3.再びボルーノの街
――ボルーノ街。
晩秋となり日暮れも早くなったが、ジャスティスとラヴのお陰で、随分早く街に着いた。
門での検問となり、王都までの旅はカトレアさんの家の家紋を使っていたが。
前回の帝都遠征と同様に、自分の冒険者のクリスタルを見せようとした。
だが、馬車の窓が開き、エリカが自分のカヴァリエーレの紋章を見せる。
門番の人はカトレアさんの時と同じ様に貴族用の宿を紹介してくれた。
(エリカのやつ、格好つけやがって……そういえば、俺って同じレベルなのに庶民だったな。何だか、そこそこの金持ちで益々商人みたいな気がしてきた……)
俺は溜息を吐きたくなる気持ちでいたが、ふと後ろから視線を感じて振り向くとアレスが嬉しそうに笑みを浮かべおり、イラっとしたが我慢して宿に向かう――。
同じ宿に入ると、宿の人たちは以前痴漢と間違えて、賊を捕縛した俺たちを歓迎してくれた。
帝国に行った時は、カトレアさんもエリカもいなかったので別の宿に泊まったが。
今後はそれなりにお金もあるので、この宿を使うことにする。
俺たちは、温泉に入る前に街の中を散策することにした。
エリカが周りをキョロキョロして首を傾げていたが、俺に訊ねる。
「ねー、マー君……この街って、何だか浴衣みたいなのを着てる人が多いけど……どうして?」
「ああ、初めてこの街に来た時に偶然店で埋もれている浴衣を見つけて、店の人に聞いたら着付けの仕方が分からないと言われて、俺が教えたんだ」
「私たちにも着方を教えてくれて、浴衣をプレゼントしてくれたわ。アルベルトの分まで買ってくれたのよ」
アウラがまたも余計なことを口走ると、エリカの表情がみるみる険しくなった。
「私は貰ってないけど……」
「そ、そうだったか? エリカに会ったのは帰った後だから、この国にいるとは知らなかったんだ……折角、街に来たんだ……店を教えてやるから、お前も買ったらどうだ」
俺が親切で教えてあげたのに、
「私だけ、貰ってないんですけど!」
エリカはさっきよりも声を大きくして同じことを言う。
「分かったよ。どうせ、アレスに浴衣を買ってあげるつもりだったから……お前も付いて来て、自分の好きな浴衣を買えばいいだろう」
「何ですって……どうして、私にだけ買ってくれないの!」
エリカの柳眉が吊り上がり、奥歯を噛んでいるのか相貌が歪む。
「さっきから、何向きになっているんだ。お前はみんなと違って、それなりにお金を持っているだろう……!? イッテー! 何するんだよ……」
俺は我がままを言うエリカに当然のことを言ったが、エリカがいきなり俺の顔を殴ってきた。
「カザマ、エリカにも浴衣をプレゼントしてあげてください。エリカだけ仲間外れみたいではないですか。お金があるとか、そういうことを言っている訳ではないのですよ」
「まあ、アリーシャがそこまで言うなら……」
「!? 待って! 前から気になっていたのだけど……マー君の今の態度も腹が立つけど、アリーシャの上から目線の態度には、我慢出来ないわ」
エリカは益々怒り出し、一触即発の雰囲気が漂う。
俺は先程までの恐怖心はすっ飛び、顔を顰めた。
「おい、お前、いい加減しろ! アリーシャに謝れ! あまり我がままばかり言ってると別行動してもらうぞ……」
アリーシャは俯いてしまい、ビアンカは興味なそうにしているが、アウラはオロオロしている。
エリカの我がままな言動のせいで、旅先での雰囲気が険悪になってしまう。
険悪の雰囲気に耐えられなくなったのか、
「ちょっと、いいかしら……エリカ、私もそうだけど……カザマは自分の好きな相手には冷たい態度をとるわ。カザマは子供だから自分の気持ちを伝えるのが下手だと思うの。エリカは、カザマの幼馴染だから分かるわよね」
