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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二章 修行と異世界での日々
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6.通い弟子たち

 「今のはアウラじゃないかしら? カザマ、良く気づいたわね?」

 状況に気づいたカトレアさんが教えてくれ、俺は訊ねた。

 「何となく気配というか視線を感じたんですよ。特に敵意の様なものを感じませんでしたが……ただ、急にイラっとしたんです……ところで『アウラ』って、誰ですか?」

 「アウラは……私も良く知らないわ? 彼女は凄く人見知りみたいで、私は数回しか見掛けたことがないわ……アリーシャ、あなたはどうかしら?」

 「はい、たまに会いますよ。誰もいない時か、私の他にビアンカしかいない時にですが……アウラはビアンカと仲が良いです。私もビアンカと仲が良いので、自然に……彼女も人間、特に男の人が苦手なようです。決して嫌いという訳ではないと思いますが……」

 アリーシャの説明を聞き、俺は何となく思い浮かんだことを訊ねる。

 「もしかして、アウラは仲間に入りたいけど、恥ずかしくて遠くから見てる感じなのかか? それとも子供か?」

 「ひ、人見知りなので、そんな感じだと思います……それから、年齢は私より二つ年上なので、カザマと同い年だと思いますよ」

 「そうか、それで俺たちと同じ世代のやつが、幾ら恥ずかしいからって、何でこんな事をしてるんだ。変わり者か、暇なやつなのか?」

 「いえ、そういう訳では……ないと思います。彼女はエルフで、ここから離れた森の集落で暮らしています。以前ビアンカが遠くまで遊びに行った時にお世話になったそうです。ビアンカと知り合ったのがきっかけだったのか……集落の外で見聞を広めたいと思う様になったみたいです。そういった経緯があってか、毎日こちらに転移魔法で通い、勉強する様になったみたいです」

 アリーシャも何となく知っている程度なのか、所々自信が無そうに説明してくれた。

 少し気になった程度なので、今の説明で十分満足であったが、

 「今、何て言った? エルフと言わなかったか!」

 俺は思わず興奮して訊ねた。

 街や村の道中で見掛けたが、ファンタジー世界の代表的な存在であるエルフ。

 (出来れば知り合い、友達になりたい……!)

 アリーシャは俺の言葉に訝しさを抱いたのか。

 「アウラはエルフですが……一応説明しておきますね。この国は種族の差別は禁止されています。それから、午後から勉強に来る子も人間種ではないですよ」

 「はっ!? いや、違うんだ! アリーシャ、誤解だ! 俺の国にエルフはいないから、知り合いになれないかと思ったんだ!」

 俺はあらぬ誤解を受けたかと思い、必死で弁解した。

 (エルフは美人が多い!)

 但し、心の声は秘密にする。

 「そうですか……運が良ければ会えるかもしれませんね……」

 アリーシャはまだ疑っているのか、何となく歯切れの悪い口調だった――。


 結局、その後の魔法の練習は中止になり、俺たちは書庫に戻った。

 カトレアさんは、俺の魔法のことを色々と考えたみたいだが。

 綺麗な顎に右手を添え、首を傾げながら困った様に口を開く。

 「カザマ、魔法の練習はモーガン先生に相談してからにしましょう……」

 俺は予想外の展開となり呆然とする。

 午前中はそのまま何事もなく終わり、カトレアさんは昼食のため一旦帰宅した。

 ちなみに、ビアンカは勉強が嫌いで昼間は帰って来ないそうだ。

 モーガン先生も外出中のため、昼食は俺とアリーシャだけになった。


 ――昼食。

 昼食は簡素にパンと乾燥した肉である。

 特に準備の必要はないので、昼食の手伝いは必要なかった。

 テーブルに向かい合い二人でいるが、全く会話がない。

 何となく、アリーシャの機嫌が悪い様な気がする。

 (もしかして、さっきの事を誤解したままで怒ってるのか? それとも……パ、パンツのことか……)

 俺はアリーシャの顔をちらちらと見ながら、アイコンタクトを試みた。

 アリーシャは俺の視線を感じたのか、

 「アウラのことが気になりますか? 彼女はそれはもう綺麗ですよ。カトレアさんの事も嫌らしい目で見てましたね……ビアンカとも良い感じの様ですしね……フラグ立ちまくりですね……」

