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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十章 南北との戦争(前編)
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4.悪夢…

 ――アテネリシア王国潜入二日目(異世界生活八ヶ月と二十四日目)

 翌日、いつも通り夜明け前に目覚めたが。

 久々にニンジャ服を洗濯して下着だけでいるので、寒くて毛布に包まりガタガタと振るえながら、気持ち良さそうに眠っているアウラを見つめる。

 もうじき春になるが夜明け前は気温が下がり、これまで野宿であったがニンジャ服の性能に助けられていたと改めて知った。

 アウラの寝顔は、外見がヘーベと同じくらい美しいので見惚れてしまう程である。

 しかし、普段の言動が美しさを台無しにしてしまい、本当に残念な美人だと思う。

 俺は勝手に付いてこられた挙句、ベッドまで取られて複雑な心境だ。

 アウラの寝顔を震えながら見つめ、夜が明けるのを待つ。


 夜が明けてしばらくすると、アレスに続いてアウラが動き出す。

 アレスが本当に眠っているかは定かではないが、どうでも良いことだ。

 アウラは身体を伸ばす様に両腕を広げると、片手で口元を押さえ可愛らしく欠伸をして辺りを見渡す。

 そして俺と目が合ったが、俺が文句を言おうとすると顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 「私、初めてだったのに、何も覚えていないわ……カザマ、酔っ払った私に……」

 俺はまたも盛大な勘違いを始めるアウラに口元を引き攣らせる。

 「ア、アウラ……俺は大人しくしている様に言ったよな。何で付いて来たんだ? しかも、酔っ払ってもないのに眠ってしまうし、大変だったんだぞ。一応アレスがいるから大丈夫だと思うが、みんなに誤解されたらどうしてくれるんだ。アウラは兎も角、叱れるのは俺なんだぞ」

 俺は勝手な行動を取ったアウラを叱るつもりだったが、途中から愚痴に変わってしまった。

 「私は、まだ清い身体のままなのかしら。きっと破廉恥なカザマは我慢出来ないと思ったけど、私も初めてはちゃんと覚えていたいわ……」

 アウラは俺の話を聞いていなかったのだろうか、再び頬を染めて口篭る。

 「違ーう! 俺はちょっとした貴族より金持ちなんだぞ! 自分の性欲で仲間に手を出すくらいなら、そういう店に行くだろう! それに、俺が言いたいのは、そういう話ではなくて、どうして勝手に付いて来たのか聞いているんだ!」

 「えっ!? エリカが教えてくれた事と違うわ! マー君は恥かしがり屋なだけで、頭の中ではエッチな事でいっぱいだから、酔った振りをしたら必ず手を出してくると言っていたわ。それに、私が付いて来たのはやる事がなかったし、アリーシャが大胆な事をしたから、私も負けたくないと思ったの」

 俺はアウラの返事を聞いて、ゲンコツを浴びせたくてムズムズしたが、エリカが余計な事を教えたのが原因だと分かると躊躇われてしまう。

 (エリカは俺がいない時に、どんな話をしていたのだろうか……)

 それに、途中からアリーシャの話題をされて、教会でのヘーベの言動が脳裏を過ぎった。

 「アウラ、取り敢えずエリカの話は、ほとんど嘘だから真に受けてはダメだ。友達同士の話で盛り上がってしまうと、つい話を盛ってしまう事があるだろう。エリカは負けず嫌いだから、きっとそういう事がたくさんあると思う。今度、みんなと同じ様な話題をした時、アウラから否定しておいてくれ。それからアリーシャの件だが、みんなに迷惑を掛けて申し訳ないが、一度白紙に戻してもらおうと思っている。今はアリーシャが大変な時なので、落ち着いたら話すつもりだ。そもそも俺は、十八歳の誕生日までに結婚相手を決める約束をしていただろう。賢いアウラなら分かる筈だ」

 アウラは、エリカの話題では俺の話に感心した様に頷いていたが、アリーシャの話題に変わると双眸を細めた。

 「カザマ、今の話は嘘ではないのよね。今までみたいに適当に誤魔化す様だったら、カザマを動けなくして遠くまで逃げるから」

 「へっ!? う、嘘じゃないけど……アウラ、何もそんな怖い事を言わなくても……俺はアウラと結婚すると言った訳ではないし、俺の国では拉致は犯罪だぞ……」

 狼狽する俺に対して、アウラは珍しく引き締まった表情を崩さない。

 「カザマは何も心配しなくていいわ。それに、私の国でも犯罪だから」

 アウラは可憐な花が開く様な笑みを溢す。

 俺は、アウラの事をメルヘンで思考の偏った面倒なヤツだと思っていたが、危険なヤツだと初めて思った。


 俺が戸惑っていると、アウラが口を開く。

 「カザマ、これからどうするの? アーラや馬で移動すればいいのに、今までずっと走って移動していたけど、時間が無駄だし疲れないのかしら?」

 「はっ!? 無駄とか言うな。ちゃんと意味があって走っていたんだ。それに、途中で険しい道を通ったり、結構速かったと思うがアウラも走るのは速いのか?」

 「私は精霊にお願いして姿を隠すだけでなく、空を飛べるわよ。ただ、それ程高く飛べないし、速く飛ぶことも出来ないけど」

 俺は嘗てビアンカと狩りで修行していた頃、アウラにストーカーされていた事を思い出す。

 そして、あの頃から結構危ないヤツだった事にも気がついた。

 「そ、そうか……アウラは色々と凄いヤツだな……ところで、これからは付いて来るのは止めてくれないか。これからは他人に見られるのは困るし、特に親しい相手には見られたくないんだ」

