4.世界と戦略
周りが安堵したかの様に和やかな雰囲気になる。
「ところで、東の砂漠、この世界でいう所のオスマン帝国の東にも神さまはいるのですか? 以前度々話題になりましたが、俺は離れた国の事を知らないので教えて下さい」
俺はついでに以前から感じていた疑問を口にしたが、またも重苦しい雰囲気に変わった。
「おい、お前、自分で学ぶのではなかったのか? 何度も何度も偉そうに……」
「えっ!? リヴァイ、俺は素朴な疑問を口にしただけですよ。それなのに、そんなに改まって考えなければならない様な事だったのですか?」
俺はリヴァイの返事に再び問いで答えたが、リヴァイの表情はみるみる険しくなる。
「ねえ、リヴァイ、このくらいは良いと思うよ。どうせ、その内カザマが関わることになるだろうからね……東の国々には、神はいないよ。何でも出来るという存在を崇めて、空想上のその存在を神としているみたいだね。僕たちにとっては迷惑なことだよ……。だから、オスマン帝国の守りは特に重要視されているんだ」
俺はアレスの説明に理解して頷く。
アレスサンドリア帝国の遠征の時に、オスマン帝国が動きを見せなかったのも、守りが疎かになるのを嫌ったからであろう。
それから東の砂漠の国の方では、俺の知っている世界に近いかもしれないとも想像した。
「それでは、その東の国とは宗教的な争いや戦争とかは起こらないのですか?」
「うん、最近はどういう訳か起きていないね。でも、その代わりオスマン帝国が国力を高めているからね。今は東の方に意識が向いているみたいだけど、西の国々に対しても牽制しているみたいだね」
「東の国に対する警戒を怠ってはいけませんが、オスマン帝国に対する警戒が重要ではないでしょうか。そうなると周辺諸国との団結が必要ですよね。それに、北欧との同盟も視野に入れた方が良いかもしれません。北欧はこちら側の国々と宗教形態が似ているので、それ程害があるとも思えません」
俺は得意気に説明したが、自分の世界の十字軍の事を思い出しただけである。
アレスは微笑を湛えたまま、首を左右に振った。
「うん、確かに君の言ったことは筋が通っていると思うよ。だけど、北の神々の中に僕らと役割が被る神もいるだろう。それに神は、君が思っているよりも我がままなんだよ」
「はい、それは俺にも良く分かります。まずは今回、俺が会談を行った事を実現させて、少しずつ……万一に備えるくらいで良いかもしれません。何事も保険が合った方が良いですからね。それに今までに出会った女神さまが、俺を相手に向きになっている姿を見ているので、我がままなのは知っていますよ」
俺は困った様に説明してくれたアレスに力強く答え、鼻息を荒くするが。
「い、今、何て言ったのかしら……誰が我がままなのかしら。先程、自分の立場についてコテツが説明してくれたばかりですよね……それなのに、もうですか! この口が余計な事をペラペラと……」
ヘーベが柳眉を逆立て、祭壇から真っ直ぐ俺に向かってくると。
久しぶりに俺の頬を掴み、引っ張った。
「ヒィイイイイイイ――っ!? ごめんらさい。いらい、いらいれす。もういいまへんから……」
俺は涙目になり訴えるが、ヘーベは手を離してくれない。
「グラッド、もう話は終わりですから、食堂に行ってみなさんを呼んできてもらえますか?」
グラッドは先程から何も言わず、俺とはほとんど視線を合わせずにいたが、ヘーベの言葉に頷くと俺に苦笑を浮かべた――
しばらくして礼拝堂の扉が開き、みんなが再びやって来たが、俺の姿を見て動きを止めた。
「……カザマ、また何かみなさんを困らせる様な事をしたのですか?」
「カザマ、兄さんが何も教えてくれなかったけど……こういう事だったのね」
「カザマ、また破廉恥なことでもしたのかしら?」
「またカザマが何かしたっすか……もう退屈だから、いい加減にして欲しいっすよ」
アリーシャ、レベッカさん、アウラ、ビアンカの順に口を開いたが、みんな険しい表情で誤解している。
ビアンカだけは、先程までの話が難し過ぎたのか飽きたようだ。
「みんらー! ひがふ!」
