表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第三章 初めてのクエスト
18/488

3.クエストと精霊魔法

 ――演習場。

 俺は午前中の魔法の勉強時間を独り、木に向かい弓の練習をしている。

 小振りの弓になり、持ち運びや動きながら射るのが随分楽になった。

 明日の狩りは、弓を使うのも良いかと思いに浸る。

 狩りといえば、ビアンカのアドバイスの様に、俺の魔法を武器と併用するのは難しいであろう。

 (何せ、まだ魔法を把握出来ていない……)

 そんな事を考えていたら、ビアンカが現れた。

 「遊びに来たっすよ!」

 ビアンカは、ヒマワリのような笑みを浮かべ、尻尾を左右に振っている。

 「その前に、教えて欲しいことがあるんだが……いいか?」

 「何っすか?」

 ビアンカは目を細め、俺を見つめた。

 俺は昨日の夜に聞きたかったことを思い出している。

 「キラーアントの巣を見に行きたいんだが、ビアンカは見たことあるか? それから、ゴブリンと親しくないか?」

 「キラーアントは見たことあるっす。でも、巣はないっすね……それから、ゴブリンとは親しくはないっよ。前に縄張りに入って狩りをしたら、叱られたっす……」

 ビアンカのヒマワリのような笑顔は萎れてしまった。

 俺はその様子に気が咎めたが。

 「他に頼む人がいないんだ。一度だけ、様子を見に行くだけでいいから、着いて来てくれないか?」

 俺の意に反してビアンカの返事は躊躇いがない。

 「いいっすよ! 何時に行くっすか?」

 俺は拍子抜けしてしまいそうになったが、一番大事なことをお願いした。

 「出来るだけ早く見たいが、それで他にもお願いがあって……アリーシャには内緒にしてくれないか……」

 「今からでいいっすけど……どうしてアリーシャに内緒にしないといけないっすか?」

 ビアンカは小首を傾げ見つめている。

 「また叱られると嫌だから……」

 俺は恥かしいと思いつつも口にしてしまった。

 「分かったっす! 今から急いで行って、昼ご飯までに帰ってくるっすよ!」

 ビアンカは再び大輪の笑みを浮かべ尻尾を左右に振ると、森に飛び込んだ。

 俺も後に続いたが、暗い中を数日走っていたお陰で森の中はすっかり慣れている。


 ――ゴブリンの縄張り。

 一時間程走りビアンカは速度を落としたが、今までで一番の遠出だ。

 「もう、ゴブリンの縄張りの中っすよ。キラーアントの巣は、もう少し先だと思うっす。だけど、行ったことないから詳しくは知らないっすよ」

 ビアンカは微笑を湛えながら教えてくれたが、ビアンカの余裕が覗える。

 「勝手に縄張りに入って襲って来ないのか? 大丈夫なのか……」

 俺は初めて入る多種族の縄張りに警戒して訊ねた……。

 (俺はまだゴブリンを見たことがないのだ。慎重になってもおかしくはないだろう…)

 「良く覚えてないけど……前に暴れたことがあるらしくて……近づいて来なくなったす」

 後ろ姿で見えないが、ビアンカの笑顔が引き攣った気がする。

 俺はどういう意味だろうと訝しさを覚えたが、少し離れた所から幾つかの視線を感じた。

 「ビアンカ、気づいているか?」

 俺が小声で伝えると、ビアンカは軽く頷く。

 ゴブリンが数人こちらを覗っている様だったが、

 「おーい! 出てきてくれないか! 村で頼まれてキラーアントの巣を見に来たんだ!」

 俺は少し考えたが大声で用件を伝えた。

 集落から依頼が来ているくらいだから、正直に言った方が安全な筈だ。

 俺とビアンカは一応足を止めて警戒していたが、

 「……何だよー! もう、脅かさないでくれよー!」

 ゴブリンたちが出てきた。

 初めてゴブリンを見たが、緑色の肌に小柄な体躯で想像していた通りである。

 そんな彼らが苦笑いしている。

 この世界のゴブリンは友好的らしい。

 俺は疑問に思った……。

 (でも、何で俺たちを怖がってたんだろう? そう言えばさっきビアンカが暴れたと言ってけど、喧嘩じゃないのか……)

