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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十三章 南の大陸への進出(前編)
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3.南の大陸への進出計画

 ――異世界生活九ヶ月と二十六日目。

 四日間の北欧観光を楽しんだ俺たちは、帰国の途に着いた。

 アリーシャも大半は民衆に政治を任せており、他国からの使者も常に現れる訳ではないので観光を楽しんだ。

 みんなはアウラの転移魔法ですぐに帰る事が出来るが、俺に付き合ってくれて空から南へ移動している。

 今回からブリュンヒルデさんも合流したので、俺たちはグリフォン以外にもペガサスを移動手段に持つことになった。

 グリフォンとペガサスは同じくらいの希少種であり、ロマリアで飼育されている他は野生となるが、絶滅危惧種のため姿を見ることがないそうだ。

 速さではペガサスだが、攻撃力ではグリフォンというのが一般的である。

 俺は仲間内では弱いので、ペガサスを所有するだけの立場と財力を持ちながらみんなからの反対に合い、ブリュンヒルデさんが操るペガサスの後ろ姿を眺めていた。

 「ねえ、君、あまり彼女の後ろ姿を熱い視線で見つめると、また騒ぎになると思うけど……」

 「……はっ!? 違いますよ。誤解を招く発言は控えて下さい。俺はペガサスを見ていただけですよ……みんな、俺が弱いからって、身を守ってくれるグリフォンの方が良いだろうって、酷くないですか! そもそもみんあが強過ぎるだけだし、逃げ足の速いペガサスを選ぶ選択肢もあると思いますけど」

 「ねえ、君、どうしていつも僕にだけ強気に発言するのさ。直接みんなに言えばいいよね。それに、その発言は問題があると思うよ。逃げる時は、本来の速度が出せない筈だよね?」

 俺は確かにアレスが言うように、みんなに文句を言うと酷い目に遭うので、アレスに愚痴を溢したが、アレスの言葉に驚かされた。

 「アレス、それってチーターの事を言ってますよね? 南の大陸から東の砂漠を越えた暑い地方に生息する動物の筈ですが、よく知ってますね。但し、チーターの速さの場合は、特別だと思いますよ」

 「チーター? そんな動物がいるんだ……僕が言いたかったのは、君がみんなの知らない知識を使ったりしてインチキしていることだけど……」

 俺は、アレスの言葉に口元を引き攣らせて返事が出なかった。

 アレスは動物のチーターではなく……『チート』を行う人の事を言ったらしい。

 どこでそんな言葉を知ったか分からないが、確かにチートでも予期せぬことには対応出来ないだろう。


 ――オルコット村。

 俺は後から教会に帰ることにして、久しぶりにモーガン先生の家にやってきた。

 丁度午後からの青空教室の時間だが、既に青空教室ではなくなっている。

 俺がこの世界に来て一年も経たない内に、教室は大盛況となり学校になっていた。

 ゴブリーノ族の集落でも青空教室ではなくなり、雨でも勉強が出来る様に建物の中で行われる様になっている。

 カトレアさんはゴブリーノ族の教室の管理まで行い、校長先生の役目を担っていた。

 エドナたちもすっかり先生が板についた様子である。

 「カトレアさん、エドナ、久しぶりです。今日は新しい仲間を紹介します」

 俺はブリュンヒルデさんをみんなに紹介して、ブリュンヒルデさんは軽く頭を下げた。

 「カザマ、久しぶりだけど……何かの冗談かしら? クレアのことなら以前紹介してもらったし、カザマがいない間に勉強を教える手伝いもしてもらったわ」

 カトレアさんはブリュンヒルデさんにも劣らぬ相貌を顰めると、忙しそうに自分の仕事の続きを始める。

 「……ち、違いますよ。見た目はクレアに似てますが、この人は女性ですよ。北欧から来たブリュンヒルデさんと言う方で、クレアと同じで神さまに使える方です」

 「……そ、そう。ブリュンヒルデさん、よろしく……」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします。極東の男から姉弟子だと窺っています」

 「……極東の男?」

 半信半疑な様子でブリュンヒルデさんと挨拶を交わすカトレアさんだったが、秘密にしている名前を聞き、再び相貌を顰めた。

 「す、すみません。俺は姿が似ているので、よく間違われるんですよ。取り敢えず、挨拶は済みましたので、失礼しますね」

 俺は慌ててブリュンヒルデさんを連れて、学校からモーガン先生の家の中に移動する。

 その後はアリーシャも戻っているし、女子のことは女子に任せて王宮に向かう。


 ――ペンドラゴン王宮。

 俺はコテツとアレスを連れてグラハムさんの前に来ている。

 ビアンカも付いて来ると駄々を捏ねたが、今回は難しい話ばかりで退屈になると言って留守を任せた。

 「王さま、スミマセン。折角みなさんが色々してくれたのに、結局ヘーベと契約することになりました。ただ、それでも以前より情熱を多く取り込んでいないので、何とか冷静さを保っています」

