表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十六章 存在と世界
159/488

3.世界にとっての異物

 俺は一息ついたところで、今まで疑問に思っていたことを訊ねることにした。

 「北欧との会談の話をする前に、幾つかお訊ねしたい事があるのですが……」

 「何かしら? あなたの破廉恥な行いがなくなるのであれば答えますよ」

 ヘーベは双眸を細め冷ややかな口調で答え、俺は苦笑する。

 「そ、その件に関しても後からお訊ねします……。アレスのことなのですが、身近に居てくれるのが当たり前の様な感じになっていました。しかし、デンマルク王国に行った時に軍の兵士たちの反応を見て気づきました。アレスって、十二神のひと柱で偉い神さまなのですよね。そんな神さまが幾ら趣味とはいえ、俺なんかと一緒にいる理由が分かりません。それに、アレスは度々ヘーベを庇うというか、ヘーベの利益になりそうな方向に言動が傾くことがあります。何か理由があるのかなと思って……」

 俺は自分に関係する事なので照れ臭くて頬を掻きながら訊ねたが。

 ヘーベは相貌を顰め俺から視線を逸らすと、そわそわして落ち着きなく見える。

 俺は口にしてはならないふた柱の大人の関係があるのかと疑い、ヘーベを睨む。

 「ねえ、君、本来神について訊ねる事自体不遜なのに、その態度はどうかと思うよ。君のことだから、僕とヘーベの関係で卑猥な事を想像したのかもしれないけど……。そもそも君は、何度もアリーシャに対して好意を口にして、アウラとビアンカだけでなく、あまつさえ敵国の将や女神たちにまで色目を使って、傲慢じゃないのかな? 君は一夫多妻制を否定していた筈だよね?」

 アレスは口端を吊り上げ、顔を引き攣らせ汗を流す俺を得意気に見つめる。

 「……で、ですから、その件は後から……」

 「まあ、君がそういうなら後から弁明の機会を与えるとするよ。それから君に対しては、切っ掛けが好奇心だというのは本当だよ。でも、気づいてしまったらなら敢えて説明すると、君と一緒にいると面白いから……今はそのくらいかな。――それで、ヘーベとの関係だけど、兄が妹を気に掛けて何か不自然があるのかい? 何故そんな事を訊ねてくるのか、ずる賢い君らしくないと思うけど……」

 「はっ!? はあーっ!? アレスとヘーベは、兄妹だったんですか?」

 俺は驚愕し、周囲に顔を向けるがヘーベは頬を染め俯いていた。

 他のみんなは不思議そうに俺を見つめ、アリーシャとアウラは互いに顔を見合わせ首を傾げている。

 「アウラは知っていたのか? 勉強熱心なアリーシャやギルドで働いているレベッカさんなら兎も角、恥かしがり屋で世情に疎いアウラが……」

 「な、何を言ってるの! どうして私がみんなの前で、そこまで馬鹿にされなければならないのかしら! 私の集落には学校もあり、流石に神さまを覗き見る様な不遜な事はしないけど、近くの国々の情勢くらいは調べる事が出来るわ。それに、私からも言わせてもらうわ。カザマには一度見たものや聞いたことを忘れることがない能力があると聞いたけど、どうせアリーシャの前で格好をつけただけだったのね。ぷふふふふ……」

