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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十二章 エーゲ海での戦闘(後編)
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5.女神の盾と決断

 俺はその素晴らしい名言に、俺の国の言葉だろうという突っ込みを入れなかった。

 世界はバランスを崩して、イレギュラーが起きていると教えてもらっている。

 ボルーノのユカタとか、この世界には不思議なことがあった。

 戦いの最中に気を乱してならない。

 俺はこれまで同様に、ペールセウスに攻撃を与えつつ考えた。

 (まさか個人としての力はそこそこで、指揮官として英雄になったとは……体力だけは常人離れしているが……)

 ここで俺はこれまでと違い、刀を振り被る刀身に意識を高める。

 そして、刀身に分子を分解する意識を載せた。

 (ディカムポジション)

 切っ先が加速し、刃が盾に触れる。

 しかし、刀は盾に阻まれ、俺の身体が初めて硬直した。

 「……はっ!?」

 「!? 待っていたぞ! この時を……」

 ペールセウスは吼え、剣を振るう。

 俺は顔を歪め、剣から逃れようと脳裏を過ぎるも。

 刀から右手を離し、右肘を後方に引き、逆にペールセウスに近づく。

 ほぼゼロ距離まで接近し、俺は右肘を相手の顎に振り上げカウンターを浴びせた。

 ペールセウスの剣は空を切り、そのまま力なく膝を着く。

 『あーっ!?』

 部屋の外の騎士から驚愕か、嗚咽にも似た声が漏れる。

 俺は起死回生の一撃をニンジャとしての体術で与えたのだ。

 右手を再び刀に運び、両手で刀を握ると。

 「はあーっ!」

 ペールセウスの振り終えた剣に斬りつけた。

 『カ――ン……』

 音もなく真っ二つに斬られた剣先部分は、室内に落ちて鳴り響く。

 ペールセウスは震える身体を鼓舞するかの様に、折れた剣と盾を床に突き立てる。

 そして、眦を吊り上げ立ち上がろうとした。

 だが、俺は身体の自由が利かないだろうペールセウスの隙を衝く。

 (ディカムポジション)

 再び盾にスキルを浴びせるも刀は弾かれる。

 ペールセウスは歯を食い縛り、俺のスキルによる斬撃を受け止めた。

 (やはりこの盾は変だ。強力な素材を加工して作られた盾ではなく……もしかして、単一素材を削って作った盾なのでは……)

 俺は再びの硬直の最中に、声には出さず呟いた。

 しかし、このスキルが通じないと残るスキルでは、ペールセウスを殺してしまうかもしれない……。

 

 俺が一瞬戸惑っていると、ペールセウスの膝が浮く。

 体力だけでなく耐久力も高いのか、ペールセウスが立ち上がろうとしている。

 ペールセウスの姿を目にして、小さく笑みを溢す。

 俺は人を殺した事がある。

 だが、それは敵が自分だけでなく、他の無力な人々を殺そうとしたため仕方なく行ったのだ。

 出来れば人を殺したくない、その気持ちは変わらない。

 しかし俺は、必死の形相で立ち向かって来ようとするペールセウスに対して、覚悟が足りないと気づかされる。

 いつもは逆の立場であるが、その分危機感が足りなかったのか。

 俺はグッと奥歯を噛み覚悟を決めると、左手を刀から離して力を抜く。

 「はっ!? 今度はどういうつもりだ……」

 ペールセウスの瞳が見開き、声が漏れる。

 部屋の外からも同じ様なざわめきを感じた。

 俺は左手に意識を集中する。

 そして、盾に向かって掌を突き出す。

 (ディカムポジション)