 決して声を張り上げる訳でもなく、ただ坦々と棘のある言葉を俺に突き刺した。

 アリーシャの言葉を聞き、俺は慌てて何も考えず思ったことを口にしてしまう。

 「違うんだ! 確かに、アウラはどんな感じか気になる。カトレアさんも大人っぽくて綺麗だなと思う。ビアンカもモフモフしてる感じとか、少ししか話してないけど気兼ねなく話せる感じとか良いと思う……でも、アリーシャは、妹っぽくて良い感じなんだよ!」

 「はー……」

 アリーシャは軽くため息を吐くと、

 「そういう言い方をされると、私が子供みたいに感じます……い、一応、私は結婚出来る年齢なのですが……まあ良いでしょう。カザマは色々と気が多いみたいですが、それだけみたいですから」

 小さく笑みを浮かべた。

 俺は訳が分からずに訝しげな表情でいたが、

 「うふふふふ……冗談はこのくらいにして本当のことを言うと……先程のカザマの魔法を見て、凄く驚いたんです。初めてであれだけの威力、何より使い方です! 私にはマネ出来ないし、カトレアさんも驚いていたので、少し嫉妬してしまいました」

 アリーシャは照れくさそうに話してくれた。

 「何だよー! 脅かさないでくれ! 俺はもしかしたら、パン!?」

 俺は慌てて口を閉じ、アリーシャから目線を逸らす。

 「はあー……全く、アナタという人は……まあ良いでしょう。その件は、今回限りですからね。その変わり……その、近いうちで良いので、魚をとって来てくれませんか? ビアンカは狩りが得意ですが、肉ばかりで……魚はあまり好きではないみたいなのです。もう少し食事のバランスを良くしたいと思って……」

 「よし! 分かった! アリーシャ、良い子だ!」

 俺はアリーシャに初めて会った時にも行った『グッド』のポーズをとり、暖かい眼差しを向ける。

 だが、アリーシャは顔を赤く染め頬を膨らませて、大声を上げた。

 「だから、それがダメなんです!」

 昼食はこの様なやり取りをしている間に終わった。


 ――青空教室。

 午後からは近くの子供たちが勉強にくる。

 何でも『子供たちに教育を』というのが、最近国の方針で決まったらしい。

 まずは『読み書きと簡単な算術から』とアバウトであるが、教育先進国の日本から来た俺としては、何となく分かる気がする。

 この村は高名なモーガン先生が住んでいることもあり、領主さまも積極的なようだ。

 そういう流れもあり、モーガン先生に師事しているカトレアさんが、勉強の面倒を見ることになったようだ……とはいえ、最近は独りしか来ないらしい。

 以前は数人来ていた様だが、課題方式となり数日置きに顔を出すそうだ。

 この世界では子供も貴重な労働力とされており、なかなか難しいらしい。

 と、アリーシャが教えてくれた。

 今日は青空教室で勉強らしいが、その子供がやって来た。

 茶色の髪に、陽に焼けた様な茶色の肌。

 身長はヘーベやアリーシャも断然小さく、小学校中学年くらいだろうか。

 丸みを帯びた体型に顔立ちも可愛らしい女の児。

 名前はエドナと聞いた。

 俺は特にすることもなかったので、

 「俺は、カザママサヨシ、十五歳だ。魔法の勉強と見聞を広めるため、遠くの国から来た。昨日からモーガン先生の所にお世話になっている、よろしくな!」

 「へー……アタシはエドナ。よろしく……」

 エドナは俺をちらりと見つめると、冷めた挨拶をしたが照れ隠しだと思った。

 俺はエドナの勉強の様子を隣から優しい大人の表情で見つめる。

 読み書きの勉強は、基本的に手本となる本を書き写し、分からない所を質問するらしい。

 エドナは時々質問する程度で、黙々と独りで進めている感じである。

 エドナの実家は鍛冶屋で、午後から比較的時間が取れるらしく、ほぼ毎日通っているそうだ。

 ちなみに、以前通っていた子たちの実家は林業で日中は忙しいらしい。

 エドナの勉強している様子を見ていて、俺は違和感を覚えた。

 (英語だと思って見ていたが……ほとんどの単語が分からん! 俺は高一になったばかりだが、ほとんど分からないのは、明らかに変だ……)

