4.ピラミッド
ピラミッドの中の通路は、俺たちが三にん並んでも歩ける程の幅があり、天井の高さも道幅と同じくらいで広く感じる。
それから、道は凹凸が少なくヒンヤリしており、中は照明がないので当然暗い。
「カザマ、暗いわ……」
アウラが不安そうな声を漏らし俺の腕に自身の腕を絡めてきたが、程よいサイズの双丘が腕に押し付けられてこの上なく柔らかく感じる。
(久しぶりだが、柔らかい……)
俺は思わず心の中で感想を呟くが、反対側からいきなり小さな手が俺の手を握ってきて狼狽する。
「はあっ!? ち、違う! 邪なことではなく、純粋に……!? アレス?」
いつもは街中で手を繋ぐのは俺の方からで、決して自分から手を握って来る事はない。
だが、わざわざこのタイミングで手を繋いできたのは、俺の心を読んでの事であろう。
「ねえ、君、突然、訳の分からない事を叫んでどうかしたのかい? 何か疚しい事でも考えていたのかい?」
「アレス、分かっていて、意地悪な事を聞かないで下さい。アウラがいきなり抱きついてきて、嬉しかったんですよ。これで満足ですか?」
以前までは必死に誤魔化そうとしたが、現実世界で冷静さを取り戻した俺は慌てることなく素直な気持ちを伝える。
アウラが絡める腕に力を入れたのか、益々柔らかな双丘が押し付けられ心地良くて頬が緩む。
「ねえ、君、そんなに気持ち良いのかい? それでは僕からも……」
アレスは棘がある口調で囁くと、繋いでいる手に力が伝わる。
「!? 痛い! アレス、そんなに力一杯握られたら痛いじゃ……!? イッテー!」
アレスに子供とは思えない力で手を握られて文句を言ったのに、今度はブレスレットから電流が流れて声を上げた。
「ねえ、君、アウラが力を入れて喜んでいたみたいだったから……僕も力を入れたのに酷いじゃないか」
アレスが子供っぽい口調で文句を言うが、白々しく聞える。
暗くて見えないが、アレスは飛び切り嬉しそうな笑みを浮かべているのであろう。
「ねえ、カザマ、さっきからアレスと何を話しているのかしら? 暗くて分からないわ。明かりを灯して欲しいのだけど……」
アウラが右隣から呟き、息が頬に触れてくすぐったい。
「たいしたことは話してないけど、アウラが俺にくっついてくるから、アレスが羨ましいみたいで……!? イッテー! 痛いじゃないですか! 本当のことなのに」
またも左手に電流が流れて、本当の事を言ったのに理不尽である。
「ねえ、君、不遜な言葉は控えて欲しいけど……いい顔が見れたから……」
アレスは文句を言いつつも何故か嬉しそうだ。
俺は苛立ちを抑えながらも、明かりをつけた。
――ピラミッドの外では、ビアンカがスフィンクスと戦っている。
スフィンクスは大きな足でビアンカを踏み潰そうとしたり、尻尾を振り回しビアンカを叩きつけようとするが、尽く避けられていた。
ビアンカはスフィンクスの攻撃をかわしつつも、その合間を縫うように攻撃を行う。
大きく重量級の相手に対して、高速で四方に移動しつつ死角から蹴りを浴びせる。
切れのあるビアンカの蹴りは、スフィンクスの身体の一部を削るがダメージにはならないようであった。
先程から同じ様な光景が繰り返されている。
しかし、噛み付き攻撃の初っ端ではビアンカも面食らったのか、避ける事が出来ずに防御を行うが堪らず弾き飛ばされた。
「ううっ! 石像のくせに噛み付いてくるっすか……」
「うむ、ビアンカ、相手が弱いからといって油断するな」
「コテツの兄ちゃん、分かっているっす。バハムートのオジサンと比べると大きいだけでたいしたことないっす。でも硬いっすよ……」
ビアンカは、コテツから叱られて眉を顰めるが、戦闘を行いながら返事をするあたりに余裕が窺える。
「うむ、あの時の様に風の力を使ってはどうだ?」
「あれはもっと強い敵と戦う時に使いたいっす。久しぶりに全力で攻撃をしても倒れない相手で勿体無いっすよ」
「うむ、そうは言うが、先程からほとんどダメージを与えていないようだぞ。それに、思わぬ油断が命取りになる場合もあるのだ」
