3.大国への備えと牽制
神殿の外で、コテツが退屈そうに寝そべっている。
「コテツ、衛兵たちがいなくなっていますが……」
「うむ、先程神官が飛び出して行き、それからしばらくして兵士たちがいなくなった」
俺は先程のアフロディーテさまと神官長の話から、神官長が何かしたのだろうと思った。
俺たちはコテツと合流して、そのまま王宮に移動する。
そして、階段前の大広間では、聞き覚えのある叫び声が響いていた。
「離せ! 無礼者! 私は、国王だぞ! 近衛兵団長! 神官長!」
階段から何人かの衛兵に拘束され降りてきたのは国王であり、兵士たちは冷たい視線を送っているが、国王はそれでも兵団長と神官長を裏切り者の様に謗り抵抗している。
俺たちはそんな国王の姿を離れた場所から見つめていたが。
「あっ!? お前は……極東の男! 貴様の仕業だろう! 姑息な真似を……」
「黙れ! 火事場泥棒の様な真似をするからだ! この卑怯者め! 大体、日頃のアンタの態度が良ければ、誰かが助けてくれるんじゃないか! 自業自得だろう!」
俺は卑怯者に罵声を浴びせられ我慢出来ずに声を荒げたが、俺の言葉に国王は返す言葉がなかったのか顔を歪めて睨むだけだった――。
悪くないのに罵られて気分の悪い俺に、近衛兵団長と神官長が話し掛ける。
「極東の男、度重なる無礼を兵士たちに代わってお詫びします。怪我人が多くいると聞いていましたが、重傷者はほとんどなく極東の男が手心を加えてくれたのが分かりました」
「極東の男、貴方のお陰で女神さまのお告げを聞く事が出来ました。アリーシャ殿を我が国の王に迎えたいのですが……」
近衛兵団長の言葉に頷きいつも通り手を振って答えたが、神官長の言葉は聞き捨てならなかった。
「神官長、それは幾ら何でもいきなり過ぎる。国王が拘束されたのが、先程だ。国の中で暴動が起きるかもしれない時に……ボスアレスの街なら兎も角、俺たちにほとんど関係ない街にアリーシャを招ける訳がないだろう。それでなくとも、アリーシャはボスアレスの街だけでなく、アテネリシア王国からも国王として招かれているんだ。順番からいえば、アテネリシア王国が先になるだろう」
俺はアリーシャの身の安全とマネージングを考え、神官長の問いかけに難色を示す。
「はあーっ!? アリーシャ殿はアテネリシア王国からも声を掛けられているのですか? き、極東の男! 何とかなりませんか! 私は女神さまに依頼を受けたのです!」
神官長は俺に顔を近づけて必死に訴えてくるが、アフロディーテさまは意思を告げただけで依頼した訳ではない。
神官長は時間が経つに連れて、女神さまの言葉を都合の良い様に美化しているようだ。
「神官長、女神さまたちで話は済んでいるようですよ。アリーシャは一国に留まる器ではないので、皇帝の話があるようです。まずはクラーディーテの街に集結させた兵士たちを元に戻して、国としての依頼として書状を出すべきでだと思います。以前の国王と違って、アリーシャは礼節を重んじるので、必ず期待に応えてくれる筈です」
「おお、なんと……そこまでの器の方だったとは……極東の男が度々叱られていると噂に聞きましたが、本当だったようですね」
神官長の驚きの中に俺への悪口が含まれている気がしたが、意図した様子に見えなかったので我慢した。
「近衛兵団長、俺はゲルマニア帝国の動きが気になるので、北の国境の警備の指揮を取ることにします。今回は俺たちが悪い訳ではないですが、色々と民衆の方々に迷惑を掛けたと思うので、状況が落ち着くまで手助けをしたいと思います。どの街が一番危険でしょうか?」
「極東の男、真ですか? 貴方程、勇敢で慈悲深い方はいないだろう……。まさに南の噂で聞く英雄です! それに極東の男は敵が尤も嫌がる策を思いつき、躊躇いなく実行する鬼神だという噂も聞いています。貴方が指揮を取るならすべてお任せします。国境に一番近い街は国の中央のザルツディーテですが、ディーンの街からドナウ川の上流に向かうとリンディーテの街があります。国境から少し距離が離れていますが、その川の上流がゲルマニア帝国に繋がっているために奇襲を受ける可能性があります」
俺は近衛兵団長の途中の言葉に苛立つが、一部の言葉を除いては有益な情報である。
