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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十五章 北欧の侵攻からの防衛(後編)
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1.潜入

 俺は戦場に意識が集中し、警戒が薄くなっている敵の大型船に鉤縄を使い忍び込んだ。

 衣類は脱いで頭の上に縛っていたが、何度も波を被り濡れている。

 服を絞って着るが、冷え切った身体とムチでぶたれた傷に染みた。

 周囲の警戒をしつつ、装備の確認を終えると船内に浸入する。

 船内は船を動かすだけの最低の人員しかいないのか。

 時折船員とすれ違いそうになるが、隠れてやり過ごす。

 それが出来なければ気絶させて、ブリッジに向かう――

 

 扉の前に辿り着き、そっと扉を開けて中に入った。

 ブリッジには俺を笑った美女を含めて三人いるが。

 これだけ苦戦したのは初めてだったのか、狼狽している様子が伝わり、俺に気づかない。

 俺は隙だらけの敵の美女の背後を易々と取ると、

 「話が合って来ました。背後を取っていますが、敵意はありませんので安心してください」

 紳士的に美女を怖がらせない様に、微笑みを浮かべ声を掛けた。

 だが、敵の参謀らしき美女は余程驚いたのだろうか。

 「へっ!? イ、イヤアアアアアアアアアアアアアア――!?」

 素っ頓狂な声を上げるとみるみる顔が赤くなり、大声を上げ俺にビンタを浴びせた。

 「イッテー! そ、そんなに驚くことないでしょう。俺は敵意がないと言ったし、背後をとっているのに武器を持ってもいないのですよ」

 俺の訴えを聞き、少し落ち着いたのか言い訳染みた話を始める。

 「い、いえ……私は恐怖で声を上げたのではありません。いきなり私の背後に、厳つい顔の男が立ち、声を掛けてきたので驚いたのです。本来、我らに断りもなく近づくことは許されないのですが……あなたは、極東の男ですね。その厳つい顔立ち、みすぼらしい衣類。先程も遠くから見ましたが、噂どおりですね。――しかし、あなたは今回の進攻において、仲間内で揉めていたのか、手酷く扱われ退却した筈では……!? そ、それより、あなた、どうやってこの船に……!? 良く見ればずぶ濡れに……まさか、船で敵軍の真ん中を進入してきたのですか?」

 敵の参謀は次々に疑問で溢れ混乱したのだろうか、あれこれと語り出す。

 俺の紳士的な微笑は苦笑に変わった。

 「お、落ち着いてくれませんか。俺はあなたが言う様に、極東の男と呼ばれています……まずは、あなたの名前を教えて下さい」

 「わ、私は決して取り乱していません……いいわ、私の名前を教えましょう。私は、あなたが言う通り、参謀をしている『スクルド』と言います。私と直に話せる事を光栄に思いなさい。ところで、私が先程訊ねた事ですが……」

 俺はスクルドさんという名前の美女の態度にイラっとするが我慢する。

 スクルドさんは俺の見立て通り、敵軍の参謀らしいが目立った武器を所持してない。

 その代わりアテナさまの盾程ではないが、神々しく感じる盾を所持していた。

 見た目は俺より少し年上に感じられ、北欧の女性らしいストレートの銀髪。

 青色の瞳と整った顔立ちで、間違いなく美女と言えるだろう。

 細身の身体で起伏は大きくはないが、水色の綺麗な衣類から美しい身体のラインが窺える。

 俺は決して嫌らしい視線を送った訳ではないが、敵の情報を得るために頭から足先まで見渡した……。

 

 それから一通り評価も終わり頷くと、先程の続きを話し始める。

 「俺が仲間から手酷く扱われるのは日常的な事です。揉めていた様に見えたのは、それを踏まえた俺の作戦です。俺は周りでどの様に思われてるか知りませんが、あなたが想像出来ない様な辛い目に遭っているのです。……だから、俺の顔を厳ついとか、みすぼらしい格好とか、あまり酷い事を言うのは止めて下さい。それに俺は、船で来たのではなく泳いで来たのですよ。――それより講和条約の提案があるので、俺の話を聞いてくれませんか?」

 俺の話を顔を引き攣らせ聞いていたスクルドさんは、俺が泳いで来たと言い始めた辺りから青色の瞳を見開き、身体を震わせ始めた。

 「はあーっ!? あ、あなたは、一体何を言ってるのかしら? 泳いできたとか……講和条約ですって……」

 俺はスクルドさんの背後を取り、有利だった状況が一変する。

 スクルドさんは俺に思い切り顔を近づけ、俺の両肩を掴むと前後に揺すった。

 「や、止めて下さい。ち、近いです。近いですよ! 本当ですから、落ち着いて!」

 俺の叫びに正気を取り戻したのか、頬を赤くして背中を向ける。

 周りの船員は呆気に取られたかの様に動けずにいた。

 俺は知らない美人に言い寄られて、ドキドキして頬を赤く染めるが。

 「分かってくれたみたいで嬉しいです、ありがとうございます。俺は今、戦場になっているデンマルク王国のこの周辺と、そちらの国の対岸の一部を独立した貿易都市とする様に提案します。そちらは、すべてを……と主張するかもしれませんが、まずはこれで手を打つ事をお勧めします」

