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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十五章 北欧の侵攻からの防衛(後編)
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8.休戦

 コテツの背中に乗ったアリーシャとアウラ、北欧の面々が崖の上から現れる。

 アリーシャが真っ先に俺を怒鳴りつけ、

 「カザマ、あなたは何度同じ事をすれば気が済むのですか! 恥を知りなさい! アフロディーテさまに同じ事をして、罰を受けたばかりなのに、またですか……」

 本気で怒っているアリーシャの姿に縮こまってしまう。

 だが、アリーシャの声が弱くなり、ドゲザで下げていた顔を上げると。

 アリーシャの瞳が潤んで見えて、更に罪悪感が高まった。

 アウラと回復したゲイルスケグルさんが声を荒げ、大人しい様子だったゲンドゥルさんにまで叱られるが耳に入らない。

 そこへ崖の上から遅れて降りて来たリヴァイが俺の前に立つと、俺の胸倉を掴み俺の右の頬を殴り突けた。

 俺は猛烈な衝撃を受け朦朧とするが、ガクガク震える膝に力を込めて、倒れない様に必死に踏ん張る。

 「おい、お前、いい加減、面倒事を起こすな。それから、アリーシャを悲しませやがって……お前、指輪を渡した事を忘れたのか」

 リヴァイの小言を煩わしく感じたが、最後の言葉には返す言葉も無い。

 決して忘れた訳ではないし、今回も事故であり浮気とかそういう気持ちはない。

 それにアリーシャと付き合っている訳でもないので、他人がとやかく言う事ではないと思うが、俺の良心は大いに傷つけられる。

 「本当にわざとではなかったですが、悪かったと思ってます……」

 いつも大声を張り上げ、派手に謝罪をしてばかりいるが、静かに発した声は想像以上に周りの心に響いたようだ。

 先程までの険悪な雰囲気は霧散して、再びリヴァイが口を開く。

 「おい、お前、分かればいいが、お前もそろそろ力の使い方……おまえ自身と向き合う頃合いかもしれないな。……それから、お前、初めて気絶しなかったな」

 リヴァイの『力の使い方』と『自身と向き合う』という言葉が気になったが。

 黙って俺たちの様子を見ていたスクルドさんが口を開き、訊ねる機会を逃す。

 「カザマ、あなたの勝ちだわ。ブリュンヒルデが力を解放させなかった奢りがあったけれど、カザマも本気ではなかった様ですから条件は同じ筈です。それに、騎士道も大切かもしれませんが、ブリュンヒルデはカザマの戦術に負けたのよ。――大体、本気で戦う様に催促したのはあなたの方よ。これもあなたの奢りだわ……極東の男は騎士ではなく、魔導剣士のようね。流石に遠く離れた異国からやって来ただけあって、世界の広さを感じさせられたわ。それから、約束は守らせて頂くわ。カザマという本当の名前も我々だけの秘密とし、北欧の神々に極東の男が提案した事を報告致します。極東の男のこれまでの言動から南側の神々との繋がりを疑う余地がありませんからね。アリーシャ殿もよろしいですか?」

 俺は頷き、アリーシャの方に視線を向けた。

 「はい、ありがとうございます。ブリュンヒルデさんには不本意な思いをさせてしまいましたが、カザマに貸しを与えた事にして、今回は収めて頂きたいと思います。カザマの提案が実現するなら、今後も何らかの関係は継続する筈でから……」

 「分かりました。コテツ殿を意識するばかり、私に驕りがあったのは事実です。命のやり取りの場ですから、卑怯な戦い方を失念していた私の失策です。……ですが、アリーシャ殿の配慮で、極東の男に貸しを得た事は大きい」

 アリーシャは遠慮して微笑を浮かべるが、ブリュンヒルデさんはアリーシャの提案を受け破顔している。

 互いに良い雰囲気に包まれるが、俺はそもそも普段通りのニンジャの戦いをするのを拒んでいたのに、催促したのはブリュンヒルデさんの方だ……。

 (色々と可笑しいだろう! 俺は決して悪くない筈なのに……)

