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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十六章 オスマン帝国の宣戦布告(後編)
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2.諜報戦

 陸軍の平原での戦いは帝国軍の惨敗に終わり、現在は連合軍の陸軍がイスタンブルの要塞付近に陣を構えている。

 イスタンブルの街は帝国の街で最大を誇るが、西側は守りを固めており難攻不落の要塞として知られていた。

 

 ――イスタンブルの街。

 皇帝の間では、今後の方針を決められようとしていたが、将軍が始めに口を開く。

 「陛下、これまでの戦いを考えますと、こちらの軍に裏切り者がいます。陛下の巧みな戦術が幾度も破れたのは、裏切り者が敵に情報を流したからに違いありません」

 周囲の他の偉い兵士たちは固唾を呑んで見守り、皇帝は静かに将軍を見下ろしていた。

 「将軍、誰が口を開けと言った。それに裏切り者がいると言ったな? 将軍は裏切り者を捕らえて、確たる証拠を掴んでいるのだな?」

 皇帝の冷ややかな視線と言葉に、将軍は全身から冷や汗を流し震える。

 「……はっ!? い、いえ……そこまでは……ただ、これまでの戦いを考えますに、我が軍の策があまりに容易く破られ過ぎです。誰かが情報を流しているとしか……」

 「だ、黙れ! 誰の策が容易く破られたと言った! それに、讒言を聞くだけでも腹立たしいのに、裏切り者がいるだと……何度も失態を見逃してきたが……この罪人を捕縛しろ!」

 皇帝は顔を真っ赤に染め激怒したが、自身の策が破れた事を連呼されて不快だったせいもある。

 それに言葉通り、味方同士で悪口を言い合うのも好まない潔癖な性格であった。

 皇帝という高い地位にいるため、これまで醜い争い見ただけでなく自身も幼少の頃より危険な目に遭ったのだろうか。

 兎に角、他者を貶める行為が嫌いなのだ。

 これまで何度も庇われてきた将軍は、正しい事を言ったにも関わらず捕縛された。

 俺はいつも通り偵察しており、監視がばれているのかと肝を冷やしたが、事なきを得る。

 しかも、この件を他の偉い兵士たちが目の当たりにしているため、皇帝に対して同じ話題をしない可能性が高い。

 俺は張り詰めた空気が漂う空間の中で独り笑みを溢した。

 だが、普段は全く気に留められない遠く離れた門番の様子に皇帝が気づく。

 「おい、そこの門番! 貴様だ! 何が可笑しい!」

 「へっ!? じ、自分でありましょうか? ……いえ、裏切り者がいるというのは酷いと思いましたが、逆にこちらが敵側に間者を送ったら、面白いのでは……と想像してしまいました」

 皇帝が周囲の様子を想像以上に注意していると分かったが、よりにもよって俺に気づくとは想定外で、思わず拘束された将軍が口にすれば良かったと思っていたことを言ってしまった。

 しかし、皇帝は双眸を見開くと、険しい表情が緩んでいく。

 「貴様はなかなか面白い事を思いつくではないか。一人だけ余裕の笑みを浮かべて罰するつもりだったが、名前は何と言うのだ?」

 「はい、遠く離れた東の国より来たので、極東の男と呼ばれています」

 俺の言葉に一斉に視線が集まり、皇帝も俺を睨みつけ玉座から立ち上がった。

 「き、貴様は、余を愚弄するつもりか!」

 皇帝は再び激怒するが、俺は予想通りの反応に落ち着いて対応する。

 「い、いえ、誤解です。極東の男というのは名前ではなく、極東から来た者が呼称する仮の家名です。俺の祖国では、身分が低い者に家名はありません。しかし、能力が高い者は、極東の男を名乗る事が出来、他所の国に派遣されます」

