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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十章 南北との戦争(前編)
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8.最速の男と国王の告発

 アテナポリスの王宮の様子を窺いながら、念話を行う。

 (コテツ、やはりこのタイミングでアリーシャが狙われましたか。こちらでは特に変わった様子がないので、北からの刺客だと思います)

 (うむ、予想以上に人が集まり過ぎて、加減して倒すのが面倒であった。それからビアンカとクレアが、南のクラーディーテの街を偵察して、五千程度の兵が集まっているようだ)

 俺は事前にコテツとリヴァイに襲撃される可能性が高い事を伝え、リヴァイを中枢としてコテツとビアンカとクレアには、賊に備える様に策を練っていた。

 (……分かりました。しかし、微妙な兵数ですね。普通、城攻めは最低でも倍の兵数が必要なのですが、幾ら街とはいえ……!? 予想以上にボスアレスの兵数が上がり、戸惑っているのかもしれませんね。そもそもオーストディーテ王国も北に大国が隣接してるから、迂闊に兵を割けないのでしょう)

 (うむ、貴様は姑息な事を考えさせたら、アウラが言った様に並ぶ者がいないな……)

 (余計なお世話ですよ! 姑息ではなく、戦術と言って下さい。アウラはまた余計な事を……俺はこれから予定通り、明日の夜明け前に作戦に入りますので、クレアにも準備させて下さい)

 俺はコテツに文句を言うと、手が空いてからアウラを忘れずに叱ることにして我慢する。

 それから今日も兵士たちの誤りを正し、偵察を終えると宿に引き上げた。

 

 ――アテネリシア王国潜入十九日目(異世界生活九ヶ月と十三日目)

 夜明けにはまだ早い時間、俺は宿を出ると目的の場所へと移動する。

 そして街の大通りの高い建物の上に登り仕掛けを終えると、王宮に向かった。

 

 王宮に潜入した俺は、何度も出入りして確認済みの王の寝室に忍び込んだ。

 途中で何人か警備の兵を気絶させた俺は、ゆっくり気配を消したままベッドに近づく。

 しかし、いきなり背後から襲撃を受ける。

 刀では間に合わず、クナイで防いだ。

 ちなみにクナイは、エドナの父親に棒手裏剣を作ってもらった後。

 お金の余裕も出来て、飛び道具も兼ねて製作してもらったものである。

 たまたまクナイで防いだが、敵の技量はこれまでの相手とは比較にならない程高い。

 風に対する感受性が高くなり、僅かな気流の変化から不意に反応出来ただけである。

 「流石噂に名高い極東の男だな。俺の名前はアキレウス。この国の英雄の一角だが、お前と同じで似た様な仕事もこなす。これまでの動きから、夜に王の寝室に潜んでいれば、必ず忍び込んで来ると予測していた」

 「ほーっ……今まで俺の仲間以外に、これだけ強いヤツはいなかった。しかも、俺の考えを読むとは、実質この国で一番強いのはお前だな」

 俺は、気配を消し一瞬にして間合いを詰めてきた技量と速度に感嘆し、アキレウスの分析力も中々であると頷いた。

 そしてアキレウスという名前は、俺の世界ではクレアやペールセウス程ではないが、有名であると思い出す。

 「ふっ……お前もなかなか見所がある様だな」

 アキレスが小さく笑みを溢し、俺もアキレスに笑みを返す。

 「なあ、お前はもう、今の王の終わりに気づいているだろう。無駄な争いは止めて、次の政権で貢献したいと思わないのか。何だかお前もクレア同様に、この国に必要な人材の様な気がするんだよな……」

