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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十五章 オスマン帝国の宣戦布告(前編)
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5.両軍の激突

 ――異世界生活十一ヶ月と十五日目。

 俺たちがソフィアの街を出陣して、三日目に両軍が相対する様に陣を築いた。

 事前情報では帝国軍は五万。こちらの連合軍は、三万と数の不利がある。

 更に帝国軍は侵攻速度が遅く、両国の出発した街の中間よりもかなり手前に陣を築いていた。

 これは数の多さ等の影響というよりも帝国軍の侵攻する対象国はアテネリシア王国なので、イスタブルの街に近いソフィアの街でなく、もっと南の街への進軍を意識してのことだろう。

 だが、こちらの軍を無視する事も出来ず、大軍を展開し易い平原で対峙するために布陣したと分かる。

 敵の将軍がどの様な人物か今のところ分からないが、決して凡庸ではないだろう。

 現状で非凡とまでは言えないが、敵の布陣は悪くない。

 ロマリア軍の兵が敵軍の偵察をしていたが、偵察していた部隊が戻ってきた。

 「姫さま、敵軍の大将はスレイマン皇帝です。先陣は二頭がけの戦車部隊が準備をしています。そのため騎馬部隊は少なく、後方に歩兵部隊が続いています」

 「なる程……敵は皇帝が自ら進軍させているのか……ところで、皇帝はスレイマンの何世なんだ?」

 俺は腕組みして頷き、状況の整理をしていた。

 スレイマン一世は最盛期の皇帝で有名であるが、何世であるのか気になり訊ねたのだ。

 「……姫さま、我らはどの様に迎え撃ちましょう? 或いは、こちらから奇襲を掛けますか?」

 偵察の様子を報告した兵士は、俺の顔をちらりと見ただけでビアンカの方を見つめて指示を仰いでいる。

 「……えっ? アタシっすか! アタシに聞かれても……」

 ビアンカは驚いて声を上げると、俺の方に顔を向けた。

 「ビアンカ、大丈夫だ。俺が話を聞く……それで、皇帝は何世なんだ? 俺は帝国の事を知らないが、スレイマン皇帝は一世が有能であったと聞いている」

 「おい、さっきから何で、お前に指図されなければいけないんだ! 偉そうに……」

 「はあーっ? お、おい……アンタ! さっきからその態度は何だ! 俺がこの連合軍の指揮官だぞ!」

 「姫さまがいるのに、何で俺たちがお前の言う事を聞かなければならない。そもそもお前は出陣前に自分勝手な事を言って、相手にされなかっただろう」

 俺は先程から偵察部隊に無視されている気がしていたが、その理由を理解する。

 またしても俺は人間種ということで、意地悪されているみたいだ。

 しかも今度は、ビアンカを助ける形で訊ねたのに、無視ではなく文句を言われてしまう。

 流石に腹が立って拳に力を込め、口元を引き攣らせて怒りに震えるが。

 俺の様子に見兼ねたのか、アリーシャが口を開く。

 「偵察された兵士の方々、申し訳ありません。敵軍に近づき危険な情報収集をしてもらったのに、配慮に欠けていました……それで、敵将は何世か分かりますか?」