 スクルドさんは振り返えると、再び俺の両肩を掴んだ。

 「はあーっ!? あなたは、何を言ってるのですか! 冗談ですよね? いえ、冗談でこんな話をすれば、タダでは済まされないと分かってますよね!」

 そして顔を近づけ大声を上げると、またも俺の肩を揺すった。

 「ヒィイイイイイイ――っ!? ち、近いですよ! それに冗談じゃないです!」

 俺は興奮するスクルドさんの熱気に当てられ、声を上げる。

 「はっ!? イヤアアアアアアアアアアアアアア――!?」

 再び正気に返ったのだろうか。

 スクルドさんは声を上げるが、幾分ワザとらしく感じた。

 それでも先程と同じ様に、今度は反対側にビンタを浴びせる。

 俺の左右の顔が益々痛みを増す。

 「いい加減にして下さいよ! 幾ら美人でも本当に怒りますよ! 俺は今回の戦闘で、そちらの被害を極力出さない様に指示を出しています。嘘だと思うなら、今、戦っている方々に聞いて下さい。その上で会談を申し込みたいと思います。そちら側にとっても決して悪い話ではなく、無下にすればあなた方はオーディンさまからお叱りを受けますよ」

 俺の訴えが響いたのであろうか、スクルドさんの手と顔から力がなくなる。

 「な、何故、我らの主神の名前を知っているのですか……」

 「お、俺はこの国の人間ではありません。遠い東から来たのです。この国の人が知らない事を知っていても可笑しくはないでしょう」

 「確かに、あなたは極東の男でしたね……ですが、それを可能とする根拠はあるのですか……」

 俺は胸に掛かっているアフロディーテさまから借りたネックレスを見せると、スクルドさんの青い瞳が見開く。

 「た、確かに、これには強い神聖な力を感じますが……」

 「俺もこれを見せた事で、アフロディーテさまからの依頼だとは言いません。あなた方が知らない女神さまですからね。但し、この神器で、俺が神々と繋がっている事を想像出来るかと思います。その上でお伝えします。俺は、女神の女王と言われるヘーラさまから、俺の願いを叶えて頂く約束を受けています。神々の名前を語るのですから、嘘ではないと信じて頂きたいです」

 俺はスクルドさんに、今回の会談の首謀をアフロディーテさまだとチラつかせ、その上でヘーラさまの名前を出した。

 どれも嘘ではないが相手の方にしてみると、ふた柱の強大な女神の後ろ盾を感じさせるであろう。

 「い、いいでしょう。確約は出来ませんが、三にんが帰還した後で話をしてみましょう」

 スクルドさんから先程までの赤面した姿はなく、左手に顎を載せ頷き考えるさまは参謀らしさを窺わせる。

 俺が同じ仕草をすると何故か叱られるので羨ましくもあるが、取り敢えず話は進む。

 「では日没後、二時間後に、先程俺たちがいた崖で、そちらの重鎮とこちら側が話し合う事でよろしいでしょうか? 場所はそちらから見て敵地となりますが、悪くない場所だと思います」

 俺は静かに右手を差し出すが、スクルドさんは頷くばかりで反応がない。

 俺は先程から俺より年上の割りに、態度が幼く見えるスクルドさんを気遣い。

 俺の方からスクルドさんの手を握り、握手を交わす。

 だが、スクルドさんの青色の双眸が見開く。

 「イ、イヤアアアアアアアアアアアアアア――!? 何するの!!」

 今度はビンタではなく、コブシを受けた。

 興奮するスクルドさんに、俺は船員さんに助けを求め引き剥がしてもらう。

 しばらくしてスクルドさんが握手を理解してくれて、俺はやっと引き上げる事が出来た。

 しかし、帰りも会談の手筈を整えただけで安全が保障された訳ではない。

 しかも、このタイミングで敵軍に攻撃を中断されると、会談を知らない敵軍と鉢合わせするので困る。

 会談と帰りの事を気に掛け船から海に飛び込もうとして、アウラと対峙している魔法使いの人に目を留めた。

 

 先程は忍び込んだので会うことが出来なかったが。

 俺は周りを気にしながらも、ゆっくりと魔法使いに近づく。

 後ろから声を掛けようとすると両手を掲げるアウラと違い、煌びやかな杖をアウラの方に翳している。

 今もアウラが引き起こしている竜巻に対して、ブリザードを起こしぶつけている。

 「あのーっ……今、あなたが戦っているアウラの仲間の者ですが、スクルドさんと話しが終わったので挨拶をしに来ました」

 俺は慎重に後ろから声を掛けたが、魔法使いは顔だけ俺に向けた。

 アウラの魔法と互角に魔法を行使させているので、俺を相手に出来ないのだと窺える。

 崖から見た姿は青色の衣装が印象的だったが、この魔法使いは青色の瞳と髪の清楚な美女という印象を受けた。

 「俺は極東の男と呼ばれていますが、あなたが相手をしている俺の仲間の名前はアウラと言います。彼女は、本当はあなたに会ってみたいと考えていて、戦うのは本意ではありません。先程スクルドさんに会談を提案しましたので、お手柔らかにお願いします」