 俺は頭の中の疑問を掻き消し、もう一度言い直して話を進める。

 「今日は駆除の前に取り敢えず、巣の様子を見せてくれないか?」

 「分かった。見るだけならいいが、駆除の時は声を掛けてくれよ! キラーアントが襲ってくるかもしれないから、俺たちも準備がいるからな! 気をつけて行けよ!」

 先程話し掛けてくれたゴブリンが返事をして立ち去る。

 この世界のゴブリンたちは、本当に友好的だと思った。


 ――キラーアントの巣。

 その後、俺とビアンカは数分間走り続け、開けた場所に出た。

 俺たちの少し先には切り立った崖の様なのが見える。

 岩肌が青っぽくて、幾つもの穴が見えたが、元は鉱山だったのだろうか。

 幾つもの穴の周りには、キラーアントらしいアリが出たり入ったりしている。

 離れた場所から見ているため大きさは良く分からなかったが、みんな羽があった。

 (遠くに追い払えというのは、こういうことか? でも、これはまるで、黒いハチだぞ……)

 俺は依頼内容に納得する。

 それから、最強クラスの昆虫相手に自分の考えていた策が、あまりに稚拙だったと気づく。

 「……無理だな。帰ろう、ビアンカ……」

 俺は振り返り、途中まで言い掛け声を止めた――。


 俺の後ろには、少女が立っていたのだ。

 光彩脱目。

 あまりの美しさに見惚れてしまった。

 緑色の衣類を纏った少女は、俺と同じくらいの年齢だろうか。

 輝く金色の髪が眩しく、長くしなやかな髪は、形の良さを窺わせるお尻の辺りで揺れている。

 透き通る様な白い肌、人形のように整った顔立ちに碧い瞳。

 俺はその姿にヘーベの姿をダブらせた。

 しかし、すらりとした身体は、カトレアさんより低いが大人の体型だった……。

 (本物の女神さま……)

 そう言葉に出そうな感じである。

 だが、その少女の耳は良く見ると、人間より先が長く尖っていた。

 髪が風で揺れていた事と美しさに見惚れて、気づくのが若干遅れたのだ。

 その少女は目の前の俺たちではなく、キラーアントがいる崖を見つめている。

 そして、両手を真っ直ぐ伸ばし上に向けた。

 俺は硬直状態を抜け出しビアンカに訊ねる。

 「なー、ビアンカ、この人って……」

 「ああ、気づかなかったすか? さっきから後ろにいたっすよ。ずっと会いたがってたっすよね?」

 「へー……ところで、彼女は何をしてるんだ?」

 俺はビアンカの言葉を軽く聞き流してしまったが、嫌な予感がしていた。

 何故なら、彼女の周りが光輝いている。

 というより、光が彼女に吸収されている様に見えたからだ。

 何かとんでもない事をしようとしているのが、この世界に来て間もない俺にも分かる。

 そんな光景が目の前で起こっていた。

 「ああ、アウラが得意な精霊魔法っすね」

 「……なあ、かなりヤバそうなんだが……大丈夫か?」

 「うーん、何がヤバイか知らないけど、凄いっすよ」

 「なー……凄いのは何となく分かるんだ……何で、そんなに落ち着いてるんだ? それから、彼女は何をしようとしてるんだ?」

 「まあー、とにかく凄いっすよ。見れば分かるっす!」

 俺は恐れ戦き、ビアンカに訊ねたつもりだったが。

 能天気なビアンカには伝わらなかった。

 そんな俺たちのやり取りの間にも輝きは増していく。

 「ビアンカ、行くわよ!」

 彼女は、何かに伝えるかの様に叫ぶ。


 『風よ! 激しく! 渦巻き切り裂け!』


 次の瞬間、目の前の崖を軽く覆いつくす程の竜巻が起こった。

 高密度の風の塊は、キラーアントの巣に激しくぶつかる。

 そして、崖の岩肌が削られていく。

 キラーアントは無残に切り裂かれ、吹き飛ばされていった。

 俺は目の前の光景に、カタカタと歯を鳴らし声が出ずに立ち尽くす。

 彼女はそんな俺を気にも留めず。

 