「コテツ、今聞いた通りです。俺の見立てでは川沿いにあるリンディーテの街が川沿いにあり、奇襲を行い易い気がします。それに、そこを抜かれると王都まで一気に狙われる可能性があります。ザルツディーテは国境沿いですが、王都から距離があります。その代わりそこを取られると国が東西に分裂されるだけでなく、ボスアレスへの南下の危険性も考えられます。どちらかに絞って守るには情報が足りなく時間もありません。俺たちは二手に分かれて街の防衛をする必要があると思います。片方をコテツとアウラに任せたいですが、アウラの攻撃力を生かすには川沿いが適していると思います。コテツはアウラを連れてリンディーテの街の守護をお願いします。俺はビアンカを連れてザルツディーテに向かいます」
「うむ、相変わらず回りくどくて長い話だな。私は要するにアウラを連れて、リンディーテの街を守れば良いのだな」
コテツの言葉は相変わらず厳しいが、俺も決して好きで長い話をしている訳ではない。
俺の他に戦略が分かる人材がいないために、事前に大よその敵の狙いを説明する必要があるからだ。
俺はリヴァイよりはマシだと我慢しつつ、近衛兵団長にお願いする。
「リンディーテの街は、ここにいるコテツに……!? コテツ、スミマセンが獣人の姿になってもらえませんか? 普通の人たちもいるので、本来の姿で怖がられたら意味がないですから……話の途中にスミマセン、ここにいるコテツと後から合流するアウラに任せて下さい。それで街の偉い人に、コテツとアウラが自由に戦える様に書状を用意してもらえませんか? 俺はここにいるビアンカを連れてザルツディーテの街に向かいますので、同じ様に書状をお願いします」
近衛兵団長は、コテツが白虎の子供から頭がパンダ柄の獣人の姿に変わると驚愕するが、俺の話に頷き書状の準備を始めた。
(リヴァイ、こちらは概ね片付き、国王は拘束されました。近い内に国からアリーシャを国王として迎えたいと知らせが来ると思います。取り敢えず、アテネリシア王国から先に話が来ているので、後からの返事になると伝えておきました)
(おい、お前、最近姿を見せていないが、極東の男が怒り狂って南の国の要人たちを倒していると噂が流れてるぞ。相変わらず厳つい顔をさせて姑息な攻撃をしているのか?)
(はあっ!? 久しぶりに話したと思ったら、いきなり何で酷い事を言うんですか? 俺は一番被害が少ない方法を選択しているだけですし、南の国王は民衆たちが裁きを与えたのです。俺は悪くないですよ。クレアに聞いてもらえば分かることです。それから、アテネリシア王国からも知らせが来ると思いますが、アリーシャに任せます。アリーシャには、ぜひ皇帝になってもらい、ローマ皇帝になってもらわなくてはなりません)
(おい、お前、何を言っているか分からないが、あまり留守にしているとアリーシャから見捨てられるかもしれないぞ)
(お、俺だって、アリーシャのために頑張ってるんですよ! リヴァイが巧い具合にフォローして下さい。それから、アウラにアーラとルーナを連れて転移する様に伝えてくれませんか?)
(おい、お前、あまり調子に……!? カザマ、最近姿を見ませんが変わりないですか?)
(へっ!? お、おう、変わりないというか忙しくしているぞ。あともう少しで、一息つけそうだから頑張るさ。アリーシャも時機に、ローマ皇帝に即位して多忙になるぞ)
リヴァイの話を途中で切ろうとしたら、アリーシャの声が聞えてきて。
戸惑ってしまうが、当たり障りのない返事をすると念話を切った。
俺は相変わらずヘーベと最後にあってから、ヘーベとアリーシャのふたりに対する距離感が分からずにいる。
しばらくして、アウラが転移魔法でアーラとルーナを連れてやって来た。
俺はアウラに簡単な説明をして、それぞれの目的地に移動した。
――リンディーテの街。
コテツはアウラをアーラに乗せてリンディーテの街に到着した。
駐屯所に堂々とグリフォンを着陸させ、周りの兵士たちが驚愕するが。
「うむ、貴様で良いだろう。王都からの書状だ。私たちはしばらくの間、ここの守護を行うことになった。自由にさせてもらうぞ」
コテツは周囲を見渡して一番身なりの良さそうな者に書状を渡すとぶっきら棒に用件を告げて、アウラとアーラを連れて街壁ではなく川沿いに移動し始める。
「コテツさま、どこに向かっているのかしら? 人がいっぱいで……」
「うむ、カザマの言う通りであれば川から船で侵攻して……!? うむ、早速現れたがタイミング良過ぎる気がするな」