 「ふむ、それは貴様が好きにして構わないが、コテツは兎も角アレスに聞かれても良いのか?」

 グラハムさんは、俺の再召喚に手を貸してくれただけでなく。

 以前俺の世界で暮らした経緯があり、俺の父親と友人だと知った。

 それから信頼感が高くなったというか、安心出来る相手となった。

 「はい、アレスは初めて会った時、自身が消滅するかもしれないというのに、俺の傍にいてくれると言ってくれました。神としての立場よりも自身の好奇心を優先させたらしく、俺に害があるとは思えません」

 「ねえ、君、色々と不遜な事を言っているけど、大体合っているよ……」

 俺の話にアレスは苦笑を浮かべ不快感を表したが、同意はしているようだ。

 俺はアレスからグラハムさんに顔を向ける。

 「王さま、北欧との会談の件ですが、ジークフリートはゲルマニアにいるらしく、討伐しても構わないそうです。それに、あの大剣も既に北欧とは関わりないと言われました。それから、今後必要になりそうな北欧の地下資源も輸入は可能ですが、運搬手段が難しいです。ドーバー海峡が通れないらしいのです」

 「ふむ、確かにあそこには鉄鉱石があるし、北海には油田があるが……ドーバー海峡は難しいであろう。やはり、私は南の大陸が良いと思う……」

 「あの、どうしてドーバー海峡がダメなのですか?」

 「ふむ、フランク王国と海を挟んだ島国……『ブリタニア王国』は、いつも戦争をしている。最近は、フランク王国の北にある『ネーデルラント王国』が仲裁に入る形で停戦状態にあるが、誰もそんな最中に火種を撒きたくないであろう」

 「分かりました。それで具体的にどの辺りに進出するつもりなのですか?」

 「北部の海岸線沿い……アトラース山脈の東端から西へと手を広げるが、ゆくゆくはアテネリシア王国や他国と同盟して広げていきたいと考えている。一国で守備するには広過ぎるからな」

 俺はグラハムさんの戦略が何となく見えてきて頷いた。

 ユベントゥス王国の南に位置する所から東に勢力を拡大し、紅海からアラビア半島に視野を置いているのだろう。

 南側をしっかり抑えることによって、地中海の安全も保たれる。

 「まずはアトラース山脈の東端にある『チュニス』の街に入ってもらい、『ドック』の視察を行って欲しい。その後は、地中海を東に移動して『トリボリ』、『アレクサンドリア』まで偵察を行い、帰還してもらうつもりだ」

 ちなみにドックとは、船を建造や修理する施設のことであるが、俺とグラハムさんが面倒なことに首を突っ込んでいるのは、一緒にクロフネを作るためであった。

 そして今はクロフネだけでなく、更に技術力を高めている。

 ここで何となく聞き覚えのある言葉に首を傾げた。

 「あの、この前大変な目に遭ったので、一応確認しておきたのですが……アトラース山脈は、アルヌス山脈の様に神さまが守護している訳ではないのですか?」

 「ふむ、良く分かったな。流石に貴様も記憶力が良いようだな」

 「はあ、それはどうも……!? そうじゃなくて、この前散々酷い目に遭ったばかりですよ! 俺はもう神さまが守護している山脈に入るのは嫌です!」

 俺は思わず立ち上がり、前回の事を思い出して激しく抗議するが、グラハムさんは人差し指を左右に揺らすと口端を吊り上げる。

 「ふむ、分かっている。チュニスの街は山脈の麓で、アトラースの神殿は山脈深くにあるので関係ない地だ。先程話したが、ゆくゆくは他の国と同盟を結んで開拓するつもりだが、あちらの方は他国に任せるつもりだ。幸い、我が国の西隣からフランク王国、ヒスパニア王国、ポルドン王国があるからな……」

 俺はグラハムさんの言葉に安堵して肩を上下させた。

 「分かりました。それで、出発は早いに越した事はないと思いますが、肝心の技術者は大丈夫でしょうか? モーガン先生が開発を進めてくれると言ってましたが……」

 「ふむ、大丈夫だ。人間たちでは貴様やモーガン殿の様に、賢く役に立つ者が少ないので、貴様が以前教育を施したドワーフ、ゴブリン、オーク、オーガの種族からスカウトしておいた。給料も高額の上、集落の開発にも助力しているのでウインウインな関係を築いている。国内の無駄な貴族を大分排除したので、国の予算を私が肩代わりする負担も大分減った……」 

