2.クエストの説明
――オルコット家の屋敷。
村の中でもひと際目立ったレンガ造りの建物があり、ここがカトレアさんの実家らしい。
カトレアさんはクールな割りに面倒見が良く、見た目も美しく素晴らしい身体をしており、ヒステリックなエス気質で、熱しやすいが冷めやすいという印象。
色々と盛り付けられた個性は、貴族の娘さんらしい……。
俺はカトレアさんのことを思い出しながら、屋敷の敷地に入り玄関の前に立った。
アリーシャは俺の前に出ると、玄関の呼び鈴の様なものを鳴らす。
しばらくして、いかにもな感じの執事さんが現れて挨拶してきた。
「これはアリーシャさま、本日はどの様なご用件でしょうか? お嬢さまなら、そちらに伺っていると思いますが」
俺は本物の執事に会って緊張していたが、アリーシャは特に気負った様子もなく。
「この街に冒険者ギルドの様な施設はありますか? こちらはカザマという者ですが、二日前にモーガン先生のところに住み込みで修行を始めた冒険者です。彼が冒険者に仕事の依頼がないかと言うので教えて頂きたいです。それから、カトレアさんから弓を見せて頂く約束をしています」
アリーシャは要点をまとめてすらすらと説明した。
見た目に似合わず本当にしっかりした娘である。
「はい、お嬢さまから伺ってます。モーガン先生の新しいお弟子さんですね。少しお待ち下さい」
執事さんはそう言いと屋敷の中に入って行った。
更にしばらく待つと、金髪碧眼で一九十センチくらいの大柄の男が鎧姿で現れた。
その男は見るからにカトレアさんの家族だと分かる感じであったが。
「お、お前かー! 俺の妹にセクハラしたという変質者は……」
初めて会った大柄な男は、凄い剣幕で怒鳴ってきた。
「お、落ち着いて下さい。わざとじゃないですし、あの後はムチでブタれて許してもらいましたよ!」
俺はいきなり怒鳴られた上、一方的に悪者に扱いされて内心腹が立ったが我慢した。
「お、お前は自分の身体に火をつけて、妹を襲ったそうじゃないか……この、ヘンタイめー!」
俺は誤解を受けた上、自分の恥ずかしい失敗に触れられて困惑する。
アリーシャは俺を見て居た堪れなく思ったのか。
「エドワードさん、落ち着いて下さい! 何か誤解がありますよ。確かにカザマの魔法の失敗でパンツを見られました。でも、その後にカトレアさんはムチでお仕置きして許しています。それから、身体に火をつけた件ですが……それもカザマの魔法の失敗で、勝手に燃えただけです。その様子を見たカトレアさんは、とても気に入ったようで『燃える男』と名づけられました」
「「………」」
アリーシャの弁明に、俺とエドワードさんはぐうの音も出なかった。
俺は恥ずかしい失敗を解説され、エドワードさんは自分の誤解を指摘されて、お互いに気まずい雰囲気でいたが。
「エドワードさん、誤解が解けたところで、カザマのために冒険者の仕事の依頼が受けられるところを教えて下さい」
アリーシャは坦々と話を進めていく。
俺はアリーシャが、エドワードさんともそれなりに面識があるのかと想像した。
そして、アリーシャばかりに任せるのは悪いと思い。
「初めまして、エドワードさん。カトレアさんから話を聞いている様ですが、俺はカザママサヨシ。十五歳です。よろしくお願いします」
差し障りがない様に簡潔に自己紹介をした。
エドワードさんは挨拶されて礼儀を重んじたのか、
「俺はエドワード・オルコット。年齢は二十歳。この地域を治める領主の長男で騎士。そして、可愛いカトレアの二つ上の兄だ!」
早口で簡単に自己紹介を返した。
俺はこれまでの様子と今の挨拶を聞き納得する。
(今、「可愛いカトレア」と言ったよな……こいつ、かなりのシスコンだ……)
それから、あまり関わりたくないので、早く用件を済ませようと思った。
「エドワードさん、冒険者の依頼と、弓なんですが……」
俺は慎重にエドワードさんに訊ねる。
「今、依頼する様なことはゴブリンとオークの集落の族長からキラーアントの駆除の依頼。それから、村からは森の池に住み着いた巨大なスライムの討伐くらいだ」
先程まで興奮して話が出来るか不安だったが、流石にカトレアさんの身内だけあって落ち着くのも早い。
「キラーアントの駆除とは具体的にはどうすればいいですか? それから二つの依頼の報酬はどのくらいでしょうか?」
俺は詳しい説明を求めたが、エドワードさんは渋い表情をすると。
「お前、色気だけでなく、金目にも興味があるのか?」
(やかましいわ! このシスコン野郎!)
