4.宣戦布告
――異世界生活十一ヶ月と十二日目。
王都でグラハムさんと話して一週間が過ぎ、月が替わった。
俺がこの世界に来て、もうじき一年が経とうとしている。
オスマン帝国の動きを警戒していたが、アテネリシア王国に宣戦布告した。
西に勢力を拡大するには、ロマリア王国よりも隣接している国境が広く、領海の広いアテネリシア王国に侵攻するのが自然であろう。
だが、俺の活動が影響していると分かる。
これまでは複数の英雄を有し、国力の高いアテネリシア王国は自然とオスマン帝国領海まで勢力を伸ばしていた。
しかし、今は俺が複数の英雄を倒し、貴族たちを倒し、国王を拘束した。
そのため国力が低下して、攻め時だと判断したのだろう。
だが、実際は英雄たちが健在で、自分たちの都合で戦力を緩慢にしてきた貴族たちがいなくなり、国という組織で軍が再編成された。
俺の指導でクレアが中心となり実施させたが、兵たちの役割が明確になり組織力が高くなっている。
はっきりいって、以前より強くなっていたのである。
オスマン帝国は、旧態依然とした情報戦を行っており。
そういった詳細を知らず、調べずにいた。
そして万全を期しての宣戦布告として、オスマン帝国は侵攻を開始したのである。
――礼拝堂。
これまで通り出発前に街の教会へみんなで足を運ぶと、祭壇の前に自身と同じ姿をした女神像を背景にヘーベが立ち、俺たちはヘーベの前に膝を着いた。
俺の右から順にアリーシャ、アウラ、ビアンカ、シェルビーと並んでいる。
アリーシャの後ろにはリヴァイが腕を組んで偉そうに突っ立っており、ビアンカの後ろにはコテツが寝そべっている。
俺の左側には、アレスとブリュンヒルデさんが膝を着かずに立っていた。
グラッドとレベッカさんもいつも通り祭壇脇に立っている。
久々に祭壇の前からみんなを見渡して話し掛けるヘーベは、
「さて、今回は大儀もなくアテネリシア王国に宣戦布告したオスマン帝国から、アテネリシア王国の人々を守るために遠征するのでしたね」
神々しいオーラを纏いつつも優しい口調で問い掛けるが、シェルビーとブリュンヒルデさんは緊張している様子である。
「はい、以前は滅亡したアレスの国の人々のために、アテネリシア王国の兵と戦いましたが、今回はアテネリシア王国を守る立場になりました。まだ一年も経っていませんが……状況は変わるものですね。それに神さまが庇護している割には……どうしてこんなに国同士が争うのか、理解出来ませんよ……」
俺は自分で思う事もあったが、シェルビーとブリュンヒルデさんの気持ちが楽になる様に世間話をした。
だが、目の前に立つヘーベと隣に立つアレスは苦笑を浮かべる。
「ねえ、君、何か格好つけた言い方をしているけど、何気に僕の名前を出して滅亡したと侮辱するのは止めてくれないかな」
「そ、そうね……カザマ、アレスに対しても……ですが、神を非難する発言は不遜ですよ」
「えっ!? そ、そんなつもりは、ありませんでしたが……気を悪くされたのでしたら、謝りますよ。アレス……」
俺がアレスに謝罪すると、ヘーベが再び口を開いた。
「……コホン。カザマがまた余計な事を言ったけど、一応疑問に答えておくわ。以前にも説明したと思うけど、神々はそれぞれに役割を担っているから、それによって神々の嗜好や行いも違うのよ。それに今回と以前のアテネリシア王国の宣戦布告は、意図が違うわよ。旧帝国は皇帝がアレスを崇めるのを止めて私利私欲を行い、滅亡寸前だったから民衆を解放するという大儀があったのよ」
「なるほど、物は言いようですね。俺も似た様なことを言ったつもりでしたが……それから、ヘーベはまだ俺が以前プレゼントした花の冠を被っているのですか? 普段は被っていないのに、みんなが集まった時だけ……」
「だ、黙りなさい! この口は、さっきから遠慮なく余計なことばかり……」
俺は、全然枯れることのない花の冠の物持ちの良さに、思わず突っ込んでしまったが。
ヘーベは祭壇の前から、つかつか歩み寄って来ると俺の胸倉を掴んだ。
