1.南の混乱と北への戦略
王都から離れた山の中に身を潜めていた俺はクレアと合流した。
「兄さん、お久しぶりです。兄さんの活躍はアウラから聞きました。今回はアキレウス殿を倒されたそうですね」
「クレア、久しぶりだな。俺もクレアがビアンカに鍛えられ強くなったと聞いている。アキレウスとの戦いは想定外だったが、ペールセウスと違って強かった。武器を使っての勝負だったら勝敗は分からなかったが、俺と似た様な面を持ち合わせ、兎に角格好の良い男だったな……あっ!? アウラは後から忘れずに叱っておくから」
クレアは微笑を湛えていたが、アウラの件を耳にすると苦笑に変わった。
俺はクレアの表情を見て、予想通り悪口を言っていたと理解する。
最後の叱っておくという言葉は、俺に対して嘘をつかないクレアに鎌を掛けたのだ。
「ところで街の一番目立つ大通りに、国王の悪行を簡単に記した垂れ幕と国王を吊るしておいたが、民から慕われる王であれば助けてもらえるだろう。俺は散々酷い嘘を伝えられて仕返しをしただけだから、後の事は国民であり民衆から慕われているクレアに任せることにする」
俺はクレアの肩を叩き、反対の手を突き出して親指を立てた。
「兄さん、気持ちは分かりますが、後の事は想像が付きますよね? 何だか尻拭いをさせられるみたいですが……」
クレアは苦笑を浮かべたまま泣き言を呟き、宝石になっていたアレスが姿を見せる。
「ねえ、君、流石に見てられないよ。これではクレアが気の毒だし、アテナが怒ると思うよ」
「はあっ!? どうしてですか? 俺はクレアに社会勉強をさせるつもりで、敢えて厳しい状況を設定したんですよ。しかもクレアであれば民衆は従うでしょうから、クレアにとっては英雄になるための試練ではなく顔見せ程度でしょう。俺はヘーラさまよりずっと優しいと思いますよ。そんな俺にアテナさまが怒るなんて心外ですよ。それより、これからクレアと連絡が取れる様に、何かアイテムとか策を授けて下さい」
俺の訴えが正論だと分かったのか、アレスも苦笑を浮かべた。
「君ってやつは……アウラの言っていた通りだね。確かに君の言っている通りかもしれないけど、神にも感情はあるからね。それに、ヘーラにも君の言った事が聞えている筈だし、君がアウラを叱る様な事があれば容赦なく罰を与えるからね」
俺の言った事が余程癇に障ったのか、アレスが恐ろしい事を口走る。
「ち、ちょっと、止めて下さいよ。何で俺は悪くないのに、ヘーラさままで……それに罰を与えるなんて酷いですよ」
「君は、既にヘーラのお気に入りだからね。常に覗き見られていると思った方がいいよ。それからアウラは正しい事を言ったのだから、責められるのは可笑しいよね。君も自分は悪くないのにと口癖の様に言っているよね」
アレスは嬉しそうに微笑み、今度は俺が苦笑を浮かべた。
アウラの事もだがヘーラさまが覗き見ていると知り、ストーカーだと思ったが口にする事が出来ない。
「そ、それでクレアと連絡が取れる様にしてもらえないですか? ちょっと俺も急いでいるのですが……」
アレスは首を傾げ考えている素振りを見せると、「ポン」と右拳で左掌を叩く。
「ねえ、クレア、直接庇護を受けているアテナにお願いするといいよ。――僕が関わると後々面倒事に巻き込まれそうだしね。君は厄介事を他者に任せるのが本当に上手いよね」
俺は身体を震わせ怒りを抑えるが、クレアはアレスの言葉を聞き瞳を閉じた。
すると、クレアの左の冒険者ブレスレットが輝き出し、アレスのクリスタル化に似た青色の宝石が現れる。
「兄さん、アテナさまの声が聞こえました。これでアレスを経由して兄さんとも連絡出来るそうです。それからアリーシャを正式に王として迎えるので、それまで私に王都を守る様にと……街は暴動が起き掛けているそうです」
「よし、上手くいったな。俺はボスアレスには向かわず、直接オーストディーテ王国へ潜入するから、その旨はアリーシャに連絡しておこう。クレアは王都の人たちを頼んだぞ」
俺は思い通りに状況が動き満足するが、クレアとアレスは苦笑を浮かべたまま無言で俺を見つめた――。
俺はクレアと別れて、オーストディーテ王国へ向かっている。
久々に空を飛んでいるが、四月になって空は極寒からかなり寒さが和らいでいた。
それでもこれから北に向かうので憂鬱になるが、早速コテツに連絡を取る。
