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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第二章 修行と異世界での日々
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4.修行開始は初めての狩り

 ――下宿二日目(異世界生活三日目)

 『パン!』

 という音と共に、いきなり左頬に衝撃が走った。

 咄嗟の事で状況を把握出来なかったが、左頬の痛みの次に身体が重いことに気づく。

 「朝っすよ! いくら呼んでも全然起きてくれなかったっす」

 周囲はまだ暗くて夜明け前だが、ビアンカがベッドに仰向けで眠っている俺の身体を馬乗りにして座っている。

 (ビアンカの顔が近い!)

 俺はいきなり驚きと緊張を味わい戸惑った。

 鼻の穴を膨らませ、何となく目線を下げると、ビアンカの豊かに成長中の胸の谷間が覗いている。

 「はっ!?」

 俺は思わず声を上げてしまう。

 一度瞳を閉じ深呼吸し、少し落ち着いた俺はビアンカに話し掛けた。

 「幾ら身体が大人とはいえ、その何だ……女の子が夜中に独りで男の部屋に来るのは感心しないな」

 俺は年上らしく大人の対応をしたが、

 『パン!』

 再び短い音が響き、不愉快な衝撃が右の頬を走る。

 「ぶち殺されたいんすか!」

 ビアンカの印象が一変する程、決して大きくない声だが冷たく感じた。

 「いや、違うんだ! わざわざ起こしに来てくれて嬉しくて! つい調子に乗ってしまった……スマナイ!」

 俺は咄嗟に言い訳と謝罪をしてしまう。

 だが、ビアンカは何事もなかったかのように、

 「外で待ってるから、早く準備して欲しいっす」

 俺の部屋から出て行った。

 まるで時間の無駄だと言っている様な感じである。

 暗い時間帯だと、昼間より気持ちが昂るのだろうかと自分の言動を反省した。

 それから、すぐにヘーベに支給された忍び装束を纏い。

 ダガーを腰に装備し、ビアンカの待つ外に出た――

 

 俺はビアンカの前に立つと、

 「ビアンカ、まだ薄暗いけど……」

 先程の事には触れず薄暗い景色を見渡す。

 「夜明け前に移動して、狩りのポイントで獲物が来るのを待つっすよ。遠くから獲物を追い掛けるより、近づいて来る獲物の方が狩りやすいっす」

 ビアンカは夜明け前に出掛ける理由を教えてくれた。

 「分かった」

 「えーと……先生に言われたから連れて行くっす……だけど、本当に大丈夫っすか? 今日は近場のつもりだけど……暗いっす。それなりに危ないっすよ」

 「気を遣ってくれてありがとう。何とか頑張ってみるよ」

 俺は生まれて初めての狩りで戸惑いつつも、モーガン先生の勧めなので何かしら理由があるのだろうと思っている。

 「それじゃー、ゆっくり進むから付いて来るっす」

 ビアンカは森に向かい走り出した。


 ――森の中。

 家の外では薄暗く感じたが、空から僅かでも明かりが差し込んでいたからだと気づく。

 森の中は高い木々に囲まれ、空が見えず恐ろしい程暗い。

 森に入ると聞いた時は、整備された道を進むと勝手に思い込んでいた。

 しかし本当に、草木の生い茂る森の中を進んでいる。

 足場は泥濘こそないが、落ち葉で滑りやすいところもあった。

 他にも段差や、木の根が突き出していたり、登りや下りが容赦なく続く。

 木々の中、草木の中を進み、服だけでなく顔にも色々なものが触れる。

 尖った木の枝で頬が切れないように注意を払う。

 意識しなくても、森の中で血のニオイが危険な事を身体が覚えている。

 幼少の頃に散々鍛えられた日々が思い浮かぶ。

 だが、そんなことを考える余裕はすぐになくなった。

 俺はビアンカの後ろを追い掛けている。

 ゆっくり進むと言っていたが、とにかく速い。

 獣道だろうが、小さい木の枝や葉が茂った場所でも、ほとんどスピードが変わらない。

 それから、こちらの様子を見ているのか。

 一瞬スピードが落ちる時があるが、元のスピードに達する加速が半端ない。

 半獣人とはいえ、これが種族の違いなのかと感じる――。

 

 一方、ビアンカは後ろをちらちら見ながら内心驚いていた。

 初めて会った時、白くて綺麗な肌から俺の事を貴族の子供だと思っていたのだ。

 ビアンカにしては、ゆっくりしたペースで進んでいるが、付いて来られない筈だった。

 (この人は何で付いて来られるっすか! 貴族の子供じゃないんすか? この森の暗さで見えているんすか?)

