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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十八章 広がる世界
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3.弟子への指導

 ――異世界生活七ヶ月と二十七日目。

 朝食の席でヘーベから、今日は神々の会議があるので、夜には報告が出来ると言われた。

 そして、夕食の席でヘーベから会議の報告を受ける。

 「カザマ、北欧との会談を進める事で決まったわ。アポロンとヘルメスがこの話に乗り気になり、南の方を庇護する神とヘファイストスが難色を示したけど、ヘーラさまが詳しく説明すると承諾したわ。それから国歌の話題が出ると、ほとんどの神々が喜んでカザマを賢者として称えたわ」

 「そうですか、無事に話が纏まったようですね。ところで、ヘーベを巻き込まない様にお願いしていましたが、どの様に話が進みましたか?」

 俺の言葉を聞くと、これまで坦々と説明していたヘーベが相貌を顰める。

 「な、何ですって……私の従者が提案したことなのに、私が蚊帳の外にされてしまい……またかと思っていましたが、まさかカザマの差し金ですか……」

 「ヒ、ヒィイイイイ――っ!? ご、誤解です! 確かに話が大きいので、ヘーベが後ろ盾ということになれば、ヘーベの功績になると思います。……し、しかしですよ、何かしらのトラブルが生じたり、功績を妬む神さまがいたら、ヘーベがとばっちりを受けてしまうかもしれません」

 俺の心配を余所に、ヘーベはテーブルに手を突き立ち上がる。

 「わ、私はそんな臆病な女神ではありません! 青春の女神の熱い情熱は、誰にも消せはしないのよ!」

 俺はやっとアテナさまとの誤解が解け、隣国に対する脅威が薄れたのに、熱い女神さまは理解していないのだろかと不安になる。

 「ヘーベ、落ち着いて聞いて下さい。デンマルク王国へ行った時にゲルマニア帝国を通過しましたが、国力の高さを感じると同時に危機感を覚えました。ユベントゥス王国は、ヘーベの恩恵で国民は明るく活き活き生活しているかもしれません。しかし、決して国力が高いとは思えません。西にはゲルマニア帝国と同じくらいの国力を持つフランク王国もありますよね。熱いだけでは国の平和を守り、繁栄させることは出来ま……!? イッテー!」

 俺は青い瞳を丸めて唖然とするヘーベを見て、自分の諫言が受け入れられたと思い自分の言葉に酔うところであったが、またもアレスに邪魔をされてしまう。

 「ねえ、君、君も大概に……」

 「アレスは黙っていてもらえるかしら。私の従者の躾は、自分で行うわ」

 ヘーベは立ち上がったまま呆然としていたが、食事中にも関わらず席を離れ俺の元まで来ると、俺の胸倉を掴んで無理やり床に正座させた。

 「落ち着いて下さい! そんな怖い顔をされては、折角の美しいお顔が台無しに……」

 「お黙りなさい! 私の事を熱いだけの女神呼ばわりするとは……」

 俺の説得にも応じずに、ヘーベは俺の頬を往復で幾度もビンタし始める。

 「……も、もう、この辺で……許して………」

 「はあ、はあ、はあ……今日はこのくらいにしておきましょうか。それにしても、益々丈夫になってるわね……」

 ヘーベは俺に数十発ビンタを浴びせ、疲れたからか興奮したからか分からないが息を切らせて手を止めた。

 二日前にバレンタインデーでチョコレートを渡した時は、あんなに嬉しそうだったのに、何故だろうと思ったが考えるのを止める。

 この後は無言で食事が続き、またもヘーベの怒った姿を見たクレアは恐怖に慄き食事が進まなかった。


 ――酒場。

 今日もグラッドが先に酒場に来ているが、いつもに増して機嫌が良さそうである。

 街の護衛を俺と変わったため、カトレアさんに会っていたからだろう。

 酒場で何度も飽きずに、お姉さん定員にセクハラをして叱られているのに、カトレアさんには何もしていないのかと不思議に思うが……。

 「おい、お前、またヘーベちゃんを怒らせたのか? お前らいい加減、結婚したらどうだ? お前は頻繁に騒ぎを起こすから、ヘーベちゃんの様に叱ってくれる年上がお似合いだと思うが……」

