモーガン先生も帰ってきた。
モーガン先生にもホットケーキを食べてもらったが。
「こ、これはお前の国の食べ物か?」
「そうですが……普段お世話になっている皆さんへと思い作りました」
「お、お前は、また、こんな猛烈に美味い食べ物で色目を使ったのだろう! ま、全くけしからん、けしからんぞ!」
モーガン先生は、初めは上機嫌に食べていたが途中から機嫌が悪くなった。
また、いつもの様に羨ましかったのだろう。
俺はみんなに喜ばれ、再び充実感に浸った。
(そういえばアリーシャが、魚が食べたいと言っていたな……)
そろそろ魚釣りをして、魚料理もしてみようかと脳裏を過ぎる。
――自室。
シャワーを浴びた後、いつもの様にアリーシャが本を読んでくれた。
今日は、特にイベントは起こらなかった。
段々慣れてきたのだろうが、頻繁に何かある方が特別だったのであろう。
今日は疲れたので外での自主トレは止めて、カトレアさんから借りた難しい方の本を読むことにする。
(……何だ、これ? 貴族の娘に庶民の男が恋をする話……。文字も文章も内容も初心者が読むには難しいし、特に内容が気になる……。何でカトレアさんは、こんな本を貸してくれたんだろう? そもそも俺じゃなければ、今の段階で読めないだろう……)
俺は色々と思考を巡らせたが、そのうち疲れて眠ってしまった――。




