3.会談
「コテツのことは分かってもらったみたいですから、話を進めさせてもらっても良いですか? この席は会談のために設けたのであって、喧嘩を売るためではないですからね」
俺はこれ以上自分が巻き込まれない様に、前以って念を押す。
「その会談ですが、極東の男は具体的に何を話し合うつもりなのでしょう。何か我らに有益な条件を出してくれるのでしょうか? 戦いは我らの軍が圧倒的に優勢です。こちらに不利な条件は一切認めません」
スクルドさんが、昼間と同じように微笑み浮かべている。
俺はやっと本題に入れてホッとし、スクルドさんと同様に微笑を浮かべ返答する。
「はい、まずそちらの侵攻ですが、こちらの領土を占領することにあると思います。ですが、出来るだけ被害を小さくする様に配慮されていますね? その理由ですが、貿易拠点とする地を壊滅させると復興が大変であること。次に強い武力で占領した国が、今後貿易先を得られるかの懸念。最後に南側の周辺諸国から、逆に武力侵攻される危険性が考えられます」
俺の話をゲンドゥルさんとゲイルスケグルさんは静かに見つめていたが、スクルドさんとブリュンヒルデさんは違った。
ブリュンヒルデさんは双眸を細めて睨んでいたが、その眼光が強くなる。
スクルドさんは双眸を見開き、何か言い掛け口を開け閉めしていたが。
目の前に座っていた事もあり、前のめりになって俺に顔を近づけた。
俺は二人の反応を見て余裕ある態度を見せようと。
「スクルドさん、美女に顔を近付けられると、緊張するので控えて欲しいのですが……!? イッテー! 何するんですか?」
俺は左手を振りながらアレスを睨むが、アレスは相変わらず笑みを湛えている。
俺の突然の言動に面食らったのか、二人の美女は目を丸めていたが。
「……失礼しました。ところで以前から気になっていたのですが、貴方が突然可笑しな言動をされるのは、何か理由があるのでしょうか? 私は崖の上から見ていましたが、事前に準備された謀略だと思っていました。しかし、今の様子を見た限りでは違う様に思われます」
スクルドさんは俺に欺かれた事を気にしてか、ここぞとばかりに答え難い事を訊ねた。
「うん、それは僕から答えるよ。彼には言い辛いだろうからね……僕は彼に、他の神々を刺激しない程度のささやかな加護を与えているのだけど、彼が意味もなく格好をつけたり、神々を侮辱する様な言動をとると、左手首からお仕置きの電流が流れるようにしているんだ。でも、この事は内緒にしてくれないかな」
俺はアレスの屈辱的な説明に身体を震わせ怒りに耐えたが。
スクルドさんは引き攣った微笑を湛えたまま頷いた。
「そ、その件は理解しましたし、今回の作戦に関係がありませんので……ところで、極東の男は、何故先程の様な事を思いつかれたのか理由を聞かせて頂きたいわ」
「はい、元々この土地は時代が違えば、そちら側の領地になっていたかもしれません。でも、現状ではこちら側の領地となっています。勿論、これは例えばの話なのですが……。しかし、そちら側の主神さまは、それに納得されていないと思います。これは先程申し上げた利益以外の感情的な理由であります」
アレスは笑みを浮かべたまま双眸を細めたが、俺の際どい言い回しをぎりぎり許してくれたのか、双眸が元に戻る。
しかし、北欧側の面々は驚愕し相貌を顰め、こちら側もアリーシャとアウラが双眸を見開き、俺を見つめ動きを止めた。
「あ、貴方は……我らの主神の意思だと語りましたが、畏れ多いとは思わないのですか? まして、貴方は我らの主神にお会いした事もない他国の人間にも関わらず、どうしてその様な大言壮語を吐くのですか?」
これまで俺に話し掛けなかったブリュンヒルデさんが問い質し、俺を睨みつける。
「例え話だと申し上げましたが、不服がありましたら条約締結後に謝罪しましょう。――まずは、スクルドさんの質問にお答えします。現状で北欧の国々と南の国々とでは国交がありません。ですが、非公認とはいえ隠れて密輸は行われているでしょう。本来許されない事ですが、裏を返せばそれだけ双方に利益があるということです。ここまで話せば、賢明なみなさん方なら理解して頂けるかと思います。貿易拠点として、何としてもこの地を得たいところですが、あまり強引にとなると、先程説明した問題が生じてきますよね」
俺の話にブリュンヒルデさんは顔を引き攣らせているが、スクルドさんは頷いた。
「極東の男は元々商人だと耳にしていたけど、納得したわ。まさか、ここまでの見識を持っているとは驚いたけど……それで、そこまで分かっていて、具体的にどの様な事を考えているのかしら」
俺は、気にしている言葉を耳にして顔を引き攣らせるが。
アリーシャとアウラが頬を膨らませたのを見て、苛立つのをグッと我慢し説明を再開する。
「お互いの領土を割譲します……と言っても広域は無理なので、現在互いに軍を駐留させている場所くらいではいかがでしょう。勿論、互いの軍の展開の様子は極秘でしょうから、今後の交渉で具体的に決めることにします。そして、双方を通過する関税も同じか同程度に安くすることを推奨します。これは後々面倒事に巻き込まれる事を回避する事にも繋がりますが、まずは貿易の活性化が狙いですからね。後の事や細かな話し合いは、双方の話し合いで決められると良いでしょう。俺は専門家ではありませんから……」