(コテツ、俺はオーストディーテ王国に向かっています。クレアはアテナポリスの街に入りました。暴動が起きそうだと聞きましたが大丈夫でしょう。それで、アテナさまから正式に、アリーシャを国王に迎えると報告があったそうです。時機に連絡があると思います。それから、そろそろビアンカが我慢の限界でしょうから、ルーナでコテツとビアンカとアウラは途中で俺と合流して下さい。もう守りに徹する意味はないですから、リヴァイがいれば何とかしてくれるでしょう)
(うむ、他人事の様に言っているが、自分独りで納得して念話を送るのは止めてもらいたい。それに、もう少し簡潔に伝えてくれないか。――それから私は伝言係ではない)
コテツから返信がきたが、人が気持ち良く伝えているのに、もっと言い方があるのではないかと思うが我慢する。
先程は肌寒く感じていたが、怒りでそれも忘れて春の穏やかな空を北へ向かった。
――アテナポリスの街。
「民衆たちよ、どうか静まって欲しい! アテナさまからお告げである。新しい国王を導かれるそうだ。その者は若く聡明で、皆の期待に応えてくれるだろう」
アテナポリスの一角は民衆が集まり険悪な雰囲気が漂っていたが、クレアの高く響く声が伝わるも、突然の事で騒然とする。
民衆の輪の中には、宙吊りにされた国王が大量の石を浴びて虫の息になっていたが、救出されるとそのまま投獄されてしまう。
クレアは戸惑う民衆に声を掛け、兵士たちを纏め上げて暴動になり掛けた街を沈静化させていく。
以前極東の男に負けたとはいえ、クレアの人気は相変わらず高く、もしかしたら次の国王はクレアではないかと民衆は思っているのかもしれない。
――オーストディーテ王国領内。
空でビアンカたちと合流し、俺たちは王都のディーンの街近くで着陸した。
「ビアンカ、久しぶりだな。それに、大分クレアを鍛えてくれたみたいじゃないか。でも、そろそろストレスが溜まっている頃だと思うが……大丈夫か?」
「ああ、やっぱりカザマは、アタシの事を分かってくれているっす! 人がゴミの様に一杯でイライラするし、外で遊ぶのも目立たずにしろって言われたっすよ……」
ビアンカはコテツの方に視線を送るが、俺がコテツの立場でも同じ事を言ったであろう。
「ビアンカ、コテツを責めてはダメだぞ。それから前にも言ったが、人がゴミとか言ったら俺やアリーシャもゴミになるし、ゴミが一杯街に集まっているのも可笑しいと思うぞ」
俺は色々と間違いだらけのビアンカを諌めると、アウラに顔を向ける。
「あら、何かしら? 一日私に会えなかっただけなのに、寂しかったのかしら?」
アウラは頬を染めていつも通り勘違いしているが、俺は我慢出来なかった。
「お、お前は勘違いするのもいい加減にしろよ! 俺がいない所でみんなに俺の悪口を吹き込んで……!? イッテー! アレス、止めないで下さい! 誰かが叱ってやらないと、アウラのためになりません……!? イッテー!」
俺は二度も電流を浴びて、久々に左手を振った。
「ねえ、君、さっき僕の話を聞いたよね。アウラは本当の事を言ったのに、八つ当たりするのは見過ごせないよ。それから、こんな所でもたもたしてないで、早く今後の方針をみんあに説明したらどうかな?」
俺はアレスの言葉に返す言葉もなく、口元を引き攣らせながら話を始める。
「お、俺たちは、これから王都に入り、アフロディーテさまに謁見する」
「ねえ、カザマ、アフロディーテさまに会うという事は、王宮の中を通るという事よね。今は中に通してもらえないんじゃないかしら?」
アウラは先程叱られた事を気にも留めていないかの様に、首を傾げた。
俺はこの様子に腹立たしさを感じるものの、こういった切り替えが良くも悪くアウラなのだと気持ちを切り替える。
「ああ、流石アウラだ、良く気づいたな。それこそが、俺の作戦だ。国王は是が非でも俺たちをアテナさまに会わせない様にとするだろう。だが、俺たちは押し通る! アテナさまに会えば、きっと俺たちに賛同してくれる筈だ。その後は神官たちが黙っていないだろう。国王の周辺から揺さぶりを掛けてやるのが目的だ」
俺はここぞとばかりに力強く作戦の意図を伝えたが、何故かみんなの反応は希薄であった――
しばらくして、やっとビアンカが口を開いたと思ったら、次々に不満の声が続く。
