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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二十二章 エーゲ海での戦闘(後編)
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4.英雄ペールセウス

 ――異世界生活六ヶ月と二十一日目。

 翌日の夜明け前、俺は顔の痛みで目を覚ました。

 顔を触ると痛みが走り、顔が全体的に腫れているのが分かる。

 両頬、両目の周りの腫れが強いが、幸いにも左右の視界はしっかりしていた。

 「流石はヘーベの母親だな。ヘーベと同じで、細い腕であんなに力があるとは……」

 思わず独り言を呟いたが、口も開く。

 俺は屋敷の外に出て、周辺の調査に出掛ける。

 街は薄暗いが、周りの民家は灯りが灯っていた。

 漁に出掛けたり、それぞれの生活があるのであろう。

 俺は近衛兵が監視している港の高台に向かった。


 高台に着く頃には、周りは少しずつ明るくなっている。

 やがて遠くの海が眩しく輝き、陽が昇ってきた。

 ぱっと周囲が明るくなって色づく。

 「ご苦労様、夜間か夜明け前に上陸するかと思っていたが、異常ないみたいだな」

 俺の気配りの言葉に近衛兵は笑みを浮かべたが、突然双眸を見開いた。

 「はい、今の所は……!? 船が一隻、こちらに近づいてきます!」

 「すぐに集落に連絡して欲しい。恐らく敵の目的は侵略ではなく、女王が目当ての筈。みんなを森などに避難させて欲しい」

 俺の言葉を聞くと近衛兵は頷き、鐘を鳴らす。

 緊急時の合図なのか、俺が集落に戻ると荷造りを終えた人々が逃げ始めていた。

 昨日、襲撃の恐れがあると伝えていたので、みんなの動きは迅速である。

 「みんな、落ち着いて! 転んで怪我をしない様に、森の中へ!」

 屋敷に戻ると、近衛兵の一人が女王さまを連れ外に出ようとしていた。

 「極東の男、あなたも護衛に付きなさい」

 「女王さま、俺は宮殿でペールセウスを待ち構え、戦わなければなりません。目立たない様にローブを纏い、そこの兵と共に森に隠れて下さい」

 俺の言葉に頷くと、近衛兵は女王を連れ森へ移動する。

 俺は人々が避難する様子を見守り、宮殿へ向かった。


 ――玉座の間。

 宮殿に入り、玉座の間でペールセウスが来るのを待つ。

 ペールセウスを待つ間……敵ではなかったり、違う目的を持った敵であったらと脳裏を過ぎったが、ヘーラさまが転移させたのである。

 必ずペールセウスが現れる筈だと、集中力を高めた。


 しばらくして、宮殿の正面門辺りで人の気配を感じる。

 数は数十人くらいであろうか。

 騒がしさを感じさせないのは、侵略を目的としていないという予想通りなのか。

 それとも、規律の取れた精鋭部隊であろうか。

 どちらにしても、被害は少なく済みそうである。

 大半は正門付近で留まっているが、その内の十人程が宮殿の中に侵入した。

 時折足を止めながら、ゆっくりと玉座の間に迫っている。

 (どうやら、規律の取れた精鋭のようだ。一騎打ちに持ち込めば、被害は少なく済むだろう。問題は、ペールセウスの力量と盾の破壊だ……)

 俺は息を呑み、気持ちを昂らせたまま不要な緊張を解す。

 そして、玉座の扉が開いた。

 最初に部屋に入ったのは、煌く銀色の鎧を纏った百九十センチ程あろうかいう騎士だ。

 白いマントはどう見ても邪魔に見えるが、鏡の様に輝く盾を持った姿は精悍である。

 続いて、銀色の鎧を纏った騎士が四人中に入った。

 残りは部屋の外に待機しているのだろうか。

 俺は玉座の手前で騎士を見下ろしたまま口を開く。

 「俺は女神ヘーラさまから、メドゥーサを倒す様に依頼を受けた……だが、一騎打ちに無粋な真似をされたくないので、身を隠してもらっている。お前たちは招かれてもいないのに、どの様な用件があって宮殿に入ったのだ」