 俺は頬を擦りながら、腫れた顔を労わる様に口を開く。

 「グラッド、状況を見ていた様に語るのは止めてくれ。それに、俺を叱る相手ならビアンカ以外全員で、カトレアさんも含まれてしまうぞ。そもそも、アレスが先に俺を叱ろうとしていたのに、先輩の神を遮る様に怒り出すなんて……。ヘーベも少し調子に乗って……!? イッテー! 何するんですか! 俺はアレスのために言ってるんですよ!」

 俺は左手を振りながらアレスに抗議するが、アレスは首を左右に振る。

 「ねえ、君、嘘をついても分かるから、そういうのはいらないよ。確かに僕も話を遮られて、ちょっとイラッとしたけど、それも個性だから認めるしかないよね」

 「おい、カザマ……今、聞き捨てならない言葉を聞いたけど、何でカトレアさんがお前の様な優柔不断の相手に含まれるんだ。言葉に気をつけろ!」

 普段は俺に対して怒らないグラッドが、レベッカさんの件以来、久々に声を荒げた。

 俺はこの状況が嫌になり頭を抱えるが、そもそもヘーベを諌め様としただけで悪くない筈だ。

 歴史に名を連ねる偉人は忠義を尽くす主に対しても、時として厳しい事を告げるものである。

 まして俺は賢者になったのであり、ヘーベが熱くなり過ぎていたら諌めるべきだが……。

 「……反省してるので、そろそろ勘弁して下さい。クレアがさっきから、遠慮して食事が進まないみたいだし……」

 俺は結局自分が妥協して謝罪するが、癪に障るのでクレアをダシに使ってしまう。

 「兄さん、私の事は気にしないで下さい。私は青春の女神さまが、あれ程怖い方だとは……前回は序の口だったのですね。それから、兄さんがどうして短期間で強くなったのか少しだけ分かりました」

 「おい、クレア、調子に乗るから、その辺にしとけ。そもそもヘーベちゃんが怒るのは、カザマだけだから心配しなくてもいいぞ」

 俺はいつもならグラッドを睨みつけるところだが、流石に現状を弁えて俯いてしまう。

 「ねえ、君、そろそろ本題に入っていいかな。さっきヘーベが言いそびれたから、僕が伝えておくよ」

 アレスが突然話題を変え安堵しつつも、突然で何の事だか分からない。

 「うむ、それが良いであろう。先程から不様だな。いつも口先ばかりの小手先で逃れようとするから、こうなるのだ……しかも、話が一向に進まぬ」

 コテツが久々に口を開いたと思ったら俺の悪口であった。

 俺はまだ一度しか話してないのに、この仕打ちは酷いと思うが。

 「うん、分かったよ。北欧との会談は、来月の初めの日に決まったよ。場所は申し出がこちらからなので、こちらの意向を汲まれてあちら側で行われるよ。勿論、君が出向く事になっている。こちら側の代表ですべての神が君に注目してるから、今までの様に調子に乗ってると君だけでなく、君の仲間たち、それにヘーベもどうなるか……」

 「はあーっ、ちょっと何で俺がそんな危険な所に出向くんですか? それに俺の仲間やヘーベもって、酷いじゃないですか」

 「落ち着いて、兄さん。とても名誉なことですよ。これで無事に成功させれば、益々兄さんの名前が広まります。ヘーベさまも見直してくれますよ。ダメだったことを考えずに前向きに考えていきましょう」