 アウラは俺の問い掛けを途中で遮ると顔を真っ赤にして大声で文句を言った挙句、失笑した。

 アウラの集落は、この世界で稀に見ぬ教育システムを確立し、精霊魔法で離れた場所も覗き見る事が出来たと思い出す。

 みんなの反応で割りと有名な事だと分かったが、俺は軍神アレスの事は知っていたが女神ヘーベーは俺の世界であまり有名ではなく、資料を見る機会がなかったのだ。

 それでも、俺の言い方が悪かったのは認めるが、アウラの俺に対する中傷は酷過ぎる気がする。

 「……ア、アレスとヘーベの関係については分かりました。お、俺は遠くの国から来たので不勉強で済みませんでした……」

 俺は怒りが収まらず身体を震わせながらだが、アレスとヘーベに謝罪する。

 だが、俺を笑ったアウラには謝らない。

 俺を馬鹿にしたのだから当然であろう。

 「うん、分かってくれたらならいいけど、次は何を知りたいのかな?」

 「はい、先程からもお叱りを受けてますが、俺自身についてです。以前、男だけで話し合う機会があり、俺は以前ニンジャらしく目立たず、冷静沈着で思慮深い振る舞いをとっていましたが、ヘーベの恩恵の力で知らず知らずに熱い男になっていたようなのです。それは分かった事なのですが……俺はこの世界でも、それ程格好良くはないですよね? それなのに自分とは不釣合いな程、綺麗な女性に好意を向けられる事が多くて、不思議に思っていました。――以前は、俺にモテ期がやって来たと思っていました。ですが、今では女神さまたちにも好意を寄せられて、流石に違和感がありますよね。何故、なんですか? 初めにも言いましたが、そもそもこういう状況にならなければ、お叱りを受けることもなかったと思います」

 俺の渾身の訴えは周りに響いた。

 祭壇の横に並んでいるグラッドとレベッカさん兄妹は気まずそうにそわそわしている。

 アリーシャとアウラは不思議そうに顔を見合わせ、ビアンカは退屈そうにしているが。

 コテツとリヴァイは明らかに雰囲気が変わり険しい表情に変わる。

 アレスの笑顔も苦笑に変わりヘーベに視線を向けるが、ヘーベは口を開きかけては閉じる曖昧な仕草を見せた。

 俺はこの異様な光景に息を呑んだ。

 「うん、そうだね……流石に違和感があると思うよね。でも、流行ってあるよね。君は、たまたまこの世界の流行を先取りしている最も格好の良い男なんじゃないかな。何せ先取りしているから僕にも分からないけど、それに君は人間の中で最も強い男だからね。強い男に女性が興味を抱くのは不思議ではないと思うけど……」

 「はあっ!? 何それ……」

 俺は先程までの雰囲気からもっと凄い事を言われると思い、拍子抜けして呆気に取られた。

 続く言葉が出ずに周囲に視線を向けると、ヘーベは双眸を見開き口を半開きにして女神さまと思えない様な間の抜けた顔をしている。

 他のみんなは互いに顔を見合わせたりして不思議そうにしているが、コテツとリヴァイは俺から視線を逸らした。

 (可笑しい……アレスの返事は、確かに否定は出来ないけど、時代を先取りしているのは知識だけの筈。珍しく褒められて嬉しいが、明らかに何かを知ってそうな面子の態度が不自然だ……)

 俺はじっとヘーベだけを見つめる。

 ヘーベは俺の視線に耐えられなくなったのか、落ち着きがなくなった。

 「そ、そんなに見つめられると、恥かしいわ……」

 「今はそういう言葉ではなく、女神としてのヘーベの言葉が聞きたいです」

 俺は、頬染め視線を逸らすヘーベを真っ直ぐに見つめ、逃さない。

 「おい、お前、それ以上そこの女神に問い詰めても返事は返ってこないぞ」

 いつもはこういう場で決して口を挟まないリヴァイが口を開き、俺も含めみんながリヴァイに顔を向ける。

 「リヴァイ、どういう意味ですか? それって、俺がブリュンヒルデさんに勝った時に、リヴァイが『力の使い方』と『自身と向き合う』様にと言ってくれた事と関係があるのですか?」