 「最近馬鹿にされてばかりだったけど、やっとカザマも私の凄さが分かったのかしら。それで、どうして見られたくないの?」

 アウラは久々に胸を張って誇らしげな姿を披露したが、途中から笑みが消えて首を傾げる。

 俺は答えるべきか悩んだが、一息吐くと表情を平坦にした。

 「はーっ……これから人を殺すから見られたくない……しかも誰にも気づかれず、相手にも悟られずに殺すからだ。アウラは姿を消せるだけでなく、宙に浮けるみたいだから離れていれば、邪魔にはならないかもしれないが……」

 「馬鹿にしているつもりかしら。私にしてみれば、カザマやアリーシャ、私の友達や知り合い以外の人間は動物と変わらないわ。それが、私たちエルフにとって当たり前なのよ。そもそも無闇に命を奪うような野蛮な行為を行わないけど……」

 アウラはエルフの中でも稀少な精霊種であり、族長の娘という肩書きを示すような風格を漂わせる。

 それは、いつもみたいに格好をつけて胸を張る訳でもなく、碧色の瞳を輝かせて俺を見下ろす様な気高さを見せた。

 俺は今までアウラとふたりだけで、しっかり話した事がない。

 しかし、今朝はアレスがいるとはいえ、ふたりだけになって本当のアウラの姿を見た様な気がする。

 「……分かった。そこまで言われたら仲間だし、元々戦力になるのだから止めない。だけど、飽くまでも戦うのは俺で、アウラは付いて来るだけだからな」

 「分かったわ、私に任せておいて!」

 アウラは先程までの緊張感漂わせる相貌から可憐な花が開く様な笑みを浮かべた。

 俺はいつも通りのアウラの様子に、本当に分かっているのか不安を抱くが、アウラはいざという時に転移魔法で脱出させようと決める――


 ――街の駐屯所。

 俺たちは朝食を済ませるとアレスに宝石になってもらい、アウラには透明化してもらって人目を盗んで忍び込み、駐屯所の屋根の上に登った。

 俺は普段狩りの時にビアンカと行っている手信号でアウラに合図を送り、敵兵の隊長と副隊長らしいヤツを狙撃しようと準備を始める。

 他の兵は身分が低いのか、取り敢えず寄せ集められただけの様な格好であり、連度も低いと偵察してすぐに気づいた。

 その程度のレベルであるから、上を排除すれば統率を失う事が容易に想像出来る。

 俺が久々に弓を構えると、隣のやや上から声が響く。

 「水よ! 凍てつき刃となりて、害する者を貫け!」

 突如空中から大量に氷の刃が生成され、訓練中の駐屯所の兵士たちに降り注ぐ。

 『ドドドドドドドドドドドド……』

 「ああ……」

 「て、敵襲……」

 僅かに声を漏らす者がいるが、ほとんどが無言で力なく倒れる。

 氷の刃は圧倒的な数と威力で瞬時に、敵兵を殲滅させた。

 そして氷の刃は、華道の剣山を思わせる様に容赦のない数を地面に突き立てている。

 俺はこの世の物とは思えない地獄の様な光景に、口を開け閉めしていたが。

 「……お、おい、なんだ、これは……」

 「カザマの指示された通りにやったわ。私は見ているだけのつもりだったけど、私に指さして敵兵を攻撃する様にお願いしたわよね。予定外だったけど、やってやったわ。あはははははははは……」

 アウラは無残に倒れている敵兵を前にして唇を吊り上げ笑っている。

 俺は普段可笑しな言動ばかりで、俺を困らせてばかりのアウラが別人になったみたいで、我を忘れて叫びたくなり頭を抱え蹲る……。

 (……あれっ!? アウラの聞き覚えのある声が聞こえる)

 ふと、隣に顔を向けると、

 「……氷よ! 凍てつき」

 アウラが魔法を詠唱している最中であった。

 俺は頭の中が混乱しつつも、敵の目も気にせず声がする方に掌を振る。

 「パン」っと乾いた音と共に、掌に柔らかい物を打った感覚が走った。

 アウラの声は止まり、身体を伏せ周囲を見渡すが、こちらに気づいた様子は見られない。

 俺は兵士たちの連度の低さに安堵し、間髪入れずに予定通り敵の隊長と副隊長に弓で狙撃した。

 二人とも一矢ずつで倒れて動かなくなり、周囲の兵士たちが混乱して二人に集まる。

 俺は見えない筈のアウラの手を、一度手を伸ばしただけで掴む。

 アウラが手を伸ばした訳ではなく、先程から微動だにしていなかったようだ。

 そのままアウラの手を引き撤収すると、次の街を目指して街の門からではなく、周囲の隙を伺い外壁を越えた――。

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