2.合コン
――オルコット家の屋敷。
俺とアリーシャはグリフォンのアーラに乗り、モーガン先生の家に向かった。
そして、モーガン先生に挨拶してからカトレアさんの家に移動する。
厩舎の人たちは驚いたが、準備にぬかりはない。
アーラで来る事を事前に知らせていたのだ。
俺たちが着いてから、しばらくしてレベッカさんが到着する。
更に少し遅れて、グラッドが会場に案内されてきた。
一番に教会を出た筈が、レベッカさんより遅い到着で訝しく思う。
だが、グラッドはいつもの冒険者の身なりではなく、貴族の様に着飾っていた。
「はあっ!? 何で、レベッカがここにいるんだ? カザマ、どういうことだ……」
「グラッド、落ち着けって……お見合いでも家族が同席するだろう。――だが、今回は人数合わせでお願いしたんだ。合コンは男女の数を合わせるのが仕来りなんだ」
俺の説明を聞いたグラッドは、合コンの意味が分からなかったのか。
顔を顰め不機嫌そうであったが、取り合えず静かになる。
俺は周りのみんなを見渡して、口を開く。
「それでは、全員そろったところで、合コンを始めたいと思います。今回は主催者の俺が幹事になって、みんなが楽しく過ごせる様に進行させて頂きます。まずはお互いの自己紹介をするのが慣習ですが……貴族の皆さまばかりなので、俺が紹介させて頂きます」
俺は紹介する相手に対して順に掌を差し向ける。
「こちらはオルコット家当主代行で長男のエドワードさん、そして妹さんのカトレアさん。俺の姉弟子のアリーシャです」
三人は貴族らしい礼をして紹介に答えてくれて、俺は頬を緩ませた。
ちなみに、俺は合コンの幹事をしているが、参加をしたことはない。
そのため進行の仕方がイマイチ分からず、実家でたまに行われていた懇親会で、父親が行っていたことを真似ていた。
そして、今回の主役である兄妹の紹介となる。
「こちらはギルド職員で俺のアドバイザーのレベッカさん、そして兄のグラッドです。グラッドは先週二十歳の誕生日を迎えた俺の友人で、国でも俺に次ぐ最高クラスの冒険者でカヴァリエーレです。そして、最後に俺は……」
そんな俺が、最後に自分の名前を名乗ろうとした時、グラッドが俺の言葉を遮った。
「ちょっと、いいか……今の説明だと俺が、お前より弱いみたいじゃないか? 俺は……今まで街の警護があり、街から離れることが出来なかったんだ」
「えっ!? ああ、スマン……こういうのに慣れてなくて、紹介の仕方が悪かった……」
(今日のグラッドは気合が入り過ぎじゃないか。今までレベルを気にしてる感じはなさそうだったし、力を隠している様にも感じた。面倒臭いヤツだな……)
俺はグラッドに謝りながら口元を引き攣らせる。
グラッドは、更に話を続けた。
「カトレアさん、俺は明日からやっと街を離れることが出来る様になりました。あなたのために、直ぐにカザマを追い抜いてみせます」
グラッドは真っ直ぐにカトレアさんを見つめて、鼻息を荒くする。
その様子を見ていたレベッカさんは、頬を赤くして俯いてしまった。
「はあ……そ、それは、頑張って下さいね……」
カトレアさんは、俺と同じ様に口元を引き攣らせ、返事に困っている様子である。
(グラッドのヤツ、いきなり気合を入れて飛ばし過ぎなんだ。カトレアさんが引いてるじゃないか……)
俺がグラッドの様子に引き気味になっていると。
「うん、そうだね。必死さが彼女を困らせているようだけど……悪い気はしないだろうね。優柔不断な君とは違って、気持ちが真っ直ぐだからね」
「はあーっ!? ア、アレス!? 何で、ここにいるんですか?」
「ねえ、君、落ち着きなよ……みんなが驚いているじゃないか……君の宝石に留まり付いて来ただけだよ。僕はどうせ教会に残っても、ヘーベの護衛は出来ないからね」
俺は困惑しつつも、驚くみんなに頭を下げる。