俺は微笑を絶やさずに身振り手振りを交え、リズム良く聞き手の心象を考えて話した。
俺の説明に聞き惚れたのか、周りのみんなは呆然と俺を見つめる。
ブリュンヒルデさんが席から立ち上がり柳眉を寄せたが、
「あ、貴方は、何の権限を持って、そんな大言壮語を吐くのかしら? 先程から我慢していましたが、限界ですわ!」
俺に向かって声を荒げる。
それに対して、隣に座っていたスクルドさんも立ち上がると。
「お、落ち着いて頂戴。確かに極東の男が言っている事は、普通の人間が容易く口に出来ない事だと思うわ。ただ、あれ程の壮大な考えを人間が思いつくとは想像出来ないの。もしかしたら、極東の男の話には、あちらの神々の思惑が関与しているかもしれないわ。貴方もゲイルの報告を聞いたでしょう。あちらには、軍神アレスを呼ぶ声が響き、その突如、初めて敵軍が反撃に転じたわ。本当に軍神アレスが関わっていたかは不明ですが……兎も角、こちらにも有利な話である事も事実よ。一度神々にお尋ねすることが賢明だと思うわ。私たちが判断するには大き過ぎる案件よ」
参謀らしく色々な可能性を説明し、ブリュンヒルデさんを諌めた。
ブリュンヒルデさんは、スクルドさんに宥められ奥歯を噛み、再び席に着く。
スクルドさんの話しの最中で、ゲイルスケグルさんが何か言おうとしたが、笑みを浮かべるアレスに見つめられ口を噤んだ。
俺はゲイルスケグルさんの気持ちが良く分かり、労わる様に見つめ頷いた。
ふと、ゲイルスケグルさんと目が合い、その相貌から笑みが毀れる。
「カザマ、お気遣いありがとう」
これまでの緊張もあり、笑顔でお礼の言葉を掛けられて頬が緩む。
「そ、そんな、たいしたことないですよ。ところで、俺も親しみを込めて、ゲイルさんと呼んでも……あっ!?」
俺は頬を掻きながら答えて、硬直する。
俺の仲間たちはビアンカを除いて顔を強張らせ、俺を見つめた。
ゲイルスケグルさんの笑みから口端が吊り上る。
「お前、馴れ馴れしいぞ! それに、何が可笑しいんだ! 今、俺を見て笑ったな! それに、お前の名前は『カザマ』だな……さっきから、ブリュンヒルデの顔をジロジロと嫌らしい目で見つめたり、スクルドには船の中に忍び込んだ時、如何わしいことをしたと聞いたぞ! 挙句の果てには、船から逃亡する前にゲンドゥルにも色目を使ったとも部下から聞いた。部下からの話も直接目にした訳ではないので気に留めなかったが……カザマ、俺と勝負しろ! 名前を隠しているみたいだが、勝負しないなら全軍に暴露するぞ。それに、俺は小難しい話は分からない。だから、俺に勝ったら、お前の名前を秘密にし、俺はお前の話に同意してやる」
ゲイルスケグルさんは険しい表情で立ち上がると、何を思ったのか俺との勝負を申し込んだ。
「ち、ちょっと、何言ってるんですか……勘違いだと……思いますよ。それに、怖い顔をしたり、美人なのに俺とか、一部のマニアが喜びそうな呼称は、止めましょうよ」
俺は顔を引き攣らせながら、ゲイルスケグルさんの勘違いを正そうとしたが。
「お待ちなさい! 生憎、極東の男……カザマの相手は、既に私と決まっています。コテツ殿から対戦の約束を受けていますわ」
「そうっすよ! 姉ちゃんとの決着はまだついてないっす! それに、マー君……!? 極東の男は、アタシが守るっす!」
俺は、ブリュンヒルデさんが声を上げて唖然とさせられたが。
ビアンカが続いて声を上げて、納得した。
色々と混乱し、間違った呼び方をした様子を見て、誰が俺の正体を暴露したのかすぐに理解したのだ。
だが、ビアンカが声を上げた事で、ゲイルスケグルさんの敵意がビアンカに向いた。
混乱する俺たちに、穏やかなお子様の声が響く。
「うん、大体状況は把握したよ。ゲイルスケグルはビアンカと戦うべきだ。まだ、戦いの決着は着いてないのだろう。それから、極東の男はブリュンヒルデと戦うべきだ。将同士の一騎打ちで決着をつけるのが良いだろうね。こちらが勝てば、極東の男の申し出通りに話を進めて欲しい。もし、そちらが勝てば、こちら側はそちら側の領土を受け取らず、先に話があったこちらの領土をそちらに譲ることにするよ」
アレスの話に全員が動きを止めるが、北欧側はゲンドゥルさん以外笑みを浮かべる。
「ア、アレス、勝手に話を進めて大丈夫なんですか……」
俺の心配を余所にアレスは何事もないかの様に微笑む。
「君は負けられないね。負けたら君が極東の男だと、あっという間に広まるよね。それに、僕は勝手に話を進めてないよ。ほとんど君が勝手に話を進めたのに、少し追加しただけじゃないか」
俺はアレスの言葉を聞き、開いた口が閉じなくなる程動揺し、硬直した。
アレスはすべての責任を俺に押し付けたのだ。
俺は衝撃のあまり言葉が出ずにいたが、俺たちの勝負は一時間後。
昼間に、コテツとビアンカたちが戦った場所で行われることになった――。




