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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三十章 南北との戦争(前編)
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3.アテネリシア王国へ潜入

 ――ボスアレスの街。

 俺は教会から戻ると、仲間たちを北欧のみなさん方を招いた宿の一室に呼んだ。

 「クレア、しばらくビアンカを補佐する形で、北のオーストディーテ王国の守りに備えて欲しい。俺が留守の間ビアンカを退屈にさせず、クレアが強くなるためにも最適だと判断する。それに、クレアは自分の祖国を相手に戦いたくないだろう」

 「はい、兄さん分かりました。ビアンカ、よろしくお願いします」

 「分かったっす。でも、南のアテネリシア王国が攻めて来るっすよね? どうしてアタシは、攻めて来るか分からない北の守りをするっすか?」

 クレアは普段からビアンカの修行を受けているので不満は見えず、寧ろ自国と戦う必要がなく安堵した様に見える。

 逆にビアンカは、俺の説明が足りずに首を傾げた。

 「ああ、アテネリシア王国へは、俺とアレスだけで奇襲を掛ける。出来るだけ被害を出さない様に相手の戦意を削ぎ、王宮に潜入して我がままで失礼な国王を拘束するつもりだ」

 「アタシも行くっすよ! そっちの方が楽しそうっす!」

 ビアンカは尻尾を左右に揺らして顔を近づけるが、俺は首を横に振る。

 「ビアンカ、俺が奇襲を仕掛けるという事は、相手も同じ事を考えているかもしれないだろう。――アテネリシア王国のことは、ビアンカも分かっていると思うが。俺は悪くもないのに悪者にされ、戦争を仕掛けようとする卑怯者が王さまなんだ。俺が留守の間、アリーシャを守ってくれないか? 遊び相手はコテツとクレアがいるから大丈夫だろう。俺は誰の助けも借りず、独りで卑怯者を捕まえたいんだ」

 俺の説得はビアンカの心を打ったのか、予想以上に効果的であった。

 「分かったっす! カザマが留守の間はアタシに任せるっすよ! カザマは独りで狩るっす!」

 ビアンカは大輪の花を思わせる様な笑みを浮かべ、牙が煌く。

 俺はビアンカが何か誤解している気がして頬を掻くが、コテツとリヴァイに顔を向ける。

 「コテツとリヴァイはアリーシャをサポートして、出来るだけ死傷者を出さない様に守りを固めて下さい。一応、念話でマメに連絡しますが、何かあったらそちらからもお願いします」

 「うむ、出来るだけ死傷者を出さずにとは……厄介だな。加減をするのは面倒なのだが……」

 「おい、お前、調子に乗るよ。アリーシャが指示を出して、お前は言う通りに動いた方がいいんじゃないか。偉そうに……」

 ふたりとも相変わらずであったが、リヴァイはイラッとして面倒なので聞き流す。

 「アリーシャ、アテナさまが国王を直接庇護している訳ではないと言われた。クレアと一緒に話を聞いたが、今の王が倒れたらアリーシャを庇護してくれるそうだ。元々は俺が争いの原因を作ったので、俺が片付けてくる。王を捕縛したらアリーシャとクレアは戦後処理のため、国民に挨拶をしてもらうかもしれない。迷惑を掛けるが、後はよろしく頼む」

 アリーシャは両手を胸の前に合わせ瞳を輝かせる。

 「私は家督を継ぐことを望んでいる訳ではありません。今まで通り、カザマとみんなと一緒に、普通に暮らせれば良いのです。王位は要りませんので、無事に戻って来て下さい」

 「ああ、分かった。でも、何かあったら、普通に暮らしている人たちのために頼むぞ」

 俺はアリーシャの瞳に心苦しく感じ、ヘーベの件を話す事が出来ず、万一の際に民衆のためにと言質を取る様な真似をしてしまう。

 俺の考えというか俺に対する疑いを微塵も抱いてないのか、アリーシャは花が開く様な笑みを溢す。

 ここで先程から頬を染め俯いていたアウラが顔を上げた。

 「カ……キ……マー君……私が呼ばれていないのだけど……」

 「マー君と呼ぶのは止めろ! 前にも言ったが、エリカにも止めてもらいたいと思っているんだ……アウラは人が多くて恥かしいだろうから、大人しくしてくれ。何かあったら、アリーシャやコテツがお願いしてくるだろうから、早まった真似はするなよ。北欧のゲンドゥルさんとの戦いの時、アウラが攻撃している真下の海を泳いでいたが、死ぬかと思ったぞ。アウラは、対人戦闘では歴史的な死者を出しそうだから、大人しくするように」

