5.ロマリアの王都
――異世界生活四ヶ月と二十五日目。
俺たちはティラミスの街から一週間を掛けて、ロマリアの王都クラレストの街壁前まで来ている。
ティラミスから王都までの距離は、ボスアレスからティラミスまでの距離と同じくらいだったが、山越えで予想以上に時間が掛かってしまった。
「カザマ、大丈夫? 何だかこの国に入ってから、急にやつれてきたみたいだけど、やっぱりエリカが怒っていたのが、気になったのかしら」
「ああ、大丈夫だ。大分慣れてきたし……!? エリカのやつ……俺がせっかく心配してやったのに、何で急に怒り出したんだ。返事の手紙は何故かアリーシャからで、すごく怒っていたみたいだし……」
俺は、ティラミスで書いた手紙の返事を次の日に受け取ったが。
差出人はアリーシャになっており、手紙を読んだ俺は一気に心労が強くなり現在に到る。
――クラレストの街。
門では守衛のヒトが多くいて、これまでの街よりも検問が厳重になっている様に見えた。
俺は門の手前でジャスティスから降りると、ビアンカだけを乗せてアウラとアレスとコテツを連れて、ジャスティスを引きながら門に向かう。
「そこのお嬢さん、名前と出身地、街に入る目的を教えて下さい」
「アタシっすか? アタシはビアンカっす。出身地……? カザマ、何と言えばいいっすか?」
ビアンカは守衛さんに、これまでにない訊ね方をされて驚いた様だが、出身地の所で首を傾げて、俺の方に顔を向けた。
今までは笑顔で声を掛けられるだけだったのだ……。
(お、俺に振られても困るんだが……唯でさえ、しゃべると叱れるのに……だが、俺もこれまで怒鳴られて学習をした)
「そこの守衛さん、こちらの方は」
「おい、お前に聞いてないだろう。勝手に話し出すな!」
「無礼者! ここに御座すお方は、ラウル国王の招きを受けて参上されたビアンカ様だぞ! 俺は、ラウル国王にビアンカ様の案内を頼まれた者だ。すぐに王宮に使いを出せ。そして、ビアンカ様のために道を開けろ」
俺は封建社会の身分を逆手に取り、今までの仕返しとばかりに声を張り上げ、守衛さんたちに言ってやった。
途中から気分が良くなりアウラの真似をして胸も張ってみたが。
「……カザマ、急にどうしたの? そんな大声を出さなくても聞えているわよ。守衛さんが困ってるみたいよ……!? ゴ、ゴメンなさい! 何だか疲れが溜まって調子が悪いみたいなの。後から叱っておきます……」
俺はアウラから心配され、守衛さんからはイタイ人を見る様な目で見られている。
しかも、恥かしがり屋のアウラが声を震わせながら、俺を庇っている様子に嘗てない怒りと羞恥を覚え身体を震わせた。
「そ、そうか……一応、王宮に使いを出すが……身体を震わせて、本当に体調が悪いようだな。お嬢さんたちも従者が体調を悪くして大変だろう。早く街に入って休みなさい」
俺は何も言わずに宿を目指して、街の中心の方へ向かっていく。
――宿。
俺は今、コテツとアレスと一緒に、ベッドで横になっている。
ビアンカとアウラは、明日の朝に合流することにしてベネチアーノに戻った。
「アレス……俺は王さまのラウルさんと知り合いになって、約束したから来たのに……どうして、俺だけ怒鳴れるのですか?」
「うん、そうだね……君は本当にお人良しというか、単純だよね。黙っていればいいのに……本当に困った状態になれば、コテツが助けてくれると思うよ。――でも、君は自分で何とかしようと思っているのか、本当に勇敢だよ……」
アレスは俺の話を聞き笑顔で答えていたが、途中から可愛い子供の姿で、オッサンの様に鼻息を荒くする。
「うむ、まあ、そのくらいは手助けしただろうが……貴様は、最近アレスのお仕置きに慣れてきたようだし、良い薬になると思ったのだ」
「うん、確かにそうだね。君はすぐに調子に乗って格好つけるよね。元は口数が少なかった様だし……秘めていた願望に、ヘーベの恩恵が見事に嵌ったのかもしれないね。君はヘーベにとって理想的な従者のようだ。浮気性なのは英雄色を好むというし、僕は気にしてないけど、はっきりしない態度が腹立たしいかな」
「うむ、私も同じだ」
