6.女神の女王さまに拝謁
――オリンポス港。
俺は港に入り驚いた。
これだけあからさまに名前を出しているとは思いもしなかったのだ。
それから、すぐに今後の方針を考えた。
船の守りのためにリヴァイを配するとアリーシャも留めることになる。
本当はヘーラさまの拝謁が叶うならアリーシャもと思い考えたが、意外にも……。
「おい、お前、俺が船を特別に守ってやるから、アリーシャを死ぬ気で守れよ。お前が死んでも守れよ。仮にお前だけ生きていることがあったら、お前も死ぬ事になるから覚えておけ」
リヴァイの思いもしない発言を聞き、耳を疑ったがリヴァイの頭も疑った。
幾らアリーシャを大切に思っているとはいえ、契約をしているのは俺である。
その言い草は著しく無礼であるが、アリーシャが察して宥めていた。
兎も角、リヴァイの発言により人選が面倒になる。
俺は結局消去法でアウラを残すにした。
恥かしがり屋であり、最高火力である。
ビアンカとアリーシャはお姫さまであり、アレスは神さまでコテツは護衛。
それに献上品の牛を運ぶのだから、ビアンカとコテツは付き添い確定である。
――オリンポスの神殿。
アレスから話を聞き、港から徒歩でも一時間もあれば着くと言われ、荷馬車を使わずに三十分間程歩いて目的地に辿り着いた。
ちなみに、俺は行った事がないが、エリュテイア島と同じで距離は関係ないらしい。
普通の人には辿り着く事が出来ないそうだ。
そして、俺はその壮観な景色に目を奪われた。
青色の海を背景に幾つもの神殿が丘の上に立っている。
白く輝く石の様な素材で出来た外壁はすべて大理石なのだろうか。
このすべてがオリンポスに連なる神さまの神殿らしい。
ふと、ヘーベの神殿がどこにあるのか気になったが、アレスに急かされて先に進む。
神殿は神々の力関係を思わせるかの様に、上に登る程高位の神さまの神殿があるようだ。
十二神のひと柱であるアレスの神殿を教えてもらったが、途中で見掛けた神殿よりも大きく立派な佇まいである。
アレスたちの神殿の上には、更に二つの神殿が対をなすかの様にそびえていた。
その片方がヘーラさまの神殿らしい。
俺はヘーラさまの神殿に向かいながら、もう片方はゼウスさまの神殿だろうと思うが気にしないことにした。
――ヘーラさまの神殿。
神殿の中に入ると、神官なのか単に神さまに関わりのある人なのか分からないが、女性ばかりが管理しているようである。
「アレス、ここにいる人たちは神官なのですか? それから、女性しかいませんが、もっと若い男ばかりでハーレム的な感じだと思っていたのですが……」
「ねえ、君、船の中で叱られたばかりだよね。あまり不遜なことを言っていると本当に罰が当たるよ。僕の神殿ではないから、僕は何も出来ないけど……それに、隣にゼウスの神殿があるんだよ。リヴァイじゃないけど、空気を読んで欲しいよ。それから、ここにいる者たちは、元は人間だった者もいるけど、神に近い存在かな。これ以上は、余計な詮索は止めてよね」
俺の問い掛けにすぐに反応したアレスは、俺を叱りつけると苦笑を浮かべた。
俺はアレスでさえ配慮をしなければならない場だと認識して、表情を引き締め案内役の女性とアレスの後ろに続き先に進む。
ちなみに、ビアンカが連れてきた牛は途中で預けて、オルトロスが番をしている。
――礼拝堂。
案内役の女性は一番奥の間で立ち止まると扉を開け、頭を下げた。
俺たちに中に入る様に促しているようだ。
扉からアレスに続き、俺とアリーシャとビアンカとコテツは中に入る。
中に入ると、俺はハッと息を呑む。
これまで見てきたどの礼拝堂よりも天井が高く、広いばかりか豪奢な造りであった。
決して金銀を使った煌びやかな感じではなく、色づいているのはステンドグラスの窓のみで、外から見た様に大理石と思われる素材で覆われた部屋は一切の無駄がない清楚さを感じる。
礼拝堂の奥の祭壇には、ヘーラさまそっくりの石像が佇み、その前にはヘーラさまが立っていた。
この登場の仕方はヘーベと同じで、流石は親子だと考えそうになるが我慢する。
あまりあれこれ考えると、ヘーベと同じように心を読まれてしまうのは体験済みだ。
ふと祭壇の脇に、金髪碧眼で白のローブを纏ったアフロディーテさまにも似た美女が立っていることに気づくが、その後ろに立っているブリュンヒルデさんに似た美女が俺を睨んでおりハッとして、視線を逸らす。
俺たちはアレスに続いてヘーラさまの祭壇前まで足を進め、アレスが足を止めると俺たちは膝を着いた。
とはいえ膝を着いているのは三にんだけで、アレスは俺の左側にいつも通り立っており、コテツはビアンカの後ろで寝そべっている。
俺たちの姿を順に眺めると、ヘーラさまが口を開いた。
「アレス、案内ご苦労さま。それから、カザマ、久しぶりね、会いたかったわ」
ヘーラさまの言葉を聞き、アレスは微笑を湛えたままだが、アリーシャとビアンカは頭を下げたまま目を丸めて俺の方に視線を向ける。
俺はふたりが今まで俺の話を信じていなかったのだと気づき、切ない気持ちを抱くが祭壇の脇から殺気を感じて、驚き視線を向けた。
アフロディーテさま似の美女が双眸を細め俺を見つめ、その後ろのブリュンヒルデさん似の美女は相貌を顰め俺を睨みつけている。
俺が脇に視線を送っているのに気づいたのか、アリーシャが肘で俺を突いてきた。
「あら、何か落ち着かないみたいですが、何か言いたいことがあるのですか?」
「へっ!? ち、違います。アリーシャは……じ、自己紹介がまだでしたね。俺の隣から順にアリーシャとビアンカ。その後ろがコテツです」
俺はヘーラさまに突然、失礼な態度を遠回しに質されて、言い訳する前にみんなの名前を教える。
「そういう事は分かっているから、余計な事は結構よ。それより何かしら? 私の従者に対して、私の前でイチャイチャするのは止めて頂戴」
ヘーラさまは双眸を細め不快を顕にするが、俺に対する扱いが変わっていた。
以前はヘーベの従者と言われていたが、いつの間にかヘーラさまの従者にされている。
俺は隣にいるアリーシャの視線を肌で感じながら、最後に会った時にウインクされた事を思い出す。
(もしかして、ヘーベのお母さんにまで気に入られてしまったのでは……)
俺はゆっくり左側に視線を向けると、アレスが嬉しそうに笑みを浮かべている。
(はっ!? ち、ちょっと待って下さい。ヘーラさまは、アレスの実の母親なんですよね。そういうのはマズイでしょう!)