 俺は恥かしがっているアウラに、念のため厳しく諌めておいた。

 これもアウラが後々、大量破壊兵器の様に謗られ、辛い思いをしないためである。

 アウラは俯いて身体を震わせていたが、何故かアレスに話があると言い出した。

 恥かしがり屋なくせに、自分にも出来る事がないか相談するのだろうと思い。

 俺は他のみんなとの細かな打ち合わせや、ビアンカが暴走しない様にビアンカとオルトロスの散歩をして就寝した――


 ――異世界生活八ヶ月と二十日目。

 翌朝、俺はビアンカとクレアとオルトロスを散歩に連れて朝食を済ませると、アテネリシア王国へと旅立った。

 アレスに宝石になってもらい、ちらほらと緑が見える様になった街道をひた走る。

 周囲は途中から開けた土地が広がり強い風が容赦なく吹き付ける。

もうじき三月中旬になる今は春一番でなく、春二番や春三番になるのであろうか。

 兎に角、俺は南から吹く風に向かって走っている訳だ。

 

 アテネリシア王国軍は兵を動員し始めたばかりで、進軍に手間取っているようである。

 そもそも以前の北進は、前々から計画されていた作戦であったため二軍を擁したが、東の国からの防衛に備えるため、本来は大軍を動かす余裕がないのだ。

 俺はアレスからアテネリシア王国の事情を聞いていたので、今回の侵攻は一軍だけを擁し、兵は多くても五千くらいだと予想している。

 対するボスアレスの兵は五百程、多く動員しても千人足らずであろう。

 アレスサンドリア帝国の滅亡から復興をしている最中で、圧倒的に兵が不足している。

 しかも現在は、商人や街の人々たちを中心にした商業都市として、軍事都市から転換期を迎えているのだ。

 ベネチアーノの守備軍は海軍を含めて三千人程いるが、その中には普段漁師をしている様な人々もいる。

 ボスアレスに回せる兵数は自ずと限られてしまう。

 そもそも専属の兵士を大量に保有するのは出費が大きくなり、生産者を減少させてしまうので非効率だといえよう。

 アリーシャはこの問題についても、モーガン先生の下でかなり勉強をしていた。

 今回は俺の事情で単独行動しているが、街の事情と上手く噛み合っていると言えよう。

 ちなみに俺はアーラや馬を使わず走っているが、敵との遭遇戦を想定してである。

 ボスアレスの街から距離が離れると平原になるが、ボスアレスの街周辺は森で覆われているため、空からの移動では少数の敵を捕捉出来ない。

 俺の移動は、敵の斥候部隊を潰す目的も兼ねているのだ。

 ただ、今回は敵兵の気配を感じることなく南下し、既に平原まで達している。

 俺は途中で休憩を重ねながら、三日間掛けて旧アレスサンドリア帝国の街であるアレスエボの街に到着した――

 

 ――アテネリシア王国潜入一日目(異世界生活八ヶ月と二十三日目)

 アレスエボの街は、既に滅亡したアレスサンドリア帝国の皇帝が篭城した街であり。

 俺が手引きをして内部分裂させ、若い騎士や街の人々を避難させた経緯がある。

 俺の事を覚えてる人がいないか気掛かりであったが、顔を知っている人たちの大半が避難して逃げたみたいだ。

 富裕層で逃げる必要がなかった人たちは、俺には関心がなかったらしく全く気に留めない。

 街中で調査を続けたが、街の守備兵は千人程度いるが国境近くの街のため、元々守備兵が多いみたいだ。

 まだ、王都からの侵攻軍は到着してないらしい。

 俺は宿を取ると情報を得るため、アレスを連れて酒場に向かう。


 ――酒場。

 酒場ではこれから戦争が起きる様な雰囲気を感じさせず、賑わいを見せていた。

 俺はいつもの様に店員を呼び、オーダーをするついでに情報収集を始める。

 「俺は東の砂漠よりもずっと東から来た者だが、最近来たばかりでこの辺りの事が分からない。良かったら色々と教えてくれないか?」

 「お客さん、東から来たんですか……まるで最近噂になっている極東の男の様ですね? 今、周辺の国々で話題になっていますが、卑劣な手段でペールセウス将軍を倒したと悪い噂が流れていますよ……」