 『水よ! 降り注げ! もっと!』


 また、何かに伝えるかの様に叫んだ。

 雨が降ってきた――この辺りだけの様だが、崖の方は局所的な豪雨になっている。

 脆くなった崖は、激しい雨に晒されて崩れていく。

 キラーアントも崖から落ちたり、流されている。

 俺は、この光景を先程と同じ様に眺めていた。

 彼女は得意気な笑みを浮かべている。

 段々調子が出てきたかのように……。

 「最後はこれよ! カザマ良く見てなさい!」


 『稲妻よ! 天より激しく舞い降りて!』


 彼女が叫ぶと、激しい轟音が響き、幾度も目の前の崖に落雷した。

 俺は、カオスを見たかの様に驚愕に震えていたが、

 「あ、あのー……今、俺の名前を呼びませんでしたか?」

 自分の名前を呼ばれ少しだけ正気に返り、やっと言葉が出た。

 「呼んだわよ……カザマが夜中に練習していたのを見て、順番に手本を見せたわ」

 エルフの美少女は、先程と同じ様に得意気な笑みを浮かべている。

 (この子、何だかヘーベに似てるな……)

 俺は声に出さずにそんな事を思いつつ、

 「えっ!? 何でそのことを知ってるんだ……」

 秘密で練習していた筈なのにと驚いた。

 「あ、あなたが、そのー……アリーシャとベッドで……」

 エルフの美少女は耳まで赤く染め、身体を捻らせながら口篭る。

 「あはははははっ……! 昨日の夜もアリーシャの話を聞きにアウラが来てたっすよ」

 ビアンカは笑いながら状況の説明をしてくれた。

 「べ、別に疚しいことはないからな! ……ないからな!」

 俺は何も疚しいことはないが、一応言い直す。

 「ええ、昨日はそうだったみたいね……それで話が終わって帰ろうとしたら、カザマが魔法の練習をしてるのを見つけたの。昨日は面白い事はしてなかったけど、頑張っているみたいだったから、私が力になってあげたわ」

 アウラは得意気な笑みを浮かべる。

 そして、ヘーベの様に堂々と胸を張り、俺を見つめた。

 この世界の凄い人は、このポーズが好きなのだろうか。

 それに、今までの恥ずかしがり屋のキャラはどこへ行ったのだろう。

 色々と突っ込みたくなったが、魔法で死を免れたキラーアントたちが、続々と巣穴から出てきた。

 「おい、アウラ! あれはどうするんだよー! 生き残ったヤツらが出てきたぞ!」

 「キャーっ!? ツバが飛んだわ! 残りは魔法で飛ばして、引っ越してしてもらうわ!」


 『風よ! 大きく! 渦巻き吹き飛ばせ!』


 アウラは一瞬俺に怯んだが、キラーアントたちを見つめると表情を引き締め、威勢良く魔法を放つ。

 先程の詠唱とは少し違った。

 今回の竜巻は、先程の高密度の風の塊ではなく。

 その変わり巨大な竜巻は、空に届きそうな規模であった。

 また、激しくぶつかり切り裂く風ではない。

 崖全体を軽く覆いつくした風は、次々に周りのものを吹き飛ばしていく。

 そして、東の方に向かって吹き抜けていった――。

 

 「ふう……マナ切れよ。後は任せたわ……」

 アウラは本当に力が抜けたかの様に息を吐いた。

 そして、突然目の前から姿を消す。

 「おい、アウラ!? アウラ! どこだ……」

 俺はアウラの名前を呼びながら探したが気配がない。

 俺は害意がないと上手く気配を感じられないと気づいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