7.ブリュンヒルデとの戦い
俺はコテツの方を向くと、重傷を負っているだろうゲイルスケグルさんの元へ歩み寄る。
北欧の面々はバハムートの姿に恐れ戦いたのだろか、固まったまま動かない。
「アリーシャ、治癒魔法をかけてくれないか。致命傷は免れている様だが……重傷だ」
「は、はい……分かりました」
アリーシャもバハムートの姿に驚いていた様だが、慌ててこちらに駆け寄り治癒魔法をかける。
アリーシャの治癒魔法で怪我はみるみる治っていくが、ゲイルスケグルさんの意識が戻らない。
「カザマ、この人大分、マナを消費しているわ。私も精霊たちの力を借りてみるわ」
アウラが俺たちの隣に移動して回復魔法を掛け始めたが、意外と落ち着いて見える。
普段メルヘンなことばかり口走っているので、この御伽噺様な出来事にも動じていないのかもしれない。
「これで、しばらくすれば目を覚ますと思うわ」
アウラは魔法を掛け終えると笑みを浮かべ、アリーシャもハニカンだ。
「仲間のために治療してくれて感謝する」
「ええ、アリーシャ殿とアウラ殿に感謝するわ」
「え、えーと……ありがとう」
正気に戻ったのかブリュンヒルデさんがアリーシャとアウラに頭を下げると、スクルドさんと幾分緊張気味のゲンドゥルさんも感謝の言葉を口にした。
「うむ、治療も済んだ事だし、そろそろ貴様たちの戦いを始めてはどうだ?」
これまでゲイルスケグルさんに、紳士的に付き添っていたコテツが久しぶりに口を開いた。
俺はコテツの言葉を聞いて、既にこの状況で気が抜けてしまい頬を掻く。
ブリュンヒルデさんは相貌を顰めて、俺を見つめる。
「カ……極東の男に聞きたいのですが、あなたは私たちが知らない国の神ですか?」
俺は思わぬ言葉に首を傾げるが、ブリュンヒルデさんが名前を言い直したのも俺を畏怖してなのかもしれない。
「俺は、先程から話している様に、遠く離れた東の国から来ましたが……人間ですよ」
ブリュンヒルデさんの双眸が細くなり、
「貴方は嘘をついているわ! ただの人間が、あれ程強大な力を持ったドラゴンを召還出来る筈がないでしょう!」
俺を怒鳴りつけ、興奮のあまり顔を近付ける。
(はっ!? ち、近い! 何で、この世界の美人は興奮すると顔を寄せるんだ……)
俺の頬は緩むが、緊張して口元が引き攣る。
「カ……極東の男に私も聞きたいです。コテツとリヴァイを召還して日が経ち、今までうやむやにしていましたが、私も同感です!」
アリーシャも俺に顔を近づけ、声を荒げる。
「カ、マー……極東の男! 私も知りたいわ! それから、私も大地を司る偉大な方に挨拶をしたいと思うの!」
困惑する俺に追い討ちをかける様に、アウラが訳の分からない事を言ってきて、俺は益々返答に困った。
「ああああああああああ――っ! 違うって言ってるだろう! それに前にも言ったが、俺の先祖が契約した事があるだけで、俺にも詳しく分からないんだ! 大体、呼び出した俺が驚いているんだから、察してくれよ!」
大声を上げて叫び、煩わしい問い掛けを聞きたくないと両手で耳を押させ蹲る。
俺の周りを囲んでいたみんなは困惑したのか相貌を引き攣らせるが。
「ご、ごめんなさい……カ……極東の男。もうあれこれ詮索しませんから安心して下さい。そもそもお互いに詮索しない約束をしていましたし……」
アリーシャが引き攣ったまま笑みを浮かべ、俺を優しく抱きしめる。
「ああ、アリーシャだけ狡いわ! カ、マー……極東の男。私の方が気持ち良いわ!」
アウラがまたもややこしい呼び方をして、俺の頭をアリーシャから奪い取る様に脇に抱えて引っ張った。
俺はアリーシャの慎ましやかな柔らかさに頬を緩ませていたが。
アウラのボリュームのある柔らかさを感じて鼻の穴を膨らませる。
だが、すぐに顔が歪む。
「い、痛い! アウラ、俺の頭は物じゃないんだ! 何度同じ事を言わせるんだ!」
ふたりとも俺から離れたが、ブリュンヒルデさんは引き攣った表情のまま固まっている。
「ブリュンヒルデさん、お互いにもう戦う気分じゃないですよね。俺の力は理解してくれたと思いますし、俺が話した事を北欧の神さまに伝えてもらえませんか?」
俺の提案を聞き、後ろにいたスクルドさんは頷いたが、ブリュンヒルデさんは急に雰囲気が変わり双眸を細めた。
「確かにその通りだわ……ですが、私は貴方の力を脅威に感じました。だから、ここで貴方を倒しておいた方が良いと考えます」
ブリュンヒルデさんは崖からビアンカたちと反対側に視線を移し、俺を促す。
俺は元々約束していたことだと観念し、みんなに目配せして崖を降りた――
ブリュンヒルデさんは光り輝く剣を鞘から抜き、両手で持ち中段に構える。