 店員さんは俺の姿を上から下まで見ながら、何か言いたげに口篭る。

 俺は店員さんの話を聞き、ここでも事実を曲げられたと怒りに震えるが我慢した。

 「おじさん、どこからそんな噂が流れているんですか? 他人の事なのでとやかく言いたくないが、卑怯な手段とは具体的にどんな事をしたと噂になっていますか?」

 「それはよく分からないな……噂の出所は、少し前に赴任してきた貴族からだ。正直、俺たちは貴族さまに関わりたくないからな……」

 俺は怒りを我慢して良かったと頬を緩めるが、店員さんはあまり貴族さまの話題をしたくないのか落ち着きがない。

 「俺は他所の国の人間だから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。これから南の方に行くと、貴族さまに注意した方が良いということでしょうか?」

 「いや、そういう訳ではないが……アンタは余所者だから知らないだろうが、この辺りの街は元々半年前に滅ぼされた帝国の街だったんだ。俺や酒場の常連は、逃げ遅れたヤツラがほとんどで……極東の男を悪く言いたくないんだ」

 俺は店員の落ち着きない様子と話から、実は俺の隠れファンであると悟った。

 きっと貴族さまに睨まれると厄介なので、本当は信じたくもない話を無理やり広めさせられているのだろう。

 俺は店員さんの話に頷きながら、これ以上無粋な事を聞くまいと掌を向けて話を遮る。

 「大体分かった……実は、俺はベネチアーノの街からやって来たんだが、街の様子やさっきの話の噂くらいなら聞いてきたんだ。あの辺りの街は、領主さまが不在でみんな訝しく思っていたみたいだが、例の決闘の時に顔を出したそうだ。まだ俺より若い年頃で可愛らしい領主さまみたいだが、ハプスブルク家という名門の家柄らしい……。だが、そんな名門の面影どころか、偉ぶる様子も見せず街の人たちで街を治める事が出来るなら、自分がとやかく言うことはない……と言われたそうだ。兵士の徴兵も少なく、街の人たちが中心に街を運営しているから税金も少ないそうだ。嘗ての面影はなく、商業都市になりつつあると聞いた。勿論、俺は嘗ての様子を知らないのだが……」

 「やっぱりそうだったのか! 貴族は違うと否定していたが、たまに北から行商人がやって来るが、同じ様な事を言っていたんだ」

 店員さんは声を大きくして、今まで聞き耳を立てていた他の客もざわめき出す。

 「貴族が何を言ってるか知らないが、決闘はペールセウスが極東の男を貶める噂を流して、あまりに卑劣な行いに文句があるなら正々堂々と戦おうと提案され行われたと聞いた。それに互いに禍根を残さない様にと、ペールセウスの祖国であるアテネリシア王国を称えて国旗まで掲げたと聞いたぞ」

 『はあ――っ!?』

 俺がここぞとばかりに真相を説明すると、店員だけでなく常連客も一斉に声を上げた。

 「俺も可笑しいと思ったんだ。この街がアテネリシア王国の領地になってから、極東の男の悪口ばかり噂されて……決闘があると騒ぎになったと思ったら、ペールセウス将軍が卑劣な攻撃を受けて敗れたと知らされただけで、具体的な事が何も分からない。どうなっているのかと不審に思っていたんだ。それにしてもあいつ等、勝手に街を支配しておいて、随分勝手な事ばかりしてくれるじゃないか……」

 店員さんは常連客にも煽られて憤りを顕にする。

 俺は店員さんと常連客の気持ちに共感して頷くと掌を差し出し、話を遮った。

 「まあ、気持ちは分かるが落ち着いてくれ。俺は余所者だが、行いが悪ければ必ず報いを受けるものだ。この国の女神さまは聡明であると聞いた。ペールセウス将軍も元々は部下からの信頼が厚く、誠実な男であったらしい。きっと国の王が正しく導く事が出来なかったのが原因じゃないかな」

 俺の言葉を聞き、納得した様に頷く者が大半であったが、常連客の一人が口を開く。

 「なあ、アンタのさっきからの仕草……噂に聞く、極東の男と同じじゃないか?」

 店員さんだけでなく、周りの客が全員目を丸めて息を呑む。

 「俺は東の国から来たが、噂の極東の男が狙われている国にのこのこやって来るとは思えない……もしかしたら、以外と俺の国と近くの出身かもしれないな。それより話が長くなって、楽しいひと時に水を差してしまった。俺はソーダ水を頼む。今日はお詫びに、みんなの分も俺が奢らせてもらおう」

