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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十一章 南北との戦争(後編)
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2.虚偽離反の突入

 俺は最後通達を行う。

 「開門しろ! その門では、俺たちの進入を防げないぞ! 後々修理に困るのは、そちら側であろう! こちらは用事が合って出向いたのだ! これ以上妨げるのならば、押し通る!」

 いつもみんなが俺の事を卑怯者だと言うが、実は結構気遣いしている事を知ってもらいたい。

 だが、みんなは全く気づいていない様子。

 ビアンカとコテツは、早々に硬そうな門を壊したくてウズウズしている様に見える。

 衛兵たちは冷静な判断が付かないのか、それとも門を守る命令を受けて抗えないのか動く気配がない。

 「十分な猶予を与えた! 返答がないので押し通る! ビアンカ、門を破壊しろ!」

 「任せるっす!」

 俺の言葉にビアンカは口端を吊り上げ、目にも留まらない速さで城門に突っ込む。

 『ドオオオオオオオ――!』

 俺も随分ビアンカに鍛えられ、注意を払っていれば動きを追えるが、咄嗟に動かれたなら姿を追う事は出来ないだろう。

 俺は相変わらず仲間内では一番弱いという実感が沸いてしまう。

 城門は激しい音を鳴らしたが開いた訳ではなく、分厚い木に金属のプレートで固定され作られた門は、ビアンカがぶち当たった周囲に穴を開けた。

 通常の城門突破はカンヌキを破壊するものだが、この光景に衛兵たちは一斉に逃げ出してしまう。

 門を突破した後、すぐに衛兵たちの無力化を行う予定でいたが、肩透かしを受ける。

 「……みんな、このまま堂々と真っ直ぐ進むぞ! 何度も言ったが兵士たちは極力殺さない様に頼む!」

 俺は士気を高めるために声を上げたが、アレスが双眸を細めた。

 「ねえ、君、さっきから偉そうだけど、ビアンカもコテツも力を落として攻撃するのは結構大変だと思うよ。そんな面倒な注文をつけるのなら、自分でやったらどうだい」

 「うむ、流石は軍神とまで呼ばれたアレスだ。私は初めて貴様の事を凄いと思った」

 「そうっすね。アタシはその辺の事は分からないけど、確かに面倒だしカザマが戦う姿が見たいっすね」

 更にコテツとビアンカも同意してしまい、俺は頬を膨らませ剥れてしまう。

 「わ、分かりましたよ……いつも俺ばかり酷い扱いを受けて……」

 不満の思いを呟くが、もたもたしている訳にも行かず先を急ぐ。


 ――王宮内。

 途中で現れた衛兵たちは、城門の出来事を知らないのか勇敢に立ち向かってきたが、俺の敵ではなかった。

 幾らみんなの中で一番弱いといっても、レベルⅧの冒険者である俺は人であって人を超えた存在である。

 圧倒的なスピードで周囲の敵の死角から攻撃を与え、意識を奪った。

 俺は確かにみんなの中で一番弱いが、力の加減だけはニンジャという特殊な職業上、一番上手いかもしれない。

 道中の兵士たちを倒しながら、自分の中で秀でた技術を知り苦笑いを浮かべる。

 王宮内の兵士は以外と多く、玉座の間へ向かう階段前の大広間では、たくさんの衛兵が階段を塞ぐ様に待ち構えていた。

 「兵士たちよ、道を空けろ! 他国の使者を相手に多勢で襲い掛かるだけでなく、国の頂点たる国王は衛兵を盾に隠れているのか? アテネリシア王国でも卑怯者たちを見てきたが、この国の王も卑怯者のようだな。お前たち騎士は、恥かしいと思わないのか?」