 俺はこの疑問を解消しようと、エドナの本の中でも特に目立つ『iuventus』という単語を聞くことにした。

 「なあ、この『iuventus』って文字は、どういう意味だ?」

 「はあー?」

 エドナは瞳を見開き驚いた様な間の抜けた声を上げて、ゆっくりと顔を俺の方に向けた。

 「アンタって、十五なのよね……大丈夫? この文字は、この国の言葉で『ユベントゥス』よ! それから国の女神さまが司る『青春』よ!」

 「えっ!? 知らないんだけど……これは知らないとヤバイ系の単語なのか? ……確か、青春は『youth』が英語で一般的だった気がするのが……」

 俺は必死に考えていたため、思わず声に出ていたらしい。

 「英語って、なに? この辺りの国は『ラテン語』よ! アンタ、遠くの国から来たって言ってたけど、言葉は話せても読み書きが出来ないんじゃないの?」

 「えーっ!?」

 俺は、驚きのあまり一言だけ声を漏らし硬直した。


 しばらくして、傍で自習していたアリーシャが声を掛けてくれた。

 「カザマ、大丈夫ですか? 今まで普通に会話していたので、まさか文字が読めないとは思いませんでした……でも、良く考えたら遠くの国から来たのでしたよね?」

 カトレアさんも目の前にいたが相当驚いたのだろう。

 どのように声を掛けたらいいのか困っている様に見える。

 それだけ先程の文字は、重要だったのだろうか。

 だが、それよりも俺は、何か根本的な事に気づいてないような気がした……。

 (エドナはさっき、この国の女神さまって言ったよな? それって、もしかして『ヘーベ』の事じゃないのか? この世界は日本語の設定だと思っていたが、俺の勘違いということか? それにしても、会話だけスムーズに出来て、文字が読めないって……ゲームの世界と逆だろう! あの女神さまは、何度も余計なことをしてくれたが、今度は大事なことを忘れてくれたようだ! 全く、何が青春の神さまだ! 本当に迷惑な女神さまだ……)

 俺は色々と不満が溜まり、苛立つ思いを心の中で発散させた――。

 

 「そういう事なら、カザマも読み書きの勉強をしたらどうかしら?」

 カトレアさんが、俺に勉強する様に勧めて、絵本のようなものを貸してくれた。

 その様子を見たエドナは、これまで終始不機嫌そうな表情をしていたが。

 急に口端を吊り上げ、嫌らしい笑みへと変えた。

 「アンタ、それは幼児が寝る前に、お母さんが読み聞かせする本よ。それから、さっきまでアタシのことを馬鹿にしてたでしょう? 散々気持ちの悪い笑い方でジロジロ見られて、頭にきていたわ!」

 俺はエドナの話しを聞き、怒りで肩を震わせるが……。

 (落ち着け! こんな小さな子供相手に本気で怒ったりしたら相当みっともないぞ。俺は、この村に来る時にクールになると決めたじゃないか!)

 必死に自分に言い聞かせ、大人の口調でエドナを叱った。

 「お嬢ちゃん、幾ら自分が面白くないからといって、これから頑張ろうとする人を馬鹿にしたり、大人に失礼なことを言うのは感心しないぞ」

 だが、俺の言葉を聞いたエドナは顔を真っ赤にして叫び出す。

 「フ、フギャアアアアアアアア――!! いい加減、アタシを子供扱いするのはやめろー!! アタシはこれでも十五歳だー!!」

 そして、コブシを突き出してきた。

 俺は左手で軽く受け止める筈だったが、

 「ドン!」

 衝撃音と共に十メートルくらい後ろに吹き飛ばされて気絶した――。

 

 「……マ、カ……マですか? 大丈夫ですか?」

 意識が朦朧としていたが、アリーシャの声で目を覚ます。

 アリーシャが俺に声を掛けながら治癒魔法を掛けてくれていたようだ。

 「カザマ、気がつきましたね! エドナはドワーフですよ。女の子でも、力は普通の人間種の比較になりません。冒険者に成り立てのカザマが受け止められる訳ないでしょう! それから、今のはカザマが悪いと思います。先程から見てましたが、エドナの様子をニヤニヤしながら見ていて……正直、気持ちが悪かったです」

 日本の常識で読み書きを覚えるのは、学童という先入観があった。

 色々と理不尽だと思いつつも、俯き力なくお礼と謝罪をする。

 「ありがとう……それから、悪かった……」

 ふと、カトレアさんが気になったが、プルプル震えながら両手で口を押さえていた。

 必死に笑いを堪えている。

 俺は初日にエドナを激怒させ、カトレアさんには何度も笑いを提供してしまった――。

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