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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十三章 オーストディーテ王国
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7.美女神に拝謁

 神官がいなくなると、アレスが俺たちに指示を出す。

 「ねえ、君、いつもと同じ様に祭壇の前に膝を着いてくれるかな……君たちも対面することを許されたから、隣に並ぶといいと思うよ。コテツとリヴァイはアフロディーテも理解しているから、好きにしていて良いと思う。どうせ、害を為す事はしないだろうし」

 アレスの言葉を聞き、俺から順に膝を着き始めたが。

 コテツとリヴァイだけでなく、アレスもいつも通りである。

 アレスの言葉で害を為す事というのが気になったが、それどころはでないので聞き流す。

 今は、憧れのアフロディーテさまの事で頭がいっぱいだ。

 酷い目に遭わされそうだが、これまでも何度も災難に遭っていると割り切る。

 そして、祭壇の前から眩い光が生じ目を閉じた――


 ゆっくり目を開けると、ヘーベの時と同じ様に、自身と同じ姿をした女神像を背景に佇む姿があった。

 ウエイブのかかった長い金髪、豊かな双丘と臀部。

 腰と脚のラインはきゅっと絞まっている。

 整った相貌は美の女神に相応しい美しさであった。

 澄んだ青い瞳がこちらを見つめ、息を呑む。

 断りもなく顔を上げてはいけないのだが、その姿に目を奪われる。

 「みなさん、ようこそ。顔を上げて構いませんわ。既に顔を上げ、私の顔を見つめている方もいる様ですが……」

 微笑を湛え目の前に佇む女性に声を掛けられ、はっとした。

 俺だけ知らず知らず顔を上げてしまい、初めて会う女性の顔をガン見している。

 隣にいるアレスは苦笑を浮かべ、アリーシャとアウラの冷ややかな流し目が突き刺さった。

 アリーシャとアウラは目の前の女性に目を移すと、瞳を大きく見開き口が半開きになる。

 俺は自分を責める様な眼差しを向けたふたりに、口端を吊り上げた。

 「まずはアリーシャ殿、再び貴族になられた様ですね。これで家の再興も出来るでしょう。おめでとう……」 

 目の前の美しい女性はアリーシャに声を掛け、微笑から明らかな笑みへと変える。

 アリーシャは瞳をぱちぱちして直ぐに声を出さず、俺の方に一度視線を向けた。

 「……ありがとうございます。ペンドラゴン王から先祖の領地であったボスアレスとベネチアーノ一帯を任せると書簡を頂きました……以前ならば喜んで申し出を受けた筈ですが、今は正直迷っています。家の再興を果たしても、領地の民は喜んでくれるでしょうか。周辺諸国は混乱し、ご迷惑を掛けるかもしれません。それに今は……」

 そして再び、驚愕し呆然とその姿を見つめる俺に、視線を向ける。

 俺はアリーシャの潤んだ瞳を見て、幾分気持ちを落ち着かせた。

 「あ、あのーっ……お話の最中に恐縮ですが……」

 「ねえ、君、本当に恐縮だと思うなら、許可なく勝手に口を開くのは控えて欲しいよ。今回は何のためにここに来たのか分かっているのかい」

 アレスは相変わらず笑みを浮かべているが、その口調は厳しかった。

 「い、いえ、それは分かっていますが、まずはお名前を教えて頂きたいと思って……」

 笑みを浮かべるアレスの双眸が細くなるが、目の前の女性が口を開く。

 「アレス、良いのです。確かにまずは名前を名乗るが礼儀ですわね。ここに来たのですから、当然分かっているものと思っていましたが、本当に女性関係以外は狡猾ですわね」

 目の間の女性の笑みから、僅かに口端が吊り上ったのを見逃さない。

 「ヒィイイイイ――っ!? お、畏れ多いのは分かっていますよ。で、でも、初対面ですし。そ、それに、もし万一、神さま違いとかで、間違って名前を呼んでしまったら失礼かと思いまして……」

