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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十八章 広がる世界
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4.北欧との外交

 ――異世界生活七ヶ月と二十九日目。

 クレアの修行を始めた翌日、俺は魔法の手本を見せるとクレアに言った。

 前日、散々笑い者にしてくれたアウラに魔法の模擬戦を挑んだのだ。

 俺の無詠唱魔法は以前より格段に威力を上げ、クレアは俺の事を魔法戦士だと羨望の眼差しを向ける。

 俺は面目を保ったかに見えたが、段々調子に乗ってきたアウラに風の魔法で吹き飛ばされかけ、雷の魔法で感電死するところであった。

 俺は自分の軽率さを身に染みて体験し、師匠としての立場が危ぶまれたが。

 クレアは俺の仲間たちがいかに強いかを知り、益々姉弟子たちを尊敬する様になる。

 また、そんな仲間たちを相手にして、何度も死に掛けて強くなっている俺に対する憧れが強くなったのは、皮肉にも感じられた。

 その翌日から、俺とクレアはビアンカに稽古をつけてもらう様になる。

 ビアンカの方が俺より強いということもあるが、ビアンカが興奮して乱入すると、俺が被害に遭うので安全も考慮してであった――

 

 ――異世界生活八ヶ月と九日目。

 あっという間に日にちが過ぎて行き、今はデンマルク王国の北欧側にある新しい街に来ている。

 まだ整備途中なので、街の中央部付近の建物と外壁が急造された状態であるが、街の至る所に出店が立ち、荷馬車が行き来していた。

 今は船で対岸まで移動しているが、お互いに協力してし合って橋を建造している最中である。

 これ程の巨大な橋をこの時代に架けるとは驚かされたが、神さまの加護が働いているのだろうと思った。

 ちなみに、俺たちは船で街まで移動した訳ではなく、みんなはアウラの転移魔法で移動している。

 勿論対岸側には行った事がないので、デンマルク王国側の北欧領土の手前まで転移して、ビアンカのグリフォンとコテツで移動をしたのだ。

 それから俺が来るまで宿で待ってもらっているが、初めての所でもビアンカとコテツとリヴァイがいれば、アリーシャとアウラの護衛は十分である。

 俺とクレアとアレスはグリフォンで移動しているが、俺だけ転移魔法で移動が出来ないので、クレアとアレスが付き添ってくれたのだ。

 ビアンカもルーナで移動したがっていたが、護衛が少なくなると説得してある。

 クレアは北へは行ったことがないので、一度は直接自分で移動するという原則に従い、自身のグリフォンに乗り俺の後に続き移動した。

 街の宿屋でみんなに合流すると、怪訝な表情を浮かべクレアが口を開く。

 「これから北欧の代表と話をするのですよね。……兄さんの顔が腫れているのは、極東の男だと分かる様にするためなのですか? もしかして、兄さんは他国に移動する前は、いつもヘーベに顔を叩かれているのですか?」

 クレアは真剣に訊ねている様だが、周りの仲間たちが頬を膨らませる。

 「ぷふふふふ……クレア、カザマはヘーベだけでなく、リヴァイに殴られる事が多いかしら。それに北欧のブリュンヒルデという、クレアに似た人にも破廉恥な事をしてビンタされたのよ。女神さまではヘーラさまにもビンタされて、アフロディーテさまにも破廉恥な事をしてムチで何度も叩かれたのよ」

 アウラがクスクス笑いながら余計な事を口走ると、クレアの顔が引き攣り俺から視線を逸らす。

 俺は慌ててクレアとアウラの間に割って入り、久々にアウラの目の前で拳をちらつかせると、クレアに顔を向けた。

 「初めは、偶然だったんだ。アレスと初めて会った頃、たまたま口にした極東の男という名前が広まってしまい、アレスが気を遣って腫れたままにしたんだ。俺はいつも自分より強い相手ばかりと戦っていたからな……過酷な戦いで傷つく事が多くなったんだ」

 「なるほど、そういう経緯が合ったのですか。兄さんが短期間で強くなったのも頷けます。名前が広まる分だけ、壮絶な戦いが合ったということなのですね」

 俺は背中越しでアウラに拳をちらつかせ、口元を引き攣らせたまま頷くが。

 「ねえ、君、その辺にしておいた方がいいと思うよ。都合の悪い事は口にせず、上手く本当の事を話し誤魔化しているけど、事実はアウラの言った通りだよね。それにアウラをまた脅しているけど、後から叱られることになるよね。まあ、話していることが嘘ではないので、僕から罰を当てる事が出来ないのが残念だよ」

