3.懺悔と報告
――ヘーベルタニアの教会。
コテツとアウラがヴラドブの街を業火で浄化している頃。
俺はグラッドに見守られながら、ヘーベの前で正座をしていた。
「設定とは何ですか? 私には世界の理を変える力はありませんよ。大体、旅に出てからのカザマは何ですか? エリカに対してあまりに冷たくないですか? 必要以上に親しくする必要はないかもしれませんが……それにあの手紙は何ですか? エリカがあまりに可愛そうです。もう少し円滑に人と接することは出来ないのですか? ところ構わず可愛い女の子の前で、格好をつけるくせに……それから、アリーシャとの混浴は嬉しかったですか? ヘラヘラして、この頬はまた弛んでいましたか? 私だけでいいのに……ボスアレスの街では、英雄になっているみたいですね、極東の男は……。アウラをジャスティスの後ろに乗せるだけでなく、何度も抱きつかれて嬉しそうにしてましたね。他の街に移動しても英雄気取りですか? その割にはティラミスの街から、自分が責められて落ち込んでいたみたいですが、あなたは因果応報という言葉をご存知ないのですか? あなたの国の言葉で、リヴァイにも注意されましたよね。アレスはあなたのお仕置きの電流を更に上げた様ですし……」
「イヤ――っ!! も、もう止めて下さい!! ごめんなさい! ごめんなさい……」
俺はヘーベの口から、次々に返事に困る事ばかり問われて耐えられなくなる。
途中で良く分からないことも言われたが、俺はヘーベの話に追い詰められ発狂した。
そして、俺は何が悪いのかも良く分からないまま、謝り続ける。
「ほ、本当は、今度こそビンタのひとつもと……私の従者として恥かしいわ……ま、まあ、今回も、このまましばらく反省してもらいましょうか……」
ヘーへはいつもの様に俺を置いて、礼拝堂から立ち去った。
「お、おい……お前、いつもヘーベちゃんから、あんな風に叱れているのか……」
今回はレベッカさんではなく、たまたま居合わせたグラッドがタイミングを逃して身動きが取れなかったのか、一部始終を目撃していたようだ。
「ああ……グラッドか……いつも大体あんな感じだが、前回の方が辛かったかな……」
グラッドは俺の肩に手を乗せて、
「ま、まあ、夜になったら、また酒場でいっぱいやろうな」
口元を引き攣らせながら、俺を精一杯励まそうとしてくれたようだ。
グラッドが教会から立ち去り、礼拝堂には俺独りになる――
――酒場。
ヘーベとの夕食は久々にも関わらず、ヘーベの機嫌が戻らなかったため無言に終わった。
俺は今、酒場に来てグラッドの横で静かにソーダ水を飲んでいる。
(カザマ、私だ。こちらは街の浄化を終わらせ、クラレストの王宮に着いたところだ。合流は五日後にベネチアーノで良いか?)
(コテツですか? 流石ですね……えっ!? 五日で良いのですか……)
(うむ、移動はアウラの転移魔法で時間が掛からないが、事後処理があるのだ。本来はお前がやる事を、私がやることになったのだ)
(ああ……そ、そのメンバーならコテツしかいないですよね……!? アレスもいるでしょう……)
(うむ、アレスは一応身分や力を秘匿して、お前についているだけであろう。それに、アルテミスとも話があると言っていたぞ。他にもビアンカが、ロマリアの王から風の操り方を教わると言っていた……)
(へー……忙しければ、もう少しゆっくりしてもいいですよ)
(うむ、この面子のお守りはお前の役目であろう。これ以上はゴメンだ。では、五日後にベネチアーノで合流だ)
コテツは俺の代わりに、特に自由な性格の面々を相手に苦労しているのであろう。
伝えたいことだけを伝え終わると、俺の返事も聞かずに音信不通になった――
「――おい、今のは誰からだ?」
「ああ、コテツからだ。五日後にベネチアーノに合流となったが、個性が強すぎる面子が揃っているだけに苦労しているみたいだ」
「ああ……そうか……」
グラッドは、俺が詳しく説明しなくても状況を察したのか、余計なことを聞かない。
「ところで、お前の力はどのくらいになったんだ?」
「!? 何だ、突然……」
俺はグラッドに訊ねられ、クリスタルを確認した。
『至高のニンジャ』で『レベルⅦ』……称号『英雄の卵』
ステータスは……体力『A+』、力『B+』、素早さ『S』、耐久力『S+』、賢さ『S+』、器用さ『A+』、運『B』、魔法『SS』
スキルは……『各種アシ改』と『オート防御』と『ディカムポジション』と『スパティウムセクト』
『MAX KILL 432 アテネリシア王国軍騎兵』
資産は……『五千五百万ゴールド』、前歴『無銭飲食』