 周りの偉い人たちは余程驚いたのか、近くにいる者たち同士で顔を見合わせて首を傾げたが――勿論俺のハッタリだ。

 いつかこういった時のために考えていた策だが、そもそも以前ボスアレスの街で勝手に『極東の男』と呼ばれ出して以来、迷惑していたのだ。

 「ほう……それは、面白い! それならば、貴様も西の国々で騒がれている同属の者と同程度の力を持っているということであろう?」

 「はい、人それぞれに違いがある様に多少の優劣はあります。ですが、一通り同じ訓練を受けた後に他国へ送られます。俺も同じくらいの力があると思います」

 俺の話を聞くと皇帝は満足気に頷き、誰も俺の話を疑わなかった。

 これまで極東の男の正体は謎に包まれていたので、同郷の者がいると分かっただけでも大きな成果で、謎の一端を知る事になったのだ。

 それに皇帝は良くも悪くも根が真面目な性格なので、自軍に間者どころか敵軍に間者を送ることは全く頭になかったようである。

 俺の加入で敵の情報を知る事が出来るばかりか、これまで未然に防がれた攻撃も先に知る事が出来れば、被害を未然に防ぐ事が出来るかもしれない。

 「よし、ならば我が軍の極東の男よ。貴様が間者を手配して敵軍に送り込め」

 「はっ、かしこまりました」

 俺は恭しく拝礼すると、勅命を受け早速準備に掛かった。

 ちなみに、間者として送り込む者たちは、これまで忍び込んでいる間に目ぼしいやつらを三十人程見つけていたので手間は掛からない。

 みんな、これまで以上に高いギャラがもらえて、潜入先の準備までしたので喜んで連合軍に潜入した。

 俺は間者に大きく三つの条件を出している。

 俺の命令には絶対に従うこと。

 仲間同士で連絡を取り合うこと。

 目立つ行為はしないこと。

 そして、万一正体がばれそうになったら、極東の男からの命令だと言い張り黙秘する様にと助言を与えた。

 俺はすぐにコテツに念話で連絡を送り、すべての間者のことを説明し見張らせる。

 こうして二人の極東の男が登場し、諜報戦が行われたが二人目の極東の男は、架空の存在のため戦う前から勝負が決していた――。

 

 俺は連合軍に加わった亜人種の仲間から、街に住んでいる他の亜人種たちについて頼まれており、街の中の亜人種たちと密会を始める。

 大半が奴隷の様に都合の良い扱いを受けているが、中には功績を上げて独立した者もいた。

 だが、その大半はまともな職に就けずにスラムの様な所に住んでおり、不自由な暮らしをしている。

 スラムの他にゲットーという言葉があるが、まさにこういうことを指すのだろうかと思ってしまう。

 俺はオーガとオークとゴブリンの三種族の族長らしい者たちと話をした。

 「ユベントゥス王国では多種族を差別する事が許されず、寧ろ能力主義で同胞の方々が活躍してますよ。友達や教え子いますしね……でも、戦争が行われていた野営地で、みなさんの家族に会いましたが、酷い扱いを受けていました。俺は我慢出来ずに、野営地で会った家族のみなさんを帝国から裏切らせて、他の土地に移住させました。正直、その後でみなさんの事が心配でしたが……帝国から酷い事をされませんでしたか?」

 「うーん……お前の話は長い!」

 「フン……そうだな、長くて分かり辛かった」

 「いや、ふたりとも、この人は要するにワシらの仲間らしい」

 「「おう……!」」

 オーガとオークの族長には俺の話が難し過ぎた様だが、ゴブリンの族長がオーガとオークの族長に説明して理解してくれたらしい。

 「お前は、ワシらの家族や同胞を救って他の土地に移住させたと言ったが、他の土地で奴隷として売り渡したのではないだろうな……」

 ゴブリンの族長が三部族を代表するかの様に訊ねてきたが、

 「ええ、大丈夫です。ここから南にある土地で、アラビア半島と南の大陸であるアフリカ大陸を隔てる運河を造るのに、労働力を必要とされてみなさんは歓迎されています。先にエルフの集落を迎えていますが、まだ他の部族を迎える事が出来ます。勿論働いた分だけ、お金を支払っていますよ」