そして、またしても手を振り被ってビンタを始め、往復で何度も続ける。
「ヒ、ヒィイイイイ――っ!? な、何で……スミマセン……もう、ぶたないで!」
俺は何故ヘーベがこんなに怒っているか分からなかったが、助かりたい一心で声を上げた。
ヘーベは数十回ビンタを続けたが、いつも通り疲れたのか満足したのか俺の胸倉を離すと、他のみんなに視線を移す。
「出発を前に、私の従者が余計なことばかり言ってお詫びします」
「ヘーベさんは悪くないと思うわ。カザマはいつも調子に乗るけど、最近は何だか態度が偉そうな気がするの。きっと良い薬になった筈よ」
「……そうですね。私も花の冠については、色々と知りたいこともありますが……先程からの不遜な言動は、罰を受けて当然だと思います。それに、カザマは極東の男として、出発前に顔を腫らす必要があるのですよね?」
ヘーベがみんなに謝罪の言葉を口にすると、いつも通りアウラが余計な事を口にして、アリーシャがとんでもない事を言い出した。
「あーっ!? そういえば、アリーシャの言う通りっす! カザマは極東の男になる前に、いつも顔を腫らしているっすよ!」
「うむ、毎回懲りずに……疑問に思っていたが……わざとであったのか」
「おい、お前、色々と面倒だぞ。殴って欲しいのなら、俺に言えばいいだろう」
アリーシャの言葉にビアンカ、コテツ、リヴァイが食いつき、俺は怒りで身体を振るわせる。
決してわざと殴れている訳ではない。
だが、確かに他所の国に行く時、タイミングを計ったかの様に誰かに殴られている。
まるで何者かに仕組まれているかのように……。
「ねえ、君、色々と風変わりな属性持ちの様だけど、そろそろ時間が勿体無いと思うよ」
アレスが嬉しそうな笑みを浮かべて皆に声を掛けて、みんなは教会の外へと移動を始める。
俯いて独り動かない俺に、グラッドが無言で肩を叩き励ましてくれた――。
教会の外に出ると、ヘーベと一緒にグラッドとレベッカさんが並んだ。
今回は俺たちが一度もソフィアの街に行った事がないため、グリフォンとペガサスで移動する予定である。
「……コホン。今回も出発前に色々とありましたが、それでは我が従者、カザママサヨシとその仲間たちに青春を!」
俺たちはヘーベのいつものセリフを聞くと、厩舎に移動して東の空に舞った。
六月の空は、大分陽射しが強くなっており。
もうじき、この世界で二度目の夏を迎える。
しかし、今年の夏はボルーノ街で露天風呂に入ったり、ベネチアーノで観光する余裕はなそうだ。
俺たちは途中でボスアレスに寄り休息を取っていたが、アリーシャは自分の執務室で書類の確認をしたりと、手早く仕事を済ませたようである。
その後、ソフィアの街まで休憩なしで移動した。
――ソフィアの街。
大分陽が傾いた頃にソフィアの街に入った。
今はロマリア王国が統治している街であるが、他のロマリアの街程獣人種のヒトたちは多くないようである。
そのせいか、他のロマリアの街では守衛さんに酷い仕打ちを受けたが、ここでは普通に通る事が出来た。
街の中に入るとこれまでのヨーロッパらしい雰囲気から、東洋系の文化を感じる建物が雑ざった街並みが新鮮に感じられる。
この世界でも中東に近い都市だけに支配する国がその時代によって変わり、色々な文化が取り込まれたようだ。
俺はそのまま街の観光をしたい気分になったが、みんなを連れてギルドに向かった。
どこの国にも役所的な役割を果たすギルドがあり、ロマリア王国にもギルドはある。
俺は事前に、街に集まっている兵の指揮をする様にと依頼を受けていた。
街の中にはそれ程目立った兵は見なかったので、どこか近くで野営して集結しているのだろう。
ギルドの建物は、街の中心付近にあり人通りの多さと建物の感じが、どこの街でも似ているのですぐに分かり中に入った。
ギルドの職員も街の様子と同じで人種の方が多く、獣人種のヒトたちは三割くらいであろうか。
俺は自分たちの事を職員に告げると、ギルド職員に案内されて軍の施設に案内された。
