6.二度目の異世界召還
俺は再び学校をサボる形で家に戻り、家の宝物庫で父親から宝を二つ受け取った。
ひとつは倶利伽羅剣であり……今朝触れた『不動一字咒』(ふどういちじしゅ)、『火界咒』(かかいしゅ)、『慈救咒』(じくしゅ)などを教わり陰陽師らしい事を学んだ。
もうひとつの宝は倶利伽羅剣よりも意外なものであった。
『金の指輪』
「父さん、これって普通の金だよね? 何か意味があるの?」
「これは、母さんが正義にと、置いていった形見だ……」
父親はまたも遠くを見る様な眼差しで、意味有りげな雰囲気を醸し出す。
「父さん! また独りで余韻に耽ってないで、僕にも教えてくれないと分からないよ!」
毎回同じ様な感じで流されてしまい何も教えてくれないので、少しだけ怒った素振りを見せる。
「正義、これくらいの事で心を乱しては、エリカちゃんに嫌われるぞ。父さんが若い頃も、苦労したんだからな……」
父親がまたもエリカの話題をした上、誤魔化そうとしてイラッとするが、ペースに流されてはいけないと即座に落ち着く。
「父さん、ところで色々と教えてもらって助かったけど、ほとんど悪魔とか悪しきモノに対する武器や対処法だよね。それ以外に効果がありそうな武器や攻撃手段は、何かないかな?」
俺の問いに父親は双眸を細めると、厳しい口調で話し出す。
「正義、忍者は元々率先して戦う存在ではないだろう。戦うのは必要最低限だ。それにも関わらず、これだけの攻撃手段があるのは陰陽師の影響があるからだ。賢いお前なら分かるだろう。相性の悪い相手とは戦わずに逃げに徹しろ」
「父さん、言いたい事は分かるし、その通りだと思うよ。でも、異世界で忍者のスタイルを通すと卑怯者だと罵られて酷い目に遭うんだよ。ファフニールさんが言っていたけど、ウーラヌスという神さまが、俺を返品したのもそういう経緯があるんだ」
俺は自分の胸の内を父親に明かして、不条理な異世界の事情を説明した。
「なるほど、確かに隠密行動が主体の忍者は、正々堂々がモットーの騎士たちから卑怯者呼ばわりされるだろうな……だが、それだけではないか。勝てば良いのだし、相手にしなければ良いのだ。それに、そもそも忍者がそういった目立つ事態に巻き込まれた時点で負けだと言える。正義、甘えるな。忍者であるなら、非常であれ」
父親は俺の話に共感する一方で、忍者の在り方について厳しく説いた。
俺は確かにその通りだと思い、異世界で相手のペースに流されていたと反省する。
これからは忍者らしく振舞わなくてはと気を引き締めた。
そもそも異世界に召還された翌日、クールになると心に決めたのに、知らない内に熱くなっていたりと女神さまの恩恵がミスマッチしてくれたのだ。
それから、俺は異世界で使えそうな知識の補充を行った。
――夜になると、異世界に戻る前に電話をした。
「エリカ、久しぶりだけど変わりないか?」
「えっ!? どうしたの、急に……!? まさか、私に彼氏が出来たと思って、気になっているんじゃない? 最近、学校に来てないみたいだし……」
俺はエリカと話し、異世界でエリカに会った時と同じであるか確認をしたのだ。
途中まで話しを聞いて大体同じだと分かると、余計な誤解を招く前に手を打つ。
「ああ、それは良かったな。エリカ、おめでとう! 最近、ちょっと忙しくてな……。あまり構ってやれないから、お祝いの言葉が言えて良かった。それじゃあ、色々と頑張ってくれ」
俺は一方的に祝いと励ましの言葉を掛けて、後腐れがない様にして電話を切った。
これでエリカは勘違いして、異世界まで俺を追い掛けたりしないだろう。
エリカの存在は同じ現実世界の人間として貴重であるが、トラブルに関わる事も多くて収支はマイナスである。
俺は異世界に旅立つ前の準備を終えると、父親から校長先生へ連絡してもらい、ファフニールさんと話が繋がった。
「それでは、そろそろお願いします。一応色々と準備をしましたが、俺の再召喚はどこでされるのですか?」
「ふむ、私の爪で作った刀を媒介に、私の元へ召還出来るが、私が契約者で良いのか?」
俺はファフニールさんの言葉を聞き、返事が出来なかった。
異世界に戻ることばかり考えていたが、召還されるのだから召還者と儀式的な契約を交わす必要があるのであろうか。
「あの、ファフニールさん。召還されたら儀式的な何かで主従関係の様な事が起こるのでしょうか?」
「ふむ、貴様は自分で召還を行ったであろう。貴様が行った召還で主従関係はどうであったのだ?」
「はい、俺の場合は、呼び出した相手が特殊過ぎて違う気がするんですよ……。自分より強大な相手を召還した場合は、別口なのでしょうか?」
「ふむ、私が訊ねているのだが……まあ良いだろう。基本的には召還するには、召還する相手に対して召還に応じる契約を果たす事になる」
「それは、つまり何かしらの見返りを要求出来るということでしょうか?」