 「……あっ!? はい、アリーシャさま……そこまでは確認出来ませんでした」

 アリーシャの言葉を聞いた兵士は、俺の時とは打って変わって改まって答えた。

 俺はアリーシャが酷い扱いを受けずに安堵する一方で、この態度の違いにイラッとする。

 もしかして俺が知らない内に、連合軍の司令官はアリーシャになっているのかもしれない。

 あちらも皇帝がじきじきに指揮を取っている様だし、こちらもアリーシャであれば確かに立場的に引けを取らないだろう。

 この手のひら返しの様な扱いに納得出来ないが、ニンジャである俺は我慢する事に慣れている――。


 偵察の報告を聞いてしばらくして、敵軍が動き始めた。

 先陣で二頭がけの戦車部隊五千程が砂塵を上げ、こちらの軍に迫ってくる。

 こちらの連合軍は、アテネリシア王国が誇る重装歩兵部隊ファランクスが迎撃のために前進を開始した。

 俺は偵察の報告を聞き、先手を打ってシェルビーに指示を出している。

 両軍がぶつかる場所を想定し、敵軍が進む先の途中の道をシェルビーの魔法で泥濘に変えていたのだ。

 勢い良く進んでくる戦車部隊の速度が、こちらのファランクスにぶつかる前に失速する。

 馬の嘶きや兵士たちの焦りの声が響き、速度を落とした戦車部隊がファランクスに相対した。

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』

 両軍がぶつかるが、失速した戦車はその威力を発揮出来ずにいる。

 戦車は高速でぶつかり威力を発揮するが、速度が落ちれば騎馬の様な旋回性はなく、高所からの攻撃のみになってしまう。

 次第に戦車部隊はファランクスに押されて後退し始める――


 『……オオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』

 ファランクス部隊の左翼から、ロマリア王国の騎馬部隊が戦車部隊の後方、右側面へと攻撃を仕掛ける。

 その先頭を良く見ると、巨大な白虎であるコテツとその背にビアンカが跨っている。

 ビアンカは渋い表情を浮かべ、明らかに嫌々だと分かるが兵士たちに懇願されて断れなかったのだろう。

 戦車部隊の後方から帝国の歩兵部隊二万程が後詰めに迫っていたが。

 騎馬部隊の攻撃で戦車部隊と寸断されてしまい動きが止まる。

 ロマリア王国の騎馬部隊が帝国の戦車部隊を突っ切った頃には、戦車部隊は前後から攻撃を受けて壊滅的な打撃を受けていた。

 ビアンカとコテツは再度騎馬部隊を反転させて、足が止まった帝国歩兵部隊の側面に突貫する。

 ロマリア王国の騎馬部隊はビアンカとコテツに先導されて、大蛇が絡むかの様に帝国の歩兵部隊を三往復、計六回突き進んだ。

 戦車部隊だけでなく、歩兵部隊も虚を衝かれ為すがままに蹂躙されて、六度の突貫攻撃で半数の戦力を失った。

 ちなみにシェルビーは、こちらの軍の進行と敵軍の位置に合わせて地面の泥濘を変化させていたが、敵軍が気づいていたか定かではない。

 俺はアウラとブリュンヒルデさんを連れて、ロマリアの騎馬部隊が苦戦する様なら敵の右側面から飛び道具による支援攻撃の準備をしていたが、こちらがあまりに優勢なので敵に手の内を見せずに退いた。