 俺はここぞとばかりに揺さぶりを掛けたが、王宮内はそこそこ身分の高い衛兵なので言葉の意味の理解は勿論、自尊心も持ち合わせているようだ。

 衛兵たちは返す言葉もなく身体を震わせていたが、俺はみんなに指示を出す。

 「よし、突撃するぞ! ビアンカは北欧の時の様に、アレスを背負って突進しろ! コテツは殿を頼む! 俺は衛兵たちを引き受ける!」

 俺の掛け声を聞くと皆無言で頷き、俺は階段目掛けてクナイを片手に突貫する。

 ビアンカはアレスを背負って俺に続き、コテツはその後に続く。

 俺は階段前の衛兵に突っ込んだ。

 『わああああああーっ……』

 衛兵たちは俺を前に声を上げたが、破棄を感じられずわざとらしい。

 俺は衛兵たちに力加減を間違えず、威嚇する様に声を上げコブシを振るった。

 「オー、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラ……」

 衛兵たちは次々に力なく倒れていき、俺の横をビアンカとコテツが通り抜けて行く。

 俺たちは当初の予定通り、国王は素通りで神殿目掛けて進んでいたのだ。

 俺は一番目立つという事で囮になり、最後に半身になり軽く宙に浮くと。

 「オラ――!」

 力加減だけは相変わらず気にして、回し蹴りで周りの衛兵たちを薙ぎ払う。

 そして、ビアンカとコテツの後を追い駆けた。


 ――玉座の間。

 「な、何だとー! 階段を素通りして、神殿だと!」

 玉座の間の玉座は空席であるが、部屋の片隅から高飛車な声が響く。

 国王は突如姿を見せた極東の男に怯え逃亡を図ろうとするが、あまりに急な襲来に王宮から脱出する事が出来ず、部屋の片隅で震えていた。

 オーストディーテ王国でも、既に一部の高官はアテネリシア王国の情報を耳にしている。

 国王は、次に狙われるのは自分ではないかと恐怖に震えていたのだ。

 しかし、そんな自身に対して見向きもせず、極東の男が神殿に向かったと聞き、最早状況を把握する事も出来ずに怒りを顕にしていた。

 それに対して近衛兵団長は、部屋の片隅で声を上げる国王に憤りを抱きつつも職務を果たすかの様に報告をする。

 「はい、城門は破られ半数の兵が逃走し、広間でも残りの兵の大半が負傷して、近衛は機能出来ません」

 「な、何だとー! この役立たず共め! ならば、王都の兵を急いで集めろ!」

 「そ、それは……恐れながら、王都の守備兵が手薄になります。それに、今から集めても間に合わないかと……」

 「ば、馬鹿者! 都の守りより、王である私の守りが先であろう! すぐに兵を集めろ! 間に合わなければ、貴様の責任だからな!」

 国王は怒りで恐怖を忘れたのか、部屋の片隅で縮こまっていたのが嘘の様に声を荒げる。

 だが、近衛兵団長は、国王の醜態に我慢の限度を超えてしまった。

 軽く頭を下げて玉座の間から退出するが、王宮の外から兵を集める素振りを見せない。

 極東の男の進攻を防ぐための死者はほとんど出なかったが、衛兵たちの多くが負傷した。

 部下の奮闘を蔑ろにされて、近衛兵団長は国王を見限ったのだ。

 自軍の兵士たちの治療を優先させ、玉座の間の警備兵は誰もいなくなってしまう。

 

 ――神殿。

 俺たちはコテツを神殿前に配して守りを固めてもらい、礼拝堂へ向かった。

 途中で神官たちが俺たちの行く手を遮ろうとしたが、いつも案内してくれる神官に説得してもらい奥に進んだ。

 礼拝堂の中に入ると、いつも通り神官が部屋から退出する。

 俺とビアンカは祭壇の前に膝を着き、アレスは俺の横に立った。

 そして祭壇の女神像を背景にする様にアフロディーテさまが姿を見せる。

 「カザマ、久しぶりね。随分王宮が騒がしかったけど、どういうつもりかしら?」

 「はい、お久しぶりです。王宮の事は、俺たちには関係ないですよ。何せ俺たちは、この国の人間ではないですからね。俺たちがアフロディーテさまに会いに来たのを邪魔したので、降りかかる火の粉を薙ぎ払っただけです。アフロディーテさまの気を煩わせるとは、国王の資質を疑わざるを得ません」

