6.戦後処理
――異世界生活十一ヶ月と三十日目。
俺が目を覚ますと、モミジ丸の自室で寝かされていた。
「カザマ、目が覚めましたか? どこか可笑しなところはありませんか?」
アリーシャが俺の看病をしてくれていたのか、枕元にいる。
そして、その後ろからアウラが覗き込む。
「カザマ、大丈夫? カザマの頭が、お日様のように輝いたとビアンカに聞いたわ」
「嘘じゃないっすよ! カザマの頭がピカッ! ……と光ったっす!」
「ぷふふふふっ……ビアンカ、何だか、カザマの頭がツルツルになったみたいだわ」
ビアンカの話にアウラが過剰に反応して、いつも通り俺を笑い者にしているようだ。
俺が知らない間に、俺の頭はスキンヘッドになったのだろうか……。
クロノス神との戦いで、アダマスの鎌を消失させて後一歩まで追い込んだものの、アレスに止められてしまった。
アレスは神殺しという大罪から、俺を救ってくれたのだろう。
だが、俺の一瞬の躊躇いから隙が生じ、クロノスの反撃を受けた。
地面に叩きつけられた事までは覚えている。
しかし、それから先の事は、ほとんど覚えていない。
先程からビアンカとアウラが俺の頭の話題をしているが、訳が分からず馬鹿にされていると思ったのもそのせいである。
一通り周囲を見渡し、覚えている出来事を整理すると、
「アウラ、あまり俺の悪口ばかり言っていると……」
取り合えず、アウラに拳をちらつかせて大人しくさせた。
「ねえ、君、あまりパワハラをするようだと、見過ごせないのだけど……」
アレスの言葉もパワハラではないかと思うが、またの機会に突っ込むことにする。
「アレス、俺は途中までしか覚えていませんが、あの後どうなりましたか?」
アレスは、コテツとリヴァイの方にも視線を送り、珍しく勿体振る。
「もしかして君は、覚えていないのかい……!? ああ、クロノスはこれ以上の戦闘は無意味だと悟ったのか、姿を消したよ。神器を普通の武器で失わせ、あまつさえ人間の身体であったとはいえ……神を退けるとは……君という人間は、相変わらず出鱈目だね」
「へー……そうなんですか……」
クロノスがいなくなったと聞いて力なく返事を返したが、何か違和感を覚えた。
これまで静観していたコテツが口を開く。
「うむ、貴様はこれまで他者に戦わせて、自身は安全な所でぬくぬくしていた。だが、少しだけ見直したぞ。まさか、神を相手にするとは思わなかったが、ビアンカも一緒に戦うと言い出して止めるのに苦労させられた」
「そ、そうでしたか……ビアンカが……でも、俺が今まで安全な所でぬくぬくは、言い過ぎだと思いますよ。俺は一応、敵軍の中枢に潜入していたのですから」
コテツが珍しく褒めてくれて満更でもなかったが、苦笑を浮かべ文句を言った。
「ぷふふふふっ……カザマったら、コテツさまに何度注意されても、敵に不意打ちを掛けたり、卑劣なことばかりしているから……これからは気をつけるといいわ」
またもアウラが、俺の悪口を言い出して、俺の笑みは消え去り身体を震わせる。
「や、喧しい! お前は、俺の悪口しか言えないのか! 俺はさっきまで意識を失くして、眠っていたんだぞ! 普通は俺を見舞う場面だよな! それなのに、俺の悪口ばかり言って、お前ってヤツは……」
俺は折角良い気分になっていたのに台無しにされ、アウラを叱りつけると再び拳をチラつかせた。
「ねえ、君、さっき注意したばかりだよね……それに、アウラの言う事は一理あると思うよ。カザマは、やり過ぎたのだと思う。本来知りえない帝国の情報を連合軍に流したり、文明開化だったかな……? クロノスは、色々と卑怯だと感じて、怒りを抑えられなくなったみたいだね」
俺は悪くない筈なのに、突然アレスから説教を受け始める。
しかも、クロノスの暴挙の原因も俺のせいであるかのように。
