4.敵の戦術
――ザルツディーテの街。
俺とビアンカは街に着くと駐屯所に向かい。
俺の姿を見ると兵士たちが警戒したが、書状を預かっていると告げるとすんなり中に通してくれる。
「俺たちは王宮の近衛兵団長から頼まれて、街の守備の手伝いにきました」
俺は、一番身分の高そうな騎士風の男に書状を渡す。
「そうか、やはり貴方が噂に名高い極東の男か! 身すぼらしい身なりだが、厳つい風貌は噂通りだ。敵に回すと怖ろしいが……味方になってくれるならば心強い!」
書状に目を通した騎士は、俺の姿を一瞥すると声を上げた。
俺はここでも気にしている事を口にされて苛立つが我慢する。
「そ、それ程でもありません。早速ですが、俺たちは独自に行動させてもらいます」
「ああ、極東の男であれば構わない。噂通りの活躍を期待している」
俺は騎士に勝手に期待されたが、どの様な期待か問い質さずビアンカを連れて移動する――。
俺たちは街の外壁に登り国境沿いを窺っていたが、遠くの方から砂塵が上がり何かが近づいてくるのが見えた。
「なあ、ビアンカ。何か近づいてる気がするが、俺はもう少し近づかないと分からない。ビアンカは、何が近づいているか分かるか?」
「馬に乗った人が近づいてきているっす。百くらいるっすよ」
「そうか、百騎くらいか……どんな格好をしているか分かるか? どうせ野党か何かだと思うが……」
「みんなさっき会った人みたいに鎧を着ているっす。その中の一人はキラキラした鎧を着ているっすね。大きな剣を背負っているけど、カザマより強そうっす」
俺はビアンカの言葉を聞き、百騎程で街に近づくとはどういうつもりなのかと考える。
田舎街ならいざ知らず、国境沿いにあるザルツディーテの街は規模が大きく、兵の数もそれなりに整っている。
それに俺より強そうだという言葉が気になった。
俺は騎馬兵が近づいてくるのを待って、どうするのか様子を見ることにした。
しばらくして百騎程の騎馬集団が街の外壁前にやって来たが、先程ビアンカが口にした独りだけ装備の違う騎士が前に出た。
俺は鎧も然る事ながら、背中に背負われている大剣に目を奪われる。
外壁の上には、既に多くの守備兵が集まっているが、俺に倣うかのように様子を窺っていた。
前に出た騎士もこちらの様子を窺っていたが、俺と目が合った。
その騎士はじっと俺の顔を睨みつけていたが、俺は睨みつけられる様な事をした心当たりがないし、先程から俺と違って格好の良い装備を纏っている騎士に嫌悪感を覚える。
そして、その騎士は馬から降りて配下らしい者に馬を預けると、俺に向かって手招きをした。
どうやらその騎士は、俺に一騎打ちを挑んでいるらしい。
俺はイラッとするがたくさんの兵士が見ている前で目立ちたくないし、俺を挑発して何かを狙う罠の可能性がある。
俺と騎士の無言のやり取りを隣で見ていたビアンカが反応する。
「カザマ、怖いならアタシが代わるっすよ」
「ビアンカ、別に怖い訳じゃないから誤解しないで欲しい。ここを攻めるには数が少ないし伏兵がいるかもしれないだろう。罠かもしれないから、様子を見ているだけだ」
俺がビアンカに答えると、周囲の兵士たちが俺の言葉に感動したのかざわめき出す。
「流石に独りで一国を相手にした極東の男だ。俺は純粋に一騎打ちを望んでいる様に見えるが、何か策略があるのか……」
一番近くにいた兵士の声が耳に入ったが、周囲では似た様な話で盛り上がっている。
「ねえ、君、周りに他の兵はいないみたいだけど、一騎打ちはビアンカに任せて止めた方が良いと思うよ。君にとっては相性が悪い相手のようだからね。例え卑怯者と言われ様と仕方ないと思うよ」
突然アレスが姿を現して周囲の兵士たちは混乱するが、俺はアレスの言葉に顔を顰める。
「アレス、聞き捨てならない事を言いましたね。俺は怖いからとか卑怯だとか、そういう理由で一騎打ちを受けないのではなく、万一の事を考えて迂闊な行動を控えているだけです。ビアンカに押し付けるくらいなら俺が戦いに応じますが、念のため周囲の警戒をしておきましょう」
「ええー! アタシが戦いたいっす。カザマは戦いたくないっすよね。折角強そうな相手だと思ったのに……」
ビアンカが俺の指示に我がままを言うが、ここでビアンカに戦わせては女の子に戦わせて高みの見物をする腰抜けだと風評被害を受けそうである。
それに、俺はあまりに数が少ない敵兵に何らかの策があると思い、いつも以上に警戒した。
「ビアンカ、ちょっと周囲に敵がいないか見てきてくれないか。連絡出来なくなると困るから、アレスを背負って頼む」
「ねえ、君、余計な気を回さず、今回は一騎打ちに集中した方が良いと思うよ。いつも相手が弱いとは限らない訳だし、本当に君とは相性が悪い相手なんだけど、大丈夫かい?」
アレスがやけに慎重なのが気になるが、俺が戦う姿を見れないので我がままを言っているのであろう。
俺が不可解な状況に思考を巡らせているのに、ふたりの態度には困ってしまう。
「アレス、俺の戦う姿を見たいのは分かりますが、あまり我がままを……!? イッテー! 何するんですか?」
「ねえ、君、不遜だよ。それに、本当に君とは相性が悪いのだけど、後から後悔しても知らないからね」
俺は、左手を振りながらアレスが意固地になっていると思い聞き流し。
外壁の外に男に声を掛ける。
「おい、そこの騎士に問う、俺に何か用か? お互いに初対面だと思うが……」
「黙れ! 人の女に色目を使う卑しい男め! 私は街に対して興味はない! 極東の男、私と戦え!」
俺の言葉に騎士が声を荒げたが、先程までの印象以上に怒っている様子が伝わり、その内容も酷かった。
周りの兵士たちが誤解して俺の悪口を言い始め、隣にいるビアンカの視線も冷たい。
「はっ!? ち、ちょっと待ってくれ! 身に覚えがないぞ! 誰の事を言っているんだ? お前の返答によっては、名誉毀損で訴えるぞ!」
俺は外壁の外の男に声を上げて憤りを顕にするが、ここではっきり否定しておかないと後々酷い目に遭いそうな気がしたからでもある。
「誰の事だと!? 貴様は誰か答えられない程、他人の女に手を出しているのか?」
外壁の外の騎士の言葉は、俺の予想を超えて衝撃を与えた。
周囲の視線は一層冷たくなり、先程よりも俺の悪口が酷くなっている。
「おい、お前、いい加減にしろよ! 俺はとある女神さまと……婚約していることになっているんだ。あまり調子に乗っていると天罰が下るぞ……」
俺は仕返しとばかりに騎士に反論したが、ヘーベのことは後ろめたい思いがあり口篭ってしまう。
それでも女神さまという響きは、周囲に対して効果的で俺の悪口が減っていく。
外壁の外の騎士も天罰という言葉に勢いが弱まる。
「ビアンカ、アレス、アイツがさっきから訳の分からない事ばかり言って迷惑なので、軽く倒してくる。俺が留守にする間、ここの守りを頼む。俺を外に出して、何かしらの策略があるかもしれない」
俺はビアンカとアレスに街の防衛を任せて、これ以上言い掛かりをつけられは困ると外壁の上から外に飛び降りた。