 俺は事実をありのままに伝えたが、アフロディーテさまとアレスは苦笑を浮かべた。

 「あ、あなたは、よくも抜けぬけとその様な事が言えるわね。国王とは関わりのない兵士に怪我を負わせておいて……」

 「アフロディーテさま、恐れながら国王と関わりがないという事はありませんよ。今までは兵士に止められることなく神殿に入る事が出来たのに、今回は何故か兵士たちに邪魔をされました。これは国王が命じたからではないでしょうか。そもそも国の代表とも言える国王は、自軍の兵士の行いにも責任を持たなくてはなりません。仮に国王が命じていなくても国王の責任だと言えるでしょう。大体、俺は極力殺さない様にと加減をし、酷い怪我も負わせない様に配慮して兵士たちを無力化したんです」

 アフロディーテさまは何か言おうとしたのか口を開きかけたが、何も言わずに口元を引き攣らせる。

 「ねえ、君、さっきから詭弁だよね。アテナの国にも君みたいな考えの者たちがいたと思うけど、君には勝てないと思う程だよ。それに君は戦争を未然に防ぐため、王宮にやって来たんだよね。何故、国王を素通りしてアフロディーテに会いに来たんだい」

 俺は子供の姿のアレスを優しく見つめ頷いた。

 「流石はアレスですね。アテネリシア王国で広まったソフィストは悪く思われがちですが、時と場合によると思います。闘技場の決闘の際、ペールセウスに対しても思いましたが、火事場泥棒する様な相手に対して、俺の国では容赦しませんよ」

 「ちょっといいかしら? 火事場泥棒とはどういう意味かしら? それにアレスの問いに答えていないわよ」

 「アフロディーテさまはご存知ないですね。以前アリーシャにも教えましたが、火事場泥棒とは俺の国の言葉です。この辺りと違って、俺の国の家屋の多くは木造なんです。狭い島国の上に、人口が多くて家屋は密集しています。だから火事になると、辺りの家に燃え移ったりして、この辺りよりも大変なんです。そんな火事の最中に泥棒が入っても、火を消したり逃げる事に必死で気づかなかったり、手が回らなかったりしますよね。そういう大変な時に、姑息にも泥棒をする様な卑怯者の事を言うのです。今回の件でいうと、仮にアテネリシア王国が攻めてきて、その気に乗じてオーストディーテ王国が侵攻してボスアレスの街を占領したら火事場泥棒と言えるかもしれないと……以前アリーシャに説明しました。結局未然に防ぐ事が出来ましたが、この国の国王はそれを企てたのです。俺は卑怯者に対しての制裁を必ず行います」

 俺は膝を着いたまま、身振り手振りで火事場泥棒に対する思いを熱く語った。

 「火事場泥棒の件は理解したわ。カザマが並々ならぬ憤りを抱く理由も……それでアレスの問いに対する返答は?」

 アフロディーテさまは先程から変わらず、口元を引き攣らせたまま話を進めようとする。

 「ああ、その件ですか。俺は卑怯者に対して真っ向から戦うつもりはありませんよ。最終的には、国民に判断を委ねようと思っています。アフロディーテさまに会いに来たのは、その確認とアリーシャに対する考えが変わりないかを、お尋ねするために来ました。アリーシャは、アテナさまから正式に国王に推挙されています。二つの国の国王になるという事は、実質皇帝となってしまいます。本当によろしいのでしょうか?」

 「ねえ、君、話の途中で割り込む様だけど、僕の問いに答えるのに前置きが長かっただけでなく、随分あっさりと答えてくれたよね。もしかして君は、僕の事を軽んじているのかい……」

 「ヒィイイイイ――!? そ、そんな事はありませんよ。いつも助けてもらって感謝していますし、蔑ろにしたことなんてありません……!? イッテー!」

 アレスから青色の双眸を細め睨まれて、慌てて弁明するが何故か電流を浴びた。

 「カザマは、賢者になっても相変わらず変わりがない様ですね。それから、カザマが疑問を抱くのは尤もだと思うわ。アリーシャ殿が皇帝になれば、嘗ての大帝国の再来を皆が思い描くでしょうから」

 「はっ!? もしかして、その大帝国とは『ローマ帝国』のことでしょうか? 俺はアリーシャの家柄を聞いてからずっと考えていたんですが、ローマ帝国の痕跡がないんですよね。全くどうしてなんでしょう……」

