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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十三章 南の大陸への進出(前編)
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4.大陸へ向けて出航

 ――異世界生活九ヶ月と二十八日目。

 グラハムさんと王宮で話した二日後、俺たちはベネチアーノの港に来ている。

 今回はアリーシャが長期間の旅は無理なので、リヴァイと共にボスアレスで留守番となった。

 そして俺は、みんなをブリーフィングルームに集めている。 

 「今回の作戦の概要を説明する。本艦はこれよりアドリア海を南下し、イオニア海で西に転進。メッシーナ海峡を通りティレニア海を西に進んだ後に南下、南の大陸の最も近い街である『チュニス』に入港する。今回はシチリア島周辺を進む訳だが、船が座礁しない様に諸君たちには留意してもらいたい。尚、メッシーナ海峡に入る前に、本艦の大砲の射撃訓練を行う。日頃の成果を発揮してもらいたい」

 「「「アイサー!」」」

 ブリーフィングルームには、以前まで青空教室で学んでいたゴブリンとオークとオーガの若者たちも一緒に話を聞いており、俺の話を聞くと席を立ち綺麗に敬礼した。

 俺も三にんの部族を代表する若者たちに敬礼を返す。

 みんなが緊張のせいか顔を引き攣らせている中、アウラが恐る恐る口を開く。

 「あのー、カザマ……ちょっと、質問していいかしら?」

 「何かね、アウラ君。今回は攻撃担当ではなく、魔力のチャージを行ってくれないかね」

 モミジ丸の魔力チャージはリヴァイにお願いするつもりだったが、俺の船だからという理由で俺に押し付けられていたのだ。

 「私には無理よ。私の魔法は精霊にお願いしているから……それより、大砲の射撃訓練って何かしら? それに、青空教室で勉強を教えていた子たちが居るみたいだけど……」

 「ああ、みんなはまだ大砲の射撃を見ていなかったな。百聞は一見に如かずというから、実際に見た方が早いだろう。三部族の子供たちは集落の代表として乗船しているが、今後エンジニアとして活躍してもらうから集まってもらった」

 アウラはまだ何か言いたげな様子だが、ブリュンヒルデさんが口を開く。

 「極東の男、この船は色々と可笑しいわ。見た事がないモノを積んでいる割りに、水車がないわ。ただの帆船ではないのよね?」

 「ブリュンヒルデさん、ここではカザマと呼んで下さい。名前は面倒でも使い分けてもらわないと正体がばれてしまいます。それから、モミジ丸の動力は水車ではなくスクリュープロペラを採用しています。これも後から見せますので……」