 俺の疑問にグラハムさんが答えたが、まさか俺が教育していた子供たちがこんなに早く活躍する日がくるとは想像もしてなくて驚いてしまう。

 俺が教え出してから一年も経っていない事を考えると、以前脳裏を過ぎった様にゴブリンたちの方が人間より賢いのかもしれない。

 俺はグラハムさんと話し合いを終えて、モーガン先生の家に戻った。


 ――酒場。

 夕方、ヘーベルタニアの教会に戻ったが、ブリュンヒルデさんは教会に残している。

 酒場には、いつも通り先に来て気持ち良さそうにしているグラッドの隣に、俺とアレスとコテツが座った。

 「おう、久しぶりだな。お前も色々と大変なのは聞いているが、もう少しマメに帰ってきてもらわないと困るんだが……」

 久しぶりに会ったというのにグラッドが文句を言っているのは、エリカがいなくなったせいで街の護衛の代わりが俺しかいないため、グラッドはカトレアさんに会いに街を抜け出せないからである。

 「……その問題は、そろそろ大丈夫な気がするぞ。今までは子供たちの勉強を教える人材不足で困っていた様だが、今ではエドナたちが成長して先生になっている。だから、カトレアさんは管理業務主体で、たまになら街に来られると思うが……」

 グラッドがソーダ水のジョッキを勢いよくテーブルに置くと、席を立ち俺の両肩を掴んだ。

 「ほ、本当だろうな! 嘘だったら、治りかけている顔の腫れが、また厳つくなるぞ!」

 「おい、俺は推測で言っただけだから、そんなに重たく考えられたら困るぞ。ただ、今までと違って、カトレアさんが無理をすれば、街に全く来れないことはないと思う。……そもそもグラッドなら、俺みたいにグリフォンじゃなくても、何かしらの移動手段を持っているんじゃないか?」

 グラッドは静かに頷き、肩から両手を離すと椅子に座った。

 「……そ、そうだな。お前の言う通りだ。俺も出し惜しみは無しにしよう。――ところで、クレアが戻って来ていると聞いたが、珍しく一緒じゃないのか?」

 「はっ!? それ、どこ情報だよ? クレアは、まだアテネリシア王国のアテナさまの傍で、宜しくやっているんじゃないか……それから今教会にいるのは、見た目はクレアにそっくりだけど、ブリュンヒルデさんという人だ。これからはモーガン先生の家に下宿させるつもりだけど、今日はヘーベとの挨拶も兼ねて教会に置いてきた。それに酒場に連れて来たら、騒ぎになるだろうからな」

 「ふーん……俺も拝んで見たかったな……」

 グラッドが鼻の穴を膨らませたのを見逃さなかった俺は、

 「グラッド、カトレアさんは浮気を絶対に許さないと思うぞ」

 数少ない男の友人に親切に忠告する。

 「ち、違う! お、お前なら分かるだろう! 心に決めた相手がいても、目の前に美人がいたら嬉しいだろう! 花を愛でるのと同じ気持ちだ……」

 グラッドは、またもソーダ水のジョッキを勢いよくテーブルに下ろし声を荒げたが、最後は口篭った。

 俺は目を閉じて頷くと、右手を差し出してグラッドと固い握手を交わす。

 「ねえ、君たち、いい加減下世話な話の前に、肝心な話をしたらどうだい?」

 俺とグラッドが気持ち良く語り合っているのをアレスに遮られる。


 「……コホン。どうでもいい話をしていた訳ではないと思いますが……酒場とは、そもそもこういう場所だと思いますよ。――グラッド、グラハムさんには伝えたが、念のためレベッカさんにも伝えて欲しいんだ。俺の事はグラハムさんから聞いていると思うが、最後に戦っていた相手がジークフリートという北欧から来た男で、ブリュンヒルデさんのストーカーらしい。今はゲルマニア帝国にいるらしいが、グラムというファフニールさんにとって相性の悪い剣を持っている。つまり、グラッドやレベッカさんにとっても危険な剣だ。攻撃を受けると大ダメージを受けるだろう」

 俺は咳払いをして、一応アレスに自身の潔白を示すとグラッドに危険な相手と武器について説明した。

 だが、グラッドは鼻を鳴らして答える。

 「ああ、話は聞いている。だが、当たらなければいいだけだろう。カザマでさえ、避けられる攻撃だ。返り討ちにして、武器はオヤジに売りつけることにしよう」

 「まあ、確かにその通りなんだが、知らなければ剣を避けないで受けていたかもしれないだろう。何だかジャンケンの後出しみたいでズルイ気がするが……それに売りつけるって、自分の武器にしたりしないのか?」

 俺は冷ややかな視線をグラッドに向けると、グラッドが背中に背負っている大剣に目を移したが、そこそこの業物らしいがグラム程ではない。

 「カザマ、女々しいぞ。自分が勝てなかった相手だからといって、俺に当たられてもな……それに、俺が威力のある武器を使うと相手に気の毒だ。俺の場合は武器が壊れる様な相手には、素手で相手をすることにしている」

 既に心地よい気分になっているグラッドの話は、俺の悪口と自慢が重なりイラッとさせられる。

 俺は適当に聞き流し、酒場を後にした――。

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