俺は叫びたい気持ちを必死に堪え、エドワードさんの話の続きを待つ。
「キラーアントは数千匹はいる筈だから駆逐でなく、この森の岩場の巣からいなくなってくれれば良い……この森からいなくなることが前提だ! 今の巣から、村に近い場所に移動されては堪らないからな。女王アントを怖がらせ、群れごと逃げてくれるのが望ましい。ちなみに報酬はゴブリンとオークの集落から秘宝が出されるそうだ……それから、スライムだが、今のところ大きな被害が出てないので百万だ」
エドワードさんは、やっと領主の長男らしいまともな返事をしてくれた。
(秘宝か……どのくらいの価値なんだろう? でも、どうやって逃がせば……)
俺はキラーアントの駆除について想像を始める。
だが、途中から静かに話を聞いていたアリーシャが口を開いた。
「そんな危ないことはダメですよ! 良い仕事はないみたいですから、弓を見せてもらってはどうですか?」
俺は、眉を寄せて険しい表情をしているアリーシャに驚く。
「そうだな……エドワードさんお願いします」
そのまま流される様にお願いしてしまう。
「分かった。先程の執事に案内させるので好きなものを持っていけ」
エドワードさんは素っ気無く言うと、屋敷の中に入って行った。
それから先程の執事の人が来て、武器庫に案内してもらった。
アリーシャにも相談しながら、小振りだがそこ夕そこ弦の強い強弓を選んだ。
その後はアリーシャの買い物に付き添い、夕食の材料の野菜を持たされて下宿先に帰宅した。
――夕食。
「お前というヤツは、実にけしからん! けしからんぞ! ああ、そんなことならワシも一緒に……」
モーガン先生は、昨日と同じ様なことを俺に言ったが、叱られているというよりも羨ましくて僻んでいる様にしか思えない。
ビアンカも笑いながら会話に便乗していたが、アリーシャは俺に冷たい視線を送っている。
俺は少しずつだが、この関係に慣れてきた――。
夕食後、俺はアリーシャと一緒に片付けをしていた。
「……なあ、ゴブリンとオークだが、どっちの方が話しやすいかな?」
俺はアリーシャにそれとなく訊ねた。
「えっ!? そうですね……ゴブリンだと思いますが……どうして、そんな事を聞くのですか?」
「あっ!? いや、お、俺の国にはゴブリンやオークがいなくて……何となく興味があってな……」
俺は咄嗟に誤魔化したが……。
(アリーシャは妙に勘がいいところがあるし、意外と怒りっぽいところがある……)
注意しなければならないと気を引き締める。
「そうですか……ダメですからね! 危ないことは!」
アリーシャは、俺の考えを見通している様であった。
――自室。
俺はシャワーを浴びた後、ベッドの上でゴロゴロしながら、キラーアントについて想像する。
(確か、数は数千匹以上か……それだと、女王アリも数匹いることになるのか? 大きさは、どのくらいだ? 毒はあるのか? 下手すれば、人間より強い縦社会の性質があるよな……)
俺は色々と思いつくことを上げたが、実際に見た方が早いと気づく。
(直接攻撃は途方もない数だし、怒らせたら組織的に擦り潰されてしまうだろうから現実的でない。『直接岩場の巣に魔法』を仕掛けるしかないか……!? 魔法か……火は怖がらせることは出来ても火力不足だ……!? 水が使えたら……水を注げば岩場の巣から驚いて出てくるかもしれない。それから、雷の魔法が使えたら……)
俺はキラーアントの駆除の方法を色々と考えた。
だが、それもすぐに霧散する。
扉を叩く音とアリーシャの声が聞こえたからだ。
俺が扉を開けると、アリーシャは頬を赤く染め、身体を捻らせながら口を開く。
「今日も一緒に勉強しましょう……」
「ああ、今日もお願いするよ……」
俺はアリーシャの様子に照れながら答えた。
しばらくして、俺はベッドの上でアリーシャと並び横になっている。