結局アレスのことは、ヘーベの知り合いということで切り抜けた――
――王さまゲーム。
初めはグラッドの様子を見て、エドワードさんの機嫌が悪そうだった。
しかし、レベッカさんがエドワードさんに何度も頭を下げ、機嫌が戻ったみたいだ。
グラッドは柄にもなく、頭を掻いたり恥ずかしそうにしつつも、カトレアさんに話し掛けている。
カトレアさんも大分話し慣れたのか、いつもの落ち着いた様子に戻っていた。
俺は合コンで何をしたら良いか分からず、色々と考えたが……。
漫画やアニメでもお馴染みの王さまゲームを始めた。
王さまという名前のゲームに、オルコット兄妹とアリーシャは恐縮していたが、少しずつ慣れてきたようだ。
「王さまだーれだ? ……!? 俺か、それでは……一番が三番に握手をする」
王さまの俺の命令で、カトレアさんがアレスと握手をした。
グラッドはアレスのことを知っているので、眉を寄せ面白くなさそうな表情をする。
だが、エドワードさんは知らないので、微笑ましく見つめた。
カトレアさんもアレスを知らないので、教室の子供と接する様な様子である。
そして、グラッドは慣れてきて調子に乗ったのか、
「王さまだーれだ? ……!? お、俺だ……それじゃ、五番が王さまにキスをする」
それとも戦いの攻め時だと思ったのか、勝負に出たようだ。
そんなグラッドをみんなが冷ややかに見つめていたが。
「ああ、僕が五番だね。……でも、僕でいいのかい?」
「はあーっ!? ど、どうなってるんだ! 五番は……!?」
アレスが嬉しそうに名乗りを上げ、グラッドは何故か凄く驚いてしまう……。
(グラッドのヤツ、さては何らかの力を使ってズルをしたな。それを見抜いたアレスに悪戯をされたんだろう……)
俺がリズムを取りながら声を出す。
『キース、キース、キース……』
次第にみんなが真似をして、キスを催促する音頭になった。
その様子に、グラッドは目尻を吊り上げ俺を睨んだが、アレスから頬に熱いキスを受ける。
「ち、ちきしょう! 次だ!」
グラッドは声を荒げるが、まだ懲りてないようだ。
レベッカさんは顔を赤くして俯いていたが、エドワードさんに慰められている。
(おっ!? 主役が暴走した時に、止める役として呼んだのだが……あちらも良い雰囲気に感じる……)
それからグラッドは、三度王さまになり同じ命令を出したが、すべてアレスに当たった。
グラッドは嬉しそうに笑っているアレスを見て、身体を震わせていたが。
流石に今日は騒ぎを起こせないと思ったのか、我慢しているようだった。
いつもは俺が笑い者にされることが多いが、今回は珍しく被害に遭わずに楽しむことが出来た――
今はフリートークの時間である。
「グラッド、カザマとエリカも黒髪の青い瞳でかなり珍しいけど……あなたとレベッカさんの髪の色は、カザマたちもよりも更に黒くて、赤い瞳だわ……。あまり見かけないけど、どこか遠くの国の出身なのかしら?」
「えっ!? ああ……遠くと言えば遠くですが、遺伝的なことまでしか……。俺もカザマと同じで、父親に育てられたことくらいしか知らないので……」
グラッドはカトレアさんに尋ねられ、本来であれば関心を引いて喜んで答えそうなことだが、口篭ってしまう。
その様子を見てカトレアさんは碧い瞳を丸め、珍しく狼狽する。
「あらっ……そ、それは立ち入ったことを聞いてしまったわ。ごめんなさいね……」
グラッドはカトレアさんの謝罪している姿を見て、頭を上げる様に促す。
話題は兎も角、自分に関心を示してくれたことが嬉しかったのか。
頬を緩め、頭を掻きながら照れているようである……。
(グラッドのヤツ、俺が母親の顔を知らないことは話してないぞ。ヘーベが告げ口したのかな……それにしても、流石にグラハムさんの息子だとは言えても、ドラゴンの子供だとは言えないよな……!? そういえば、ふたりとも王子さまと王女さまじゃないのか? 何で、街で普通に生活してるんだろう……)