 騎士たちに自身の正当性を主張し、少しだけアウラを真似て胸を張った。

 「私はアテネリシア王国の騎士で、ペールセウス……我が国の女神アテナさまからの命を受け、メドゥーサという呪われた存在を討伐に来た。この盾がその証だ……貴様は一騎打ちすると言ったが、化け物を相手に見え透いた嘘を付くな。面構えはそこそこだが、貴様では荷が重いであろう。私が引き受けるので、早く逃げたらどうだ?」

 ペールセウスは騎士らしく丁寧な言葉遣いで名乗りを上げ、輝く盾を掲げる。

 だが、英雄である自身の驕りか、俺を見つめながら口端を吊り上げた。

 俺は自分の身なりを見て馬鹿にされていると気づきイラッとする。

 「俺はヘーラさまから依頼を受けている。邪魔をするなら、お前は後々、アテナさまから叱責を受けることになるだろうが……良いのか? それにメドゥーサを倒すために、女神さまから盾を借りるとは、自信がないのだろう? お前こそ、俺に任せて逃げたらどうだ?」

 俺はペールセウスに負けじと、更にこちらの大儀が上だと主張し、腫れた顔を痛みで引き攣らせながら精一杯の笑みを浮かべた。

 ペールセウスは顔を顰め、身体を震わせる。

 「無礼であろう! ヘーラさまが貴様の様な見すぼらしい者に、頼み事をされる訳がない! 嘘を付くな! 大体、こちらは名を名乗ったのに、貴様には名前がないのか! ……どこかに隠し通路があり、メドゥーサは隠れているであろう。貴様は早く逃げろ。これ以上邪魔をすると、痛い目を見るぞ」

 ペールセウスは俺を怒鳴りつけ侮辱の言葉を投げ掛け、俺は益々苛立った。

 しかし、見た目は貧相かもしれないが、精神攻撃は俺の得意分野である。

 「俺は東の砂漠よりも遥か遠い東の国から、ヘーラさまの依頼を受け、やって来た。俺の名前は『極東の男』と呼ばれている。お前は俺の服装を見て馬鹿にしたが、俺にはお前の様な鎧は必要ないからだ。見た目だけで相手を判断するとは、お前の力もたいしたことはないのだろう」

 俺の言葉にペールセウスは激怒し、目尻を吊り上げる。

 「お前! ペールセウスさまが慈悲を掛けているのに、先程からの暴言、我慢出来ん!」

 ペールセウス本人ではなく、周りにいた騎士の一人が叫ぶ。

 すると騎士たちは剣を抜き、俺に向かって飛び出した。

 「ま、待て……」

 ペールセウスが四人の部下に声を掛けるが。

 「先に仕掛けたのは、そちらだ……後から言い掛かりをつけないでくれよ」

 俺は剣を振り下ろした騎士の攻撃を左に避けると、騎士の顔面を殴打する。

 騎士は剣を振り下ろした直後、何が起きたのか把握出来なかったのか。

 崩れる様に床に倒れた。

 他の騎士たちは動揺したのか、一瞬の躊躇いが見受けられる。

 だが、訓練された騎士らしく、今度は三人が同時に剣を振ってきた。

 俺は三人の中で一番早く剣を振った相手の背後に回り、後ろから殴りつける。

 残りの二人は、剣を振り下ろした直後の硬直の隙を突き、横から殴りつけ意識を刈り取った。

 部屋の外から俺の戦い見ていた騎士たちはざわめきを起こす。

 ペールセウスは静かに戦いの様子を見つめていた――

 

 「……極東の男と言ったな。武器を背負っている様子を見ると、手心を加えたのであろう。良いだろう、私が相手になろう。互いに女神から命を受けたと認め、戦いの勝者がメドゥーサを討つ事としよう。勿論、勝者は私だが……」

 ペールセウスは剣を抜き、言い終わると同時に距離を詰めた。

 (重い鎧を纏っている割に速い。だが、この程度なら……)

