2.歓迎
――テント。
俺はテントの中で、みんなを出迎えた。
「みんな、今日は迷惑を掛けて悪かった。それから、みんな良く頑張ってくれたな」
アウラとビアンカが俺の言葉を受けて誇らしげに笑みを浮かべる。
「うふふふふ……カザマはやっと私のことを認めてくれたのかしら」
「ああ……アウラ、お前の魔法は神さまたちから大魔導師にと薦められているのだろう。相手の魔法使いの人にも会ったけど、俺が話し掛けても返事が出来ない程、必死なようだったぞ」
アウラが相貌を顰める。
「わ、私は魔法のことじゃなくて、私自身のことを訊ねたつもりだけど……」
「ああ……アウラは本当に凄いよ。相手の魔法使いは、凄く豪華な杖を掲げていたが、アウラは両手を掲げているだけだったからな」
「私は、そんなことを聞いている訳では……!? 杖を使っていたの?」
アウラの双眸が見開いた。
「ああ……多分、アウラが考えている様な知り合いじゃない感じだったぞ。見た目が人種でエルフには見えなかったし……」
アウラは一瞬興奮仕掛けたが、今は落胆し俯いている。
「ビアンカも凄かったな。俺の魔法をいつ覚えたんだ?」
「はあっ!? 何言ってるんすか? あれはラウルのオジサンから教わったっす。それに、今日は途中で相手が逃げて行ったけど、次はアタシが勝つっす」
俺は、てっきり自分の破廉恥魔法を真似されたと思っていたので意外だった。
だが、俺の魔法はオリジナルでなく、他でも使われている事を知り破廉恥でないと知る。
「そ、そうか……それは残念だったな。それで、後から話すけど、今日はこれから相手の重鎮の方々と会談を開く予定だ。今日だけは先走った行動は控えて欲しい」
ビアンカは俺の話が難しかったのか、首を傾げた。
俺は、最後にアリーシャに顔を向ける。
「今日は色々と迷惑を掛けただけでなく、気を使わせてしまった……色々ありがとう」
「反省してくれたなら、何よりです。ところで、ビアンカに言ったことが気になったのですが、会談を開くというのは本当ですか?」
アリーシャが水色の双眸を細め、俺を強く見つめた。
「ああ、やはり俺の予想通りのようだ。そもそも、これだけの力の差がありながら膠着状態なのは可笑しいだろう。あちらは、きっと俺の提案に乗ってくるだろう」
「そうですか。上手くいったのなら良いですが、カザマがまた綺麗な女の人を相手に鼻の下を伸ばしてなければ良いのですがね……」
アリーシャの視線が冷たく突き刺さるが、
「な、何を言ってるんだ。綺麗な女の人だなんて……そんな訳ないだろう。みんな戦争をしてるんだぞ。そんな浮かれた態度をとれる訳ないだろう」
俺は肝を冷やすが、相手は半分神だろうと思い誤魔化した。
「コテツ、アレスも色々とありがとう」
「うん、僕はたいしたことはしてないけど、素直な君の態度に頷いておこう」
「うむ、私もたいしたことはしてないので構わないが、私が相手をしたブリュンヒルデが貴様と戦いと言っていたな」
アレスの返事には笑みを浮かべ頷くが、コテツの返事には苦笑を浮かべ固まってしまう。
何故ブリュンヒルデさんという人が、わざわざ自分を指名して戦いたいと言ったのか訝しく思ったが、取り敢えず会談のことを考えることにする――
――崖のテント。
陽が暮れてから二時間後、俺たちが全員でテントに移動して待っていると、敵の重鎮たちが現れた。
俺だけがテントの中から出て、こちらに足を運んでくれた方々を出迎える。
俺はテントの前に立つ敵の重鎮の中で、直接話を交わしたスクルドさんに声を掛けた。
「ようこそ! きっと、会談を受けてくれると信じていました。歓迎します」
俺は笑みを浮かべ、敵の重鎮をテントの中へ誘う。
「極東の男、我らの国々まで知られている貴方が、どの様な話をするのか興味があって参りました。予め言っておきますが、我らを誘い込み不意打ちをする様な愚かな真似だけは控えて下さいね」
俺の笑みは苦笑に変わるが、
「ええ……それは大丈夫です。騎士団長にも強く言っておきましたので、逆にその様な事が起きれば責任をとってもらうつもりです」
スクルドさんは微笑を湛え仲間たちとテントの中に入った。
テントの中では左右に向かい合う様に席を設けたが、右側が俺たちの席で左側が北欧の重鎮たちの席である。
俺の仲間たちはテントの中で待っていたが、北欧の重鎮が中に入ると椅子から立ち上がり、それぞれが戦った相手と視線を交えた。
コテツとリヴァイは面倒事を嫌い、アウラも恥かしがり屋で相手を挑発する様な心配はない。
しかし、ビアンカが興奮して何か仕出かさないか心配で、コテツに注意してもらっている。
こちらの面々は奥から俺の席で、隣にアリーシャ、アウラ、ビアンカの順だ。
ちなみにアレスは俺の隣に立ち、リヴァイはアリーシャの後ろでいつも通り腕を組んで立っている。
コテツはいつもの白虎の子供の姿になり、ビアンカの後ろで寝そべっている。