「カザマ、アタシは面倒なことをしないで、国王を倒したいっす」
「ねえ、君、君は本当に姑息な考えさせたら、並ぶ者がいないよね。さっきはアウラに同じ話題で怒っていたのに、また同じ様な事を言い出すとは懲りないね」
「ふたりとも、あまりカザマを責めないで欲しいわ。一応、今度は正面から王宮に乗り込むと言っているし、前程卑劣ではないと思うの」
「うむ、しかし、アウラよ。私もビアンカと同じで、こういった回りくどい事は好まぬ」
ビアンカに続いて、アレス、アウラ、コテツの順に意見を口にしたが、みんな我がままばかりで俺の意図に気づいていない。
「おい、みんな、何か勘違いしてないか? 今回は正面から押し入るんだ。本当は俺だけで忍び込んでもいいが、それでは騒ぎが小さく国王の独り善がりが伝わらないだろう。今回は出来るだけ目立って進入して、国王の間違いを正すことに意味がある。それから、ビアンカとコテツは戦いに執着しているみたいだが、この国は近い内にアリーシャが治める国になるんだ。国力を下げては、北に大国があるし本末転倒だろう」
みんなは俺の話を聞くと返す言葉もなく口篭るが、そもそもみんなは一つ一つの戦いに拘りを持ち過ぎて、戦術や戦略についての考えが見受けられない。
俺は、みんなにも大局を見据えて欲しいと思う。
それから、アテネリシア王国で俺が別行動を取った事を踏まえて、自分の代わりに軍師的な役割を果たす仲間の必要性を感じた。
アリーシャは戦術的な計画を立案出来る様だが、元々政治家が本職である。
俺の様に多岐に渡って精通しているのは、ニンジャという特殊な職業にあるからだ。
そういった事を考えて、あまりみんなを責められないと頷く。
「ねえ、君、性格悪いよね。みんなが何も言い返せないのを誇らしげに耽ってないで、さっさと行動に移ったらどうかな」
「はあっ!? 俺はそんな酷い事を考えていた訳ではないですよ! 最近まで自分が留守にしていて、俺以外に戦略を考える人材がいない事を気に掛けたんです。少し前から移動エリアが広くなり、今後似た様な状況が起こるかもしれません」
アレスは、コテツたちと同様に真っ向勝負が好きな神さまであり、俺の意見に不満があるのか苦笑を浮かべた。
「うむ、貴様の言いたい事は良く分からないが、すぐにどうにかなる問題ではないのだろう? ならば、アレスの言う通り、早く行動に移ったらどうだ」
コテツは流石に切れ者であり、アレスよりも賢いようだ。
俺たちは王宮へ移動を開始するが、その前にアウラを引き上げさせた。
アテネリシア王国の時と同様に、ここでもアウラの火力は高過ぎて兵士たち相手では大量破壊兵器と化してしまう。
アウラにはアーラとルーナを連れ帰ってもらい、非常時に転移魔法を使い移動してもらう事にする。
――ディーンの街。
街門の兵士たちは俺たちの姿を見て戸惑うが、何故か俺の姿を見ると硬直してしまう。
この反応は失礼な事極まりないが、ビアンカに羨望の眼差しを向けられ微妙である。
俺たちはそのまま特に慌てる事もなく普通に街中を通って王宮に向かい、周囲から視線を向けられるが誰からも咎められる事はなかった。
しかし、王宮の城門前では、流石に衛兵たちが門を塞ぎ俺たちの行く手を遮った。
「止まれ! お前たちを通す訳にはいかない! そもそもこの状況下で、そんな少人数で敵地に乗り込むとは……」
衛兵の中で身分の高そうな男が声を上げたが、威勢が良いのは初めだけで俺たちに見つめられると口篭ってしまう。
俺はこの隙を逃さずに衛兵たちに問い掛ける。
「おい! 敵地と言ったが、何故我々が敵なのだ? こちらはその様な認識はないが、そちらでは宣戦布告もなく、敵対行動を取るつもりか?」
身分の高そうな衛兵は、自身の言葉の揚げ足を取られ返す言葉ないのか黙ってしまう。
他の衛兵たちは戸惑いつつも俺たちの前に立っている。
「こちらは少数でわざわざ出向いているのだ。この国の王や兵士たちは腰抜けなのか? 何かあれば拘束出来るだろう。俺の存在は、周辺諸国の中で結構な価値があると思うが……」
俺は動揺を見せる衛兵たちを敢えて挑発したが、誘いに乗る気配が見られない。
衛兵たちが想像以上に俺たちの事を恐れているのだと分かるが、元の姿に戻ったコテツのせいであろうか。
出来れば王宮の門は壊さずに通りたかったので、これから先を考えると気が引けてしまう。