 俺は心の中で叫ぶと、理不尽な扱いに肩を落とす。

 それから俺の断りもなく、勝手に俺が借りを受けた事にされて違和感を覚えるが、雰囲気を壊さない様に我慢した。

 そして、俺たちは再び崖の上に戻る――。


 俺とブリュンヒルデさんが戦った場所の反対側では、ビアンカの攻撃が変わらず続けられていた。

 バハムートに対し、全方位からの無数のカマイタチを発生させる風の刃の攻撃。

 手刀を振い、超高速の風の斬撃がバハムートを襲うが、ほとんどダメージがない。

 しかし、ビアンカは構わず風のスキルを続け、更にバハムートの周りをちょこちょこと跳び回り格闘攻撃を繰り出している。

 バハムートも先程と変わりなく巨体にも関わらず、ビアンカの攻撃に反応し向きを変えていた。

 俺たちはバハムートの圧倒的な存在感だけでなく、ビアンカの攻撃の様子と果てしなく続きそうな攻撃、無尽蔵と思われる体力に圧倒される。

 「……なあ、極東の男。俺と戦った時のビアンカは、あれでも本気ではなかったのか?」

 ゲイルスケグルさんが緊張した面持ちでおずおずと訊ねてきた。

 俺は、美女のゲイルスケグルさんが恥らいながらも男言葉で訊ねた事に、頬を緩め頷く。

 「うーん……まず格闘時の威力は、以前俺と戦った時の方が上だと思います。俺は一撃を受ける度に吹き飛ばされて、コテツに受け止めてもらいました。コテツがいなかったら死んでいたと思います。でも、今はコテツとビアンカの父親であるラウルさんから自身の毛から作ったミサンガを貰い、力を制御出来る様になりました。一撃の速さと威力は以前の方が上ですが、今振り返ると攻撃の前後に隙があった様に思います。今は隙がほとんどなく、バランス良く戦っている感じですね。ちなみに、風のスキルは少し前にラウルさんから教わったみたいで、まだ上手く使いこなせていない感じがします……ところで、前もお願いしましたが、俺もゲイルさんと呼んでも……!? イッテー!」

 俺は腕を組みながら、嘗てのビアンカと死闘を懐かしみ頷くが。

 突然、電流が流れ左手を振り、ビアンカの後ろに張り付いているアレスの顔を睨む。

 「おい、極東の男、馴れ馴れしいぞ。さっき、また俺の顔を見て笑ったし……それに俺は、俺と戦った時のビアンカが本気だったか訊ねたんだ。お前の話は長くて分かり辛い。少しは参考になったが、どうでもいいことばかり……それより、さっきからニヤニヤして腹が立ったが、突然叫び出して気持ち悪い……」

 ゲイルスケグルさんは俺の気持ちを余所に、相貌を顰め槍を構える。

 「待って下さい。カザマは綺麗な女性を見ると、すぐに格好をつける病気なのです。幾柱の神から罰を受けても治らず、先程の奇怪な動きも神から与えられた罰で電流が流れたのです」

 俺の前にアリーシャが立ち、ゲイルスケグルさんに謝罪して頭を下げた。

 ゲイルスケグルさんは頬を染め、槍の構えを解くと俺から顔を逸らす。

 「極東の男が呼びたい様に、呼べばいい……」

 俺は今まで見なかった女性の仕草に見惚れ、やっと親しみを込めて名前を呼べることに心が躍るが、またも理不尽な扱いを受けて複雑な心境だ。

 「おい、お前、いい加減にしろよ。いちいちお前を気絶させるのも面倒なんだぞ」

 アリーシャが頭を下げたことで予想は出来たが、リヴァイが俺に絡んで来た。

 今回は殴られずに済んだが、色々と納得いかずに拳を握り理不尽に耐える――


 ビアンカは先程から初めて戦う強敵、その攻撃が尽く防がれている状況にも関わらず喜びを感じていた。

 既にストレスが発散され、満月の夜に昂る発作は治まっている。

 そもそもコテツとラウルさんのミサンガの効果はかなり大きいので、衝動を抑える事も出来たのだ。

 しかし、俺が自分を差し置いて戦うと耳にした時、嫉妬したのである。

 戦いに集中するビアンカであったが、時折話し掛けるアレスの変化に気づいた。

 「アレス、さっきから嬉しそうだけど、どうかしたっすか?」

 「うん、良く気づいたね。実は今、カザマがまたゲイルスケグルを相手に格好をつけて電流を浴びたんだよ。その後は、アリーシャとリヴァイにも叱られて、かなりイライラしているみたいだね。それに、ビアンカは戦いに夢中で気づかなかったみたいだけど、カザマはブリュンヒルデとの戦いでも、また破廉恥なことをしてビンタされて叱れていたよ。本当に懲りないよね」

 アレスが嬉しそうにカザマの出来事を教えてくれたが、ビアンカは眉を寄せた。

 「カザマはアタシの戦いを見てないで、また乳繰り合っていたっすか?」

 「ねえ、ビアンカ、それはカザマがたまに教えているみたいだけど……言葉の使い方が違うからね。ところで、さっきから風を操っているみたいだけど、ゲイルスケグルを相手にした時みたいに加速出来ないのかい?」