 アレスからダメだったこと前提で話をされて向きになってしまったが、クレアから励まされてしまい益々立場がないが、ここは上手く話を合わせる。

 「流石はクレアだ。あの超ポジティブなペールセウスに世話になっただけはある。だが、今後はそれ以外のすべてを鍛えなくてはな……」

 俺の言葉を聞きクレアは瞳を輝かせるが、他のみんなは付き合いが長くなってきたせいか顔を逸らして聞き流していた。

 だが、アレスだけは、俺の粗探しをするかの様に顔を近づけながら答える。

 「うん、分かったよ。僕はちゃんと伝えたからね」

 この異常な言動させなければ、見た目は可愛いので残念だ。

 俺は北欧との会談まで時間があることから午前中は俺が村に行き、午後からグラッドと交代で街に帰ってくることにした。

 これから、しばらくクレアの修行に付き合おうと思っている――


 ――異世界生活七ヶ月と二十八日目。

 明け方に狩りを終え朝食を済ませると、クレアを連れて演習場に移動した。

 今日は何故かビアンカとアウラだけでなく、アリーシャとカトレアさんも見学に来ている。

 俺は決してみんなが見ているからではなく、クレアに師匠らしく語り掛けた。

 「早朝の狩りでビアンカから教えを受けていたが、あれが戦いにおける基本だ。仕留める時は必ず一撃必殺でなければならない。強敵になる程、二度目はないと思え。それから、森の中でビアンカを追いかけて、周囲の状況を見ながら相手の気配を探る練習にもなった筈だ。以前のクレアであったら、ただ我武者羅に目の前の敵を追い駆けるだけであったが、相手の行動を読んで動けるだろう」

 「兄さん、夜明け前の狩りに、その様な意図があったのですね。感服致しました」

 クレアは俺を見つめる眼差しを輝かせるが、周りの視線が冷ややかに感じる。

 「ぷふふふふ……ビアンカ、カザマったら格好つけているわ。単にビアンカの付き添いをしてるだけのくせに……」

 「アウラ、カザマの言ってる事が分からないっす。でも、クレアは日に日に動きが良くなっているっすよ」

 「あら、そうなの。私もアウラと同じで、カザマが調子に乗っているだけだと思っていたけど……」

 ビアンカだけは鋭敏な感覚で悟ってくれたらしいが、アウラとカトレアさんは誤解しているらしい。

 特にアウラは最近大人しかったが、また余計な事を言い出したので、そろそろゲンコツをチラつかせる必要があるかもしれない。

 「……クレア、周囲の言葉に流されてはダメだ。自分でしっかり状況を把握して、常に的確に行動する必要がある。以前、クレアはペールセウスの口車に乗って冷静さを欠いたから教訓にするようにな」

 クレアが俺の言葉に頷くが、外野からはまたも俺の悪口が聞える。

 「ぷふふふふ……アリーシャ、カザマったら格好つけているわ。以前、ペールセウスに散々悪口を言われて、神さまたちからもお叱りを受けたのを根に持っているのね」

 「アウラ、あまり笑ってはダメですよ。カザマはたくさんのお叱りを受け反省しましたし、闘技場では物凄く罵られて、相当ショックを受けたようですから……」

 アウラの言葉に益々腹が立ったが、アリーシャの言葉を聞き怒りが収まる。

 「……少し周囲が騒がしいが、集中を乱してはダメだぞ。これから俺と模擬戦を行うが、ひとつ確認したいことがある。クレアの利き手は右手なのか? 左手を中心に攻撃することは可能か?」

 「はい……利き手ですか? 食事の時は隣に当たるので右手にしてますが、どちらでも苦になりませんよ」

 俺はクレアの言葉を聞き、口端を吊り上がる。

 「それは丁度良い。突進の型はそのままで良いが、クレアの左右の斧の攻撃の型を変えたいと思う。左右を同時に振るのではなく、どちらかを攻撃にして反対側を盾の様に使い分ける。そうする事で無駄の大きかった動きが、コンパクトになり速くなるだろう。それから、戦い方のバリエーションも増やせる。また、相手や状況によって左右の攻撃と防御を変更させれば、相手の不意を衝く事が出来て戦闘を優位に行える筈だ……では、早速初めてみよう」

