2.北欧との境界
――デンマルク王国。
ゲルマニア帝国の北部を抜け、海が見えてきたが。
北から吹き寄せる海風が肌に染みる。
俺たちは北に向けて突き出た陸地と島々の空を進み、王都の上空を通り過ぎる。
この国の建物は暖色系の色合いが多く見られ、伝統を感じさせる風情を受けた。
だが北欧の玄関口に来た割に、オーストディーテ王国よりも温かく感じる。
先の国はアルヌス山脈に囲まれて、標高が高いためであろう。
それでも、冷たい海風を受けるこの国は、氷の冷たさを感じさせた。
ヘスティアさまと同じ様に、ヘファイストスさまも火に関わりがある神さまだけに、寒い国を好まれたのだろうかと脳裏を過ぎる。
アレスに進路を聞きながら進んでいるが、いよいよ目標地点が近いようだ。
ちなみに、俺たちはワルキューレを撃退させる事が依頼であって、デンマルク王国軍の援軍という訳ではない。
わざわざ厄介ごとに巻き込まれそうな他国の軍に合流する必要はないが。
流石のアーラとルーナの速さを持ってしても、かなりの距離を飛行し陽が暮れようとしていた。
知らない土地で夜間戦闘する必要はないし、食事と休息が必要である。
俺はアレスと相談し、デンマルク王国軍に合流する事にした。
――デンマルク王国軍野営地。
俺は軍の拠点の前に降りると、周りの中で身分の高そうな兵士に声を掛ける。
「俺たちはアフロディーテさまから依頼を受けてやって来た。そちらの軍の加勢という訳ではないが、強大な力を持った敵を撃退する様に言われている。俺たちの強さは、グリフォンを連れている事で察しがつくだろう……とは言え、そちらの軍の面子もあるだろうし、挨拶をさせてくれないか」
いきなり軍の拠点にグリフォンが舞い降り、慌てふためいた兵士たちだったが、敵でないと分かると足早に兵舎に方に向かった。
ちなみに、コテツはここでも姿が見えない様にして着地したようである。
しばらくすると身分の高そうな騎士風の男に連れられ、兵舎に招かれた。
中では会議中だったのか、身分の高そうな騎士が机を囲んでいたが、一番奥にいる騎士が声を上げる。
「良くぞ参られた! 貴方が噂の極東の男なのだろう? みすぼらしい身なりだが……幾分小さめの体躯に、厳つい顔立ち、噂どおりだ!」
(馬鹿にしてるのか! 張り倒すぞー!)
俺はいきなり気にしている事を叫ばれ、心の中で激怒するが我慢した。
「あ、あの……俺たちは、アフロディーテさまから依頼を受けて……」
「大丈夫だ! すべて承知している。颯爽と姿を現し、弱き者たちを救うと何処かに姿を消すと聞いている。遠い異国から旅をされている様だし、口に出せない理由があるのだろう」
兵舎の中で軍の指揮を取っているだろう将軍らしき騎士は、俺の話を聞こうともせず勝手に盛り上がっている。
周りの身分の高そう騎士たちも瞳を輝かせ、興奮しているのが伝わってきた。
「い、いえ、それは確かに、そうなのですが……ア、アフロディーテさまの……」
「それ以上は口にしなくて結構です。貴方が、極東の男だと分かっただけで、我らは十分です」
俺は話が進まないので、自分が極東の男である事を認める。
そして肝心の依頼内容を話そうと、アフロディーテさまから預かったペンダントを見せようとするが、将軍らしき騎士は俺の話を遮り、続く言葉を言わせてくれない。
もしかして、俺がアフロディーテさまの名前を使っている事を信じていないのか。
それとも俺に何かしらの理由があり、嘘をつこうとしていると思ったのか。
どちらにしても歓迎されている様なので、アフロディーテさまの名前を出すのを止める。
「ところで、戦況を教えて欲しいのですが……」