「ふむ、分かり易く言えばそういうことであろう……」
俺はファフニールさんの説明を聞いて、大よそ理解し頷く。
しかし、誰に召還されても見返りは大きいが、リスクも大きくて顔を顰めてしまう。
「少し考えたいので、待ってもらっても宜しいでしょうか……」
俺は色々な可能性について検証した。
『青春の女神ヘーベーと再契約するのが一番分かり易いが、折角熱い性格から開放されて忍者らしいクールな感情が戻ったばかりだ』
『アリーシャとは異世界に召還されて一番親しくなった間柄だ。超名門貴族の家柄とは知らず、互いの事を詮索せずに信頼を深めた時期もあったが、現実世界に戻る前はアリーシャのために戦っていた。契約するには自然な相手だが、契約すればもれなく危険が付き纏う』
『ビアンカはアリーシャの次に仲良くなった相手。狩りを教わるうちに仲良くなり、他のみんなが俺を責めてもビアンカだけは味方でいてくれた。ビアンカも隣国のお姫さまであるが、本人は正妻に感心がない様で、今まで通りの関係で良い気がする』
『アウラはビアンカとアリーシャの共通の友達で、恥かしがり屋のためしばらく会うことはなかった。しかし親しくなると、積極的な性格で破天荒な言動をとる。エルフの中でも特別な種族で女神さまに匹敵する美貌と強力な魔法を行使出来るが、アウラが仕出かした事を考えるとこれから生きていられるか疑わしい』
『カトレアさんはモーガン先生の弟子になって初めて美人だと思った人だ。貴族の娘で育ちの良さと強引な性格に、当初は押され気味であったが、今考えればすべてに安定して秀でた相手である。しかし現在は、数少ない男友達であるグラッドの片思いの相手となり、グラッドはファフニールさんの長男でもある。カトレアさんを選べば死の危険を伴う』
『レベッカさんは召還されてから二番目に会った女性で、明るくて面倒見の良いお姉さんである。グラッドの妹で外見や性格は問題ないが、ファフニールさんの長女で溺愛されている。俺の父親と子供同士を結婚させる約束をしたと小耳に挟んだが、怒らせると本人も危険な上、最も危険な相手が義父となってしまう』
『念のため幼馴染のエリカがいる。俺のことが大好きで異世界まで追い掛けて来る程のストーカーである。アウラにも同じ様な気質があるが、あれ程俺に対する独占欲が強いと息苦しいを通り越して怖い相手である。今回は俺の機転で、召還されてはいない筈だ』
『女神ヘーベー以外の女神さまたち。ヘーラさまやアフロディーテさまに気に入られたが、男の神さまを敵に回しそうである。それに女神ヘーベーがいるのに不遜であろう』
俺はこれまでを振り返ったが、八つの可能性というかルートが形成されており。
俺の選択によって、これからのシナリオが変わるであろう。
普通に考えれば、これまで通り女神ヘーベーかアリーシャを選ぶところだ。
しかし、どれも戦いの気配を感じる上、以前と同じ様に結婚相手として急かされそうな気がして、重たい……。
他の誰かを選ぶのも魅力的だが、これまでの展開が破綻して世界が大きく変わってしまいそうな気がする。
やはり今までの経緯を考えると女神ヘーベーとの再契約が一番無難な気がする。
だが、青春を謳歌するのは楽しいが、熱い性格まで移ってしまうのは迷惑であり、契約を解除した意味がなくなってしまう。
俺は色々考えた結果、契約内容を再検討した上で女神ヘーベーと契約することにした。
以前はゲーム画面に、一方的に『イエスかノー』の二者択一を迫られたが、今回は俺の方から契約書を作成する――
そして、ファフニールさんにお願いする。
「お待たせしました。これまでの経緯を鑑みて、条件と言うか簡単な契約書を作成しました。この条件を満たした上で再契約を希望します」
「――ふむ、これ程、上から目線の再契約を希望する者を初めて見た……そもそも再契約自体が異例であるが、そこまでするくらいなら契約しないのが普通だと思うが……」
「ファフニールさん、嫌とかそういう問題ではありません。俺は既に文明開化を進めた男ですよ。契約に関しても旧世代の古いやり方ではなく、トレンドを意識したしっかりしたモノを提案したいのです」
俺の熱い思いにファフニールさんは感動したのか、しばらく返事がなかった。
「……ふむ、契約は解除されたと聞いたが、あまり変わりがないようだな。それでは始めるとしよう……」
俺はファフニールさんの言葉を聞くと、返す言葉もなく顔を引き攣らせる。
俺の身体が発光を始めると、俺の父親が俺に拳を突き出し親指を立てた――
――礼拝堂。
「はっ!? ここは……!? ヘーベ、俺は……戻ってきたのか……」
俺は見覚えのある空間に膝を着いており、顔を上げると。
自身と同じ姿をした女神像を背景に、銀色の長い髪と青い瞳を輝かせて、ヘーベが真っ直ぐ俺を見つめていた――。