 「おい、お前、相変わらず小聡明いぞ。もう少し先だと思っていたが……」

 リヴァイが珍しく口篭っている様子に不安を懐く。

 「お、俺自身が問題なのでしょうか……」

 俺は思い切ってリヴァイに訊ねるが、アレスの笑顔が再び苦笑に変わり、ヘーベは悲しそうに俺を見つめている。

 「おい、お前、あの時の言葉を持ち出すとは……」

 「ねえ、君、ちょっと待ってもらえるかな……これ以上の話は……」

 「うむ、私もそう思うが、本人が気づいてしまったのなら仕方あるまい」

 アレスがリヴァイの話を遮り、コテツもアレスに共感しつつもリヴァイと同意らしい。

 「レベッカさん、みなさんを連れて食堂に移動して下さい」

 そこへ、ヘーベがやっと口を開いたが、他のみんなに聞かれてはまずいようだ。

 レベッカさんは無言でヘーベに頷くと、アリーシャとアウラとビアンカを連れて礼拝堂を後にする。

 三にんとも顔を顰め不服そうであったが、レベッカさんも眉を寄せて何か言いたげであった――。


 四にんが礼拝堂を後にしてしばらくすると、リヴァイが再び口を開く。

 「おい、お前、お前の存在は、この世界ではあってはならないんだ。俺が初めてお前に召還された時、俺は周りに配慮していただろう」

 「えっ!? どういう意味ですか? 俺は確かに他の世界の人間ですが、ヘーベに伝説の勇者として活躍を期待されたのではないですか? それにリヴァイは、格好をつけていただけではないですか」

 「おい、お前、馬鹿にしてるのか……話の腰を折る様な馬鹿げた事を言うな」

 「スミマセン……でも、俺だけでなくエリカも同じではないですか?」

 「おい、お前、本当に小聡明いな。確かにエリカも異質ではあったが、お前は更に異質なんだ。そもそも、普通の人間が他の世界に都合良く召還されることがあると思っていたのか。もし仮にそんなことが起これば、お前の世界だけでなく、他の世界にも大きな影響が生じるぞ」

 珍しくまともな事を話し、しかもあまり賢くないと思っていたリヴァイから、世界の事について語られるとは、夢にも思わなかった。

 「あの……イマイチ分からないのですが、要するに普通の人間は他の世界に召還されないのですか? 俺とエリカが特別だから召還されたということですね。でも、何で俺たちが召還されると世界に影響が起きるのですか? それに影響とはどういう感じですか?」

 俺は曖昧な情報から出来る限り話を纏めて、更にリヴァイに訊ねた。

 「おい、お前、察しが悪いぞ。空気を読めよな。お前の存在はこの世界の異物なんだ」

 リヴァイは自分で説明しておきながら、話題が難し過ぎたのか上手く答える事が出来ずに苛立っている様子。

 俺は自分の存在の異物という意味がさっぱり分からずに首を傾げた。

 「うむ、私が説明しよう。例えば身体の中に異物が入ると排除しようと意識せずとも体が勝手に防衛機制を起こすであろう。分かるか?」

 俺の疑問に空気が読めるだけでなく賢いコテツが答えてくれるが、

 「はい、それは分かりますが、俺はバイキンとかと同じ扱いなのですか!」

 俺は腹立たしくて向きになってしまう。

 「うむ、例えの話をしているのだが、貴様にはその方が分かり易いであろう。それから、エリカが貴様の言うバイキンであれば、貴様は癌細胞の様なものであろう。身体にとっては脅威だ。分かり易いだろう」

 「はあーっ!? 何で、俺が癌細胞なんですか? エリカより質が悪いじゃないですか! それに、俺だけ何で細菌よりも大きい細胞になっているんですか?」

 「うむ、良いことに気づいたな。だが、少し落ち着け……貴様がそれだけ、この世界にとって悪質で規模が大きいという意味だ」

 「こんな事を言われて落ち着ける訳ないじゃないですか! いえ、そうじゃなくて……コテツの言い方だと俺の存在自体が、世界にとって害みたいではないですか!」

 「うむ、その通りだ。だから、我らは貴様が調子に乗り、誰彼構わずに色目を使っているのを咎めていたのだ。貴様の存在その者が害悪であるのに、世界にとって重要な存在にこれだけ干渉し、あまつさえ汚染させるとなると、世界が貴様を消滅させるのに躍起になるであろう。――だが、それでも癌はすさまじい繁殖力を持ち、簡単には消滅出来ないのであろう?」

