3.マインドコントロール
俺は東のゲート前で自分が呼ばれるのを待っている。
『おおおおおおおおおおおおおおおお――!』
競技場から大声援が響いてきた。
ペールセウスが現れたのが分かるが、この国で何故これ程声援を受けるのか気になり、そっと外の様子を覗き見る。
すると、観客席から万遍なく散らばる様に、見覚えのある鎧姿の騎士たちの姿があった。
ペールセウスが事前に、自分の部下たちを競技場のあちこちに配したことを知り。
俺は怒りに震える。
「闘技場に足を運んでくれた民衆たちよ! ぜひ聞いてもらいたい! 以前は敵対する関係にあったが、今は同盟国である!」
『おおおおおおおおおおおお――!』
ペールセウスの言葉に呼応する様に、サクラたちが声を上げる。
「私は今日、両国の親善のために足を運んだ! だが、戦いを始める前に民衆たちよ、聞いて欲しいのだ! 我らの女神の神具である盾を穢し、卑劣にも姑息な手段で我らの祖国の英雄を人質にし、私との一騎打ちを再三拒絶した卑怯者がいることを!」
『おおおおおおおおおおおお――!』
俺は奥歯を噛み締め怒りに震えるが、サクラの声援を静かに聞いていたペールセウスは、声が静まるタイミングを計った様に話を続けた。
「極東の男はペテン師である! 口先だけで実際にはたいしたことをしていない! 強大な力を持つ仲間たちに戦いをさせ、自身は功績をだけをものにする卑怯者である!」
『おおおおおおおおおおおおお――!』
「民衆たちは騙されている! だが、それは仕方ないことであろう。ヤツはそれ程に狡猾な男であるのだ。私は民衆たちを欺き、己の都合の良い様に事実を曲げ、虚実を広める卑怯者を民衆のために罰するために戦う!」
『おおおおおおおおおおおおおお――!』
サクラの声援があったが、少しずつ声援の数が増えている様に感じる。
ペールセウスは声援に答える様に手を振っているが、俺は怒りに震えながらその様子を見つめた。
以前から自身の戦闘力は、英雄と呼ぶには乏しい程度。
しかし、軍を率いての統率力や将軍としての力量は極めて高く、体力と耐久力に溢れ、熱い性格は騎士たちの中で尊敬されている。
嘗てはそれだけであったが過去の俺との戦い以降、実直であった性格は変貌した。
自国や敵国に対し巧みに嘘の情報を流し、自国民や他国民を洗脳する。
俺が得意とする様な戦術を行う様になったのだ。
今では嘗ての堅実な将軍としての才と、戦術家として英雄になったといえる。
俺は怒りに震えつつも目の前に佇むペールセウスを見つめ、冷静に相手の能力を分析した。
そして、以前から考えていた事が脳裏を過ぎると、ある事に気づく。
即座に、脳内の回路がフル回転し始めた。
(アレス、ちょっといいですか。突然ですが、声だけなら軍神アレスとして、その力を示すことは可能でしょうか?)
(ねえ、君、本当に突然だね。でも、今日はいい感じで人が集まっているからね。何を企んでるか分からないけど、君の言動に左右されるだろうね)
(分かりました。リヴァイ、お願いがあります。アリーシャをこの機会に領主として紹介したいと思います。アリーシャの説得と何か遭った時のサポートをお願いします)
(おい、お前、突然何を言い出す。本人が嫌がっているのに、わざわざそんな面倒なことをする訳ないだろう。まだ殴られ足りなのか)
俺は口元を引き攣らせるが念話を続ける。
(リヴァイ、今のペールセウスの話を聞きませんでしたか? アイツは本当に舌が回り、巧妙です。しかも観客席の至る所に自身の部下を配しています。俺の悪口を言ってるだけに感じているかもしれませんが、違います。巧みに、この街の人々を洗脳し始めています。理由を理解出来ますか? 分からなければ、早急にアリーシャに尋ねて下さい。時間がありません)
リヴァイからの文句が消え、ペールセウスの発言に対する余韻と戸惑いに割れる観客たちを見つめる。
(カザマ、アリーシャです。リヴァイにお願いしている様ですが、どういう意味ですか?)
突然念話でアリーシャの声が聞こえて驚くが、リヴァイが何か力を使ったのだろうと思い、すぐに頭を切り替える。
(アリーシャ、良く聞けよ。ペールセウスは俺との決闘を機会に、領主不在のこの街の人々を……悪く言えば洗脳して街を乗っ取るつもりだ。勿論、同盟国に対して力を行使したものではない。人々の思想を言葉巧みに自分の都合の良い方向に運ぶ手段を『マインドコントール』と呼ぶ。この世界に、こんな事を仕出かすヤツが存在するとは驚きだが、それ故にあんな弱いヤツでも英雄なのだろう。早急に手を打たないと手遅れになる。目に見えない攻撃だけに広まるのは、あっという間だ)
俺はペールセウスの恐ろしさを分かり易く解説したつもりだが、果たして中世に近い文化形態で生活するアリーシャに真意が伝わったか疑問である。
(カザマ、私には難しくて良く分かりません……ですが、先程のペールセウスの話と観客席の人々の様子を見て何となく理解出来ました。私は現状の街の様子を見て、直接政治に口を挟むつもりはなく、しばらく静観するつもりでいます。それからですよ……困った時に、助けてくれますか?)
(俺はいつもアリーシャの味方だ! 俺に任せておけ! 俺に策があるんだが……後で話すよ。取り敢えず、火事場泥棒する様な卑劣なヤツを排除するからな)
(『火事場泥棒』? 良く分かりませんが、分かりました……)
俺の話が難し過ぎたのか、アリーシャは分からないのに、分かったとらしくない返事をした。
(アレス、アリーシャとリヴァイの承諾を得ました。俺が話し進める前に、邪魔をされると面倒なので、ロキさまに伝言をお願いします。北欧への招待は落ち着いたら、お受けしますので静観して下さいと……)
(ねえ、君、かなり慌てているみたいだけど、そんなに急ぐ必要があるのかい?)
(アレス、人は凄く単純なんです。ふと弾みに他人を好きになったり、反対に嫌いになったり、神さまであるアレスはご存知の筈です。精神攻撃はじわじわ効果が出る場合が多いですが、即座に効果を出す場合もあるのです)
俺が大よそ打ち合わせを終えると、会場のスタッフから入場する様に声を掛けられる。
(コテツ、これから入場します。みんなに話しましたが、コテツもいいですか? これから、あの卑怯者にガツンと言わせてやりますよ)
(うむ、事情は理解したが、本音は最後の言葉に集約されるのであろう……)
俺はおそらくみんなに筒抜けだろうコテツの言葉に返す言葉もなく、出鼻を挫かれてしまい重い足を進めた――。