俺はドラゴンのことは話題にせずに小声で、
「レベッカさん、グラッドが言い出し難いのは分かりますが、どうしてふたりは街で普通に暮らしているのですか? ふたりは普通なら王子さまや王女さまではないのですか?」
取り込み中のグラッドではなく、妹のレベッカさんに尋ねた。
レベッカさんはこの事を知られたくないのか。
俺の口を塞いで隅まで移動すると、小声で自分たちの立場のことを話す。
「ば、馬鹿!? このことは、一応内緒にしているの! カトレアさんは気づいているかもしれないけど……私たちが誰の子供であっても庶民よ。兄さんはカヴァリエーレになって庶民ではなくなったけど……でも、お父さんは王位を世襲するつもりはないし、私たちも望んでないからね」
エドワードさんとアリーシャが、俺とレベッカさんを訝しげに見つめている。
俺はレベッカさんの話に頷くと、二人の傍に戻った――
いつもならこの辺りでカトレアさんに絡まれるのだが。
先程からグラッドがカトレアさんから離れない。
レベッカさんが心配そうにグラッドを見つめているが、同じくカトレアさんを心配そうに見つめているエドワードさんと話が合うようである。
俺はなかなかアリーシャと話す余裕がなくて、
「アリーシャ、今日は変わったイベントに参加させて悪かったな。本当は参加者みんなが出会いを求めてするイベントらしいが……今回はグラッドとカトレアさんのために開いたから……」
落ち着いた頃を見計らい、頬を掻きながら詫びを入れつつ話し掛けた。
アリーシャは俺の話を聞き、自信がなそうに説明していることに違和感を抱いたのか、まじまじと見つめる。
「こういうパーティーは初めてなので戸惑いましたが、楽しいですよ。みんなと和気藹々と過ごせて良いと思います。――ところでカザマは、今、イベントらしいと言いましたが……こういうパーティーには、あまり出席しないのですか?」
俺はアリーシャの視線と、人から聞いたことを得意気に広めていることを恥かしく感じ、頬を掻きながら説明する。
「えーと……そうだな……俺はエリカと違って、家の仕来りがあって目立つことを禁止されていたんだ。基本的に人目につくイベントに参加出来なかった。今日も人から聞いた事とかを参考にして、企画したんだ」
「以前から言っていましたね……カザマの家も複雑な事情を抱えている様ですね。私もこの国に来るまでは、親しく話せる友人もなく、殺伐とした生活を送ってました……」
アリーシャは、俺の家の事情の方に関心を持ったようだ。
俺もアリーシャの事を多少なりとも知り、普通に励ますつもりであったが。
以前から姫と呼ばれたり、特殊な事情を抱えているだろうアリーシャに軽はずみな言葉を掛けられない。
それでも出会ってから何度も励まされ、支えてくれたアリーシャのために力になりたいと昂った。
「そ、そうか……お前も!? いや、俺何かが知った様なことを言える立場じゃないと思うが、苦労したんだよな……でも、今は自由なんだろう? 俺で良ければいっぱい我がままを言ってくれよ」
そんな俺の顔をアリーシャは真っ直ぐに見つめ、花が咲く様な笑みを溢す。
「はい、ありがとう。カザマ……」
俺はアリーシャの笑顔に見惚れていたが、一瞬の硬直から動き出した。
「……!? お、俺も、この場でアリーシャのために、してあげたいことがあるんだ。ちょっといいか……」
アリーシャは水色の瞳を開け閉めして、首を傾げながら俺に手を引かれる。
俺は王さまゲームに引き続き実行しようと、アリーシャの手を引き壁際まで移動した。
そして、俺は左手に力を入れる。
右手を壁に突き、
「アリーシャ! ……」
アリーシャに『壁ドン』をして、見つめた……。
「……は、はい! な、何ですか? 急に……」
アリーシャは、アニメや漫画の様にドキドキしているのか。