 俺は美しい瞳に見つめられ、その眼力に押し潰されそうになりつつも声を上げた。

 だが、目の前の女性は柳眉を顰める。

 「わ、わ、私を見て、誰かと間違えるですって……」

 その表情ですら美しいが、発せられた言葉に恐れ戦く。

 「ヒィイイイイイイ――っ!? ア、ア、アフロディーテさまだと思ってますよ。これ程美しい方は、当然ひと柱の女神さまだけだと存じ上げてます」

 目の前の女性の表情は一瞬で元に戻り、先程までの笑みを湛える。

 「そう、分かっているのであれば、余計な事は口にしない事をお勧めするわ。あなたには、後からお説教の時間があるから、その時にするわね。他のみなさんには、名乗らせて頂くわ。私の名は『アフロディーテ』……『愛』と『美』と『性』を司り、アレス程ではないけど、戦いにも関わりを持つわ」

 俺だけ目の前の女性から意味深な言葉を受け、呆然とするが。

 アリーシャとアウラとビアンカの三にんは再び頭を下げた。

 アリーシャが俺に気づいたのか、頭を下げた状態で囁くように声を掛ける。

 「カザマ、何を呆けているのですか。早く、頭を下げて下さい」

 俺は我に返ると、自分だけ頭を上げている事に気づき、

 「はっ!? わ、悪い。俺だけ、後から折檻を受けると思ったら、つい想像して……」

 そのまま普段通りの口調でアリーシャに返事をしてしまう。

 アリーシャとアレスが苦笑を浮かべるが、ゆっくり目の前に視線を移すと。

 「な、何ですって……い、今、あなた、何て言ったのかしら」

 アフロディーテさまの相貌が先程よりも険しくなっていた。

 「そ、そんなに怒っては、折角の綺麗なお顔が台無しですよ」

 「それはヘーベーにも言ったわよね」

 俺の表情は強張り、全身から汗を噴き出す。

 「ねえ、アフロディーテ、カザマを相手にしていたら話が進まないから、後からゆっくり過ちを正してもらう事にして欲しいのだけど……」

 アレスの言葉を聞くと、アフロディーテさまは表情を緩ませ、再びアリーシャに視線を向ける。

 「アリーシャ殿、私は今の国王を支持していませんわ。ゆくゆくはあなたに、王位をと考えています……一人では不安でしょうが、あなたは幸いにも心強い仲間たちがいますわね。……そろそろ偽りのあなたではなく、本当の名前を名乗る時期ではないでしょうか? 『アリーシャ・フォン・ハプスブルク』殿」

 俺は呆然とアリーシャを眺め、ふらふら立ち上がると大声を上げ、

 「……はあーっ!? ア、アリーシャが、大貴族で、王室の家系で……!?」

 事実を受け止める事が出来ずにぶつぶつ呟いてが、いきなり後頭部に衝撃が走り意識を失う――。


 温かく柔らかな感触が後頭部に伝わり、話し声が響いてくる。

 「……アウラ、あなたには、以前から『大魔導師』として世界のために尽くして欲しいと神々から要望があるのだけど、やはり返事は変わらないのかしら?」

 「はい、ヘーベーさまにもお伝えしましたが、私たちは風の精霊王に仕える身で、私たちの周りの自然や命を守る事は致します。――ですが、遠く離れた地で力を使うことは好まれません。私たちの存在は秘匿されるものであると、神々もご存知かと思います。……最近は、将来結婚する予定のカザマを助けるために力を使っていますが、これは自らの幸せを守る行為だと理解して頂けると助かります」

 頭の中にアフロディーテさまの声とアウラの声が響いてくるが、何だろう。

 アウラがいつもと違い、まともな事を話している。

 俺に対する事は相変わらずなようだが……。

 「分かりました……ヘーベーからも聞いていましたが、今回も保留としましょう。――次は、ビアンカ殿、顔を上げて下さい」

 「はいっす。アタシは特に、変わったことはしてないと思うっすよ……」

 ビアンカの声が頭に響くが、自信のなさそうな声が場違いだと感じられてビアンカらしい。

 「いえ、あなたはカザマを助け、これまで数々の功績を上げていますわ。何かしらの褒美を考えていますが、あなたには関心がなそうですし……最近肉親のラウル王と再会を果たしたと聞いています……ですが、確かな証拠がなく、周辺諸国で疑いを持つ者もいるようですわね。勿論、ビアンカ殿やラウル王には関係ない事ですが、後々災いが降りかかるかもしれませんわ。そこで、正式に神々から、あなたの立場を保証しようかと思いますわ。これで憂いがなくなるでしょう」