 ビアンカは心の中で叫んだが、元々好奇心が旺盛な性格である。

 少しずつ面白いと感じていた。


 ――狩場。

 突然ビアンカが足を止めたが、目的のポイントに到着したようだ。

 俺は狩りを前に内心疲れ果てていた。

 ビアンカの信じられないスピードに付いて行き。

 体力的な疲れもあったが、精神的な疲れの方が大きい。

 自分がどうしてこんなに速く走れて、ビアンカに付いて行けるのか分からなかった。

 子供の頃に鍛えたとはいえ、これほど速く森の中を走れるとは思ってもいなかったのだ。

 もしかして、これが初級ニンジャのスキルかもしれないと脳裏を過ぎる。

 ビアンカは目の前を見据えながら、後ろにいる俺に対し手を上下して座る様に指示した。

 そして自らも腰を下ろす。

 木陰から少し開けた場所をビアンカと共に息を潜めて見つめる。

 

 しばらくして、少しずつ森の中が明るくなってくる。

 そして、ウサギの様な獣が現れた。

 「あっ!?」

 一瞬のことだ。

 僅かな間だが、ビアンカの姿は目の前から消え、ウサギの後ろに移動していた。

 そして、ウサギに全く気配を感じさせることなく捕獲する。

 「捕まえたっすよ」

 ビアンカの口調は坦々としていた。

 だが、心なしか緩んでいる口元と左右に揺れる尻尾が嬉しそうに見える。

 きっと、ビアンカは狩りが好きなのだろう。

 「それじゃー、折角だから腰のダガーで仕留めるっすよ」

 ビアンカは尻尾を左右に揺らし小さく笑みを溢して、俺の前にウサギを突き出した。

 「俺が仕留めるのか……」

 ビアンカに言われても半信半疑だった。

 しかし、目の前に獣を突き出されて、自分が何を要求されているのか理解する。

 (俺は今まで動物を殺したことがない。漫画やアニメとかでもよく出るシーンだが、まさか実際に体験するとは……いや、冒険者になったんだ……すぐにこんな場面はやって来る筈だ。だが、何だろうか……理解はしている。理解はしているつもりだが……)

 俺は自問自答した。

 そして心の中では理解しているが、身体は拒絶する様に震えている。

 俺の様子を見ていたビアンカから笑顔がなくなり、段々険しい表情へと変わっていく。

 「何、もたもたしてるんすか!」

 ビアンカに一喝された俺は戸惑いつつ、言い辛かったが正直に話す。

 「今まで、その……動物を殺したことがないんだ」 

 「だから何んすか! もしかして、アタシに殺レと言ってるんすか?」

 「違う! そういう訳じゃないんだ……」

 「もしかして怖いんすか? アンタは昨日、シチューの肉を美味そうに食べてたっすよね? まさか、今日も何もしないで、アタシが調達した肉を食べるつもりっすか? アンタ、舐めてるんすか!」

 ビアンカが怒りを顕にして、その眼差しが俺に突き刺さる。

 俺は目を閉じて深呼吸した。

 幾分か気持ちが落ち着いたのを感じ、再び目を開けると同時に腰のダガーを抜く。

 刀の居合い切りの様な電光石火の一撃。

 その一撃は、獣の首の急所を正確に捉え絶命させた。

 俺はあれ程躊躇していた筈が、今は自分の一撃の余韻に浸っている。

 ビアンカはその様子を、一瞬瞳を大きく開き見つめていたが、

 「血のニオイで他のヤツが来る前に、今日はこれで帰っるすよ」

 小さく笑みを溢すと、今度は後ろを振り返ることなく下宿先へ帰宅する。

 

 ――モーガン邸

 帰宅後、ビアンカと一緒に納屋の様な所に入り、仕留めた獲物を吊るす。

 それからビアンカは、俺の顔を見つめた。

 「カザマ、明日も行くっすか?」

 「ぜひ、頼むよ!」

 俺は笑みを浮かべ、力強く答えた。

 ビアンカは大輪の花が開く様な満面の笑みを溢し、大きめの八重歯を煌かせる。

 それから俺に背を見せると、手をブラブラと振りながら背を向けて立ち去った。

 尻尾はさっきよりも大きく揺れている――。

 

 俺が家に入ると、既にアリーシャが食事の準備を終わらせていた。

 「お帰り……狩りはどうでしたか?」

 アリーシャは俺の顔を見ると、余所余所しく声を掛けてくる。

 「色々とビアンカに迷惑を掛けたが……明日も一緒に行ってくれることになった……」

 「えーっ!? 無事に狩りに付いて行けたのですか? しかも、明日も一緒に行くって……」

 俺は自分の不甲斐なさを思い出し口篭る様に答えたが、アリーシャは瞳を見開き両手を口に添え信じられないという仕草をしている。

 俺は逆に、訝しげにアリーシャに訊ねた。

 「えっ? 何か変か……」

 「私はてっきり、すぐにビアンカを見失い、独りで帰って来ると思っていました。森の中をビアンカに付いて行くなんて……しかも暗い時間に……それから、ビアンカはあまり人付き合いが得意ではなくて、特に男の人は苦手な筈ですが……」

 アリーシャは相当驚いたのか、自分の想像していた事とビアンカの性格を教えてくれた。

 確かに、初めのビアンカの印象は、そんな感じだったと思い出す。

 「何でだろうな……」

 俺は首を傾げ考えたが、印象が悪くなった訳でなく良くなった様なので、深く考えるのを止めた。


 ――朝食。

 下宿先での初めての朝食は、夕食と同じく皆で食事をしている。

 初めての狩りで微妙な思いをした俺は黙々と食べていた。

 モーガン先生が、俺に顔を向ける。

 「しばらくの間、午前中は魔法の修行をしてみてはどうだ? 午前中はカトレアが比較的時間をとりやすいからな……」

 モーガン先生は朝の狩りは決定事項の様に話したが、魔法の修行に関しては提案の様に話した。

 何か意味があるのかと訝しさを抱いたが、それよりも魔法の修行で胸が高鳴る。

 先生ではなくカトレアという人が教えてくれる様だけど、どんな人だろうかと興味もあった。

 昨日の夜、先生の話に出てきた人である――。

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