「……はっ? 何言ってるんですか? 俺のせいだと言うんですか? 俺は合理的な行動を取っていただけだし、ニンジャという職業でギルドに登録しているじゃないですか。前から言いたいと思ってましたが、ニンジャという職業は勇者や英雄みたいなチヤホヤされるものじゃないんです。縁の下の力持ちで、陰ながら周囲を支える事が、主な仕事なんです。それに、文明開化を否定されましたが、あれはチートではなく歴とした技術です。目の前で起きた現実を、その都度理解出来なかった帝国側が怠慢だっただけですよ」
俺はこれまで溜まっていたストレスを発散させる様に、アレスだけでなくアウラとついでにコテツとリヴァイにも熱く語ってしまった。
「おい、お前、黙って聞いていれば喧しいぞ! 俺は何も言ってないのに、大声を張り上げて腹立たしい!」
アリーシャの後ろで偉そうに腕を組んでいたリヴァイがコブシを振るい、俺はいつも通り気絶させられてしまう――
――異世界生活一年目。
俺が目を覚ますと、モミジ丸の自室で寝かされていた。
「カザマ、目が覚めましたか? どこか可笑しなところはありませんか?」
アリーシャが俺の看病をしてくれていたのか、枕元にいる。
「アリーシャ、みんな酷いぞ……折角目が覚めたと思ったら、また気絶させられて……そもそも俺は、自分が意識を失くしてからの事を聞いただけなのに……」
「それでしたら、倒れていた皇帝も保護されました。ですが、皇帝も記憶が曖昧になっていて、しばらく療養するそうです。戦争責任ですが、カザマとの戦いでマルマラ海と黒海が繋がりましたよね――そこを新しく『ボスポラス海峡』と名付けて、海峡の西側が連合軍側の領土となりました。それに加えて、新しく出来た海峡の使用は自由に使える事になりましたよ」
「へー……そうなんだ、皇帝は何も覚えてなくて療養するんだ。それに、俺がいなくても、新しい海峡の名前はそのままなんだ……」
皇帝の意識については、クロノスがいなくなった事によりあやふやなのは想像出来た。
記憶を共有していては、クロノス自身の事も知られてしまうからだ。
だが、海峡の命名に俺が関与しなくても、現実世界と同じ名前を付けられた事に驚かされた。
俺が行っている文明開化の影響で、少しずつこの世界も現実世界と同じ様に歴史が動き出したのかもしれない。
「急に考え込んで、どうかしましたか? まだ体調が優れないのですか?」
アリーシャに心配されて慌てて否定しようとしたが、不意に気づいてしまう。
「い、いや、そうじゃないんだが……!? アリーシャ、俺……今日、ヘーベに呼ばれてから、丁度一年になった。別にたいした事じゃないかもしれないけど、ヘーベに呼ばれなければ……みんなにも、アリーシャにも出会えなかったし……ちょっと嬉しい記念日だ」
途中で現実世界に戻されたりとアクシデントが多々あった。
それでも異世界召還されて、丁度一年を迎えたのだ。
「おい、お前、それは良かったな。そんなお前に、俺から特別にプレゼントをくれてやる」
いつも通りアリーシャの後ろで、腕を組み格好をつけて立っていたリヴァイが口を開いたが、その内容に驚いてしまう。
「えっ!? どうしたんですか? 嬉しいですが……リヴァイはそういう事を言わないキャラだと思うのですが……」
俺はまたゲンコツとか、あまり嬉しくないかもしれないと警戒する。
「喧しい! キャラとか言うな! 俺を怒らせたいのか!」
「リヴァイ、違いますよね。昨日は叩いてしまったので、そのお詫びも兼ねてでしたよね」
アリーシャの言葉を聞き安堵するが、リヴァイなりに療養中の俺を殴って気絶させた事を反省したのだろうか。
「おい、お前、勘違いするなよ。お前を祝うのが目的ではないからな! モミジ丸を北欧に移動させるのに、海路が塞がされていただろう。黒海に入れる様になったので……本来は、これだけの大型船で川を上るのは不可能だが……俺が力を貸してやる」