 アレスが口を挟み、本当に落胆している様で腹が立つ。

 それよりもクレアの眼差しから輝きがなくなり、会談が始まってもいないのに気が重くなってきた。


 しばらくして、北欧側の使節団がやって来たが、ブリュンヒルデさんたちである。

 前回の経緯を考えれば納得の人選であったが、久々に顔を合わせ俺たちの中の一人に視線が集まった。

 「極東の男、そちらの方を紹介して頂けるかしら。何だかブリュンヒルデに、瓜二つに見えるのですが、気のせいかしら?」

 「スクルドさん久しぶりですね。驚かれるのも無理がないです。俺も初めて会った時は、あまりに似ているのでガン見して、クレアに物凄く怒られましたよ」

 「兄さん、恥かしいので、その事はもう忘れて下さい」

 クレアが俺の言葉で頬を染めて恥らうが、ブリュンヒルデさんが相貌を顰める。

 「極東の男、久しぶりに会えるので楽しみにしていましたが、まさか私に会えないのを我慢出来ず、私に似た者を従者にするとは……しかも妹にしたという事は、その者とは結婚する意志がないという事かしら?」

 クレアはブリュンヒルデさんが何を言っているのか理解出来ないのか、呆然とした。

 俺の仲間たちは冷ややかな視線を俺に向け、無言でいる。

 「ち、ちょっと待って下さい! 何か、俺が悪いみたいじゃないですか! 紹介が遅くなりましたが、クレアは最近俺の弟子になったアテネリシア王国の勇者で英雄の卵、以前はヘーラクレスと名乗っていました。それにクレアには、既に相思相愛の相手がいるので誤解しないで下さい」

 「おい、ちょっと待て、極東の男、そのブリュンヒルデそっくりの美女が男で、南で有名なヘーラクレスという訳か」

 ゲイルスケグルさんが俺の話を聞くと、急に話に割って入り槍を構えて前に出る。

 ブリュンヒルデさんは盛大に勘違いしたのが恥かしいのか、顔を真っ赤にして俯いた。

 「落ち着いて下さい。クレアはもうヘーラクレスではありません。今は俺がアテナさまから預かって、イチから鍛え直している最中です」

 「つまりは警戒する様な相手ではないということですね?」

 「そういうことになります。ゲンドゥルさんの様に理解が早い方がいて助かります」

 俺は大人しくてほとんど話している姿を見なかったゲンドゥルさんに初めて声を掛けられた気がするが、誤解が解けた様で安堵する。

 

 「――それでは挨拶が済んだところで、北欧側の回答を伺いたいのですが、こちら側の提案にすべて賛同して頂けるということで宜しいでしょうか?」

 長いテーブルに互いが向かい合う様に座っているが。

 席順は……北欧側がブリュンヒルデさん、スクルドさん、ゲンドゥルさん、ゲイルスケグルさんの順に座っている。

 こちら側は……俺から順にアレス、アリーシャ、アウラ、ビアンカが座っている。

 俺の後ろにはクレア、アリーシャの後ろにはリヴァイ、ビアンカの後ろにはコテツがいて、こちらの人数が多いが、北欧側が同室を許可してくれた。

 「……ヴァルハラで概ね合意を得ていますが、ロキさまが返答を保留されています。しかし、今回の事を考えた者に興味を示されている様子です。面会されてはどうでしょうか?」

 俺の問いかけにしばらく返事がなかったが、スクルドさんが答える。

 またもみんなに視線を浴びて、俺は戸惑いアレスに顔を向けた。

 「ねえ、君、僕は一応神だけど、その力をほとんど使わないことを条件に、君と一緒にいると言ったけど……覚えているかい? それに困った時だけ神頼みって、虫が良過ぎると思うけど……」

 アレスはここぞばかりに俺を貶める様な事を言い、ハニカンだ。

 この笑顔を見れば、俺が困った顔を見たいがための発言だと誰もが分かりそうだが。

 「極東の男、あなたは先程私に恥を掻かせてくれましたが、神に対しても不遜な態度を取っているのですか? あなたは凄いのか、ただの馬鹿で命知らずなのか、どちらですか?」

 目の前に座っているブリュンヒルデさんの言葉に返す言葉がなく、アレスを睨む。

 「ねえ、君、今、注意を受けたばかりだよね。すぐに興奮して熱くなるのは、ヘーベの従者らしいけど、この前ヘーベの事を同じ様なことで諌めたのは、君ではなかったかい」

 「も、もう、分かりましたよ! 俺が悪かったですから、そんなに意地悪なことばかり言うのは止めて下さい」

 アレスは、涙目になっている俺に嬉しそうに頷くと、

 「うん、分かればいいんだよ。……それで、スクルド。君たちがカザマを取り込もうとしているのは分かったよ。立場があるだろうから責めたりもしない。しかし、カザマはこの会談が終わった後で、ペールセウスと決闘を行う予定なんだ。場所はボスアレスで行う事で、準備が進められている。君たちも観戦に来たらどうだい? ロキもこちらに興味があるだろうから、招待するけど、どうかな?」