先程から動く巨大なサンドバッグを相手にするかの様に、気持ち良く攻撃をしていたビアンカの表情が再び険しくなる。
「分かってるっすよ……なかなか倒れないっすね……」
ビアンカは右手を上げて振り下ろし、風の手刀を浴びせた。
それから両手を胸の前に合わせて、スフィンクスの全方位からカマイタチを起こして攻撃を浴びせる。
「ううん……『風の手刀』も『カマイタチ』も通用しないっすね……」
「うむ、ビアンカ、攻撃手段を変えるのは良いが、今の攻撃は相性が悪い。最近覚えた高速で相手に突進する技なら倒せるであろう」
ビアンカはまたも顔を顰めたが、先程までとは違い明らかに嫌そうな表情である。
「ううん……あれはこんな弱い相手に使いたくないっす。もっと限界まで身体を使って何とかしたいっすよ……」
「うむ、分かった、ビアンカの好きにするといいだろう。だが、いざとなったら、我がままを言わないで、一気に倒すのだぞ」
コテツの言葉を聞き、ビアンカは何も答えずに唇を吊り上げた。
――ピラミッドの内部では、俺だけが先行して歩かされている。
久々に『燃える男』を発動させた俺は、アウラとアレスから照明代わりにされている。
俺は都合良く扱われ、後ろではアウラがアレスと姉弟の様に仲良く手を繋いで歩いており、疎外感を覚えた。
それでも中を歩きながら、自分の歩幅と歩数から移動距離を測る。
段差や曲がった方角などを記憶し、ピラミッド内部の大体の位置を把握していた。
「なあ、アウラ。どんどん中心の下の方に向かって歩いているが、大丈夫なのか?」
「ええ、私には建物のどこに進んでるか分からないけど、土の精霊たちのマナを感じているわ」
アウラは相変わらずメルヘンな事を口にして得意気だが、俺はゴーレムを操っている術者に近づいているか気になる。
「アウラ、術者には近づいているんだよな?」
「私には人を探す力はないわよ。そういう特殊な事はアレスに聞いて欲しいわ。私は、ただ土の精霊のマナから、土の魔法を発動している相手の居場所を感じているだけよ」
アウラも十分特殊だと突っ込みたいが、回りくどい事を言いつつも術者の場所を把握していると分かった。
それならもっと分かり易く単純に答えて欲しいと溜息を溢す。
ふと、正面から何かが近づいてくるのに気づき、俺たちは足を止め顔を見合わせた。
振動が段々こちらに向かってきており、只ならぬ事態だと身構える。
「アレス、アウラ、前から何か近づいて……!?」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア――!? 何よ、これ!」
正面から通路の幅とほぼ同じくらいの巨大な石の玉が、轟音を発して転がってきた。
俺たちはお約束の展開に、慌てて反対方向に走り出す。
俺はアウラとアレスに追いつくと燃える男をキャンセルさせ、ふたりを両脇に挟む様に抱えて、記憶していた道を直角に曲がる。
巨大な石の玉は轟音を響かせて通り過ぎていく――
俺たちは石の玉が通り過ぎていく様子を眺めて安堵した。
「はーっ……アレス、ここは何ですか? もしかして、こんな罠が他にもあるのですか?」
「ねえ、君、そんな事を僕に聞かれても知らないよ。大体、こういう場所の事は君の方が詳しいんじゃないのかな」
思わず気が緩みアレスに文句を言ってしまったが、確かに宝と共に埋葬されているピラミッドの中は、色々と罠が仕掛けられていても可笑しくない。
「アウラ、この先にも色々と罠が仕掛けられているかもしれないから、注意しろよ」
「私、さっきみたいのが来たら困るわ。ビアンカみたいに身軽ではないし、カザマの様に丈夫ではないのよ」
「ああ、分かった。出来るだけ注意して進んで、罠に掛からない様に気をつける」
俺はアウラを励まして、先程の道に戻り先を進んだ。
燃える男で辺りを照らしているので、俺一人が先行しているが罠を警戒するには都合が良い。
途中で幾つか床に不自然な部分があり、アウラとアレスに通らない様に指示を出す。
