6.ペールセウスとの再戦
「それでは、私のためにお待たせしましたが、そろそろ試合を始めて下さい」
アリーシャは試合を促す声を掛けると、小さく頭を下げて姿が消えた。
『ドーン!』
試合の開始を告げる銅鑼が響く。
『おおおおおおおおおおおお――!』
観客席から歓声が響くが、先程のアレスの話の後やアリーシャ登場の時程の声が響かない。
決闘前の前座が大き過ぎて、観客たちはどこか戸惑っているというか拍子抜けした感がある。
そしてペールセウスも、嘗て経験したことがない野次を散々浴びて疲労している様子。
俺はアリーシャとの関係を公衆の面前で晒されて動揺を隠せない。
「……おい、卑怯者、ここまで姑息な手段を用意しているとは想像もしていなかった。貴様には、堂々と戦う気概がないのか?」
「アンタが言うのか! そもそもアンタが初めに、自分の部下をサクラとして観客席に忍ばせて、戦いの前に卑怯な企てをしたのが原因なんだぞ! 俺はまだ結婚すると言ってないのに、この騒ぎをどうしてくれるんだ!」
俺とペールセウスは決闘よりもお互いの仕打ちに憤り、戦意を高めていく。
俺は怒りを抑え、ポジティブさに関して他の追随を許さないペールセウスに負けを認めさせるには、どうすべきか考える。
一撃で倒すのは容易だが、後から不意打ちだったとか因縁をつけられそうだ。
ここは先手を譲り、尚且つ誰が見ても力の差が分かる様に受け止めてから、攻撃を仕掛けるべきであろう。
攻撃も一撃ではなく、数多く攻撃を浴びせる必要があるが、一撃で意識を失ってしまいそうである。
それには考えがあるが、数多くの攻撃であれば一撃で負けるより、自尊心の高いペールセウスの面子も保てるだろう。
兎に角、あの粘着気質な性格が厄介である。
まさか、メドゥーサさんの件からここまで事態が広がるとは想像もしていなかった。
俺は今回の件で、ペールセウスと関わるのを最後にしたいと考えている。
――お互いに睨み合い、観客席からも次第に緊張感が伝わってくる。
俺は武器を鞘に納めたまま掌を自分に向けて、ペールセウスに手招きした。
「おい、貴様、何の真似だ。また姑息な事でも企んでいるのか? だが、私は貴様の謀略には、かからないぞ。後から己の卑劣さと油断を後悔するがいい」
ペールセウスは、俺の様子に警戒しつつも剣を抜き振り被り、
「おおおおおおおおおおおおー!」
雄叫びを上げ、地面を蹴り突進する。
そして、頭上に振り上げた剣を俺の頭部目掛けて振り下ろす。
俺は右膝を着くように重心を下げ、ペールセウスの剣に意識を集中した。
「はあーっ!」
俺は気合を入れ、両手を頭上に上げペールセウスの剣を白刃取りする。
しかし、俺の白刃取りは空振りし、ペールセウスの剣は俺の頭に直撃した。
俺は驚きと剣の衝撃に涙を浮かべる。
また、頭に走った痛みと羞恥で顔を真っ赤にして、身体を震わせた。
ペールセウスは瞳を丸め硬直していたが、
「……おい、貴様、正気か……!? 何故、生きている? それに、この風はなんだ?」
この状況を把握出来ずに混乱している。
またも俺のフードとマスクが俺の頭と顔を覆い、俺の周りには破廉恥魔法が起動していた。
俺は奇しくも同じ場所で同じ過ちを繰り返してしまう。
正確には俺が失敗したというよりも、アレスの加護が過敏することが原因である。
以前と同じ様に白刃取りをしようとした際、突然自動防御が作動して驚いた俺は、またしても白刃取りを空振りさせてしまったのだ。
「あ、あれは……『いただきます』だぞ! 極東の男が対戦相手を屠る前の儀式だ!」
以前ビアンカから教わった酒屋の店員が、静まり返った観客席で叫ぶと。
『……いただきます?』
観客席から一斉に疑問の声が上がる。
「お、俺も前に聞いたぞ! 確か前の戦いも、あの後一瞬で勝負がついたぞ!」
他の観客からも声が上がり、観客席がざわめき始めた。
俺は羞恥で固まったままだが、神さまのブース席に視線を移す。
誰の姿も見えず静かなままだが、きっとみんな俺の事を馬鹿にしてるのだろう。
――ペールセウスがやっと驚きから、正気を取り戻したのか剣を引こうとした。
だが、俺は頭の上に載っている剣を両手で掴むと、奪い取る様に脇に引き寄せ声を上げる。
「はあっ!」
ペールセウスが剣を奪われまいと力を入れるが、俺は構わずそのまま剣をへし折った。
「……へっ!? ああああああああああああ――!?」
ペールセウスはまたも呆然とするが、すぐに叫び声を上げる。
俺はへし折った剣の先の部分を放り投げると、
「さて、そろそろ終わりにするけど、覚悟はいいか?」
相変わらず刀は抜かず、拳を握り静かに構えた。
「き、貴様! ふざけるなよ! どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!」
ペールセウスは顔を紅潮させ眦を吊り上げ、折れた剣を振り上げる。
俺は重心を下げると、ペールセウス目掛けて突進した。
互いの距離が急激に迫るが、ペールセウスは俺の動きを捉える事が出来ない。
すべてのステータスが遥かに劣るペールセウスは、俺の動きを追う事は元々不可能であり、常識的に考えればマッチポンプと言えよう。
アテナさまがペールセウスを説得して、試合をさせないのが常識的だが。
アテナさまの意思なのか、説得してもペールセウスが納得しなかったのかは分からない。
俺は低い姿勢からペールセウスの顎にコブシを振り上げると、ペールセウスの顎が上を向き、身体が地面から僅かに浮く。
そして、すぐに俺はペールセウスの背後へと回りこむ。
ペールセウスの足が地面に着く前に、更に背中を蹴り上げ上方に浮かす。
今度はペールセウス側面に回り込み、ペールセウスが倒れ込みそうな場所に移動する。
すかさずペールセウスが地面に倒れこむ前に、蹴り上げた。
俺はペールセウスを殺さない様に力を加減しつつも、連続攻撃を浴びせ続ける。
ペールセウスは初めの一撃で気絶しているだろうが、俺の連続攻撃を全方位から受けて倒れることを許されない。
この大観衆が見守る場で、圧倒的な力の差を見せつける事が俺の狙いである。
観客席では、ペールセウスが僅かに宙に浮いた状態。
ペールセウスの回りで、攻撃の瞬間だけ微かに見える俺の姿に見惚れる。
それでも、ペールセウスがダウンしているか分からない審判は、試合を止める事が出来ない。
俺の攻撃は一分間程続き、周囲がざわめき出したのを戦いながら感じると、攻撃を止めた。
そして、ペールセウスは力なく地面に倒れ込む。
ペールセウスの顔は俺と同じ様に腫れ上がり、高そうな鎧は破損することはなかったが、所々凹んでいる。
「!? し、勝者、極東の男!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!!』
観客席からアリーシャ程ではないが、アレスの話の時と同じくらいの大歓声が響く。
審判の人は顔を引き攣らせているが、俺は観客の声援に応える様に両手を挙げた。




