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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十三章 オーストディーテ王国
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1.帰港と喧嘩

 ――異世界生活七ヶ月。

 モミジ丸はクレタン島での追撃を振り切り、六日間掛けベネチアーノへ帰港した。

 船が港に入ると、街の人たちが歓声を上げて迎える。

 手が空いているクルーたちが街の人たちに手を振り答えた。

 街の人たちの歓声が途中から変わる。

 「極東の男がいるぞ!」

 一人の男が目敏く俺を見つけ、声を上げた事により事態は急変した。

 『おおおおおおおおおおおおおおおおおお――!!』

 俺を一目見ようと人々が集まり、港がごった返しになり大声援が起こる。

 クルーたちは人々の豹変振りに困惑した。

 モミジ丸は無事に接舷したが、船長はこれからどうするか戸惑っている様子。

 「艦長、俺がいると騒ぎになるから、アーラでヘーベルタニアの街まで帰ります。後の事は任せてもいいですか?」

 「えっ!? もう騒ぎになってますよ! この状況で逃げるのですか? まあ、人々に分かる様に居なくなってもらった方が、事態は沈静化すると思いますが……それから、私は船長です」

 艦長の話を聞き、頬を掻いて誤魔化したが、コテツとアレスの視線が突き刺さる。

 それから艦長も、大分俺とのやり取りに慣れたのか突っ込みを入れる様になった。

 俺はブリーフィングルームに移動し、みんなを集める。


 ――ブリーフィングルーム。

 俺はみんなの顔を眺め、口を開く。

 「今回の作戦を無事に終える事が出来た。みんなの活躍に感謝……!? イッテー!」

 俺は左手を振りながら、アレスを睨む。

 「ねえ、君、分かったから、そういう前置きはいいよ。早く話を進めて」

 アレスは俺を無下に扱いつつも表情は嬉しそうである。

 みんなも何か言いたそうであったが、アレスの言葉を聞き我慢しているようだ。

 「本当は今日くらい、街で休んで帰ろうと思ったけど……俺のせいで……その、スマナイ。騒ぎになってしまったから、行きと同じ様にすぐに教会へ帰ろうと思う。みんなはどこかで寄り道して羽を伸ばしてもいいけど、教会への報告は一応みんなでしたいと思うんだ。みんなの力で依頼を果たしたから……」

 俺はみんなに謝罪と今後の事を説明し、照れ臭くなり頬を掻いた。

 顔の腫れはエリカに殴られた分は引いた様だが、未だに残ったままで微かに傷む。

 「そうね……確かに、今回は私の活躍が一番だった訳だし、マー君だけ偉そうに報告とかあり得ないし、殊勝な心掛けだと思うわ」

 「エリカ、まだ怒ってるのか? 確かに新しいスキルも覚えて活躍したみたいだけど……当初の予定では、エリカは二体を討伐する筈だったよな?」

 得意気に頬を緩めるエリカに、若干苛立った俺が突っ込むと、エリカは柳眉を顰める。

 「だって、顔が二つもある犬よ! あり得ないでしょう! それにゲーリュオンは腰の辺りから三つの身体が生えていて、変てこな騎馬みたいだったわ! 見た目で言えば……ゲーリュオンの方がキモかったけど、私が倒したのよ。しかも六剣流の使い手で、私の二刀流より格上だったわ……少なくともマー君よりは、強い筈よ」

 エリカが誤魔化そうと俺の名前を出した事に益々苛立ち、話を蒸し返す。

 「ほーっ……強敵だったのは分かったが、俺を引き合いに出さなくてもいいと思うが……それにオルトロスは結局、どうしたんだよ?」

 エリカは俺に問い詰められ返す言葉がなかったのか、

 「マ、マー君のくせに……」

 顔を赤く染めて俺を睨み、またも俺の胸倉を掴んできた。

 「自分の都合が悪くなると、お前はすぐに癇癪を起こすよな! それも俺に対してだけ! 俺が今まで、どれだけお前に振り回されてきたと思ってるんだ! もういい加減、こういうのは止めてくれよ……」

 俺は我慢出来ずにこれまで何度も言い掛け、最後まで口にしなかった言葉を口にしてしまう。

 しかも最後の一言は、願いを込める様に呟いた。

 アウラとビアンカがエリカを止めようとしていたが、ふたりは戸惑い動きを止める。

 エリカは俺の言葉が響いたのか、反省したかの様に俯く。

 俺の胸倉を掴んだままだが、先程までの力はない。

 簡単に振り払う事は出来るが、エリカの身体が小刻みに震え。

 俯いている顔から滴が床に落ちた。

 俺は反省している様なので、以後改めるなら許してやるつもりでいたが。

 エリカは顔を上げ潤んだ瞳で俺を睨みつけ、

 「……マー君の馬鹿!」

 俺を怒鳴りつけると思い切り俺の顔面を殴り、部屋から飛び出した。

 「カザマ、今のはカザマが悪いわ! 女の子にあんな酷い事を言うなんて!」

 アウラは柳眉を吊り上げ俺を睨み、エリカを追い掛ける様に部屋から飛び出す。

 俺は殴られた衝撃で片膝を床に着け、アウラの後ろ姿を見つめ呆然とした――


 しばらくして、アリーシャが口を開く。

 「カザマ、幼馴染で打ち解けた関係なのは分かりますが、暴言が過ぎたと思います。しかも、あんなに向きになって怒鳴られたら私も傷つきます。二人の関係に立ち入るつもりはありませんが……親しい間柄だからこそ、あの様な発言をしたのですよね? 他人に、あんな暴言は吐きませんよね? それなら、せめて自分の発言に対する謝罪は必要だと思いますよ」