「おっ!? やっぱり上がっていたな。この国で最高レベルの『レベルⅦ』だ。しかも……『英雄の卵』だと! 卵とはいえ、お前には『英雄』になる資質があるということか……お前が落ち着いたら、街の護衛を少し代わってくれ! 俺もレベル上げをするぞ!」
「えっ!? 今回は、ほとんど戦っていなかったぞ。『上級ニンジャ』から『至高のニンジャ』とかいう良く分からないのに変わって……!? 称号の『英雄の卵』って何だよ! 微妙だぞ! 『極東の男』のせいかな……それにステータスは、力と器用さが微妙に上がっただけだし……!? 少し代わってもらってと言ったが、そんな簡単にレベルを上げられるのか?」
俺は自分のレベルアップと称号にイマイチピンと来なかった上。
ステータスが微妙にしか上がらず、中途半端で歯がゆい気持ちがした。
だがそれ以上に、力を隠していたとはいえ、グラッドが簡単にレベルを上げると言ったことに驚かされる。
「ああ、お前の場合は強敵を倒したからな。攻撃力は然程高くないが、すぐに実体を無くすスキルを発動するから、倒すのは無理だと思われていた相手だった。俺の場合は宛があるが……正攻法で倒すから、それ程時間は掛からないだろう」
俺はグラッドの言葉を聞いて、褒められているのか貶されているのか分からず、口元を引き攣らせたまま返事をした。
「へ、へーっ……正攻法って、どんな相手なんだ……」
「ぼやくなよ……大体、お前が辛い目に遭っていることは分かったが、普段良い思いをしているのも知っているんだぞ。帰って来てから教えてやるさ。そこそこ大物だ……ところで、お互いに秘密を共有している仲間として頼みがあるのだが……オルコット村のカトレア嬢を紹介してくれないか……」
俺はグラッドの言葉を聞いて席を立ち上がりそうになる。
「えっ!? 何だ? 何か、お前らしくないな。普段、色々とやらかしてるのに、何で俺に頼むんだ。いつもなら自分から声を掛けるだろう」
カトレアさんが相手ということにも驚いたが、普段とのギャップにも驚いたのだ。
「い、いや……普段は挨拶みたいな感じだし……それに俺は、基本的に街から出れないから出会いがないんだ。――それにだ。俺も明日には二十歳になる!」
「はああああああああ――っ!? お、お前、意外と……!? 明日、誕生日だと!」
俺はグラッドの話を聞くと、今度は立ち上がり大声で叫んでしまった。
グラッドは何も言わなかったが、酔っ払った様に顔を赤くしているのか、照れているのか分からない。
「……い、いや、スマナカッタ! 無粋な事を聞くところだった。そういうことなら俺に任せろ! 兎に角、明日には出発するから、一日早いが二十歳の誕生日おめでとう!」
俺は普段何かといじられているので、グラッドの微妙な男心が分かる。
今日は前祝に乾杯をして後日、カトレアさんを紹介する約束をした――
――異世界生活五ヶ月と二日目。
俺は一晩経って機嫌を戻してくれたヘーベに見つめられ、教会の前にいる。
「一応グラッドがいますが、また変質者とか来たら呼んで下さい……」
今回のことで、俺を召還したヘーベだけは、俺を転移させられることが分かった。
以前コテツにリヴァイを再召喚する際、呼びかけるだけで良いと言われ、リヴァイを再召喚させた事がある。
それを考えて、前々からヘーベであれば可能ではないかと思い浮かんだのだ。
何度か試してもらおうと考えたが、万一失敗したらと思うと試すことが出来なかった。
今回はいきなりぶっつけ本番となり、ヘーベを危険な目にも遭わせ歯痒い思いをしたが。
それでもヘーベの再召喚により、俺は教会まで転移させられた。
俺を再召喚する事は、旅に出る前に万一ことを考えヘーベにお願いしていたのだが。
今回のことはヘーベとコテツ、リヴァイとアレスにしか伝えていなかった。
以前からの調査で、ヴラドはかなり慎重な性格の相手だと思い、情報の漏洩を防ぐためである――
俺は再召喚の事に耽ってしまい、しばらくヘーベと顔を見合わせていた。
「カザマ、あまり見つめられると照れてしまいます……。それから英雄になったからといって、調子に乗ってはダメですよ。まだ、卵なのですからね。ホッペを離しませんからね……」
俺は再び、今回の戦いでポイントとなった転移について思い出す。
これは正確には、再召喚であって転移魔法ではない。
そのため、ヘーベの元に戻ることしか出来ない筈だ。
ヘーベは俺が考えている事が分からなかったのか、頬を染めて悪戯っ子の様な笑みを浮かべている。
「ちょっと、再召喚されたことを思い出していました……それでは、行ってきます」
「そうですか……コホン……それでは我が従者、カザママサヨシに青春を!」