「はい、奮闘していますが……こちらが圧倒的に押されています。あちらは、英雄級の強敵を数人配し、こちらの通常兵力では全く太刀打ち出来ない情況です。あちらの国には十人程の英雄級の力を持った者がいると聞いていますが、今回の戦闘には四人が参戦しているようです」
将軍らしき騎士は視線を落とし、身体を震わせながら教えてくれた。
余程強いヤツラなのか、これまでの悲惨な戦闘が伝わってくる。
俺は左拳を顎に載せ、話を聞きながら相槌を打っていたが口を開く。
「なる程、将軍、これまでの無念な気持ちは伝わりました。ところで、敵の主戦力と一般戦力がどの様な感じなのか。それから、敵の攻撃がどの様に行われているか教えて頂けませんか?」
俺が急に敵の戦力と戦法を訊ねたためか、将軍だけでなく騎士風の面々は驚愕するが。
「……は、はい……敵の指揮を取っているのは、後方に陣取っており、戦況を見ながら指示を出しています。纏っている装備と容姿から四人の中の一人の様に思われます。しかし、直接戦闘に加わってくる中に、他の三人より明らかに身なりや容姿が気高く、強大な力を持つ者がいるため、どちらの方が立場が上なのかは分かりません」
俺は黙って頷き、続く報告を促す。
「そ、それから……先程説明した戦闘に加わる者ですが、剣を使っています。動きの速さと力は人間離れし、戦いながら兵士たちの指揮も取っています。そのため、真っ先に倒そうと作戦を練るのですが、包囲すると強烈な斬撃を放ち、逆にこちらが大きな被害を受けます」
俺は再び黙って頷き、続く報告を促す。
「え、えーと……他の二人も明らかに装備や容姿が違いますが、一人は前線に出て攻撃を加えてきますが、槍です。凄まじい槍の技量を持ち、先程説明した剣士と同様に人間離れした動きと力もさる事ながら、盾で防ごうにも、どういう訳か攻撃が見えず、防ぐ事が出来ません」
俺は再度黙って頷き、続く報告を促すが。
俺の隣で身体を震わせ、俺の凛々しい姿を熱く見つめていたアリーシャが口を開く。
「それが人にモノを訊ねる態度ですか! 先程から黙って見ていましたが、少し有名になったくらいで調子に乗って、偉そうに人を顎で使うとは……私はそういう態度が大嫌いです!」
「ヒィイイイイイイ――っ!? ち、違う! 違うんだ! 俺は話を円滑に進める様に、相槌を打っていたんだよ。実際、いつもみたいに誰かが口を挟むより話が進んでいるだろう。俺の世界では常識的な事なんだ。そんなに感情的にならないで、結果を評価してくれないか?」
俺はあまりのアリーシャの剣幕に声にならない悲鳴を上げたが、すぐに建て直して自分の行いの正当性を訴えたが。
「わ、私は騙されませんよ。今日も散々アフロディーテさまにお叱りを受けていまいしたが、最後には何故か立場をひっくり返したかの様にしてましたね。嫌らしい……」
俺の正論に反論は無駄だと思ったのか、アリーシャは向きになり感情的になる。
俺は怒ったアリーシャを説得する言葉が見つからず、うな垂れた。
俺たちのやり取りを聞いていた将軍らしき騎士は、困惑した様子でアウラとビアンカに視線を移すが。
「あ、あのーっ……取りあえず、話の続きをお願いします……」
アウラは既に俺から離れており、ビアンカの後ろに隠れながら声を出した。
「え、えーっ……それで最後の一人は、後方で初めに話した指揮を取る者と行動を共にする事が多く、戦局を見てか、兵が引くと、吹雪の魔法を放ってきます。こちらは、それだけでも甚大な被害を受けるのですが……周りに伏兵を配し、逃げ遅れた兵士に弓で攻撃したりと姑息な真似を……」
将軍が気を取り直し、俺だけでなくみんなにも顔を向け話し出すが。
「吹雪の魔法ですって? それは、そんなに凄い魔法なのかしら?」