昨日と同じ様に、アリーシャに本を読んでもらっているのだ。
アリーシャは幾分頬を赤く染めている。
「カザマ……あ、あのー、今日はハアハア言ってないですね……」
「た、確かに緊張はしてたが、ハアハアは言ってないだろう!」
俺は少し剥きになって答えた。
「あの、ツバが飛んでます。昨日より集中してるみたいだと褒めるつもりだったのですが……」
俺はアリーシャの言葉を誤解してしまい、自分の方が年上なのにと羞恥と憤りを覚える。
「す、すまない……」
今日はこのまま特に会話もなく、昨日より随分と進んでいる。
アリーシャは小さく笑みを溢す。
「カザマは覚えが速いですね……少し驚いてます」
「ああ、俺は一度見たことや聞いたことを忘れないから……その、何だ……世話になってるから教えるが、秘密だぞ!」
俺は、今まで秘密にしてきた一部を、初めて他人に話した。
世話になってることもあるが、異世界だから大丈夫だと気が緩んだのかもしれない。
「えっ!? うふふふふっ……私相手に格好つけなくても良いですよ」
アリーシャは軽く笑いながら言ったが、冗談だと思ったらしい。
アリーシャは冗談を言われて落ち着いたのか、今日はゆっくりと部屋を後にした。
――演習場。
しばらくして、俺はこっそり外に出たが、魔法の秘密特訓をするためである。
以前、カトレアさんが作った土壁に向かって左手を翳し叫んだ。
『ウインド!』
相変わらず俺の身体を中心に風が起こっているが。
今回は土壁を僅かに削る様な感じがあった。
少しは成長してるようだが、牽制程度で攻撃には使えない。
本当は水の魔法を練習したいが、溺れるかもしれないので、今回は諦めた。
そこで、俺はまだ試してない『雷魔法』を行うことにする。
(感電するかも……)
というフラグ的なことは考えない様にして叫んだ。
『ライトニング!』
俺の身体の周りがパチパチ鳴って光っている。
他にも、一瞬左手の前に何かを感じた。
その直後、一筋の光が土壁に刺さったのを認識する。
土壁に近づいてみると、刃物で斬った様な跡と土壁の真ん中に細い穴が開き、貫通していた。
そこそこ威力はあるようだが、微妙である。
取り敢えず、今の雷魔法を『ライトニングピアス』と名づけることにした。
自分の光る身体を宝石に見立て、針が出るというイメージである。
(今回のクエストには使えそうにないな……)
そもそも、レベルⅠの駆け出し冒険者の俺が、強い魔法を使える筈もない。
何気に冒険者ブレスレットのクリスタルに視線を移す。
自分のステータスを見ると、敏捷性や耐久値などが大幅に上がっていた。
また『シノビアシ』というスキルが消えて、『各種アシ』というスキル名に変わっている。
これは気にしないことにした。
もしかして、各種の成長はゲームみたいに戦闘データだけの反映でなく。
この世界では、実生活の中でも普通に反映されるのかもしれない。
(練習あるのみだな……)
そう自分に言い聞かせ、心を昂らせ魔法の練習を続けた。
――下宿四日目(異世界生活五日目)
昨晩は数時間魔法の練習をしたが、あまり変化はなかった。
それでも、魔法が使えるのは楽しく感じたのだ。
結局、翌朝の狩りのことも考えて、三時間くらいは眠っておこうと引き上げたが――。
俺が目覚めると、今朝もビアンカが俺の身体に馬乗りになっている。
「おはようっす! 今日は心臓がバクバクしてないっすね」
ビアンカは尻尾を左右に振り、溌剌とした声を掛ける。
そして、昨夜の余韻に浸っている俺に突っ込みを入れた。
俺は落ち着いてビアンカに返事をする。
「ああ、おはよう。いい加減慣れてきたよ」
だが、突然ビアンカの耳がピクっと反応した。
「あれっ!? アタシのお尻に、何か硬いモノが当たっているっすよ……なんすか?」
ビアンカは分かっていて言ったのだろうか……?