 『おおおおおおおおおおおおおお――っ!』

 俺の奢りの言葉に店員とお店の客は、これまでの話がなかったかの様に声を上げた。

 俺はみんなの反応に満足しつつ、アレスの分も店員さんに注文する。

 「おじさん、俺の連れは子供みたいに見えるが、実は俺より年上だから俺と同じ物を頼むよ。後は適当につまむ物を……」

 「お、おじさん……私も同じ物を……」

 「そ、そうか……人は見かけによらないな。そちらの綺麗なお嬢さんも同じだな」

 店員さんはアレスの顔だけでなく、先程俺を見た時の様に全身を眺めたが、オーダーを聞くと厨房まで下がって行った。

 

 しばらくして店員さんが戻ってくると、テーブル席の上にソーダ水のジョッキが三つ置かれ、それぞれが手にする。

 「それじゃ、今日は面子が少ないが、取り敢えず久々に街の中で過ごせるということで乾杯!」

 俺は久々の野宿から開放されたことに乾杯の音頭を取ったが。

 「ねえ、君、乾杯と言いたいけど、ヘーベの従者なら食事の前にお祈りくらいしたらどうだい。前にも言ったけど、神々の存在は信仰心に左右されるんだ。従者の君が率先して行わないでどうするんだい。大体、君は食事の前の『いただきます』もみんなが見てないとしないよね」

 「アレスの言う通りだわ。本当に気をつけてよね。大体、今まで格好をつけて『いただきます』と言っていたくせに、みんながいない時にしないのは結構驚いたわ」

 「ああ、もういいじゃないか! アウラ、何だかアリーシャみたいだぞ! 酒場でくらいのんびりさせてくれ!」

 俺は気を取り直し、三にんで改めて乾杯をし直した。

 そして三十分くらい経って、ようやくアウラの存在に気がついた。

 文句を言おうと思ったが、ビアンカと同じくほとんど口にしていないのに酔っ払った様になってしまい、それどころではない。

 アウラも気分的に酔っぱらったみたいになったのかもしれないが。

 「ああああああああああ――! アレス、何ですぐに教えてくれなかったですか?」

 「ねえ、君、僕はそんな事を頼まれていないよね。そもそも街でのアウラへの態度はあまりに冷たかったと思うよ。僕は君がいなくなった後、アウラに相談されて後をつけても、君に知らせない様にとお願いされていたんだよ。でも君が気づいたら、僕は知らないとは言っておいたよ」

 アレスの嬉しそうな笑みに返す言葉もなく、自分が調子に乗った事を反省する。

 俺は酔っ払ったアウラを背負って宿に戻ったが、背中に至福の喜びを堪能する余裕はなかった。

 アレスとふたりだけのつもりだったので、ベッドはひとつしかない。

 仕方なくアウラをベッドに寝かすと宿の女性店員を呼び、アウラの厚着の衣類を脱がせてもらい先に寝かせた。

 ちなみに、以前ロマリアから帰還の際、ベネチアーノの街の宿でアウラのパンツを脱がし掛けた失敗を思い出し、今回は女性店員にお願いしたのだ。

 (コテツ、今、ちょっといいですか? 実はさっき気づいたのですが、アウラが俺の後をつけてストーカーしていたみたいです。そういう事は早く教えて下さいよ。アウラが酔っ払ったみたいになり、俺のベッドで眠ってしまいました。やっと街に入って、久々にベッドで眠れると思ったのに……!? ちなみに今日はアレスエボに入って、酒場で情報収集と嘘の情報を聞いたので、本当の事を伝えておきました)

 (うむ、何を言ってるのか、さっぱり分からぬ。アウラは最近姿を見なかったが、貴様がいないので、集落で大人しくしていると思った。そもそも今回アウラは、特に役割がないので、私がとやかくいう事もないであろう。貴様のところにいるのなら、私は知らぬ。アリーシャには、貴様がアレスエボに入ったと伝えておこう)

 コテツは冷たく返事をして念話を切った。

 俺は、自分が眠る筈のベッドをアウラが中央を独占し、その脇にアレスが寝転がっている様子を見て呆然とする。

 そもそもアレスは神さまなので、本来眠らなくても大丈夫な筈だ。

 俺は三月中旬の暖房のない部屋の隅に、毛布に包まりながら寒さを凌いで眠りについた――。

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