 ビアンカはアレスの言葉に顔を顰める。

 「また、間違えたみたいっす……出来ないことはないっすよ。ただ、あれだけ硬いと攻撃した時の威力に、身体が耐えられないっすよ……」

 アレスは歯切れの悪いビアンカの返事を聞き、口端を吊り上げた。

 「ねえ、ビアンカ、それならコブシの周りにも風の障壁の様な……いや、もっと鋭利で硬い感じに覆えないかな?」

 「うーん、良く分からないけど……直接触れなければ、手が潰れることはない筈だから、やってみるっす」

 ビアンカはアレスの言葉にしばらく考えたが、頷くとすぐに実践する。

 カマイタチでバハムートに全方位から攻撃をすると、これまで同様に直接攻撃を仕掛けると思わせ、地面を蹴ると気流を操作し加速した。

 バハムートはこれまでビアンカの動きに合わせて向きを変えていたが、突然の加速で方向転換が間に合わない。

 ビアンカは音速を超えるかの速度で、バハムートの左後方から左前脚付け根付近目掛けて突貫する。

 そして、右肘を引き右コブシの周りには薄い空気の層が形成され厚みを増す。

 ビアンカの右コブシの周りには、渦を巻く気流のランスが生み出された。

 これはコブシの形状に合わせ、ゲイルスケグルの槍からイメージしたモノ。

 ビアンカはランスをバハムートに突き出した。

 「ドォォォォォォォォォォォォォォォォ――ッ!!」

 轟音と激しい衝撃波が周囲を襲い、バハムートがその巨体を地面に横たえる。

 ビアンカはこれまで微動だにしなかったバハムートを地に着け呆然としたが。

 笑みを浮かべると、

 「アレス、やったっすよ。やっとバハムートのオジサンを倒したっす」

 牙を覗かせてハニカンで見せた。

 「うん、見事だったよ。でも、ビアンカ油断してはダメだよ」

 アレスに褒められると同時に注意を受けて、ビアンカは再び戦闘モードに入るが。

 「そろそろ良いのではないか……ビアンカ、お前の力は見届けた。次に対する時は、俺も本気で戦う。――カザマ、少し早いが用件は済んだので引き上げる。強大な敵を相手にした時に呼んでくれ」

 バハムートは身体を起こすとビアンカから俺に顔を向け、姿を消した――


 みんなバハムートが転がってから呆然としているが、ビアンカが大輪の笑みを浮かべ崖の上に戻ってくる。

 「カ……極東の男、アタシの戦いを見たっすか。途中からいなくなって、イチャイチャして叱られていたとアレスに聞いたっす……アタシの今の攻撃は、カザマやアウラくらい凄いっすよね?」

 「ああ、そうだな。その前に、ここにいる人たちだけは、俺の名前を知っている。内緒だけどな……だから、今は無理して偽名で呼ばなくてもいい。それから、イチャイチャしていた訳ではない。ブリュンヒルデさんとゲイルさんとは普通に仲良くしていたんだ。それで、ビアンカの新しい技だけど、名前は決めたのか? あれだけの技だと名前を決めた方がいいぞ。名前を決めると、技を発動させる時にイメージを掴み易いから発動速度や威力が上がると思う」

 「イチャイチャでもないんすか? うーん……難しいっすね……でも、分かったっす。流石はカザマっす。それから、名前はないっすよ」

 俺のお説教とアドバイスを聞いたビアンカは首を傾げ返事をしたが、顔を顰めた。

 「それじゃあ、さっきのは……『エア ボル ランス』はどうだ? コブシの突き技だったけど、形状が尖って見えたからな。――それから、手の形を手刀にして刺したり斬ったりする技は……『エア ボル ゲイル』はどうだ? そもそもさっきの技は、好きになったゲイルさんの槍を参考に技を考えたのだろう? ――最後は掌で押し潰すイメージで……『エア ボル ハンマ』はどうだ? これで、ビアンカは同じ体勢から技の選択肢が三つに増えた訳だが……」

 ビアンカは再び大輪の花を思わせる様な笑みを浮かべると、俺に抱きつく。

 「カザマ、ありがとうっす! やっぱり、カザマはアタシの事を分かってくれているっすよ!」

 俺は我ながら良い名前を考えた事に満足し、ビアンカに抱きつかれ頬を緩めていると。

 アリーシャとアウラが相貌を顰め、いつもの様にアリーシャが一番に反応し。

 俺は恐怖のため身構えるが、反対側からいきなり頬を抓られた。

 「カザマ、私にあれだけの事をしておいて、他の女性にヘラヘラするのは止めてもらえるかしら? 先程のゲイルに対する態度は我慢したけど……限界だわ!」

 俺はすぐにブリュンヒルデさんの声に反応する。

 「ヘラヘラしてまへん。それひ、でれでれもしてまへん……だから、もうゆるひてくらさい」

 俺は、ブリュンヒルデさんから頬を離してもらい安堵するが。

 何故いきなりこんな事をされたのか分からない。

 しかも訳が分からない俺に対し、俺の目の前まで移動したアリーシャがいきなり俺の足を踏みつけた。

 俺は声を上げて文句を言いたかったが、我慢する。

 これ以上、この状態を維持するのはリスクが高く、先に話を進める事にしたのだ。

 俺たちは会談通りに話を進める約束をして、ワルキューレたちを見送った――。


 その後、俺は兵舎に顔を出した。

 兵舎までの途中で、兵士たちの混乱した様子を目の当たりにして訝しさを覚える。

 それが、バハムートの姿を見た事が原因だと分かり。

 俺は自分が召還して、既に引き上げた事を説明した。

 みんな余程怖かったのか、この後の俺の説明と方針に全員が頷いた――。

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