 ブリュンヒルデさんは、まだ俺たち合流して日が浅いので色々不慣れな事があったり、分からないことがあるのは仕方ない。

 だが、俺はブリュンヒルデさんの将としての能力に期待し、今後色々な事を教えるつもりでいる。


 ――艦橋ブリッジ

 ブリッジに戻った俺は艦長に出航を促した。

 三部族の子供たちはそれぞれの部署に移動しているが、ビアンカは甲板の方に出ている。

 出航時はブリッジよりも外にいた方が楽しいのかもしれない。

 ブリッジには、クルー以外にコテツとアレス、アウラとブリュンヒルデさんがいる。

 「艦長、本艦はこれよりシチリア島、西南にある大陸のチェニス港に向けて出航する。合図を頼む」

 「アイサー! 出航用意」

 「「「アイ」」」

 俺の指示を受けた艦長が返事をして、格クルーに伝達される。

 クルーたちが一斉に返事をして、銅鑼が響いた。

 タラップが外されて、次に係留していた舫いが外される。

 「抜錨」

 「アイサー! 抜錨」

 「「「アイ」」」

 先程と同じ様に俺の指示を聞いた艦長が返事をして、格クルーに伝達される。

 クルーたちが一斉に返事をして、銅鑼が鳴る。

 以前モールス信号が普及していることが分かったので、色々と取り入れたが大分普及しているようだ。

 ブリュンヒルデさんは、俺の格好良い姿を見て呆然としていた。

 ビアンカは大分この街に慣れたので、港に集まっている人たちに手を振っているのだろう。

 「面舵三十度、両舷前進微速」

 「アイサー。面舵三十度、両舷前進微速」

 「「「アイ」」」

 ブリッジでは俺の指示の後、艦長がクルーたちに指示を出し復唱されている。

 外では銅鑼が鳴り、係留されていたモミジ丸が、南の大陸に向けて出航を始めた。

 港ではモミジの旗が揚がっているのを見つけたのか、出航する様子を見ようと見物人が大勢詰め掛けている。

 俺たちはハンカチを振り見物人に答えたが、ブリュンヒルデさんが首を傾げた。

 「き、カザマ……凄くたくさんの人が集まっているけど、何故みんなハンカチを振っているのかしら? それに船員たちが、同じ言葉を繰り返しているのだけど……」

 俺は目を細め、ブリュンヒルデさんに説明を始める。

 「まだ、微妙に言い間違えそうになりましたね……この船はモミジ丸と言うのですが、極東の男が乗船する時は、モミジの旗が揚がるんです。それで街の人たちが、極東の男を見ようと集まったみたいです。極東の男は人前に出て声を掛けたり出来ないですから、代わりにハンカチを振って応える習慣が定着したんですよ。それからクルーたちが復唱しているのは、ヒューマンエラーの防止です」

 「ヒューマン……エラー?」

 ブリュンヒルデさんは初めて聞く事に驚いたのか、水色の双眸をパチパチしているが、

 「はい、人間ですから、間違えは誰にもでもありますよね? 復唱することで自分自身と周囲に確認して、間違えを失くすのが目的ですが、実際は極力少なればと思っています」

 今度は感心した様に小さく口を開けて頷いた。

 俺はブリュンヒルデさんから艦長に視線を向ける。

 「両舷前進三分の一……艦長、以後シチリア島まで指揮を任せる」

 「アイサー。両舷前進三分の一、以後モミジ丸の指揮を引き継ぎます」

 「「「アイ」」」

 モミジ丸は順調にアドリア海を南下していく――

 

 ――異世界生活十ヶ月目。

 四日間の航海で目的の海域に到着したモミジ丸は、艦首を横に向け進路を変える。

 シチリア島の手前の小島に対して左舷を向けるモミジ丸。

 「艦長、これより前方の小島に対し、左舷大砲による攻撃を始める。左舷大砲、準備を始めろ」

 「アイサー。左舷、大砲攻撃準備始め」

 「「「アイ」」」

 俺の指示から艦長へ、艦長から左舷大砲へと指示が伝達されて返事が響く。

 ブリッジではコテツとアレスの他にビアンカもいるが、アウラとブリュンヒルデさんは左舷大砲の発射の様子を見学しに行っている。

 ちなみにビアンカも見に行くと言ったが、耳が良過ぎるために俺が止めさせたのだ。

 「攻撃始め」

 俺の指示を聞き、艦長が攻撃の指示を出す。

 「アイサー。左舷、全砲門、打ちー方始め」

 「「「アイ」」」

 モミジ丸では、大砲発射の号令が響いた。

 