 盾に触れると同時に、自分の左手にスキルを発動した。

 『ジュ――!』

 左掌が焼ける様に熱く、実際に焼けているのかもしれない。

 「ああああああああああああああああ――!! イッテーっ!!」

 堪らず悲鳴を上げたが、盾に接触したのは数秒だ。

 盾から手を離すと、左手を振った。

 自分で攻撃して自滅する様に痛がる俺に、ペールセウスの目と口が開き動きを止める。

 「……はっ? お、お前は、何を……」

 剣を破壊され困惑していることもあってか、俺を倒す絶好の機会を逃す。

 「はあーっ!? な、何だ、これは? お、お前は、何をしたー! た、盾が……」

 ペールセウスはアテナさまの盾を見ると驚愕して、身体を震わせ口篭る。

 そして、再び力なく膝を着いた。

 「おい、お前! 何をしたー! ペールセウスさま……」

 部屋の外から叫び声が発せられる。

 それから同じ様な叫びと、ペールセウスを労わる声が響く。

 俺は盾の破壊を諦めたのだ。

 体力だけでなく耐久力も高いペールセウスは、アテナさまの盾を離さないだろう。

 先程と同様に素手の攻撃を連続で浴びせたら、不意に盾を手放すかもしれない。

 盾を破壊出来ないなら、奪うという選択肢が頭を過ぎった。

 だが、ペールセウスは、どこまでも追い掛けて来るであろう。

 それに、ヘーラさまから依頼を受けているとはいえ、アテナさまから天罰を受けるかもしれない。

 結局俺は、伝承通りであれば盾を鏡の代わりに使う事を思い出し、鏡の機能を失くせば良いと考えた。

 ペールセウスから盾を奪う訳でなく、戦いの中で損傷を受けるのなら文句はあるまい。

 幾ら女神さまの盾とはいえ、それが盾本来の用途である。

 俺は自分の左手の周りにスキルを発動したのではなく。

 自分自身の左掌表面に薄くスキルを発動させたのだ。

 自分の左掌を分解して、皮膚を失うだけかもしれないと思ったが。

 強くイメージした甲斐があってか、盾の表面の一部を俺の皮膚で加工させる事が出来た。

 盾には、俺の左掌の跡がくっきりついている。

 盾を鏡代わりに使うには視界が悪い、ペールセウスの戦意も消失していた。

 ペールセウスを倒した訳ではないが、依頼は果たしたであろう。

 顔を歪め、盾を見つめるペールセウスは動かない。

 「……おい、戦いの最中に起きた事だ。盾なのだから、傷ついたり、汚れるのは当然だろう? お前が悪い訳ではないだろう? 運が悪かっただけだ……約束通り、俺が代わりにメドゥーサを倒してやる。ヘーラさまから他の国からの刺客と鉢合わせになった際、俺が倒せば、倒した名誉は譲っても構わないと言われている。メドゥーサは焼き殺す手筈になっているから、遺体は燃えて塵と化したと伝えろ」

 俺はペールセウスを労わる言葉から、弁明の言葉を掛けた。

 更に勝者としての名誉までも譲ると伝え、破格の条件を提案する。

 ペールセウスは俺の声に反応し、こちらを見上げたが話を聞きながら身体を震わせた。

 優しい言葉に感動したのであろう。

 俺はアウラ程ではないが胸を張り、小さく笑みを溢した。

 「……ば、馬鹿にするなー! 神から預かった盾なのだぞ! お前の汚い手跡をつけて返せるか! それに、自らの名誉を他者へ譲る間抜けがいる訳がないであろう!」

 ペールセウスは余程怒りを覚えたのか、潤んだ瞳で俺を睨みつけている。

 「はあっ!? 馬鹿とは何だ! 俺は事実を言ったまでだ! 形ある物が傷ついたり、壊れたりするのは仕方ないだろう? それに、俺もヘーラさまから言われたことを伝えたんだ。俺も初めは耳を疑ったが、この様な状況を見越して、お前に対して譲歩されたのではないか? これだけの口実があるんだ、咎められることはないだろう。それにお前は、俺に負けたんだ。約束通り引き上げろ」

 俺は馬鹿にされて、幾分逆切れしてしまったが、更にペールセウスを問い質した。

 ペールセウスは立ち上がると、俺から顔を背けたままゆっくり部屋の外へ向かう。

 俺はペールセウスの後姿を見て、安堵したが。

 「……覚えていろ……この屈辱、忘れぬぞ……」

 ペールセウスの呟きを聞き、身震いした。

 自尊心の高い者程、一度芽生えた恨みや嫉妬の類の感情は高い……。

 (アテネリシア王国の俺に対する懸賞金って……)

 俺は後々の事を考え、始末するべきかと脳裏を過ぎるが留まった。

 今の俺は極東の男であり、カザママサヨシではない。

 俺はヘーラさまの依頼を果たしただけだし、悪くない筈なのだ――。


 ペールセウスが兵を連れて、船で帰還する様子を離れた場所から確認する。

 そして森の中から隠れていた人々が姿を現した。

 集落に歓声が沸く。

 『おおおおおおおおおおおおおおおお――!』

 「極東の男、ありがとう!」

 歓声の後に、俺を湛える言葉が投げ掛けられる。

 俺は左手の激痛を誤魔化す様に、頬を掻き僅かな痛みを感じながら屋敷へ向かった。

 屋敷の玄関前には、女王であるメドゥーサが近衛兵を従える様に立っている。

 「あーっ……極東の男。良くぞ、外敵を追い返してくれました……!? 手に酷い怪我を……」

 「そ、そんな、たいした事はしてません。そもそも誤解から生じた事ですから……!? 一応、再び襲撃されない様に手を打ったつもりですが……念のため、今後も身を隠した方が良いでしょう」

 熱い眼差しを向ける女王さまに、俺は頬を掻きながら返事と今後の事を話した。

 女王さまは笑みを浮かべたまま頷く。

 そして屋敷に入り、簡単な手当てを受ける――。

 