北欧の面々は奥から帯剣し黄金の鎧を纏う美女、隣に盾を持つスクルドさん、杖を持ち青色のローブを纏う魔法使いの美女、槍を持ち赤色の鎧纏った美女の順に席の前に立つ。
みんな美女揃いで、俺が憧れるワルキューレの神話通りである。
しかもスクルドさんが回復系の魔法が使えれば、そのままゲームパーティーとしても活躍出来そうなバランスの良さを感じ、自然と頬が緩む。
俺の気持ちを察してか表情に出ていたのか、アリーシャとアウラが俺を睨むので話を進める。
「そ、それでは、まず自己紹介をさせて下さい。俺は東の砂漠より、遥か遠い東の国から来た者で、極東の男と呼ばれています。次は……」
俺はアレスに自己紹介してもらおうと顔を向けるが反応がない。
仕方なく軽く肘で突き促すが、それでも反応がないので。
「俺の隣に立っているのは、アレスと言いますが、見た目通りの子供ではありません。とても偉い方なのですが、少々変わった性格を持つ本来はオッサン……!? イッテー!」
俺は左手を振りながらアレスを睨むが、俺の挙動不審な行動に剣と槍を持った二人の美女が構える。
「ねえ、君、気を遣ったつもりなのかもしれないけど、もう少し言い方があるよね。あまり不遜な言動ばかりだと罰を与えるよ」
アレスの笑みは先程までと変わらないが、俺には嬉しそうに見えて腹立たしい。
「それなら、自分から挨拶くらいしてくれればいいじゃないですか……俺は嘘をついた訳ではないのに、酷くないですか……」
俺は本当の事も言えずに悔しくて呟くと、北欧の二人の美女は相貌を顰める。
「し、失礼しました。私はアリーシャと言います。隣にいるアウラとビアンカと共に、賢者モーガン先生の弟子です。私の後ろに立っているのはリヴァイです。私に色々と良くしてくれています。ビアンカの後ろにいるのはコテツです。こちらの自己紹介は以上です」
俺の代わりにアリーシャが掌を差し向けて、次々に仲間たちの紹介をしてしまった。
俺はアレスを睨みながら立つ瀬ない思いに身体を震わせる。
北欧の側も、剣士ではなくスクルドさんが口を開く。
「崖の上での様子を見させて頂きましたが、アリーシャ殿が実質的な将の様ですね。しかも、我ら北欧の地でも名高い賢者モーガン殿の弟子とは合点が行きました。こちらの軍を押し返す采配も見事でしたが、極東の男よりも身分が上な様ですね」
「そ、そんなことは……ないですよ」
アリーシャは困った様に両手を振って見せたが、赤く染まった相貌に薄っすら笑みが窺える。
俺は嫉妬で益々昂るが、アリーシャが褒められている様なので我慢した。
スクルドさんが咳払いして話を続ける。
「コホン……私の左隣が将であるブリュンヒルデです。そして私は将が不在の間、全軍の指揮を任されているスクルドと言います。右隣はゲンドゥル、その隣がゲイルスケグルです」
他の三人はスクルドさんが紹介するのに合わせて、軽く頷いた。
俺は一通り自己紹介が済んだ事を確認して、笑みを浮かべ頷く。
「それではみなさん、簡単ですが互いの自己紹介が済んだ事ですし、席に付いて早速会談を進めましょう」
みんなを席に着くように促して、そろぞれが目の前の椅子に腰を下ろすが。
「アリーシャ殿、会談の前に宜しいか?」
「はい、何でしょう?」
「コテツ殿が見えないが、何か理由があるのですか?」
「えっ!? コ、コテツですか……」
ブリュンヒルデさんの思いも寄らぬ発言にアリーシャは困惑するが。
会談の責任者であり司会者でもある俺が無視されている様で、収まりつつあった怒りが蒸し返す。
「うむ、私ならここにいるではないか……先程もアリーシャが紹介して……戦いの最中に話したであろう。そこにいる極東の男が貴様の相手をする筈だったが、会談を開くということで、私が代役になった」
「はあーっ!? ト、トラの子供が……」
ビアンカの後ろで寝そべっていたコテツが返事をして、ブリュンヒルデさんは驚愕する。
「コテツさまはトラの子供ではないわ。大いなる風の神獣で仮の姿をしているだけなのよ」
「そうっす。コテツの兄ちゃんは獣人の姿になることも出来るっす」
コテツが馬鹿にされたと思ったのか、アウラとビアンカが相貌を顰めた。
ブリュンヒルデさんは状況を把握出来ないのか、口を開けたまま呆然とする。
俺は本来なら、この美しい貴人の思いもしない仕草に目を奪われるところだが。
先程から自分が誰からも相手にされていない様で、苛立ちを増していく。
「うむ、ブリュンヒルデよ。姿形などたいした問題ではあるまい。次は極東の男が相手になるから楽しみにしていると良いだろう」
コテツの言葉にブリュンヒルデさんは、正気に戻ったかの様に頷く。
「分かりました。神という言葉にも驚かされましたが、確かに強大な力を受けました。仮の姿というのも合点が行きます。貴方がそこまで言われるのでしたら……極東の男は、かなりの強敵なのでしょうね」
先程から苛立っている俺を睨みつけた。
俺は美しい双眸に見つめられ胸が高鳴るが、自分が意図しない展開に不安を覚える。