剣の長さは女性が手にするには幾分長く見えるが、平均的と言えるだろう。
しかし、その輝きはゲイルスケグルさんの槍と同じく神器級の業物だと窺える。
俺も刀を抜き中段に構え、互いに攻撃するタイミングを探った。
本来は一太刀打ち合ってみたいが、神器の剣に対してどうなのか不安が過ぎる。
だが、俺の武器も以前リヴァイが言っていた様に、最強の一角であるグラハムさんの爪から作られたものであり、決して引けを取らない筈だ。
俺は少しずつ足を運び、間合いを詰める。
本来は海が近い場所を利用して、魔法を使ってかく乱したい。
しかし、この戦いは勝ち負けも大事だが、ブリュンヒルデさんに負けを認めされる事が最優先される。
そのため不本意だが、真っ向から打ち合う事が会談を成功させるために必要だろう。
少しずつ間合いを詰めていき、俺の方が間合いが広いのか打ち込める距離に入った。
(あちらから打ち込んでもらって様子を見たかったが、仕方ない……俺が打ち込めば、あちらも反応するだろう)
俺は意を決して地面を蹴り、刀を振り被る。
ブリュンヒルデさんも剣を振り上げ、互いに刀と剣を振り下ろし、刀と剣の刃がぶつかり火花が散った。
ブリュンヒルデさんの美しい相貌が歯を食い縛って歪み、俺も眦を吊り上げる。
力は互いにほぼ互角、斬撃速度もキレもペールセウスより遥かに上。
鍔迫り合いから互いに押し合い、再び間合いが開く。
俺はブリュンヒルデさんの左側に回り込み、すかさず先程同じ様に刀を振り被り、真っ直ぐに振り下ろす。
ここで相手の足捌きを計ったが、俺の動きに難なく追従し、先程と同じ様に剣を振った。
またしても、刀と剣の刃が交差し、夜の海辺に火花が散る。
互いに刃を交えながら、俺はブリュンヒルデさんに訊ねた。
「なかなかの腕前ですね。女性なのに、力強い。正直、ペールセウスより遥かに強いですよ」
「そう、ペールセウスの名前は聞いた事があるけど、たいした事ないのね。私の剣と打ち合える見慣れない形の剣には驚かされたけど……あなたの力はこんなものかしら。コテツ殿の話では同じくらい強い様に感じたけど、気のせいだったのかしら」
ブリュンヒルデさんは落胆したかの様に答えが、口端が吊り上がる。
俺はその表情の変化を見逃さず、一旦距離をとったが。
すかさずブリュンヒルデさんが距離を詰める。
俺は双眸を見開き、目の前の起きた出来事に驚愕しつつも刀を構えた。
突然振り下ろされたブリュンヒルデさんの剣を受け止める。
あろう事か、剣がいきなり見えなくなったのだ。
受け止められたのは、咄嗟に両手の動きを見て察したからであり偶然である。
動きも確かに速かったが、目で追えない程ではなかった。
剣を振る両手の動きが見えていた事を考えると、剣の軌跡だけ速くて見切れなかった訳ではあるまい。
俺はブリュンヒルデさんが放った一撃で、この剣の力について分析した。
確かに見えなくなる剣は脅威であるが、決して防げない訳ではない。
剣自体は初めに見ているので、先程と同様に両手持ちの延長線を意識するだけ。
しかし、逆に自分が何かしら仕掛けなくては追い詰められてしまう。
寧ろ、そちらの方が気掛かりである。
何せ、俺はブリュンヒルデさんに対して、出来るだけ怪我を負わせずに圧倒する必要があるからだ。
だが、俺のスキルは威力が高過ぎるものばかりである。
出来ればペールセウスと戦った時の様にスキルで武器を破壊、若しくは損傷させるのが望ましかったが、剣自体が見えなくては不可能である。
しかも防ぐ事は可能であろうが、迂闊に飛び込めば見えなくなる剣により、俺はカウンターを浴びてしまう。
俺は戦いが始まって早々に、詰まれたかの様に防戦一方となる――。
一時間程攻撃を防いでいただろうか。
ブリュンヒルデさんは肩で息をする様になった。
あれから勝利を意識したブリュンヒルデさんが、俺に対して猛攻をかけたが。
見えない筈の剣を俺が受け続ける姿に、美しい相貌がみるみる赤くなり表情が険しくなった。
「はあっ、はあっ、はあっ……もうーっ! 一体、貴方は何なの? そこそこ強いのは分かるけど、どうして見えない攻撃を防ぐ事が出来るの? それに、勝ち目のない戦いに、どうして降参しないの? しぶといにも限度があるわ!」
声を荒らげるブリュンヒルデさんに、俺は口端を吊り上げ答える。
「先程の威勢はどうしましたか? 貴方はペールセウスに対して軽く答えましたが、あのヒトの体力は俺の非ではないですよ。それに見えない剣を相手に、俺も迂闊に攻撃を仕掛けられないんです。俺にも攻撃手段は色々あるのですが、威力が高過ぎたり……それに普段通りの戦いをすると、みんなが何故か怒るんですよ……」
得意気に答えた俺であったが、最後の方では過去の事を思い出し口篭ってしまう。