 俺の紳士的な挨拶と話に魔法使いの女性は軽く頷き、再び正面に顔を向ける。

 これまで情熱的な女性ばかり相手にしていたので、その仕草に奥床しさを感じる。

 俺は魔法使いの女性とも簡単だが挨拶を済ませ、潜入の目的を果たすと海に飛び込んだ。

 先程と同じ様に飛び込む前に、服を頭の上に括り付けている。

 俺は行きと同様に、戦闘が行われる中を泳ぎ引き返した――。


 俺は荒れる海を泳ぎ、何とか陸地へ辿り着く。

 そして、先程同様に頭に載せていた衣類を絞って着ると、久々に燃える男を発動させた。

 仲間の兵士たちが俺を怯えながら見つめるが、構わずに野営地に向かう。

 野営地に着く頃には衣類も乾き、魔法をキャンセルさせる。

 野営地の兵舎に入ると、騎士や騎士団長から熱烈な歓迎を受けた。

 「流石は極東の男だ! これだけ攻勢に戦いが進んでいるのは初めてです。貴方だけでなく、貴方の仲間も素晴らしい。それに兵士たちの間で、軍神アレスさまが現れたと噂が流れ、右翼の軍は嘗てない程に士気が上がっています」

 騎士団長が瞳を輝かせ情熱的に語り掛けるが、逆にこれまでの悲惨さが伝わってくる。

 「そうですか、俺の仲間たちは優秀ですからね。それより、一時の優勢に喜んでばかりもいられませんよ。俺は今日の戦いを見て思いました。普通に考えれば、こちらの軍は一日で壊滅させられていましたよね。今日まで膠着状態が維持出来たのは、何故でしょう?」

 俺は歓喜に震える騎士や騎士団長に敢えて苦言を述べた。

 周りの雰囲気が一気に静まり返る。

 「そ、それは……我が軍の決死の覚悟が敵軍に伝わり……」

 「騎士団長、そういう精神論は必要ありません。そんな事を言っているうちは、戦いは何も変わりありません。俺たちがいなくなれば、元通りですよね」

 俺の苦言に騎士たちは俯き、騎士団長は奥歯を噛み何か言いたげであるが言葉が出ない。

 「た、確かに、その通りかもしれません……ですが、我らにも敵軍の意図が読めないのです。勝てないながらも負けることもないので軍を留めています……確かに、被害が出るばかりの状況です」

 「騎士団長、先程の無礼な発言を許して下さい。俺は現状をどの様に理解されているのか知りたかったのです。騎士団長の言われた様に敵軍の動きは不自然です。あれだけの力を持ちながら、積極的に侵攻する様子が見えません。俺には強大な力を見せつけ、こちらの軍を撤退させようとしている様に見受けられます」

 俺の発言に俯いていた騎士たちが顔を上げ、騎士団長は怪訝な表情を浮かべる。

 「極東の男、貴方の言っている事は理解出来ますが、敵は何が目的で攻撃しているのでしょうか?」

 俺は微笑を浮かべ、口端を吊り上げる。

 「騎士団長、まさにそれが一番の問題なのです。敵軍の侵攻目的が分からなければ、こちらは作戦を立てる事が出来ません。そこで、俺から提案があります。俺は敵の騎士団長クラスの相手と会談を開きたいと思います。敵がこちら側に進攻して来ないのは、国の征服が目的ではないと思います。上手く行けばこれ以上の被害を出さず、逆に今後は国にとって、利益を上げる事も出来るかもしれません」

 「はあーっ!? そ、そんな事が出来るのですか? 急に会談を開くなんて、敵に降伏するのと同じではないですか? それに、言いたいことは何となく分かりますが、我が国に利益を上げる事が出来るのでしょうか?」

 騎士団長が驚愕から声を荒げ、騎士たちも余程驚いたのか動きを止めた。

 「騎士団長、みなさんも落ち着いて下さい。それを為すのが作戦であり、戦略なのです。俺は既に会談の手筈を整えています。それから、今日はこちらが優勢でしたから、決して降伏する様には思われないでしょう。みなさん方にも立場あるでしょうから……」

 俺の言葉に周りの騎士たちの表情が緩む。

 それぞれが高い身分と立場があり責任を考えるが、心象が悪くならないのは有り難いことなのであろう。

 「極東の男、貴方の意見はもっともだが、私には敵の騎士団長と会談をする権限も能力もありません。どうすれば宜しいか?」

 「騎士団長、俺が会談を纏め、神々から国王に知らせてもらうことにします。俺が責任を持ちますので、先程俺がいた崖にテントを作ってもらえませんか? 会談は陽が暮れてから二時間後に行われます。急いで準備をお願いします。ちなみに不意打ちなどを考える卑怯者は、こちらの軍にいないと思いますが気をつけて下さいね」

 俺の余裕ある言動に騎士団長は戸惑いつつも同意し、部下に命じてテントの準備は始めた。

 俺は会談後、報告に出向くことにして、一度自分たちのテントに引き上げる――。

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