 こうして初戦は、帝国軍が大敗を喫して退却することになる。


 ――連合軍野営地。

 夕方には両軍が互いの陣地に下がり、連合軍は初戦の大勝に浮かれていた。

 「アリーシャ殿、流石は我が国だけでなく三ヶ国から王位を望まれている御仁です。敵軍の動きを読んでの変幻自在な采配に感服致しました」

 部隊長がアリーシャを褒め称えている。

 だが、これまで声が掛かった国はアテネリシア王国とオーストディーテ王国の二ヶ国である。

 グラハムさんが、ユベントゥス王国の王位を譲ることを話したのかもしれないが、定かではない。

 アリーシャは複雑な笑みを浮かべているが、

 「そ、そんな事はありません。作戦通りにみなさんが動いてくれましたし、みなさんの活躍があってこその結果ですよ……」

 取って付けたような返事をして口篭ってしまう。

 「何と慎み深い御仁なのだ。あれだけの戦果を上げても誇らずに兵士たちを称えるとは、稀に見ぬ器量の高さが窺えます」

 部隊長が更にアリーシャを持ち上げて、他の隊長たちも頷いている。

 アリーシャの困った様子を気に留めていたリヴァイが口を開いた。

 「おい、アリーシャ、そろそろ休ませてもらったらどうだ?」

 「そうっすね、アタシもお腹が空いたっすよ……」

 ロマリアの兵に囲まれていたビアンカもアリーシャを気遣って声を掛けたが、自分も早く自由になりなかった様に見える。

 シェルビーとアウラも何か言いたそうにしていたが、恥かしくて何も言えずにいたようだ。

 結局、隊長たちも若い娘たちを長く拘束するのに躊躇いを感じたのか、休息を勧めた。

 みんなは、ブリュンヒルデさんが待つ天幕に引き上げていく。


 ――オスマン帝国軍野営地。

 今朝はロマリア王国の兵士が偵察を行ったが、相変わらず俺にだけ意地悪をして質問に答えてくれなかったので自分で足を運ぶことにした。

 今頃みんなは初戦の大勝に浮かれているかもしれないが、俺は宝石になったアレスを連れて慎重に奥に進んでいる。

 途中で何箇所か古典的な罠が仕掛けられていたが、容易に突破した。

 一時的に設営された野営地では、細かな罠を設置するくらいなら監視を強化した方が効率的かもしれない。

 だが、敵側の監視も複数配置されており、まずまずであろう。

 今回の敵将は決して凡庸ではないと分かるが、現実世界で学んだ俺の敵ではない。

 インチキしているみたいで若干心が痛むけど、俺も蔑ろにされて耐えているのだから、お互い様だと割り切って、更に内部に進む。

 敵の陣地は怪我人が多数唸っており、俺独りの侵入に構っている余裕がないのか。

 野営地の外回りの方が、警戒が強い様に感じられた。

 俺は暗くなって周囲の人の動きが少なくなると、他の天幕とは大きさと作りが明らかに違う天幕があり、そこに忍び込んだ。

 「おおおおおおおおお――っ! いったい何なのだ! こちらの軍が弱過ぎであろう!」

 天幕の中では、椅子に座り豪奢な衣装で着飾った男が声を荒げている。

 そして、その男の前では、膝を着いている身分の高そうな兵士たちが俯いていた。

 「へ、陛下……敵の指揮官は、極東の男が務める予定でしたが、離反したそうです。今は、アリーシャ姫が代行していると密偵から報告がありました……」

 「陛下、私の所でも同じ報告がきていますが……極東の男であれば、もっとあからさまに卑劣な攻撃を仕掛けてくると聞いています。しかしながら今回の敵の攻撃も、僅かに魔力の反応があったと報告がありました。陛下の正々堂々の真正面からの戦闘に、小賢しい真似をしたのでしょう。また敵の騎馬兵団の先陣に巨大な白虎がいましたが、跨っていたのはロマリアの王女だそうです」

 怒りで身体を震わせながらも黙って部下の報告を聞いた皇帝は、嘗てのアレスサンドリア帝国の皇帝とは違い、それなりの器量を持ち合わせていると分かる。

 ちなみに皇帝だけでなく、ここでも俺は悪口を言われて身体を震わせながら怒りに耐えていた。

 「そうであろう。今回は極東の男がいないと聞いたから、王者らしく正攻法で進軍したのだ。それで、アリーシャ姫? 誰だ、それは? それにロマリアの王女が前線に出ていただと……小癪な真似を……」

 「陛下、アリーシャ姫とは、最近ボスアレスで領主となった娘です。そして、アテネリシア王国とオーストディーテ王国から、次期国王として指名を受けている娘でございます。それから、ロマリアの王女は武勇に覚えがあるらしく、自ら前線に赴いたようです」

 「うーん……アリーシャ姫とは、ハプスブルク家の生き残りであろう……ならば、嘗ての領地であるオーストディーテ王国に思い入れがあるに違いない。ゲルマニア帝国とフランク王国に、オーストディーテ王国を攻める様に密書を送ろう。あの国が攻められたなら、アリーシャ姫は撤退するであろう。ロマリアの王女は真っ向勝負で意気込みは買うが、まだ若く目先の戦いしか見えていない匹夫の勇であろう……」

 スレイマン皇帝は自身の策に余程の自信があるのだろうか、口端を吊り上げて笑みを浮かべる。

 「流石は陛下です。早速、密書を届けさせる準備を始めましょう」

 身分の高そうな兵士が答えて、一同が頭を下げた――。

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