俺の事を知らないブリュンヒルデさんは、身体を震わせた。
「あ、貴方は、ずっと、加減をして戦っていたというのかしら……屈辱だわ……」
「ち、違いますよ。俺は騎士とかでなく、ニンジャですから戦い方のスタイルに問題があるみたいで……!? わ、分かりました。それでは、いつも通り戦いますよ」
俺は後々の事を思って説明したのだが、ブリュンヒルデさんに水色の瞳で睨まれると普段通りの戦いをするしかないと悟る。
『ウォーター!』
俺が水魔法で身体の周囲を水の壁で覆うと、ブリュンヒルデさんの相貌は引き攣り首を傾げたが。
『ファイヤー!』
俺は構わず燃える男を発動させて、俺の周りの水を一瞬で蒸発させる。
すぐ近くには海があり、湿度が高い場所なので霧を発生させるのは容易だった。
しかも、今は夜でブリュンヒルデさんの視界を狭くするのは難しくない。
俺は呆けているブリュンヒルデさんに構わず、地面を蹴ると幾度もフェイントを掛ける。
動きに緩急をつけ、近づき攻撃するかに見せて離れたりと、ブリュンヒルデさんの周りを足を止めずに高速で移動した。
俺が仕掛けたフェイントと視界の悪さで、ブリュンヒルデさんは翻弄される。
段々、俺が通り過ぎた後ろを攻撃する様になった。
ブリュンヒルデさんには、俺の幻影が見えているのかもしれない。
興奮した状態で何度も空振りを繰り返したブリュンヒルデさんは、最早初めの頃の冷静な精神状態を保てていないだろう。
俺が意図した訳ではないが、真正面から打ち合うのではなく、精神面を揺さ振るなどの絡め手はニンジャ本来の戦いである。
俺は隙だらけになったブリュンヒルデさんの戦意を奪うため、仕留めに入った。
気配を消してブリュンヒルデさんの背後に立つと、軽く左肩を『ポンポン』と叩き、肩に手を載せる。
ブリュンヒルデさんは不意を衝かれるが、思わず何事かと首を左に捻った。
俺は肩に載せていた左手の人差し指を突き出していたが、ブリュンヒルデさんの頬に埋まる。
「引っ掛かりましたね」
俺は完全に背後を衝いてシテヤッタリと笑みを浮かべた。
ブリュンヒルデさんは頬を指で突かれたまま、口を半開きにして呆けていたが。
顔がみるみる赤く染まり、顔を引き攣らせると。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアア――!?」
これまでの騎士の振る舞いから乙女の様に悲鳴を上げ、右手で俺の左頬にビンタを浴びせた。
俺はこれまで両手の動きと剣ばかりに気を取られ、逆に不意を衝かれ尻もちをつく。
俺に不意を衝かれ、本当なら命を奪われても可笑しくない状況で、ブリュンヒルデさんの自尊心が傷ついたのだろうか。
顔を真っ赤に染め柳眉を吊り上げ、美しい相貌は怒りに歪んで見える。
勝利を確信していた筈の俺は、尻もちをついたまま恐怖に震えた。
ブリュンヒルデさんはそんな俺に険しい表情のまま、ずかずかと歩み寄る。
「ヒ、ヒィイイイイイイ――っ!? そ、そんな怖い顔をされては、折角の美人が台無しですよ……」
「う、煩い! よ、よくも……こんな侮辱を受けたのは初めてだわ!」
ブリュンヒルデさんは尻もちをついている俺に足を振り上げた。
俺は思い切り踏みつけられそうになり、身体を丸めて防御の姿勢をとるが。
「へっ!? な、何? 突然……キャアアアアアアアアアアアア――っ!?」
ブリュンヒルデさんは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げるが、すぐに悲鳴に変わった。
俺はまたしても身を守るために、無意識に破廉恥魔法を発動させてしまったのだ。
ちなみに、無詠唱の破廉恥魔法は防御のためで、周囲を覆うだけだが威力は高い。
ブリュンヒルデさんは不意を衝かれたこともあり、腰から太股を覆っていた鎧が風圧で捲れ上がり、その下に履いてミニスカートも舞う。
俺の目の前には、ブリュンヒルデさんの水色のパンツが顕になった。
俺は呆然とパンツを眺めていたが、ブリュンヒルデさんは赤面したまま必死で鎧とスカートを押さえる。
「も、もう止めてー! わ、私の負けでいいから、早く!」
ブリュンヒルデさんの乙女の悲鳴を聞き、俺はハッとして魔法を解除させる。
そして、これまでの最高の動きでドゲザをした。
「ス、スミマセン! わざとではないです! ビンタされた後も凄く怖い顔をされていたので、怖くて怖くて……無意識に魔法が発動してしまったんです!」
ブリュンヒルデさんは、ペンドラゴン王宮の偉い人たちを震撼させた俺のドゲザに誠意を感じたのか、相変わらず顔を紅潮させ身体を震わせたままだが動かない。