突然アウラが興奮し、ビアンカの前に出て興味を示す。
将軍は、瞳を輝かせ訊ねるアウラの迫力に押される様に答える。
「はっ!? はい……それはもう凄まじく、ブリザードの如く……」
アウラは頬を染め、俺に顔を向けると口篭る。
「カ……あ、あの……マー君? 私は魔法を使うとかいう相手に会ってみたいわ。もしかしたら、氷の精霊王のフェンリルさまの眷属かもしれないわ。他の集落のヒトとは会う機会がないから、会ってみたいの」
「カ……あ、あ……マー君? アタシも槍使いと戦ってみたいっす。攻撃が見えない程の相手と戦える機会は滅多にないっす。最近は、誰もアタシの相手をしてくれなくて、イライラしていたっすよ」
アウラに続き、ビアンカまでも俺に顔を寄せると、瞳を輝かせ鼻息を荒くした。
俺はアリーシャの視線を意識しながら、答えるが。
「わ、分かったから……マー君は止めてくれ。俺の事は、極東の男でいいから……そ、そうなると、剣の使い手の相手は、コテツかリヴァイにお願いすることになるかな?」
俺はまず初めに「マー君」という呼び方を止めさせた。
これはエリカにだけ言われて諦めているが、他の人に言われるのは耐えられない。
それから、他の二つはどちらにしても、誰かが相手をする必要があるので文句はない。
「うむ、今回、私はアウラの様子を窺うことにする。本当にフェンリルに関わりある者であれば、放置出来ない」
コテツの掌返しに俺の顔が引き攣るが、周りの騎士たちも顔を強張らせる。
白虎の子供が目の前で話したのに驚いたのだろうが、冷静に考えれば普通の虎の子を連れまわす筈がない。
コテツに続いて、これまで腕組みして偉そうにしていたリヴァイも口を開く。
「おい、お前、勝手に俺を頼るな。俺はそんな小者の相手をしたくない。それに、俺はアリーシャの護衛で忙しい」
俺は顔を歪め、周りの騎士たちも驚愕したのか声を出せずにいる。
コテツに続き、愛らしい子供の姿をしたリヴァイが、可愛い声で偉そうな事を口にしたのだ。
騎士たちの視線は残るアレスに移るが、
「ねえ、君たち、僕に何を期待してるのかな。僕も直接戦闘に関わることは出来ないよ」
話し方は偉そうであるが、声もその内容も子供らしいアレスに安堵する。
そこで、俺は気づいてしまう。
「ち、ちょっと待て、誰が剣士と戦うんだ? 俺はアリーシャの傍にいて、後方で戦いの様子を見守ったり、作戦の指示や立案をしたりと忙しいんだ。それに、こんな大軍勢に囲まれて、姿を晒せる訳ないだろう」
俺は慌てて残りの危険な役回りから逃れ様と声を上げたが。
「そんなに謙遜されなくて良いでしょう? 後方での指揮は、見た目は若く見えますが先程貴方を怒鳴りつけ、覇気を見せた……アリーシャ殿ですか? あちらも女性ばかりですし、特殊な存在だと分かります。極東の男を怒鳴られる方ですから、我らも従いますよ。本当は相手の剣士も目を奪われる程、美しい相手なので美しい女性同士の戦いも見たかったですが……」
将軍が俺を持ち上げる様に話し始め嫌な予感が漂うが、相手の剣士の話題になり、俺のやる気は一瞬で高まる。
「なる程、将軍、話は大体分かりました。こちらの士気を高めるためにも、俺がその剣士を相手にする方がいいみたいですね。但し、俺は無駄な戦いは極力避けたいので、まずは様子を見させて下さい。すぐに決着という訳には行きませんが、出来るだけ早く敵の攻撃を止めてみせましょう」
「おお、流石は極東の男! では、貴方たちにお任せしよう……それから、私は将軍ではなく、騎士団長です」
騎士団長は他の騎士と一緒に笑みを溢したが、一部俺の言葉を否定した。
俺たちはその後、ひとつのテントを貸し与えられる――。
 




