5.レベルアップと魔法の開放
――夕食。
今日の夕食も賑やかな声が響く。
「ビアンカにもセクハラをしたのか! お前というヤツは……実にけしからん!」
俺は、またもモーガン先生に叱られていたが、僻んでいる様にしか思えない。
ビアンカも嬉しそうに笑い、楽しい夕食の最中であったが、玄関の呼び出し鈴が鳴った。
アリーシャが玄関を開けて、来客の対応をする。
相手は、カトレアさんの兄のエドワードさんであった。
「カザマ、明日の朝、屋敷に来て欲しい! お前に来客がある……確かに伝えたぞ」
エドワードさんはそう言うと、綺麗に頭を下げ立ち去った――。
モーガン先生とアリーシャの視線が俺に突き刺さる。
ビアンカは状況が分かってないのか食事を続けていた。
「カザマ、お前……まさかと思うが、村の中でも如何わしい事をしたのではないだろうな?」
モーガン先生は訝しげな視線を向けているが、アリーシャも双眸を細め俺を見つめている。
「ち、違いますよー! 村の中はずっとアリーシャと一緒でした! そ、そうだよな!」
俺は身に覚えのない疑いを掛けられ、慌てて一緒だったアリーシャに助けを求めた。
「はい、そうですね。確かに、私がずっと一緒でした。特に迷惑をかける様なことはなかったと思いますが……」
「ほ、ほら……アリーシャもそう言ってるじゃないですか……それより一体、俺に何の用があるのかな……」
「そうか、アリーシャがそう言うのなら……念のためアリーシャも付き添ってやってくれんか?」
「はい、分かりました! 私がしっかりカザマの面倒を見ます!」
アリーシャは力強く返事をしたが、俺は何故こうなったのかと頭が痛くなった。
今回の件は『キラーアント駆除』のクエスト関係だと思う。
だが、ゴブリンたちは、俺が依頼を果たした立役者だと勘違いしているのであろう。
俺ではないのだが、どうやって誤解を解こうかと思い耽る。
そもそも、アリーシャが一緒だと勝手にクエストを受けたことがバレてしまう。
俺は後でビアンカに相談することにした。
――ビアンカの部屋。
夕食の片付けを終えて、俺はビアンカの部屋の扉を叩いた。
「ビアンカ、話があるんだが……」
ビアンカは不思議そうに目を丸めて、俺を部屋に入れる。
そして、俺はゴブリンの集落から疑問に思っていたことを訊ねた。
「ビアンカ、今日のことだけど、何で俺の手柄にしたんだ?」
「あー……あれっすか。あれは、アウラの事を知られないようにするためっすよ。アウラは、エルフでも稀少な精霊種っす。アウラは好奇心旺盛で、村や人に興味はあるみたいっす。だけど、素性を知られるのはマズイみたいっすね」
俺は想像する……。
あの美しくも高貴な存在やとんでもない魔法。
もし、広まったら種の存続に関わるかもしれない。
日本で社会の勉強をしていた俺には理解出来た。
「分かった。但し、俺独りの手柄は嫌だから、ビアンカと協力したことにするぞ! 魔法は何とか誤魔化すしかないが、俺の力ではあんな撲殺はできないからな。それから、報酬は秘宝と聞いていたが、嘘でそんな貴重な物は受け取れないから、手頃な物に変えてもらうぞ」
「分かったっす。でも、アタシのこともほどほどにして欲しいっすよ……」
ビアンカは顔を顰めたが、俺の話が難しくて分からなかった訳ではなさそうだ。
多少気になることはあったが、概ねビアンカも事情を理解し、辻褄合わせも出来た。
俺は取り合えず、安堵して自分の部屋に戻る。
――自室。
俺がシャワーを浴びてしばらくすると、アリーシャが俺の部屋に来た。
今日もベッドの上で並んで本を読んでもらっていたが。
「カザマ……退屈ですか?」
アリーシャは、ゆっくり俺の方に顔を向ける。
「そ、そんなことないぞ! 話に集中していただけだが……!? そ、それより、顔が近い……」
「キ、キャー! カザマのエッチ!」
アリーシャは声を上げると、俺の頬にビンタを浴びせた。
「酷いじゃないか……俺は、何も悪いことしてないだろう?」
俺とアリーシャは、ベッドの上で向かい合って座っている。
「はい、確かにそうですね……そ、その急に、顔が近くにあって気が動転してしまい……ごめんなさい!」
アリーシャはそう言うと、俺の部屋から逃げる様に出て行った。
俺は悪くない筈だが、何だか気まずい……。
アリーシャがいなくなって時間が経っていたが、眠れずにいる。
今日は色々なことがあったし、先程はアリーシャと微妙な雰囲気になった。
俺は結局、また演習場に来て、独りで魔法の練習をすることにした。
――演習場。
(それにしても、今日のアウラの魔法は凄かったな……)
アウラの魔法を思い出す。
俺も何となく、声を出さずに頭の中で叫んだ。
(風よ!)