 「うーん……良く分からないっすが……知らない人からモノを貰ってはダメだとモーガン先生から言われているいるっすよ」

 ビアンカは困った様に返事をしたが、女神さまに対する返事としてはどうなのだろう。

 俺は先程まで頭の中に響いてくる話し声を黙って聞いていたが、不安を覚えた。

 「ビ、ビアンカ! 女神さま相手に不遜な……!? あ、あれ……アリーシャ?」

 俺は声を上げビアンカを叱ろうとしたが、飛び起きようとして動きを止める。

 目の前にアリーシャの顔があり、俺は膝枕をされていた。

 俺を見つめるアリーシャは頬を染めており、俺も恥かしくなり視線を逸らす。

 しかし隣では、アウラが冷ややかな視線を俺に向けている。

 アウラの視線をスルーして、更に奥を見るとビアンカがアフロディーテさまと俺を交互に見つめ、困惑している様子が伝わってきた。

 「お、俺は……!?」

 俺が声を上げようとすると、アリーシャの隣からリヴァイの姿が近づき。

 膝枕されている俺の胸倉を掴むと左右の頬にビンタを浴びせ、またも意識を失う――。


 「……コテツの話は分かりました。ヘーベーとアレスから聞いている通りですわね。それでは、次はリヴァイですが……」

 「おい、お前、調子に乗るなよ。俺はカザマの主にも言っているが、カザマに召還されたからといって、カザマのためだけに存在している訳ではない。それでも手の掛かる男だから色々と面倒を見てやっているが、それだけだからな……」

 またも頭の中に声が響いてくるが、リヴァイがいつも通り偉そうな事を言っていた。

 「ヘーベーとアレスから聞いていた通りですね。ひとつ訊ねたいのですが、アリーシャ殿を大層気に掛けている様ですが、理由を教えては頂けませんか?」

 アフロディーテさまもコテツやリヴァイには、それなりに気を使っていると分かる。

 それよりも、今の言葉は俺もずっと気になっていたことで、夢の中で息を呑む。

 「おい、お前、あまり調子に乗るなよ。たいした理由じゃないから、自分で話す気はなかったが、特別に教えてやる。嘗てアリーシャの先祖の中で、俺と縁があった者がいた……詳しくは言えないが……思いあがるなよ!」

 リヴァイは俺の夢の中でも身体が小さいせいか、自分を尊大に見せたいらしい。

 自分で話しておいて、途中で周りを威嚇する様に声を上げている。

 静かになったようだが、またアリーシャに宥められているのだろう。

 「おい、お前……そ、それで、俺はその男の姿を借り、本来の姿を隠している。だが折角、偶然召還された世界で、その子孫がいたんだ……少しだけ力を貸すのも吝かではない……」

 リヴァイが口篭ったが、尊大な口ぶりの割りに優しい言葉を吐いて照れたのだろう。

 それにしても俺が召還させた世界で偶然とはいえ、その子孫に出会うとは運命を感じる。

 きっと、リヴァイもその様に感じたのだろう。

 俺は夢の中でリヴァイに笑みを浮かべ、大人が子供を見守る様な優しい眼差しを向けていると……。

 「おい、お前、さっきから眠っているくせに、ニヤニヤして気持ち悪いぞ!」

 俺は上半身を起こさせる感覚が生じた後、左右の頬に衝撃が走り目を開けた。

 そこには、夢の中で見た光景と同じく、リヴァイが俺の胸倉を掴んでいる。

 俺はアリーシャに膝枕された状態のまま……アリーシャは必死にリヴァイを宥めている。

 「おい、お前、今回はこのくらいにしてやるが、あまり調子に乗るなよ。それからお前は、最近また以前よりも丈夫になってないか? 顔が腫れるのは体質だろうが、初めて会った頃なら死んでる筈なのに、もう目が覚めるとは……お前、どんどん人間離れしてるな」

 「よ、余計なお世話ですよ! 大体、リヴァイが俺の事をすぐ殴るから耐性がついたのではないですか? そもそも俺はニンジャなのに、こんな丈夫な身体になるなんて、騎士とかなら良かったのに……」

 俺は望んで地味な役割回りになった訳ではないのに、不条理な世界を嘆いた。

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