仲良くなってきたのは嬉しいが、俺をからかう言動が多くなった気がする。
「それは男の生理現象だ! 俺くらいの若い男の寝起きは、みんなこうなる!」
俺は決して怒ってはない。
しかし、無邪気なビアンカに、少しは若い男を警戒する様にと窘めたのだ。
「へー……そうなんすか? 変わってるっすね……」
ビアンカは返事をしたが、この現状を分かっていないようだ。
(こういうことは、大人になる前に習うことだろうに……!?)
だがビアンカは、そういうことを教えてくれる人がいなかったのではないかと気づいてしまう。
(カトレアさんは苦手な様だし……アリーシャは子供で知らないだろうから……)
「そうだ!? アウラに聞いてみたらどうだ! お前ら仲良しだろう?」
俺は自分に直接害がないだろうアウラに任せることにした。
「分かったっす! では、行くっすよ!」
ビアンカは返事をすると部屋を後にした。
――狩場。
俺とビアンカは、今日も同じ様に獲物が来るのを待っている。
今日はビアンカが、昨日教えてくれた大型の獣が現れるポイントのようだ。
しばらくして、イノシシの様な獣が現れた。
そして、今日はビアンカの合図を待たず、自分から仕掛ける。
イノシシの背後から首元にダガーを一閃させた。
だが、傷が浅かったらしくイノシシは、俺に反撃しようと身構える。
俺はダガーではなく、回し蹴りでイノシシを昏倒させた。
その後すぐにビアンカが現れて、蹴りとはこうだと言わんばかりの強烈な蹴りをイノシシに浴びせ、絶命させる。
それから、いつの間にか用意していた棒に、イノシシの足をロープで縛った。
ビアンカは棒の端を持つと、
「そっちを持つっす。一緒に運んで帰るっすよ」
俺に棒の反対側を持たせ、人を乗せて走る駕籠の様に担がせた。
流石にこの体勢はいつものスピードは出ないし、かなり重い。
ビアンカは、俺の事を忘れているのか楽しそうだ。
スピードに関しては相当速いと知っていたが、力もあるのだと理解する。
――ビアンカの納屋。
俺とビアンカは納屋に着くと、イノシシを吊るした。
それから、ビアンカは俺に色々なアドバイスをし始める。
「今日のイノシシはウサギよりは大きいけど、それほど大型の獣とは言えないっす。それでも、カザマはイノシシの急所に刃が届なかったすね。ダガーはリーチが短いっす。でも、踏み込みが甘かったすね。蹴りも同じっすよ! それから、武器の攻撃ではスキルを併用したり、魔法を併用するやり方もあるっす。それで、今日は初めて蹴りを見たけど、素手の攻撃なら……アタシが練習相手をしてもいいっすよ……」
しかし、最後の徒手格闘の練習相手の言葉に関しては、意外だった。
「いいのか? お前、結構面倒臭がりだと思っていたけど……」
「確かに、その通りっすが……カザマと一緒だと、面白そうだからっす!」
ビアンカは尻尾を左右に振りながら、薄っすらと染まった頬を掻く。
「また、昨日と同じくらいの時間でどうだ?」
「いいっすよ。そのくらいの時間になったら遊びに行くっす!」
俺とビアンカは玄関の方に歩きながら話していたが、ビアンカは遊びに行く約束をするかの様に浮き浮きしていた――。