 スクルドさんに話し始め、両陣営に緊張が走る。

 ロキさまが俺を北欧に誘った件を返答せず、逆にワルキューレの方々とロキさまをこちらに招くと言ってのけたのだ。

 しかも、俺がペールセウスと決闘する事が決まっているらしい。

 俺は確かに決闘しても良いと言ったが、当人には予め説明しても良いのではないか。

 「アレス、確かに俺は決闘しても良いと言いましたが、もっと早く教えて下さいよ。それで、スクルドさんはどうですか? いきなりロキさまは無理かもしれませんが、みなさんは観光を兼ねて、来て頂ければ案内しますよ。あの辺りは、領主がアリーシャ……!? イッテー! 何するんですか?」

 俺はみなさんを招待しようと話を進めるが、途中でまたも電流が流れて声を上げる。

 「おい、お前、調子に乗るのもいい加減にしろ!」

 そして、突然声を上げたリヴァイに振り向きざまに殴られて意識を失う――


 ――異世界生活八ヶ月と十一日目。

 気が着くとベッドに寝かされており、傍にはアリーシャとアレスがいた。

 「はっ!? 会談はどうしましたか?」

 「カザマ、目を覚ましましたか? 心配したのですよ……」

 アリーシャの水色の双眸が潤み、笑みが溢れる。

 「ねえ、君、あの時の事は覚えているかな?」

 「えっ!? 突然、どうしたんですか? 勿論、覚えてますよ。俺が北欧の方々をボスアレスの街に招待しようとして、突然リヴァイに殴られたのですよね。いきなり酷いですよ。ちょっと気を失ったみたいですが、みんなはどうしてますか?」

 俺は頬を膨らませ剥れた顔をしようとしたが、左右の顔が益々腫れている様で傷む。

 「カザマ、あの時、スクルドさんに、私が領主だと言い掛けましたよね。一応引き受けてそういう事にしてますが、一般公開されていないことです。あの辺りの街は、まだ自治区として独自の暮らしを維持しています。何かあれば赴くつもりですが、しばらくはそのままにするつもりでいるのです。それをカザマが口を滑らせて、余計な事を言い掛けたので、リヴァイが気を利かせてくれたのですよ」

 俺は呆然とアリーシャの言葉を聞くが、自分の非を認めアリーシャに頭を下げる。

 しかし、リヴァイが何かとアリーシャばかり贔屓にしている事に腹を立て、俺が召還したのにと不貞腐れた。

 「ねえ、君、君が悪いのに、リヴァイを悪く思うのは格好が悪いよね。以前は何かあっても、アリーシャを守ってくれるので、気に留めなかったくせに……」

 俺はアレスの言葉を聞き、全くその通りで返す言葉がなく口元を引き攣らせる。

 「カザマ、まだ調子が悪いのですか? リヴァイにぶたれた勢いでブリュンヒルデさんの胸に突っ込んで、凄い騒ぎになったのですよ。驚いたブリュンヒルデさんが、カザマの顔を何回も殴って、クレアが助けてくれました。今回はこちらに非が合ったということで、お咎めもなく北欧の方々は一度帰られましたが、先程闘技場の観戦と観光の招待を受けると返事がありました。不幸中の幸いですね。無事に会談を終えられて、カザマは責任を果たしました」

 俺はアリーシャの説明を聞き唖然とするが、何から突っ込んだら良いか分からない。

 まずは数時間気絶していたと思ったが、今日で二日目だと知る。

 それから北欧の使節団はとっくに引き上げて、俺たちも俺の目覚めを待って帰還する予定だったらしい。

 ちなみに、みんなはアウラの転移魔法で夕方には帰っていたらしく、そもそも移動に時間が掛かるのは俺だけである。

 会談を無事に果たしたと言われたが、いつも通り俺が痛い目に遭っただけではないだろうか。

 アリーシャは、俺がブリュンヒルデさんの胸に突っ込んだと言ったが、何も覚えてなくて殴られ損ではないか。

 兎に角、色々と納得がいかない。

 それでも、失敗すればみんなに迷惑を掛けることになった筈。

 俺は自分自身に良かったのだと言い聞かせ、街に帰還する――。

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