――ソフィアの街の駐屯所。
施設の中に入ると扉の前に衛兵が立つ部屋へと案内されたが、室内は会議の最中のようであった。
周辺の街から兵士が集められて、部隊長たちが集まっていたのだろうか、一番奥に座っている偉そうな人が立ち上がって口を開く。
「あ、あなたが有名な、極東の男でしょうか? 黒くて粗末な身なりにやや小柄で、厳つい顔……勇ましい顔つき以外は、平凡……噂通りだ」
俺はいきなり失礼な事を言われて顔を引き攣らせる。
更にアウラが頬を膨らませ笑おうとしているのを見て、叱ろうとした。
だが、アリーシャやみんなも頬を膨らませ笑いを堪えているので諦める。
「そ、そうです……俺が極東の男と呼ばれている者ですが、すぐに分かってもらえて良かった……早速ですが、今後の軍の編成や作戦について打ち合わせをしましょう」
俺は面倒なのでそのまま頷いて話を進め、先程失礼な事を言った男から席を替わってもらい、仲間たちにも席が与えられる。
「まずビアンカとコテツは、ロマリアの兵の指揮をお願いします。俺では言う事を聞いてくれるかイマイチ……ですし、ビアンカは一応、王女さまだから筋は通っているだろう」
俺の言葉を聞き、周りの指揮官たちは驚いてビアンカの方に顔を向けた。
「えっ!? アタシ、そんな面倒臭いことは嫌っすよ!」
「うむ、貴様は自分が任されておいて、面倒だからと他者に押し付けるとは……」
ビアンカは口を尖らせあからさまな態度を示した。
そしてコテツは、俺を悪者の様に言っているが雰囲気で嫌だと伝わってくる。
「みんなで分担してやるんだから、我がままは無しにして欲しいな。それからアリーシャとリヴァイも念のため、こちらの艦隊で指揮が必要なら移動してもらいますよ。ブリュンヒルデさんもお願いするかもしれません」
「私も嫌ですよ……折角、久しぶりにみんなと一緒なのに……」
「おい、お前、みんなが嫌がっているのに、偉そうに指図するな」
アリーシャが珍しく我がままを呟いたと思ったら、それに反応するかの様にリヴァイが俺を非難した。
ブリュンヒルデさんは顔を顰め、困った様子で返事が出来ないみたいだ……。
「ねえ、君、反対意見が多いみたいだけど、アウラとシェルビーはどうするんだい?」
アレスの言葉にアウラとシェルビーは先程から気になっていたのか、息を呑む様に俺を見つめる。
「ああ、ふたりは俺と一緒に行動してもらいます。シェルビーは今回初めての参戦ですし、色々と手伝いをお願いしたいと思っています。アウラはまた厄介事を起こすと面倒なので、傍で大人しくしてもらいます」
シェルビーは頬を薄っすら染めて胸を張ったが、アウラは顔を赤く染めて俺を睨む。
「な、何ですって! また私の悪口を言って……幾ら、私が好きだからって……」
アウラはつかつか歩み寄って来ると、俺の胸倉を掴んで揺すってきた。
周りの隊長たちは先程から面食らった様に固まっていたが、戸惑いを隠せない様子である。
「アウラ、少し落ち着きましょう。みなさんも申し訳ありません。先程から極東の男が、独り善がりな事を言っていますが、みなさんで話し合いましょう」
アリーシャの声でアウラが俺から手を離し、隊長たちも戸惑いながらも意見をし始めた。
結局、それぞれの国の長所を活かした戦い方をすることになり、戦闘に合った地形に移動し布陣することになる。
敵軍は宣戦布告した今日から侵攻を始めており、こちらの軍も明日の早朝から進軍することになった。
敵の主力は、隣接する一番の都市であるイスタンブルから進軍しているため、中間の平原で両軍がぶつかることになるだろう。
――異世界生活十一ヶ月と十二日目。
夜明け前になると野営地から食事の準備のために、あちこちから小さな火が起こり長閑な雰囲気を醸し出す。
しかし、陽が昇り始めた頃には、兵士たちは朝食を済ませて緊張感を漂わせている。
そして、ロマリア王国とアテネリシア王国連合軍が、ソフィアの街外の野営地から出陣した――。