 俺は盾を破壊する目的もあり、避けずに刀を抜き剣を受ける。

 片手剣でありながらペールセウスの剣は重く、両手持ちの刀を押す。

 俺は弾かれる様に後方に下がった。

 力のステータスは相手が上だと把握する。

 直ぐ様足を止めず、右に移動する……対して、ペールセウスの動きは鈍い。

 鎧の重みで小さな動きに対する反応は遅いと分かる。

 俺はペールセウスに対して、左回りに移動し攻撃を仕掛けた。

 右利きのペールセウスは剣を右に、盾を左に装備しているからだ。

 ペールセウスは初めの一太刀を剣で受けたが、俺の動きに遅れ盾で刀を受ける。

 ペールセウスの相貌が歪み、顔が紅潮した。

 俺は右に移動する体勢を整えながら、ペールセウスの剣をぎりぎりで交わす様に見せ。

 間髪いれず、右に移動する。

 余裕を持っての移動なので、予備動作はほとんどない。

 すかさず空振り後のペールセウスの左側から距離を詰めた。

 そして刀を振り被ると見せて、剣先を動かしフェイントを掛ける。

 先程と同じく力勝負の袈裟懸けに斬り掛かると見せて、左下段から斬り上げた。

 ペールセウスは歯を食い縛り、盾を突き出す。

 「お、おのれ……ちょこまかと……おおおおおおおおおおおお――っ!」

 盾で刀を受けると、ペールセウスは俺に向かって剣を振るう。

 俺は剣を避けると、瞬時にペールセウスの左側に回り込む。

 

 俺は動きの速度を更に上げる事が出来るが、ペールセウスの考えとは違う。

 相手を倒すことが目的ではないので、動きに緩急をつけフェイントを駆使している。

 いつもみんなに非難されるが、今回ばかりは目的に合致していた。

 しかし、こんな時に限って、仲間が誰もいないのは微妙な気分だ。

 俺は足捌きだけでなく、刀の振るタイミングと方向にも変化をつけた。

 但し、動きは決して止めず、流れるように行使し続ける。

 部屋の外から見ている騎士たちは、俺の動きが見えないか、残像が見えているかもしれない。

 だが、そんな俺の動きの中で、ひとつだけ同じ行動が繰り返されている。

 ペールセウスは気づいているだろうか。

 俺はアテナさまの盾の中でも、ほぼ中央の一点に集中して斬撃を浴びせていた。

 受けての心理で、上手く防げていると錯覚を狙った攻撃。

 ペールセウスの表情は歪み、疲労と焦りもあるのか顔は紅潮し汗を浮かべていた。

 終始、俺が優勢で戦いは続けられている。

 俺の力は英雄に対し決して高くはないが、装備が軽く精神的に有利な立場であった。

 しかし、こちらにも問題がない訳ではない。

 どれだけの攻撃を加えれば、盾を破壊出来るのか検討がつかず。

 スキルを使用する際、カウンターを浴びるリスクがあることだ。

 そのためにも相手の体力を削っておきたいが、ペールセウスの戦闘に関する情報がない。

 何の特技もなく、英雄と呼ばれる訳はない。

 何かしらの強力な攻撃手段を持っている筈だ。

 現状は俺が終始押しているので、こちらと同様にスキルを発動する機会を狙っているのであろう。

 俺が優勢に攻撃を続ける展開で状況が膠着しつつあった。

 部屋の外の兵士にも警戒を続けているが、不安な様子が窺える。


 ――二時間程経過しただろうか。

 ペールセウスと盾は変わらず、逆にこちらが疲労し始めた。

 流石に英雄クラスの相手だけあって、体力もあちらが上なのであろう。

 俺はそう思い、いつまで続く分からない戦いに汗だくになりつつ歯を食い縛った。

 「流石はペールセウスさまだ! 正義の名の下に、規律と指揮と我慢強さは、英雄の中の英雄だ!」

 「はっ!? 何だと……」

 部屋の外の声援が時折聞えていたが、聞き捨てならない言葉に声を漏らす。

 「お、驚いたか……私は貴族として軍に加わり、精鋭を率いて我が軍に勝利をもたらし、英雄と呼ばれる様になった。私のモットーは……『質実剛健』だ。愚直に真摯に誠実に努力する。それが私の生き方であり、我が軍の方針だ!」

 俺の声に反応する様に、ペールセウスが吼えた。

 俺は互いの牽制が何だったのかと疲労を覚え、苦笑する――。

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