 ――左舷砲塔。

 モミジ丸には、両舷に五門ずつの大砲が設置されているが、ひとつの砲台にゴブリンとオークとオーガがトリオで作業をしている。

 方向や仰角などの指示をゴブリンが行い、オークが仰角合わせを行い、オーガが砲弾の装填を行う分業制が取れられている。

 大砲はフロアに固定されているが、仰角だけでなく左右にも多少は動かす事が出来るため、計算が得意で賢いゴブリンが指示を出す。

 ちなみに白兵戦などでクルーの人手が必要になった時には、オーガが持ち場を離れるため、ゴブリンがオークの補助をオークがオーガの補助を行う手筈となっている。

 「左舷、全砲門、打ちー方始め」

 伝声管から艦長の指示が流れ、トリオたちが同時に声を上げる。

 『アイ』

 アウラとブリュンヒルデさんは、慌しく作業を行うトリオたちの様子を見つめていたが、

 『ドン! ド、ドン! ド、ドン!』

 五発の大砲が轟音をあげて火を噴き、砲塔に煙が充満する。

 念のためアウラとブリュンヒルデさんに、音とケムリと振動に気をつける様に伝えていたが、想像以上であった。

 ふたりとも布で口と鼻を覆い、耳を両手で押さえると、嘗て経験したことが事態に蹲ってしまう。

 それでも事前に聞いていたことなので、目を閉じることなく島の方を見つめるふたり。

 アウラとブリュンヒルデさんは艦砲射撃により、島の一部が突如爆発し煙を上げる瞬間を目の当たりにした。

 「……へっ!? だ、大地の精霊の怒りかしら! 精霊の力を感じないのだけど……」

 「……はっ!? な、何事!? ……アウラ、落ち着いて頂戴。目の前の大きな筒から、何かが凄い速さで飛び出して島に当たったわ。カザマの言っていた大砲って、この事じゃないかしら……」

 アウラは現状を把握出来ずに相変わらずメルヘンな事を口走ったが、ブリュンヒルデさんは流石に北欧で名だたる将軍だけあって理解が早い。

 それでもふたりとも初めて見る大砲に驚愕した様子である。

 本来、中世に近い文化の世界を考えると大砲や火縄銃くらいは開発されている筈だが。

 この世界では魔法が存在しているため、技術の進歩が遅れているみたいだ。

 この後も向きを変え左右から数十回の砲撃訓練が行われ、クルーたちの連度が高められていくが――。

 左舷からの攻撃を終え、艦首の向きを変えている最中にアウラとブリュンヒルデさんがブリッジに入ってきた。

 アウラは俺の前に立つと、美しい相貌を引き攣らせて胸を張った。

 「カザマ、なかなか面白い攻撃だと思うわ。私は炎を使う魔法は得意ではないけど、炎の精霊と関係があるのかしら」

 「違うぞ、アウラは精霊の力を感じ取る事が出来るんだよな。さっきの攻撃に精霊の力を感じたのか? あれは技術的なもので、火薬を使って砲弾を飛ばしている。更に目標に当たった際、砲弾の信管が爆発する仕組みになっているんだ」

 アウラは口を開け閉めしているが、声が出ない様子だ。

 アウラには難し過ぎたとのだろうと思い説明しようか悩んでいると、ブリュンヒルデさんが首を傾げながら口を開く。

 「カザマ、魔法を使わずに凄いと思ったけど……威力だけを考えるなら、アウラやゲンドゥルの魔法の方が上よね。何故、この様なモノを作ったのかしら?」

 俺はブリュンヒルデさんの言葉、特に洞察力に対し破顔した。

 「流石はブリュンヒルデさんですね。確かに、アウラやゲンドゥルさんの魔法の方が、威力が上です。でも、まだ開発を始めたばかりですから、この先は分かりません。それに、俺はアウラが強力な魔法で兵器の様に扱われたり、見られたりするのが嫌なんです」

 俺は以前にも同じ様な事を言ったが、アウラが驚いた様に碧い瞳をパチパチしている。

 「……あ、あの、こういう不意打ちは、反則だと思うの……」

 アウラは一瞬の間をおいて、顔を赤く染めると背中を向けてしまった。

 「カザマ、ところで先程言い掛けた事だけど、さっきの武器はカザマの国の武器なのかしら? この船も初めて見るモノが多いし、カザマの国は凄く文明が発達している気がするわ」

 「流石ですね、俺の国では魔法を使える者がいないので、その代わりに文明や文化が発達したんです。モノを使う場合も技量の違いがありますが、魔法よりは個人差が少ないのが特徴だと思います。いつか、みんなが宿命から開放されて、普通に暮らせる様になればと思っています」

 背中を向けているアウラだけでなく、ブリュンヒルデさんも頬を染めて黙ってしまう。

 コテツとビアンカは興味がなさそうに外を眺めているが、アレスは微笑を湛えつつも青い双眸を細めていた――。

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