 夜になると、集落は大いに盛り上がり祭りの様に盛り上がった。

 男たちは酔っ払い、女たちは踊り、華やかな光景が広がる。

 俺は女王さまの隣の席で賓客として扱われた。

 ご馳走を食べるが強いお酒は飲めないので、酒場で飲んでいるビールを飲んでいる。

 隣に座る女王さまが、不意に顔を近づけた。

 「……今晩、暗くなったら私の部屋に来て下さい。お礼があります……」

 俺の耳元で呟き、俺は返事が出来ずに頬を緩める――


 祭りが終わり、部屋に戻った俺は迷っていた。

 女王さまの誘いを受け、部屋に行くべきかと……。

 気持ち良く酔っ払った俺はベッドの上に仰向けになり、腫れている顔に熱りを感じながら天井を見上げていた――


 目を開けると何故か俺は立っていて、ふらついてしまう。

 先程までベッドで横になっていた筈で……しかも酔っ払っていない。

 戸惑い辺りを見渡すと、周囲の景色は変わっている。

 俺の目の前にはヘーラさまが座っており、隣にはアレスが立っていた。

 「はっ!? な、な、何ですか? いきなり違う世界に転移させて……俺がやっと落ち着いたと思ったら、元に戻されるしどうなって……!? イッテー!」

 俺は思わずヘーラさまに文句を言ってしまったが、左手首から電流が流れる。

 俺は左手を振りながら、左掌の痛みに顔を歪めた。

 「アレス、確かにカザマは無礼ではありますが、私との約束は果たしました。この態度は個性だと思い諦めるとしましょう。それから、治療でしたね」

 ヘーラさまの話を聞き、微妙な言葉に首を傾げる。

 「……はっ!? 痛くない……」

 俺は左掌の痛みが消え声を漏らす。

 慌てて治療してもらった包帯を外したが、怪我は何事もなかったかのようになっている。

 女神さまの力で治癒魔法を掛けてもらったのか、それとも元に戻ったのか驚愕した。

 「……さて、カザマのことは良く分かりました……ですが、そろそろ戻った方が良さそうです。お礼は近い内に差し上げることにします。アレスも構いませんね」

 「うん、僕は構わないよ。今回もカザマの活躍には楽しませてもらったしね」

 ヘーラさまとアレスは、俺が困惑していることを良い事に勝手に話を進める。

 「あなたの動きが察知され、アテネリシア王国から船が動いています。再会を楽しみにしていますよ……」

 ヘーラさまは俺に微笑み、姿が消える瞬間にウインクしたような……。

 

 俺はアレスと共に、元の廃墟と化した宮殿の玉座の間いた。

 「はあっ!? また、景色が変わりましたよ」

 「うん、ヘーラの間から転移したようだね」

 相変わらずの笑みを湛えるアレスに対し、俺は突っ込みたいことが満載である。

 ちなみに一番初めに知りたい事は、ヘーベは召還しか出来ない。

 何故ヘーラさまは細かな転移が可能なのか、問い質したかった。

 だが、それよりも優先度が高いことがある。

 (リヴァイ、今、元の世界に戻り、宮殿にいます。そちらは変わりないですか? 出来れば、俺のお迎えを誰かに頼みたいのですが)

 (おい、お前、今まで何してたんだ! あれから一週間経ったぞ! 何をしていたか知らないが、まめに連絡しないと心配するだろう! 子供みたいに、ふらふらと……!? 俺は心配してないぞ!)

 俺はリヴァイの返信を聞き、言葉が出ずにアレスを見つめた。

 アレスは自分に聞くなと言わんばかりに、微笑を湛えたまま両掌を顔の高さまで上げる。

 (リヴァイ、スミマセン……ヘーラさまに過去に転移されて、俺にも詳しいことは分からないんです。兎も角、アウラに迎えをお願いします。俺はこれから宮殿を出るので、先に待ってますから)

 俺はリヴァイとの念話を終えると、笑みを浮かべたままのアレスを連れ外に向かう。

 宮殿の外に出ると、陽は高く真冬である事を考えると昼前後だと分かる。

 俺はアレスに宝石に戻ってもらうと集落の中を走った。

 途中で見覚えのある大きな屋敷を見掛け、速度を落とし敷地の中の様子を窺う。

 丁度、玄関が開いた。

 「行ってきまーす」

 黒い髪を揺らし、弾んだ声が響く。

 俺と同じくらいの歳の少女が俺とすれ違った。

 玄関では母親らしい女性と見覚えのある男が、少女を見送り笑みを浮かべている。

 俺はふと女性と目が合った。

 男と女性は驚愕したかの様に瞳と口が開き、女性は口元を両手で覆っている。

 俺は直ぐに察した。

 先程すれ違った少女が二人の娘。

 そして、玄関先にいる二人は女王さまと傍にいた近衛兵だと。

 俺は目が合ってしまった事と戸惑いから、顔を隠す様に軽く頭を下げ走り去った。

 あの後、女王さまは近衛兵と結婚し、庶民のメドゥーサさんとなったのだろう。

 襲われる事なく幸せに過ごしているのが分かり、それで十分だと速度を上げる。

 集落を抜け森を走り続け、やがて野営地である集合地点に到着した。

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