左手の前で力の波動を感じ、風の塊が土壁を覆い激しく斬りつけた。
「……えっ!?」
何気なく魔法をイメージしたのだが、現状を理解出来ない。
しばらく考えて頭の中で叫ぶと、左手の前に炎を感じた。
(炎よ!)
土壁目掛けて炎がぶつかり、ボロボロになった土壁を焼き尽くした。
ちなみに、今回は『燃える男』になっていない。
(カトレアさんより凄くないか……こんなことは言えないが……)
それよりも俺は、この魔法の理由について考えた……
(今回はたまたま言葉に出さなかった。もしかしたら、頭のイメージだけなら日本語もラテン語も関係がないのかもしれない……これはもう今更だが、設定ミスじゃないか? もっと早く気づいていれば恥ずかしい思いをしなくて済んだ。どうせなら逆にしてくれた方が、詠唱なしの自動防御みたいで格好良かったのに……)
俺は誰にも言えないクレームを思い浮かべ、大いに落胆させられた。
他に理由がないか、何気なく冒険者クリスタルを確認する。
すると、『初級ニンジャ』のままだが……『レベルⅡ』になっていた。
他には、ステータスが……体力『C』、力『D』、素早さ『B』、耐久力『C』、賢さ『A』、器用さ『B』、運『B』、魔法『?』と軒並み上がっている。
魔法『?』は、今の状況では分からない。
スキル『各種アシ』……はどうでもいいと思った。
それよりも一番気になったのは……『MAX KILL 321 キラーアント』となっていたことだ。
俺が『燃える男』を発動してキラーアントの巣に向かった時、初めの方で勇敢に向かってきたヤツがいたのを思い出す。
だが、俺に触れると燃え上がり、巣の中に逃げて行った。
そいつが仲間を盛大に燃やしたのだろうか。
討伐数はビアンカと同じくらいになったかもしれないが……。
(微妙だ……喜んでいいのか分からない……)
俺は朝の狩りのことも考えて練習を切り上げることにした。
――下宿五日目(異世界生活六日目)
突然、人の気配を感じた。
薄目で周囲を見渡すと、ビアンカが笑みを浮かべながら。俺の上に跨ろうとしている最中である。
俺は思わずイタズラをしたくなり、寝呆けたふりをしてビアンカの尻尾を触った。
お尻ではまたセクハラ扱いされるし、以前からモフモフしている尻尾が気になっていたのだ。
「ヒャアーっ!」
ビアンカは可愛らしい喘ぎ声を上げると、力なく俺の身体の上に覆い被さった。
俺は慌てて尻尾を離したが、その反応に驚く。
「えっ!? なに? 耳だけでなくて尻尾も苦手なのか? それから……おい、色々と当たってるぞ……大丈夫か?」
ビアンカの豊かに成長中の胸が、俺の胸に当たっていること指摘した。
しばらくして、多少落ち着いたようだが、
「み、耳は敏感だと知ってたっす……し、尻尾は他人に握られたことがなくて、知らなかったっす……お願いだから、もう止めてくれないっすか……」
ビアンカは途切れ途切れに力なく声を出した。
「ス、スマナイ。こんな筈じゃなかったんだが……レベルが上がってビアンカが来たのが分かったから、驚かせようと思っただけなんだ」
「はあー……もういいっすよ」
ビアンカは溜息を吐くと、本来の調子に戻ったのかベッドから降りた。
「今日は木登りして鳥の巣から卵をもらうっすよ!」
ビアンカは尻尾を左右に振り部屋から飛び出す。
そして、俺も慌てて着替えて追い掛けた。
――狩場。
俺とビアンカは高い木の下にいるが、幹が太くて掴むところが見つからない。
ビアンカは、俺に構わずその場でジャンプした。
跳躍だけでかなりの高さに達し驚かされたが、そのまま太い幹にへばり付き登って行く。
俺は呆然とその様子を眺めている……。
(こんなのマネできる訳ないだろう! ……あっ!? 魔法を使って……)
無言の突っ込みを入れた後で、咄嗟に良いアイデアが思い浮かぶ。
俺は左掌を地面に向け、昨晩より弱いイメージで、胸の中で叫んだ。
(風よ!)