 「ふっ……お前はやはり見所がある様だ。だがしかし、それが分かっていても逃げ出す様な臆病者ではないぞ」

 アキレスはまたも小さく笑みを溢し、俺はその姿に格好良いと頷く。

 「それなら提案があるんだが、武器を使わずに素手で戦わないか? いや、こんな事を願い出るのは無粋だな。俺が勝手にお前を気に入って素手で戦う事にする」

 「ふっ……噂の極東の男が業物の武器を使わずに素手で戦うというのだ。後々卑怯者呼ばわりされては困るから、俺も素手で相手をしよう」

 俺はアキレウスを殺したくないという考えがあって提案したが、アキレウスは誤解している様である。

 刀は最高クラスの威力を誇るが、狭い室内で動きが速く短剣を扱っているアキレウスと戦うには不向きであった。

 しかもアキレウスは卑怯者呼ばわりされては困ると言い、俺は口元を引き攣らせた。

 「ち、ちょっと待ってくれ。俺の噂が流れている様だが、ペールセウスや国王が流した噂は嘘だぞ。賢いお前なら分かってくれるよな……」

 「ふっ……極東の男、無粋だぞ」

 俺の思いが珍しく届いたのか、アキレウスは先程と同じく小さく笑みを溢し、俺は益々格好良いとアキレウスを見つめる。

 俺はクナイを納め素手で構えるが、アキレウスがどの様な攻撃を仕掛けるか、お互いの間合いを探りながら注意を払う。

 アキレウスの体格を見て、蹴りの間合いに入るが攻撃する気配が見えない。

 俺は、アキレウスがコブシを振るうボクシング型の戦闘スタイルを予測する。

 お互いに左足を前に距離を縮め、アキレウスは右利きで左のジャブから仕掛けるだろうと予測した。

 しかし、俺の予測は見事に裏切られる。

 アキレウスは一瞬重心を下げると跳躍して、俺の顎目掛けて膝を突き上げた。

 俺は後ろに仰け反り、それをかわし顔に触れる衝撃波に相貌を歪める。

 更にアキレウスは俺の頭上に舞い上がると、足を振り上げ膝を伸ばして、踵を振り下ろした。

 俺は自分の得意な技のひとつである踵落としを後ろに下がり紙一重で避けたが、完全に不意を衝かれてしまう。

 それでも幾ら不意を衝かれ、速いと言っても自分と同程度の速さで、ビアンカ程ではない。

 しかもアキレウスの戦闘スタイルは、全身を使っての単調な攻撃でビアンカに似ている。

 ビアンカは、その圧倒的な機動性と高い攻撃能力から一撃必殺の攻撃を行い、ヒットアンドウェイスタイルと言える。

 だが、アキレウスの攻撃は初手のみで、ビアンカより格下と気づかされてしまう圧倒的な力量の隔たり。

 俺は毎日の様にビアンカと組み手を行い鍛えており、あらゆる格闘技の経験を積み手札の数が違う。

 アキレウスは終始自分が攻撃している事に優勢だと思ったのか、積極的に攻撃を繰り出していたが、次第に相貌が険しくなり汗が浮かぶ。

 俺は、アキレウスのコブシをダッキングとヘッドスリップで間合いを保ったまま避けた。

 そして蹴りなどの足技は、初動を察知すると逆にこちらからローキックを浴びせ動きを封じる。

 俺はキックボクシングに近いスタイルでアキレウスに対峙しているのだ。

 互いの身体能力がほぼ同レベルであるなら、戦術を駆使した者が勝つ。

 ビアンカ程の飛び抜けた身体能力があれば、天井を利用して立体的に戦える。

 しかし、アキレウスには、そこまでの力がないのか技量がないのか不明だが、攻撃が単調で然程の圧力を感じない。

 俺の防御が優れているため、アキレウスが本来の機動性を損なっているのかもしれないが、あまりに視野が狭い。

 正面の防御が優れている相手に、回り込んだり高低差を意識させた攻撃を行えないのは致命的といえる。

 俺はアキレウスに対して、格闘技の歴史や文化の知識で上回っている事を認識し、気の毒に感じつつも時間が迫っている事から早々に決着の機会を狙う。

 アキレウスはコブシの攻撃がかわされ、足技はローキックで止められて次第に動きの精彩を欠く。

 相貌を歪め、尋常でない汗からローキックのダメージが蓄積してきたのだろう。

 そんなアキレウスが、残り少ない力を振り絞り本日二度目の大技を繰り出す。

 アキレウスが重心を僅かに下げ、俺は瞬時に気づくが先程と同じ様に上体を仰け反らせ、ぎりぎりでかわす。

 だが、これは次の大技を誘うためのフェイクである。

 ローキックのダメージの蓄積からか、先程の様な切れを感じない。

 そしてアキレウスが宙に浮き、足を振り上げ膝を伸ばした瞬間に大きな隙が生じる。

 高所からの攻撃は有利であるが、空を飛ぶ事が出来ない人間は高く跳び上がると必ず落下の前に停止状態が起こり、足場がないために回避も出来ない。

 更にアキレウスは、大技を繰り出すために不自然な体勢であるため隙だらけである。

 俺はすかさずアキレウスの背後に回り込み跳躍すると、アキレウスの背後から着地の瞬間を狙い覆い被さる様に、踵落としを浴びせた。

 アキレウスは、俺の攻撃を背後からまともに受け、力なく床に崩れる。


 俺は、アキレウスが気絶しただけであると確認すると、静かに部屋を出て気配のする隣の部屋に侵入した。

 「ヒィイイイイ――!? だ、誰か! 賊だ! 早く……」

 俺は、暗い室内の片隅で悲鳴を上げ小さく縮こまっている男が、パリス王だと気づくと容赦なく蹴り飛ばし意識を奪う。

 気絶したパリス王を手際良く縛り上げ、用意していた藁蓆の袋に入れて背負い。

 そのまま窓から外に出ると王宮を抜け出して、先程準備していた建物に移動した――


 俺は建物の屋根に登ると、用意していた垂れ幕を下げて、巨大な告発文を登場させる。

 それから藁袋の中からパリス王を出すと縄にロープを繋ぎ、垂れ幕の前にぶら下げて建物の前に宙吊りにした。

 辺りは薄っすらと明るくなり、不様に宙吊りになる国王と告発文が人々の前に曝け出す。

 『私は王という立場を利用して罪のない極東の男を貶め、嘘の情報を流して国民を欺き、旧帝国領のボスアレスの街を攻めようとしました』

 俺が宿でアウラにお願いして作った垂れ幕の告発文である。

 後は民衆の判断に任せることにして、クレアとの合流地点に向かう。

 クレアには、コテツ経由でパリス王を捕縛した後に連絡済みだ。

 俺は眩しく輝く朝日を浴びながらアテナポリスの街を後にするが、街の中から久方ぶりに活気のある民衆の声が背中に響く――。

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