リヴァイは相変わらず素直でないというか。
無理やりツンデレみたいなキャラを演じながら、とんでもない事を提案しただけでなく、力まで貸してくれると言った。
更に、今回の戦いでリヴァイたちと共に、モミジ丸の指揮を取ってくれたブリュンヒルデさんが口を開く。
「カザマ、今回の戦闘で大分モミジ丸の事を理解しました。ただ、この船本来の力を発揮するには、船員たちの技術をモミジ丸のクルーと同じくらいまで上げる必要があります」
「はい、これだけの大型船で、更に戦艦である事を考えると指揮官の存在が重要ですが、指示された事を的確に実践出来る船員の存在が不可欠です。更に細かくは、大砲の砲弾の補充や船のメンテナンスなど、色々と必要なことはあります。でも、これまでブリュンヒルデさんは、俺たちと同行していたので必要な事は大分学べたと思います」
俺とブリュンヒルデさんは、今後の事を話し合い必要なことを確認した――。
結局、今回の連合軍とオスマン帝国との戦争は、俺と皇帝の一騎打ちで終わった。
そして互いに意識を失くした四日前に、オスマン帝国の降伏という形で終結している。
戦後処理は、本来連合軍の指揮官である俺が進める筈だが。
これまで直接指揮を取らず、戦後も意識を失っていたため、既に用済みにされているみたいであった。
それでも今回の戦争で最も功績を上げたのは、間違いなく俺の筈。
その俺が蔑ろにされて、普通であれば腹立たしく感じるところであろう。
だが、俺は目立つのは好ましくないので、喜んで連合軍から離れることにした。
毎回、何かある度に極東の男と持ち上げられるが、厳つい顔と言われたり、酷い目に遭わされたりと損な役回りばかりである。
いい加減、極東の男の噂も自粛して欲しいが、今回オスマン帝国に別の極東の男が現れたと騒動になっていた。
極東の男が複数いるという噂が、このまま広まって欲しいと切に願う――
――艦橋。
いつものメンバーが集まっていたが、今後の予定を事前に伝えてある。
「みんな、これから黒海から川を使って、北欧のバルト海まで向かう。本来は、こんな大型船で不可能だが……リヴァイやアウラがいるし、可能なようだ」
艦長とクルーたちが、俺の言葉に驚愕して固まっている。
「おい、お前、俺の名前だけでいいのに、何故アウラの名前まで出した。俺だけでは、不服か!」
「い、いえ、違いますよ。こういう時にアウラの機嫌を取っておかないと面倒を起こすかもしれないから、俺なりに気を使っただけです」
アウラが顔を赤く染め、俺を睨み身体を震わす。
「リヴァイもアウラも落ち着いて! 船長さんたちが、さっきから驚いたまま困っていますよ……」
アリーシャに注意されて、リヴァイとアウラが落ち着いたようだ。
この扱いの違いに毎回納得いかないが、アリーシャが大事にされているので我慢する。
「それでは艦長、本艦はこれよりバルト海に向けて出航する。合図を頼む」
「アイサー! 出航用意」
「「「アイ」」」
俺の指示を受けた艦長が返事をして、格クルーに伝達される。
クルーたちが一斉に返事をして、銅鑼が響いた。
タラップが外されて、次に係留していた舫いが外される。
「抜錨」
「アイサー! 抜錨」
「「「アイ」」」
先程と同じ様に俺の指示を聞いた艦長が返事をして、格クルーに伝達される。
クルーたちが一斉に返事をして同様に銅鑼が鳴る。
ブリュンヒルデさんは以前とは違い、大分理解している様子で頷いている。
「面舵三十度、両舷前進微速」
「アイサー。面舵三十度、両舷前進微速」
「「「アイ」」」
ブリッジでは俺の指示の後、艦長がクルーたちに指示を出し復唱されている。
そして、イスタンブルの南側に係留されていたモミジ丸は、黒海に向けて出航した――。