俺たちは罠にかかることなく、無難に目標地点に向かっていたが、またも聞き覚えのある音と振動が近づいてくるのに気づいた。
「アレス、また何か近づいてきますが……あんなに危ないものを幾つも仕掛けたら、仕掛ける側の人たちも危なくないですか?」
「ねえ、君、僕に聞かれても分からないとさっきも言った筈だけど、仕掛けた人たちが中に入らないのなら問題ないんじゃないのかな」
「あっ!? それもそうですね……」
「もうっ! カザマ、呆けている場合じゃないわ! また近づいてきてるわよ!」
アレスに突っ込まれて返す言葉もなく、一瞬硬直するとアウラに叱られるという珍しい失態を晒してしまう。
まさか、アウラにまともな事で突っ込まれるとは思いもしなかった。
俺たちは後ろから迫ってくる石の玉から全力で逃げるが、進行方向に向かって逃げているので、先程の様に避ける場所が分からない。
轟音が背後に迫ってきて、俺は周囲を照らすために灯していた燃える男を解除して、先程と同じ様にアウラとアレスを両脇に挟む様に抱えた。
「ふたりともよく聞いて欲しい! これからふたりを通路の隅に転がすから、隅に転がったら出来るだけ身体を伸ばして壁の角にはりついてくれ!」
「カザマ、突然どうしたの? そんな事をしたら、私たちが潰されてしまうわ!」
「いや、大丈夫だ。潰されるのは、俺だから……いくぞ!」
俺は、相変わらず動揺し易いアウラに構っている暇はないと、ふたりを通路の隅に向かって転がした。
そして、俺は全身に力を入れて身体を真っ直ぐにして、床にダイブして叫ぶ。
『ウインド!』
久々に自分から詠唱する破廉恥魔法だが、風の障壁の上を石の玉が通過しようとする。
破廉恥魔法で石の玉の進行を止められるとは思わなかったが、俺の身体の上を通過する際に少しでもダメージを軽減出来るかと期待した。
そして、破廉恥魔法が期待以上の威力を発揮して、石の玉は風の障壁を突き破る事はなく通過する。
だが、風の障壁の上を通過した石の玉は、俺の身体に全重量を浴びせた。
「……ううっ!」
石の玉が通り過ぎていき、俺の呻き声は轟音に掻き消される。
アウラとアレスは通路の角にへばりつく様にして、球形状の石の玉を隙間で避けて事なきを得たようだ。
「カザマ……!? カザマ、大丈夫? アレス、カザマが床に埋まっているわ!」
「うん、そうだね。ピクピクしているけど、彼は丈夫だから大丈夫だと思うよ」
床に埋まり全身の痛みに耐える俺をアウラが心配そうに気遣っている様だが、アレスはあまり俺の事を心配してなさそうだ。
寧ろ、その声は嬉しそうとまでは言えないが、楽しげに聞える。
俺が文句を言おうと立ち上がろうとすると、それより先に頭上から急激に膨らむ様な巨大な波動を感じた。
「カザマがピクピクして、死にそうだわ……よくもやってくれたわね……」
アウラがまたも勘違いしている様だが、アレスと違い俺を気遣っての事なので対応が遅れてしまう。
「こんな建物、燃やしてしまえば……」
アウラがとんでもない事を呟き、俺は歯を食い縛り慌てて顔を上げるが。
「炎よ! 業火となって焼き尽くせ!」
「ま、待て……!?」
俺の制止の声は間に合わず、アウラの身体に眩い光が集まると、アウラの前から通路を焼き尽くす様な紅蓮の業火が放たれた。
相変わらずの威力に見惚れてしまい、一瞬遅れてアウラを止めようと声を上げる。
「……アウラ、何やってんだ! 迷路の中で、そんな高出力な炎の魔法を使ったら……!?」
アウラは驚いたのか碧い瞳をパチパチして魔法を止めるが、遅かった。
俺はアウラとアレスを抱きかかえて、床にダイブして伏せると再び叫んだ。
『ウインド!!』
今度は最大威力で破廉恥魔法を発動させた。
内から外へ広がる気流は、突然背後から襲ってきた業火を奇跡的にいなし、間一髪で俺たちが灰になるのを防いだ。
アウラが放った業火の魔法はあまりに高威力のため、ピラミッド内部の通路を循環して戻ってきたのである。