「ああ、本当だわ。船がいっぱい近づいてくるわね。カザマは敵の船の動きを覗き見ていたのかしら?」
「うむ、カザマにその様な力はない筈だ。それに、その様な事はアウラが行っているのであろう」
アウラが当然の様に覗き見るという言葉を使ったので、コテツは苦笑を浮かべて皮肉っぽく返したが、アウラは動じない。
「うふふふふ……そうね、私は暇があれば、カザマが何をしているか気に掛けているの」
アウラの曇りない眼と花が開く様な笑みに、コテツはこの問答が無意味であると悟る。
「うむ、目の前に迫っている船だが、どうすべきか……カザマは極力、加減をしろだの、人を殺すだの注文をつけてくるが……」
「私に任せておいて! コテツさまは心配性だわ。要するにこちらに近付けなくすればいいだけでしょう」
いつも通り得意気に胸を張るアウラの姿に、コテツは本当に大丈夫なのか心配になる。
コテツはアウラとふたりで行動するのは初めてで、俺の気苦労を少しだけ理解するのであった――
街の住民たちが川から離れる様に避難を始め、兵士たちも川沿いに集まる。
コテツはアウラを連れて川沿いの高台に移動していた。
「うむ、この辺りで良いか? それで、今から何をするつもりだ?」
アウラはコテツの問いに微笑を浮かべると、得意の精霊魔法を唱える。
「水よ! 凍てつき周囲を凍らせて!」
アウラの身体が眩く輝き、大気中の精霊たちの力を借りて魔法が行使される。
アウラにとって些か物足りないのか、小首を傾げるが。
アウラの前から数百メートル程凍りつき、川を越えて対岸まで凍っている。
アウラは要望通り加減をして川の水を凍らせたが、氷の厚さは数十センチ程度。
川の底まで凍らせる事が出来るアウラにとって、コテツたち同様に加減をする事の方が難しいが、難なくこなして誇らしげに胸を張る。
しかも川に張った氷は、敵の船を近寄らせないという目的があるため、敵の船団の三分の一程を航行不能に留めた。
敵の船団は突如川が凍りつき、阿鼻叫喚のさまを呈す。
後続の船団はもたつきながらも転進して上流に引き返すが、身動きの出来ない船はこちらの軍の矢の的になる。
船から下りて氷の上から逃げ出す者も多数いたが、大半が矢の的になった。
敵の船団が総崩れになり、後続の船団が転進した時に勝負は決していたのだろう。
街の兵士たちは既に自軍の勝利に声を上げていた。
高台にいるコテツとアウラに駐屯所から現れた身分の高そうな騎士が現れ、頭を下げる。
「この度は、ご助力頂き心よりお礼申し上げます。極東の男の仲間の方と書状に記されていましたが、先程の大魔法から察するに魔導師のお方でしょうか?」
アウラは初めて会う騎士に緊張してコテツの後ろに隠れてしまい、騎士は困惑するが。
「うむ、アウラは大魔導師クラスの力を保持しているが、何分秘密につき詳細を語る事が出来ぬ。今回の勝利は街の兵士たちが挙げたものとして誇るが良かろう」
コテツが察して騎士に答えるが、自軍の戦果として良いと言われ騎士の態度が益々謙る。
「さ、左様ですか! 魔導師さまも素晴らしいですが、貴方も力のある方と見受けられます。もし宜しければ、勝利の祝いの食事に招待したいのですが……」
コテツはどうするか考えるが、自分の背に隠れる様にアウラが震えているため。
「うむ、気遣いに感謝する。だが、これから他の街の守備もあるため、遠慮させてもらおう」
「そうですか……残念ですが、仕方ありませんね」
騎士は全然落胆した様子も見せずに引き上げていった。
コテツは、アウラが自分から離れると一息吐き、念話を始める。
(うむ、こちらは街に着いて早々に船団が迫ってきたが、アウラが見事に撃退した)
(そうですか……コテツ、こちらはそれどころではありません。そちらが落ち着いたら、こちらに合流してもらえませんか)
(うむ、それは構わないが、そちらは些か余裕がなさそうに聞えるぞ)
(その通りなので、早めにお願いします)
コテツは念話を終えるとアウラに顔を向けた。
「カザマの方も攻撃を受けているらしいが、かなり苦戦しているようだ。すぐに合流して欲しいと泣き言を吐いていた」
「分かったわ、やっぱりカザマは私がいないとダメなのね」
先程までコテツの後ろで震えていたアウラは、何事もなかったかの様に胸を張り、花が咲く様な笑みを浮かべる。
コテツは苦笑を浮かべ、アウラへの対応を俺に任せる事にして合流することにした――。