 俺は、コテツの分かり易く辛辣な例えに返事をする気力を失くす。

 アレスは苦笑を浮かべたままだが、ヘーベは呆然と立ち竦んでいる。

 「あのー……酷い言われ様ですが、言いたい事は大体分かりました。……でも、それで俺が女性から好意を受けるのは何故なのですか? この問題が解決しないと、俺はこれからも折檻を受けることになるのですよね?」

 「「「「はあーっ!?」」」」

 俺の問いにコテツとリヴァイだけでなく、これまで静観していたアレスとヘーベまで驚きの声を上げた。

 「カザマ、あなたはこれだけの事を言われても、まだそんな事を……」

 「ねえ、君、君ってやつは本当に……」

 ヘーベとアレスはこれまでの重苦しい表情から明るい笑みを浮かべた。

 リヴァイは格好をつけているのか、右手を腰にあて左で額を押さえている。

 「うむ、癌とは本当にしぶとい様だな。私も出来るだけ分かり易い様に、貴様の世界の事を学んで説明したつもりであったが、普通はもっと大きな衝撃を受ける筈なのだが……。癌細胞は良くも悪くも周りを巻き込みやすい様だから、もともと女神に関わりのある貴様は女神に関与し易いのではないか。男の神はアレスだけだから分かり易いであろう」

 コテツは俺の事を褒めてくれているのか、馬鹿にしているのか口篭ると開き直った様にコテツなりの考えを教えてくれた。

 そして俺も強張った顔で無理やり笑みを浮かべ、コテツとみんなに伝える。

 「確かにショックを受けましたよ。流石に世界にとって癌とまで言われたら、誰だって凹みますよ。でも、俺は誰かを傷つけたりする訳ではないですし、俺にそんな力があるのなら、逆にこの世界で弱い細菌を苦しめる凶悪な細菌をやっつけてやりますよ。それに、ヘーベも俺にそういう期待を込めて召還してくれた様な気がするんです」

 俺は押し潰されそうな不安を隠す様に、右拳を肩の高さまで上げ、ヘーベに向けて親指を突き出した。

 ヘーベの青い瞳が煌き、微笑を湛え俺を見つめる。

 「おい、お前、それは止める様に言われているだろう。あまり調子に乗るなよ」

 リヴァイが俺に文句を言ってきたが、平坦な表情ながら嬉しそうに感じられた。

 「ところで、世界を身体に例えて説明してくれましたが、何か意味があったのですか? コテツだけでなく、リヴァイも身体で例えようとしてくれたんですよね?」

 「おい、お前、本当にこういう時だけ……」

 リヴァイが何故か急に身体を震わせ、怒った様に身体を震わせる。

 「うむ、貴様はたまに、心の中で自身の展開において『ルート』とか『フラグ』などと呟くであろう。世界は貴様の言う所の幾重ものルートとフラグの結果で成り立っているのだ。身体でいうところの血管だ。心臓から流れた血液は幾重もの血管を通り組織に辿り着く。それが世界だと貴様が分かり易い様に、例えるつもりであったのだ……」

 「流石はコテツです。良く分かりました。それでリヴァイが俺に以前言ってくれた、自身と向き合うというのは何となく分かりましたが、力の使い方というのはどういう意味なのでしょう」

 「おい、お前、あまり調子に乗るなよ! 俺がコテツよりも馬鹿だと言いたいのか!」

 「ち、違いますよ。説明してくれたコテツにも感謝していますが、気に掛けてくれているリヴァイにも感謝してますよ」

 リヴァイはやはり賢さに関してコンプレックスを抱いているのだろうか。

 俺はそんなリヴァイを気遣い感謝の気持ちを伝えたのだが。

 「おい、お前、分かれば良いが、あまり余計な事を口にするなよ。それから、今日はこれくらいでいいだろう。お前も他者にばかり頼ってないで、自分で考えて学べ」

 俺は学ぶのはリヴァイも同じではと、口にしそうになるが苦笑して誤魔化した――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