 俺はスエズ運河建設のために、建設会社の人事部の職員の様に言葉巧みに勧誘した。

 現実世界では高校生でバイトもしたことがないので、会社組織や人事部のことは知りもしないのだが……。

 「そ、それは、本当か? 我々を騙していないだろうな?」

 ゴブリンの族長は驚きの声と疑いの眼差しを向けた。

 他のふたりの族長は半信半疑の様子である。

 「騙していませんよ。今回も連合軍の攻撃の際にみなさんを脱出させますが、そのままみなさんを仲間の所まで船で移動するのを支援します。ところで先程も聞きましたが、家族の方々が裏切って、酷い事をされませんでしたか?」

 「おお、それは夢の様な話だ………酷い事? それなら十分に粗末な扱いを受けている。これ以上扱いが悪くなると、労働力が下がるので何もしないだろう。それに、昔は殺されもしたが……遺体を運ぶ場所が無駄とか、その労働力が無駄とか、今の皇帝が止めさせたのだ。我々にとっては都合が良いが、まるで家畜の様な扱いだ」

 ゴブリンの族長が所々口篭りながら説明してくれて納得する。

 俺は頼まれて亜人種たちを救う予定だったが、この現状を目の当たりにすると是が非でも何とかしようと決意した――

 

 亜人種たちと接触して色々と情報を入手したが、地下水路がイスタンブルの街に張り巡らされており、進入出来ない場所への移動が可能であること。

 それから、この国には何故かクロノスさまの神殿がないということが分かった。

 俺は教えられた地下水路を歩き、途中でアレスに訊ねた。

 「アレス、今までの国では神さまを祀る神殿がありましたが、何故この国にはないのですか?」

 「ねえ、君、ヘーベの国にもなかったよね? それに、それを僕に訊ねられても困るんだけど……そもそも、僕は自分が消えそうになっていたくらいだからね……何か新しく考えた嫌がらせかい? 久しぶりに人型になったけど、地下水路の中だしね」

 地下水路は意外と広い構造になっており、俺はアレスが汚れない様に背負って移動している。

 結構酷い事を言われたが、最近仲間内でまともに会話する機会がなかったこともあり、聞き流して話を進めた。

 「い、いえ、そんなつもりは……人目がつく場所では、後々面倒になると思ったので気を利かせたつもりでした。それから、嫌がらせとかでなくて、クロノスさまの事を知りたかっただけです。ウーラヌスさまと同じくらい偉大な神さまなのに、祀られてもいない様子で、人に対して無関心なのかと思ったんです」

 「ふーん……強大な神ではあるけど、豊穣の神として国が栄えていれば、取り合えず問題ないんじゃないのかな……もしかして、戦ってみたいと思っているのかい?」

 「……はっ? な、何言ってるんですか! ウーラヌスさまの時は、問答無用で暗闇に落とされて物凄く怖かったんですよ。何で俺が、よりにもよって怖そうな神さまと戦わなければならないんですか?」

 「だって君、最近痛い思いをしてないし、クロノスの鎌って君のスキルと似てるよね? どっちの方が上か試してみたくはないのかい?」

 「はあーっ!? 何言ってるんですか? 俺が痛い思いをしてるのは、いつも誤解によるもので、そもそも俺は悪くないんです。アウラとか、アウラとか、たまにビアンカとか、俺に迷惑を掛ける連中が離れていれば、俺がとばっちりを受けることもありません。それに、俺のスキルは力自慢で編み出した技ではないですよ……多少、趣味とか興味もありましたが……危ない思いをしたくありません。大体、アレスが俺の困っている様子や苦しんでいる姿を見たいだけじゃないですか?」

 アレスはこの後無言になり、機嫌が悪くなったのか気になったが、先に進む――。

 

 しばらく歩くと、街からマルマラ海に抜ける排水溝に達して外に出る。

 俺は汚水が海に流される様子を見て、こうして少しずつ環境破壊が行われていると知り、文明開化を進めてから、初めて複雑な気持ちになった――。

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