「ちょっと、待って下さい。途中から俺の悪口に代わってますよ。俺はどうして、俺だけ怒鳴られているのかと、訊ねたのですが……」
俺の疑問にアレスが答えてくれていたが、途中からいつもの様に小言が始まり、更に俺の悪口へ話が変わっていく。
俺は疲れているのに勘弁して欲しいとばかりに、コテツの話を遮ったが。
「君はすぐに癇癪を起こすけど、元々はこの国の王と約束した時に、何かしらの証明になるものを貰えば良かったと思うよ。格好ばかりつけて、肝心なことが疎かになっているから指摘したのだけど、やっぱりお仕置きの電流を上げる必要があるみたいだね」
俺はアレスの話を呆然として聞き、今日は早めに休むことにする――
――異世界生活四ヶ月と二十六日目。
朝になりビアンカとアウラが合流して、王宮に向かった。
王宮の周りは他の国と同じ様に城門があり、ここには街の守衛さんよりも身分の高そうな衛兵が管理している。
ビアンカはこれまでと同じ様に衛兵に話し掛けたが、街門の守衛さんから聞いたのか付き添いを着けて中まで案内してくれた。
――クラレスト王宮。
国王のいる部屋まで通されると、数段高くなった玉座の上にラウルさんが座っている。
俺は今まで通り高貴な身分の方々に対するマナーを守って、目線を下げて案内の衛兵の後ろに続き玉座に近づこうとした。
「ビアンカ、待っていたぞ! 私は如何わしい人間に騙されたかと思って、心配で……」
「「「あっ!?」」」
俺とビアンカとアウラは、玉座から飛び降りて近づく姿に声を漏らす。
「は、離れるっすよ! カザマ、何とかして欲しいっす!」
「……そうは言われても、どうしたら良いのか分からん……」
ラウルさんは余程嬉しかったのか、嫌がるビアンカを抱きしめて離さない。
俺は、普段なら痴漢を撃退すべき行動をとるのだろうが、今回ばかりはお節介になるのではと躊躇われた。
俺は、ラウルさんが落ち着いたところで、これまでの分かっている経緯と俺たちの推測を報告した。
「……なるほど、私の娘ならば不可能ではないな……だが、何故他にも教会があるのに、それ程離れた教会だったのだ。あまりに不自然ではないか?」
「俺もその辺りが疑問なので、直接当事者に話を聞きに行こうと思っています。何らかの策略があったかもしれませんが、直接会ってみなければ分かりません」
俺はラウルさんの強い眼差しを受けて、これからの方針を説明する。
「だが、あの者は用がない時は不意に現れるが……肝心な時には行方を眩ませて、会うのは難しいぞ」
「そうかもしれませんが、今回は当事者のビアンカも一緒ですし、何か動きがあるかもしれません」
「はっ!? 今、何と言った。まさか、ビアンカを連れていくのではないだろうな?」
俺の提案を聞いたラウルさんは、先程からグラハムさん並みのDCっぷりを見せ付けていた。
「ビアンカはここに残るのか? 俺は真相を明らかにするために、ヴラドという名前のヴァンパイアに会いに行く……自分の仲間に危害を与えるかもしれないヤツを放置出来ないから……!? イッテー!! な、何するんですか? 前よりも痛いですよ!」
俺は突然左手首から流れた電流に、今まで以上の苦痛を感じて、左手を振りながらアレスに文句を言う。
「ねえ、君、今のは明らかに格好つけたよね……それに、これからは電流を上げると言ったよね」
俺はアレスの言葉を聞いて、顔を赤く染めて身体を震わせた。
「大体、ラウルさんもヒドイですよ! 俺はあの時の約束を守って、この国までビアンカを連れて出向いたのに……道中では、俺だけ人間種だからと差別を受けて怒鳴られてばかりで……」
「はっ!? いきなり私に話を振られても困るのだが……そもそもビアンカには、私の娘の証として、右手首に私の毛で作ったブレスレットを着けて、グリフォンも授けたであろう。姑息な知恵の回るお前なら、有効に活用出来た筈だ」
俺はラウルさんの話を聞いて、顔を引き攣らせる。
「へっ!? ……そ、そうでしたかね……」
ビアンカのミサンガとグリフォンを忘れていた事に気づき、言葉が出なくなる。
そんな俺の気も知らず、ビアンカは嬉しそうにミサンガを俺に翳して見せた。
(どうせなら、もっと早くやって欲しかった……アレスが宿で同じ様なことを話していたが、もしかしたら知っていたんじゃないか……)