 アフロディーテさまの言葉に思わず興奮してしまうが、自分で口にしたにも関わらずローマ帝国の事を考えると首を傾げてしまう。

 「カザマ、何を言っているかしら? ローマという国が興ったことはないわ。アリーシャ殿の祖先が起こした国は『ロマン帝国』よ。何度聞いても良い響きの名前だわ」

 美の女神さまは何かしら夢見がちなのか、浪漫という言葉を口にして余韻に耽っていたが、俺は駄洒落の様な名前に激しい怒りを覚えた。

 この世界の国や地名の名前が、神さまの影響で微妙に違うのは仕方がない。

 しかし、それでも譲れないものがある。

 ローマ帝国は欧州の文明文化のみならず、今後の歴史を考える上でも重要な存在なのだ。

 俺は今の立場を利用する様で気が引けるが、既に文明開化も始めてしまったし、今更だと思い重大な決意をした――。


 「ところで、アリーシャの件は変わらずということで宜しいでしょうか? 俺の予想では、ゲルマニア帝国もこちらの国の隙を窺っていると思います。早々に国を落ち着かせたいのですが……」

 「カザマ、折角会いに来てくれたのに、せっかちだわ。私に会いに来たと言ったくせに、私に関係のない話ばかりして……」

 俺が本題に対して催促したのが気に障ったのか、アフロディーテさまは膝を折って自身の顔を俺に近付けると、誘惑するように耳元で囁いた。

 「ヒ、ヒィイイイイ――!? き、恐縮してしまいます。そ、それに、この様子をヘーベやアリーシャに知られたら、また話がややこしくなってしまいます」

 俺は最近多忙な日々を送っていたが、ヘーベと最後に別れて以来気まずくて、敢えて忙しくしていたのだ。

 「まあ、いいわ。カザマ、いつも案内をしている神官を呼んでくれるかしら」

 俺はアフロディーテさまに恭しく頭を下げ礼拝堂を退出すると、神官を連れて再び礼拝堂の中に入った。

 神官は祭壇の前に立つアフロディーテさまを見ると、笑みを浮かべたまま涙を流して固まっていたが、俺は急いでいるので神官の手を引いてアフロディーテさまの前で膝を着かせた。

 「神官長、いつもご苦労様です」

 「あ、有り難き幸せ……神官になって苦節四十年、来る日も来る日も夢を見て、極東の男に先を越されても、その志は変わらずにいましたが……」

 俺はいつも案内してくれていた神官が、それなりの身分だと思っていたが神官長だと初めて知った。

 神官長はアフロディーテさまに声を掛けられて、余程嬉しかったのか初めは固まっていたのに、タガが外れた様に多弁になっている。

 「ありがとう、私は今の国王を支持していません。アリーシャ殿を支持したいと考えていますが……政治に口出しするつもりはないので、他の街に移ろうかと……」

 「承知しました! 女神さまを煩わせることなどあってはなりません! 私にお任せ下さい!」

 アフロディーテさまは神官長の話を遮ると、早々に本題を告げ始める。

 だが、神官長もアフロディーテさまの言葉を遮り、即座に対応したのだ。

 「そうですか……では、よろしくお願いしますね」

 「はい、お任せ下さい!」

 神官長はアフロディーテさまに再度頭を下げると、顔を伏せたまま立ち上がり足早に礼拝堂を後にした。

 俺は呆気に取られてそのやり取りを見つめていたが、自分も初めてアフロディーテさまに会った時を思い出し、同じくらい興奮していたのだろうかと振り返る。

 「……カザマ、これでいいかしら。用件は済みましたし、私もヘーベーのように……」

 アフロディーテさまが再び話し出すが、明らかに先程の神官長に対する態度と違い、頬を薄っすら染めて口篭っている様子に危険を察知する。

 ふと隣に視線を向けると、先程から大人しいビアンカは俯いたまま眠っていた。

 「あの、ビアンカが疲れている様ですし、コテツも外で待たせています。俺も早々に王都から北へ移動して、ゲルマニアに対する警戒に就きたいと思っています。そういう訳ですので、また後日窺いたいと思います」

 俺は何か言いたそうにしているアフロディーテさまに一礼して、眠っていたビアンカを起こして礼拝堂を後にした――。

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