 既に殴られた衝撃はなくなっているが、アリーシャの話を膝を着いたまま呆然と聞いた。

 初めて会ってから七ヶ月くらい経ち、成長期のアリーシャは以前と比べ身長も体型も大人になりつつある。

 最近二人で話す機会が少なかったせいか、余計に成長の程を感じたが。

 それ以外に、ヘーベとは違った高貴な風格と温かみを漂わせる。

 リヴァイは当然の様にアリーシャの傍にいて、コテツとアレスも俺たちを見つめていた。

 ここで、これまで大人しくしていたビアンカが口を開く。

 「アタシには良く分からないっす。エリカは確かにオルトロスから背を向け、アタシに任せたっす。初めからそれを話せば良かったと思うっす。エリカが弱い自分を認めるのが嫌で、言い訳したのがきっかけっすよね? カザマだけを責めるのは可愛そうだと思うっすよ」

 時折瞬きしながら当然の様に、ビアンカはこちらを見つめている。

 俺とアリーシャは瞳を見開き、呆然とビアンカを見つめ返す。

 「ビアンカ、お前って……本当に揺ぎないな。お前のそういうところは、何だか女の子なのに男らしくて好きだ……だけど、あまり俺ばかり庇わなくてもいいぞ。俺が仕出かしたのに偉そうな事を言うが、人は一人で生きている訳ではないだろう。互いを尊重したり、共感したりとか、そういう気持ちが大切じゃないかと……さっき、アリーシャはそういう事を遠回しに教えてくれたんだ。――でも俺は、いつもビアンカが俺の味方でいてくれて嬉しいよ。ありがとう……」

 俺はビアンカに頭を下げた。

 ビアンカはみるみる頬を赤く染めると顔を背けたが、尻尾は左右に揺れている。

 アリーシャも笑みを浮かべ、ビアンカを見つめていた。

 「……そ、それじゃ、エリカに謝ってくるかな……!? そう言えば、いつもなら電流が流れる場面だと思ったのですが、さっきはどうして?」

 俺は扉に向かい掛けた足を止め、アレスに視線を向ける。

 「ねえ、君、君は僕の事を何だと思っているんだい。不遜だと咎めたくなるよ。前にも言ったけど、格好をつけた訳ではなく、君が気持ちを込め男らしく発した言葉には反応しないよ」

 アレスは相変わらず言葉とは裏腹に、笑みを浮かべたまま説明してくれたが。

 確かに、以前も同じような事を言った……。

 (普段は子供っぽくても、たまに神さまの威厳を感じるんだよな。ちなみに、ドエスのヘンタイではあるけど……!?)

 「イッテー! スミマセン……」

 俺の心は読まれ、余計な事でまたも電流を浴び、左手を振る。

 「ねえ、君、余計な事は考えなくもいいから、早く行きなよ」

 アレスは明らかに嬉しそうな笑みを浮かべている。

 アリーシャとビアンカも先程までとは打って変わり、互いに顔を合わせ笑みを浮かべた――。


 俺は船の中を移動し、エリカの部屋の扉を叩く。

 「エリカ、ちょっと、話があるんだけど……」

 「……何か用かしら」

 扉が開き、エリカを追い掛けたアウラが返事をしたが、明らかに機嫌が悪そうだ。

 「さっきは俺が悪かったと思って、謝りに来たんだ……」

 俺はアウラがいることもあり、決まりが悪くて頬を掻いた。

 「私、マー君がそうやって頬を掻く時、疚しい事があるって知ってるんだから……どうせ、またアリーシャに言われて来たんでしょう?」

 「私もそう思うわ。カザマは何か企んでいたり、隠し事とかがある時、頬を掻くの」

 「はっ!? い、いや、アウラもいるし……改まって謝るのが照れ臭くて……確かにアリーシャにも叱れたけど、ビアンカには別の事も言われたんだ」

 俺はアウラの言葉は聞き流し、ややこしくなるのでビアンカの言葉は伏せることにする。

 「……やっぱり、そうじゃない……もういいわ」

 エリカは呟いたが、半分くらいは誤解しているようだ。

 だが、この様子では、今何を言っても分かってもらえないだろう。

 俺はそれでもしっかり謝っておくのは必要だろうと頭を下げるが、

 「エリカ、さっきは悪かった」

 無情にも返事はなく、扉は閉められた――


 俺は、コテツにエリカとアウラを任せ岐路に着く。

 アーラには俺とアレス、ルーナにはビアンカとアリーシャとリヴァイが乗っている。

 一度臍を曲げたエリカは当分機嫌が直らないので、放置することにした。

 俺たちは冬の寒い上空を無言で、ヘーベルタニアの街に向かっている。

 船を飛び立つ時、極東の男に対する歓声が沸いたが耳に入らなかった――。

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