「カザマ、生きていたのね……」
俺は破廉恥魔法をキャンセルして、アレスとアウラを放そうとするが、アウラが抱きしめてきて離れない。
「アウラ、心配してくれたのは嬉しいが……!? イッテー! アレス、大事な話があるから、ちょっと大人しくしていて下さい」
アウラに抱きしめられて色々と当たって頬を緩めると、いつも通りアレスから電流を浴びせられたが、いつもとは事情が違う。
アレスが苦笑を浮かべているが、構わずにアウラを叱る。
「アウラ、こういう地下道や迷宮の様な場所で、今みたいな魔法を使ってはダメだ。心配してくれたのは嬉しかったが、俺たちは灰になるところだったぞ」
「ご、ごめんなさい……」
流石のアウラも自身の魔法の威力を知ってか、状況を理解したのか花が萎れる様に表情が曇っていく。
「まあ、反省したのなら、次から気をつければいいだけだ……」
「ねえ、君、誤魔化そうとしているけど、さっき僕に不遜な態度を取ったよね」
俺はアレスの言葉を聞き流し、アウラとアレスを抱える様に立ち上がって、先に進もうとした――。
俺たちはまたも三にんで顔を見合わせた。
これまでの石の玉とは違う振動と音が近づいてくる。
「おい、アウラ、水の音だよな……」
「ねえ、君、シミジミと口にしている暇はないと思うけど」
アレスの言葉に苛立ちつつも、ピラミッドに入って三回目の全力疾走を始めた。
俺たちは進行方向から迫ってくる鉄砲水に、来た道を引き返す。
そして、またも俺は燃える男をキャンセルすると、アウラとアレスを抱きかかえて直角に曲がる横の通路に入った。
激流は脇道に入った俺たちを通り過ぎ、真っ直ぐに流れていく。
僅かに脇道にも水が流れてくるが、水の流れが強過ぎるせいかあまり被害を受けなかった。
「……助かったのか? それにしても、さっきから罠が大掛かり過ぎるな。小さな罠は見つけて回避しているが……ほとんど水がない地域で、こんなにも大量の水を使ってくるとは……」
「カザマ、さっきの水は精霊の力を借りたものよ。相手はこの先を進んだ……下の方にいるわ」
俺が訝しげに呟いているとアウラが答えたが、少し考えて視線を下げた。
先に進むと下に降りる階段でもあるのかと想像したが、先程の水はどこから流れてきたのかという疑問も浮かんだ。
兎に角、俺たちは先に進むことにした――
しばらく進むと、通路幅と同じくらいの空洞が上下に開いており、アウラが下に方にいると言った意味が分かった。
そして、先程の水がこの下から噴き上がってきたのだと分かったが、流石にアウラが関心を示すだけの種族であると納得する。
俺は自分の荷物から縄を出して、適当な所に固定して下に垂らした。
「アレス、これから縄を使って下りますので、下まで宝石になってくれますか? アウラは、俺の首に手を回して落ちない様に掴まって……あっ! そういえば、アウラは飛ぶ事が出来たよな……」
「カザマ、確かに飛べることけど……そんなに高くは飛べないわ。カザマにおぶさってもいいかしら……」
アレスはすぐに宝石になってブレスレットに嵌ると、アウラが頬を染め身体を捻らせながら口篭る。
俺はアウラの恥らっている様子に察しがついた。
「別に構わないけど、下りたらすぐに知り合いに会えるのか? 知り合いでも面識がないから、やっぱり恥かしいのか?」
「……えっ? 多分、下で待ち構えていると思うけど、そういう恥かしさではないの……」
アウラは柳眉を顰め頬を膨らませると、無言で俺の首に腕を絡めて抱きついた。
年頃の女の子にしては、大胆にも俺の腰に両脚を絡め、ガッチリと身体を固定させる。
(や、柔らかいが……苦しい……!?)
アウラの胸が背中に押し付けられ、その拘束がきつ過ぎるのを我慢して至福を堪能しようとするが、アレスに遮られる。
「イッテー! アレス、今の状況を我慢するのは、年頃の男には無理があります。それに、これからしばらくは落ちたら危ないので控えて下さい」
俺は悪びれもせずに自身の正当性を主張し、下に向かった――