 「はい、よろしくお願いします」

 クレアは俺に頭を下げると、左の斧をやや前方に構えて右の斧を引く様な構えを取った。

 「では、行きます」

 そして、礼儀正しく声を掛けると、俺に攻撃を始める。

 闘技場では出鱈目に左右の斧を同時に振り下ろして、身体の使い方がまるでなっていなかったが、攻撃する側を絞ったことにより、動きに切れが生じた。

 それから下半身と上半身の連動も良くなり攻撃力が上がったが、大振りが少なくなったため、隙がなくなり攻撃の回転が上がる。

 俺はクレアの連続攻撃を刀で受けながら、上々の出来栄えに頷いていたが、突然クレアが左右を逆にした。

 クレアの右の斧を受けていたが、突如左の斧が振り下ろされて冷やりとする。

 俺は咄嗟に身体を仰け反らせる様に後方に下がった。

 「な、中々、今のは良かった。初めてにしては、上々の動きだぞ……」

 「本当ですか! では、そろそろ本気で行きますね!」

 俺は引き攣った笑みを強張らせたが、遅かった。

 クレアの左右から変幻自在の猛攻に合い、完全に防戦一方となる。

 エリカの二刀流とは違うが、変幻自在の左右からの攻撃は、それに近いものがあり。

 力はエリカよりも上で、攻守のバランスが良く隙がない。

 本来のニンジャらしい不意を衝く攻撃で応戦して、流れを変えたいところだが。

 流石に弟子の指導をしている最中に行う事は出来ない。

 (ヒィイイイイ――っ! どんどんスピードが上がっている……)

 俺が心の中で恐怖に震えていると、突然頭上から声が響いた。

 「もう我慢出来ないっす! アタシも一緒に遊ぶっすよ!」

 ビアンカが俺とクレアの間に跳躍し割って入り、俺たちふたりを相手に攻撃を始める。

 俺は一瞬驚くが、乱戦はこの状況を打破する絶好の機会だとほくそ笑む。

 しかし、俺の期待は一瞬で裏切られた。

 ビアンカとクレアが偶然にも俺に攻撃を仕掛け、クレアの攻撃は受け止めるが。

 ビアンカの攻撃を防ぐ事が出来ずに、まともに回し蹴りを顔面に食らってしまう。

 俺は演習場の中央から数十メートル離れた大きな木の幹に身体を打ち付けてしまった。

 今回も咄嗟に破廉恥魔法が発動し、フードが自動で頭を覆ったが、衝撃が強くてすぐに動く事が出来ない。

 ビアンカは北欧の戦いを経て、明らかに強くなったと分かる。

 「クレア、弱い相手を鍛えるために上手に戦う事も大切だと思うけど、常に生死は一撃で決まるっす。一瞬の攻防に集中しないと、ああいう風になるから気をつけるっすよ」

 「はい、ビアンカ、ありがとう……に、兄さんは大丈夫でしょうか……」

 俺は辛うじて意識はあるが、すぐに立ち上がる事が出来ず。

 歯痒い思いに身体を震わせた。

 「ぷふふふふ……アリーシャ、カザマったら格好つけていると思っていたら、ビアンカに蹴られて、凄い勢いで森に突っ込んで行ったわ。でも、あれだけ派手に攻撃されても、何故か死なないのよね。カザマったら、本当に丈夫なだけが取り得だわ」

 「アウラ、あまり笑ってはダメですよ。カザマは自分が弱いことを結構気にしているのですよ。周りが偶然自分より凄いヒトばかりで、いつも怪我をしたり気絶させられて、可愛そうだからね」

 俺はまたもアウラに笑い者にされた挙句、アリーシャには哀れみを掛けられ悔しくて堪らない。

 しかし身動きが取れずに、アウラを叱ることが出来なかった――。

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