俺はヘーベからいつも通りの言葉を受けて、みんなと合流するために出発した。
今回は独りだけの移動なので、ベネチアーノへ向かう荷馬車に便乗されてもらう――
――クラレストの王宮。
コテツは久々に人型の姿をとり、ラウルさんと国の重鎮貴族たちの会議の場に同席していた。
貴族たちは同じ獣人種とはいえ、パンダ頭のコテツを見て馬鹿にする仕草を見せる。
だが、コテツが本来の白虎の姿を僅かに見せると、みんな掌を返す様に態度を改めた。
「うむ、今回はたまたま我らの仲間を狙ったヴラドを問い詰めようと訪問したのだが、街があの様な状態になっていては……」
「ですが、コテツ殿。街がゾンビで溢れていたというのは、俄かに信じ難い。事実なら他の街にも情報が流れていると思うのですが……」
「うむ、近づいた者は襲われて帰ることが出来なかったのではないのか? それに、ラウル王も実際に目撃している。まさか、私が嘘をついていると……」
「ヒィイイイイイイ――っ! その様なことは……」
会議の席でコテツの報告に何人か意見した貴族がいたが、その都度コテツに睨まれ俯いてしまう。
「うむ、それから実際に戦った仲間が聞いた話では、ヴラドは何者かによって情報を受けていたようだ。もしかしたら、都合良く操られていた可能性がある」
「私もコテツ殿の話は思い当たる節がある。一貴族が起こした出来事にしては規模が大き過ぎる。それに領主たちが疑った様に、他の街に秘匿し続けるのは無理がある……」
貴族たちはラウルさんの話を聞いて頷いた。
その後も色々と話が出たが、周辺の国への偵察を強化しつつ、国境の守備兵を増やすことになる――
――晩秋の日暮れは早く、暗くなった森の中をたくさんの荷物を載せた荷馬車が進む。
やがて、街灯に照らされている街が見え街の門を通過した。
――ボルーノの街。
顔見知りとなったいつもの宿に宿泊し、久々に独りでいる。
誰に気兼ねをする訳でもなく、自由気ままに温泉に浸かり時間を費やした。
(コテツ、そちらはどうですか? 俺は明日にはベネチアーノに着きそうです。合流まで日にちがあるので、建造中の船を見ることにします)
(うむ、こちらも問題なく会議が終わった。アレスの方は、私には関係がないので分からないが、ビアンカはラウル殿に教わりながら森で鍛錬している。アウラは時折気配がなくなっているので、集落に帰っているのかもしれん)
(分かりました。何かありましたら、連絡して下さい)
クラレストの方は問題なく経過していると分かり、リヴァイに連絡することにする。
(リヴァイ、そちらは変わりないですか? こちらは昨日ヴラドを倒してベネチアーノに向かっています。俺は明日の夕方以降に到着すると思いますが、コテツたちは四日後に合流するそうです)
(おい、お前、船がじきに完成するぞ)
(えっ!? 本当ですか……ところで、アリーシャとエリカはどうですか?)
(おい、お前、何で俺がそんな下世話な事を……お前からの手紙を読んでから、二人でよく話をしている。明日会うのだから、もういいだろう)
リヴァイは用件だけを伝えるとさっさと念話を終えた。
二人が仲直りした様で安堵すると、建造中の船のことが気になった――
俺が船のことを考えて呆けていると脱衣所の扉が開いた。
「カザマ、いるの……」
「……へっ? は、はあーっ!? お、お前、何でこの街にいるんだ……じゃなくて、何でそんな格好で、ここにいるんだ?」
俺は、いきなりアウラから声を掛けられ戸惑ったが、次第に状況を理解し始める。
「私、今回頑張ったから……それに、最近みんな忙しいみたいで退屈で……」
「そ、そ、そんなに耳まで赤くして、恥かしいなら……あ、後から入れ」
「で、でも、前にアリーシャと……」
俺の説得にも応じず、アウラはタオルを身体に巻き。
扉で身体を半分隠しながら、尚も諦めようとしない。
「頼むから言う事を聞いてくれ。昨日教会で懺悔をさせられたばかりなんだよ……!? ア、アルベルトを呼んだらどうだ。きっと喜ぶと思うぞ……」
「えっ!? アルベルト……分かったわ」
俺は咄嗟の機転でトラブルを未然に防いだが。
本当はアウラと一緒の混浴に、胸がバクバクとざわめいた。
何とか理性を保てたが、混浴だけでも問題なのに、ふたりだけというのは危険である。
毎回流れに流されるだけで、後から痛い目に遭ってしまう。
それが事故だとしても、俺が悪くなる様にこの世界は成り立っているのだ。
俺は魅惑的な誘いを受けず、アウラがいない間に湯船から出ると、慌てて服を着て脱衣所から出る……。
(俺がいなくなっても、アルベルトと姉弟で仲良く温泉を堪能してくれる筈だ……)
俺は自分の部屋に戻った――。