俺はアレスの方に視線を向けたが、アレスはいつも通り嬉しそうに笑っている。
――夕食。
ラウルさんから夕食に招待されて、王宮に泊まる様に言われた。
宿に預けていたジャスティスを連れて来たりして、あっという間に夕方になる。
今日だけはベネチアーノにいる仲間たちも同席させてもらい、順番にラウルさんに挨拶した。
終始ご機嫌な笑みを浮かべ、美少女たちの挨拶に答えていたが。
アリーシャの挨拶の時に表情を引き締めて返事をしたので、ここでもアリーシャは有名なのかと訝しさを覚える。
男性陣の挨拶になり、俺が初めに挨拶をしたが、王さまにではなく周りにいるヒトたちに聞える様に言った。
周りにいるヒトたちは、俺がヒドイ目に遭っていた事を知っていたのか、顔を引き攣らせ黙って見つめている。
コテツの挨拶になり、ラウルさんはアリーシャの時以上に驚いて、椅子から転げ落ちそうになった。
先程からずっと顔を合わせていたのに、ビアンカのことが嬉しくて周りが見えなかったのだろう。
リヴァイの挨拶の時には尻尾を逆立たせて興奮したが、アリーシャが笑顔でリヴァイに声を掛けている様子を見て、安堵したのか尻尾が元に戻っていく。
アレスが挨拶を始めると驚きを通り越して、とうとう椅子から飛び降りる様にして床に膝を着けた。
アレスはこれまで会った人たちと同じ様に無邪気な笑顔を向けて、ラウルさんに席へ戻る様に促す。
「カザマ、私と打ち合えるだけでも只者ではないと思ったが……何がどうしてこの様な方々と旅をしているのだ……まさか、大陸の支配をたくらんでいるのか……」
ラウルさんは、コテツとリヴァイとアレスだけでなく、アウラとエリカにアナスタシアさんを見てとんでもないことを言い出す。
「はっ!? な、何言ってるんですか? そんな物騒なことを起こすくらいなら……この国で、俺を怒鳴り散らした奴らを張り倒してますよ。本当にヒドイ目に遭ったんですからね」
俺は未だに発散されていないストレスを吐き出すかの様に、文句を言った。
俺の言葉を聞き、周りにいたヒトたちだけでなく、離れた場所で動かずに見守っていた偉そうなヒトたちも驚愕し、怯えている様である。
「……そこまで心象を悪くされると、国を預かる者として責任を感じる……これから北のヴラド伯爵の領地に出向くと言っていたが、この件を解決させたら褒美を与える。それでどうだ?」
俺は、ラウルさんの言葉を聞いて思わず立ち上がってしまう。
「えっ!? で、では……グリフォンとか、でも……」
怒られるのを覚悟でお願いしてみたが、
「カザマ、何を言ってるのですか? グリフォンは、気性が荒い種族で手懐けるだけでも大変なんですよ。それを……大体グリフォンに食べられてしまうかもしれませんし……」
アリーシャから叱れてしまう。
ラウルさんはアリーシャの話を聞くと、
「!? いや、アリーシャ殿の言う通りだな。良いだろう。褒美はグリフォンで構わん。但し、乗りこなすことが出来ればだが……」
口端を吊り上げ承知してくれた。
(思わぬ展開になったが、あれだけ俺が差別されていたのに、アリーシャ殿って……まあ、アリーシャが俺みたいにヒドイ扱いをされなくて良かったが……)
俺が理不尽さに耐えかねて首を傾げていると、ふと気になりアレスを見る。
アレスは、俺の顔を見ながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
俺は、拳に力が入ったが我慢する……。
ラウルさんは食事が終わりに近づいた頃、アレスに改まって話し始めた。
「あのー……食事が終わって、ひと休みされてからで結構ですが……アレスさまに会って頂きたい方がいるのです……」
「うん、僕は構わないけど、みんなと同じ様にアレスと呼んでくれて構わないよ」
アレスはいつも通り軽く返事をする。
俺は、アレスに会わせたいヒトが誰なのか気になったが。
王さまの奥さんらしいヒトを見ていないし、ビアンカの母親のことだろうと思った。
(そういえば、グラハムさんの奥さんも見てないな……)
俺は、グラッドやレベッカさんの母親にも会っていないことを思い出す――。
 