単に驚いているだけは分からないが、頬を赤く染め落ち着きなくしている。
「明日からはグラッドと交代で街の警護をすることになった。それで、しばらく村に行けなくなるが、遊びに来てくれよ。毎日でもいいんだぞ……!?」
俺の壁ドンは漫画やアニメで見た様に成功していると思う。
しかし、先程からいつ来てもいい様に、心の準備をしているが電流が流れない。
俺はアリーシャを見つめたまま、何故なのかと考え込んでしまう。
「はい、時間が出来たら遊びに行きます……!? ど、どうしたのですか? そ、そんなに黙って見つめられると恥かしいです……」
アリーシャは言葉通り恥かしいのか。
頬を赤く染め上目遣いで、俺を見つめ返している。
そこへ、突然俺の後ろから、聞き覚えのある「シュッ!」と空気を切る音と「バチッ!」と鈍い音がした。
「イッテーっ!!」
「私の可愛い妹に、良い度胸してるわ。良い度胸してるわ……」
恐る恐る振り返ると、先程までグラッドと話をしていた筈のカトレアさんが。
久々にヒステリックモードを発動して、右手にムチを持ち俺を睨んでいる。
隣にはエドワードさんと話していた筈のレベッカさんもいる。
「えっ!? ア、アリーシャは、カトレアさんの妹ではないですよね……それに二人とも、お話の途中では……」
「私の妹弟子ですが……文句があるとでも? それから、アリーシャが寄りにも寄って、私の見ている前で襲われている様なので、話を中断して助けにきたのよ……モミジ君」
「全く、私が見ていない時は、いつもこんな感じなのかしら? 私も久々に殴りたくなってきたわ……モミジ君」
ふたりのドエスに絡まれた俺は、お兄さんたちに目で助けを求めた。
だが、グラッドとエドワードさんは、俺から視線を逸らす。
(う、裏切り者たちめ……。これは壁ドンという俺の国の恋愛イベントなのに……そ、それにしても『モミジ君』というのは、俺のことだろうか……)
俺は珍しく電流が流れなくて安堵していたが。
こういう邪魔が入る予定だったのかと、虚空を見上げる様に呆然とした。
しかし、そんな俺に助けが入る。
アリーシャは『モミジ君』という言葉に頬を膨らませると、
「モミジ君!? ぷふふふふ……カトレアさん、レベッカさんありがとうございます。私は襲われていた訳ではないので落ち着いて下さい。それから、心配してくれてありがとうございます」
ドエスなお姉さんたちに誤解であると説明して、笑顔でお礼を言った。
アリーシャの笑顔に、ドエスなお姉さんたちも険しい表情が緩んでいく。
俺たちはテーブル席に戻ったが、何となく空気が重い。
俺は大人しくして時間が経つのを待った――。
合コンは何とか無事に終わる。
グラッドがカトレアさんにセクハラをして、ムチで叩かれるかもと警戒していたが。
グラッドは終始自分のことをアピールしていた。
俺は、案外真面目なヤツなのかもしれないと認識を改める。
寧ろ、ムチで叩かれたのは俺だったのだが……。
エドワードさんもレベッカさんに、村に来た時は屋敷に寄って欲しいと言っていた。
こちらも良い雰囲気を漂わせ、合コンのつもりがお見合いの様になってしまい。
合コンとはこういうものだったのかと違和感を覚えた。
俺は、アーラにアリーシャとアレスを乗せて、モーガン先生の家に向かった。
俺とアリーシャは、空を飛んでいるアーラの上で叫んでいる。
「!? そういえば、アリーシャ……また前より大きくなったな……」
「えっ!? 何ですか? 良く聞えません?」
「!? アリーシャは、前より大きくなったな!」
「はっ!? カザマのエッチ! 確かに成長してますが……カザマも少し背が高くなりましたよ!」
俺はスキルの影響で聞えるが、アリーシャは大声でないと聞えないようだ。
二人でアレスを挟んでいることも忘れて大声で叫び。
肌寒い夜空の中で身体を熱らせ、下宿先への短い移動を楽しんだ――。