俺は先程の心の中の呟きを読まれたと思い、今度も心の中でアレスを問い質した。
「ねえ、君、いつもコテツに言われているけど、落ち着きが足りないよ。それに君の考えている事はヘーラにも筒抜けだから、何も聞えないアリーシャとビアンカに悪いと思わないのかい」
俺は開き直ったかの様に俺を叱りつけるアレスに憤りを抱くが、グッと拳に力を入れて我慢する。
「ご無沙汰しています。またお会い出来て光栄です。今日はビアンカからヘーラさまに贈り物と、俺からはお願いがあって参りました」
「あら、やっぱり私に会いたかったのね。それに贈り物だなんて……お願いでなくて、ご褒美が欲しいと言ってくれれば良いのよ。カザマは娘婿になる訳だし……」
俺がヘーラさまに形式的な挨拶をすると、ご機嫌そうなヘーラさまは先程と変わらず何か勘違いしたまま気持ちが昂っている様に感じられた。
「あ、あのー……ビアンカから贈り物のエリュテイア島の牛は、神殿の前で預けました。ご存知かと思いますが、オルトロスは今ではビアンカに懐いていますので、頂戴したいと思います。それで……!?」
俺は話の続きをしようとするが、祭壇の脇から殺気が更に高まり、視線を向ける。
ブリュンヒルデさん似の美女が奥歯を噛む様に相貌を歪め、俺を睨んでいた。
「それで、何かしら?」
ヘーラさまが訝しげに俺を見つめるが、俺は苦笑を浮かべ答える。
「はい、その前に、先程から祭壇の脇にいる方々が気になって……。とても美しい方々だと思うのですが、視線がですね……特に後ろの方が、熱い視線で俺を見つめてくるのですが……」
「はっ!? お、お前ーっ! 先程から我慢しておれば……わ、私に対して、無礼であろう!」
俺の言葉を遮る様に、俺を睨みつけていたブリュンヒルデさん似の美女が声を上げ、目の前に立つアフロディーテさま似の美女が宥めていた。
「初対面ですよね! お、俺は何もしてないと思いますが、あまり騒ぎを起こすと、あなたの前にいる方に迷惑を掛ける事になると思いますよ」
記憶力には自信があり、あんな美女と会った事はない筈だが、念のため自分が有利になる様に釘を刺しておく。
「そうね、確かにカザマの言う通りだわ。アテナ、貴方がどうしてもと言うから同席を許したのですが、従者の躾がなっていないわ。ヘーベの従者であるカザマも落ち着きがないけど、彼は面白くて見ていて飽きないの」
「申し訳ありません……」
ヘーラさまが祭壇脇の美女に注意して、祭壇脇の美女は俯き、後ろの美女も身体を震わせ怒りに耐えている様だが俯き大人しくなる。
俺はその様子に安堵するが。
「へっ!? ヘーラさま、今、アテナさまと言いましたか?」
俺は驚愕し、思わず立ち上がりアテナさまを見つめる。
隣でアリーシャが俺の腕を引っ張り座らせようとするが、俺は呆然とアテナさまを見つめた。
軍神アレスも女神の女王ヘーラさまも俺の世界では知られているが、その知名度はアテナさまの方が遥かに高い。
俺の目の前には、本物のアテナさまがいるのだ。
俺が興奮するのも仕方がないことであろう。
しかし、アレスが口元を引き攣らせて、俺を叱りつける。
「ねえ、君、アテナがわざわざ来ているのだから、後から何か用事があるんじゃないかな? 君は今、ヘーラに拝謁している最中だよ。隣でアリーシャが服を引っ張っているのにも気づかないで、本当に落ち着きがない男だよね」
「はい、すみません……」
俺は再び膝を落として落胆するが、アレスの苦笑が嬉しそうな笑みに変わった。
俺はすぐにその変化に気づき、拳を握り我慢するが。
「カザマは本当にいいわ。あなたの落ち込んだ姿も可愛らしくて……」
ヘーラさまの熱い視線に、俺は先程までの行いを後悔する。
 