俺がみんなに訴えようとすると、ヘーベが手に力を入れて上手く言葉を出せない。
「カザマには少しお仕置きをしている最中ですが、みなさんは気にしないで頂戴。……ヘーラさまのところに拝謁しに行く件ですが、あまりお待たせするのは失礼なので、一日休養して明後日の朝に出発とします。みなさんが直接拝謁出来るかは分かりませんので、可能な方だけで構いません」
ヘーベは俺のお仕置きに集中していたのか、ふと思い出したかの様に今後の予定を説明した。
俺は自分よりも目上の女神さまの話題を簡単に済ませて良いのだろうかと思ったが、それどころではない。
みんながそれぞれ引き上げていく中で、俺はヘーベに頬を掴まれたまま礼拝堂に残る。
リヴァイとコテツもみんなに付き添って行ったが、アレスは食堂で待っていると口にして立ち去った――。
しばらくしてヘーベは俺の頬から手を離してくれた。
「……痛いですよ。何もあんなに向きにならなくても……」
顔の腫れもあるが文字通り頬を膨らませて拗ねる俺に、ヘーベは双眸を細め青い瞳を潤ませる。
「カザマ、これ以上は止めた方がいいわ。どうしてもというなら、北欧との貿易の話題までにしなさい。そうでないとコテツとリヴァイが言ったみたいに消されてしまうわ」
「そ、そんなに危険なんですか……ちなみに誰に消されるんですか?」
「それは言えないの。敢えて口にするなら、コテツが言った様に世界……」
「せ、世界って……まるで生き物みたいじゃないですか……」
俺は決して減らず口で、悲しい表情を浮かべるヘーベに訊ねた訳ではない。
少しでも自分を追い込もうとするモノの正体を知りたかったからだ。
そうでなければ対策を立てることが出来ないのだが、ヘーベは何も答えてくれない。
だが、俺は何も答えてくれないことがヒントの様な気がした。
コテツは世界を身体に例えて教えてくれたが、俺は生き物の様に感じた。
現状でこれ以上探るのは無理だと悟り、最後にもうひとつだけ訊ねる。
「初めてアレスに会った時に、ヘーベは自分の使命のために女神でなくなるかもしれないと聞きました。今でも同じ気持ちなのでしょうか?」
俺はあの時のアレスの話を思い出す。
ヘーベのこれまでの行動は、先程まで話題になっていた世界に反する行為である。
俺の問いにヘーベの青い瞳が大きく見開くが。
「アレスが……!? カザマは私をお嫁さんにしてくれるのかしら? 色々な女性に言い寄られて困ると言っていたけど……決断出来ないカザマ自身にも問題があると思うわ。何も答えを出せないカザマに、私の事を話すつもりはないわ」
俺はヘーベの言葉をもっともだと思い、返す言葉がなかった――
今日はそのまま教会で休み、久々に村へ報告に行くのを止める。
明日は休日となったこともあるが、色々な事があり過ぎて疲れたからでもあった。
夕食はヘーベとアレスと三にんで過ごしたが、俺のせいか静かである。
街にいる時の恒例となっている酒場でのひと時は、昼間の様子を見ていたグラッドが気の毒に思ってくれたのか、大いに明るく振舞い元気づけてくれた。
しかし、グラッドの機嫌が良かったのは、俺が街にいたので久々に自分が街を出てカトレアさんに会いに行けたからのようだ。
明日も早めに街に戻る様に頼まれ、俺は街の警護を変わることになる。
昼間話した話題を一切することがなかったのは、グラッドが気を利かせたのか話す事が出来なかったのかは分からない――
――異世界生活七ヶ月と七日目。
昨日はモーガン先生にこれまでの事を話したが、俺が知りたい事に対しては何も答えてくれなかった。
ただ、モーガン先生が口篭っていた様子から、何も知らない訳ではない様に感じられる。
モーガン先生が、俺に初めて会った時に期待をしてくれた事も思い出す。
俺は、今後の行く先々で少しずつ手掛かりを探っていくことにした。
そして今日はいよいよ船でヘーラさまの神殿に向かうが、場所はアレスから教えてもらっている。
そこは何とアテネリシア王国にあり、首都より北にあるが船で向かうと通り過ぎる航路となるらしい。
俺はアフロディーテさまから口添えをもらっているが、一応警戒することにした――。