左手から生じた風が地面に吹き付け、身体を持ち上げた。
しかし、想像よりも左手に掛かる力が強く。
空中で不恰好になったが、何とか木の枝の高さまで届いた。
思いつきとはいえ、いきなり試すのは危険だったと冷や汗が出る。
それから、遅れてビアンカに追いつく。
丁度、親鳥は餌を取りに行っているのか、巣には卵だけあった。
ただ、巣の大きさがベッドより大きいのに危機感を覚える。
ビアンカが目で合図を送った。
瞬時に俺たちは枝の上を巣に向かって走り、卵を盗むと全力で逃げる。
地面に下りてから、鶏の卵より遥かに大きなサイズに訝しさを覚えてビアンカに訊ねた。
「なあ、これって何の卵なんだ?」
「さあ、結構大きいけど、何かは知らないっす。ただ、見つかるとそのまま餌にされるっすよ」
「な、なあ……次はもう少し安全なやつにしないか……。俺は上に登るだけでも大変だったんだぞ」
「それより早く逃げないと、親鳥に襲われるかもしれないっすよ」
俺の懇願をビアンカは聞き流し、卵が割れない様に大事に抱えて、いつもより遅いペースで走るのだった。
――ビアンカの納屋。
俺たちは納屋に着くと、全部で四個の卵を割れてないか二人で確認する。
「ところで、カザマは木に登る時、面白い格好をしてたっすね。カエルがジャンプしたみたいだったすよ」
(やかましいわー!)
思わず声に出しそうなくらい感に触ったが我慢した。
俺はあの時、バランスを崩して落ちない様にと必死だったのだ。
「魔法が使える様になったから試したんだ。まだ上手に使えないからみんなには内緒にしてくれよ……」
「分かったっす」
俺の内緒という言葉が気に入ったのか、ビアンカは笑みを浮かべて答えると卵を大事そうに抱え、尻尾を左右に振って玄関に向かった。
――モーガン邸。
「帰ったっすよー」
ビアンカに続いて、俺も家の中に入る。
ビアンカは大輪の笑みを浮かべ、卵をアリーシャに見せた。
「今日は卵っすよー!」
「凄いわー! この卵で何を作ろうかしら!」
アリーシャも花が開く様な笑みを浮かべ声を弾ませる。
「なあ、もし良かったら卵を少し分けてもらえないか? 二人には世話になってるから、俺も何かご馳走したいと思って……」
俺は頬を掻きながら、ビアンカとアリーシャにお願いした。
「はい、それは楽しみですね。ぜひ、お願いします」
アリーシャは喜んで了承してくれた。
ビアンカも笑みを浮かべ俺を見つめている。
俺は以前、村に行った時に思いついた『ホットケーキ』を作ろうと考えている。
ここにないのは蜂蜜ぐらいだが、村にはそれらしい物はなくて、後でカトレアさんに聞くことにした。
朝食も卵の話題であっという間に終わり、アリーシャとオルコット邸へ向かう。