アウラが自分のことを踏まえてエリカに語り掛けた。
俺はアウラの言っていることは、完全に勘違いだと思い聞き流したが。
「そ、そうね……確かにアウラの言う通りだわ。それに、このまま悪い雰囲気だと気まずいし、一応謝っておくわ……でも、私は、アリーシャを相容れない存在だと思っている事だけは忘れないで」
アリーシャは悲しげに俯き、黙ってしまう。
「エ、エリカ……お前……」
俺は文句を言おうとしたが、エリカは一人で街の中に入ってしまった。
「おい、お前、心配するな。お前がいなくても、アリーシャは俺が守ってやる。エリカがアリーシャを傷つける様であれば、俺が始末してやる」
「えっ!? 何、物騒なことを言ってるんですか……コテツ、みんなのことを頼みます。アレスと一緒に、エリカとユカタを買ってきます」
俺はリヴァイの言葉に不安を覚え、コテツにみんなのことを任せると。
嬉しそうに笑っているアレスの手を引いて、エリカを追い掛けて行く――。
街の衣類店の中で、落ち着きなく浴衣を見ているエリカを見つけた。
「そ、それよりも……こっちの方が似合うと思うぞ……」
俺が顔を逸らし、ぶっきら棒な態度で接したのにも関わらず。
エリカは、俺に抱きついて来そうな勢いで声を上げた。
「マー君! やっぱり私を追い掛けてくれたのね……」
俺は小聡明いと思いつつもエリカに話し掛ける。
「……エリカ、今回は俺が悪かったみたいだから、詫びも兼ねて俺がプレゼントする……だけど、俺たちは目的があって旅をしているんだ。道中に旅を楽しむのは構わないが、仲間割れになる様な言動は慎んでくれ」
しかし、エリカは尚も食い下がらず、俺に恐ろしいことを訊ねてきた。
「分かったわ……マー君はヘーベが好きなの? それとも、アリーシャ……」
俺は旅と言っても任務と同じ様に行動している。
「エリカ、今、言っただろう。今はそういう話をする時じゃない。みんなと公平に接するから、お前も……!? イッテー! い、今は違うでしょう! 大事な話をしているのに……」
俺は左手を振りながら、アレスに文句を言ったが。
またしても電流が流れたせいで緊張感が霧散する。
「君は本当に懲りないよね。さっきも格好つけたし、嘘までついたよ」
「はっ!? 何言ってるんですか? いきなり……」
アレスが俺に言い掛かりをつけてきたので、文句を言ってやろうとした。
「公平って、何かな? 君は、旅ではビアンカやアウラばかり構っているよね……だけど、アリーシャとはあまり話をしないよね……寧ろ遠ざけている気がするな」
逆に、アレスに痛いところを突かれる。
自分でも意識していないことだったので、驚かされもした。
「!? そうなの? マー君……私はてっきり、私がいない旅の間にアリーシャとイチャイチャしていると思っていたわ」
エリカは、俺とアレスのやり取りを聞いて、的外れの勘違いを暴露する。
俺は顔を赤く染め、エリカの誤解を解こうと口を開く。
「そ、そんな訳ないだろう。アレスの言っていることは半分当たりだ。本当に旅の最中は、あまりアリーシャと話をすることはない。遊びで旅をしている訳ではないから、戦闘力の高いビアンカやアウラと話をすることの方が多い。それにふたりよりも、コテツとリヴァイの方が、話す事が多いかもしれない……」
饒舌に語りはしたが、本心は狼狽していた。
心の内を悟らせないのは、ニンジャとして当然の振る舞いではあるが。
エリカは話を聞くと、何事もなかったかの様に振舞った。
俺はやっと分かってくれたと安堵し、エリカとアレスのユカタを購入して宿に戻る。
――宿。
俺は、機嫌を取り戻したエリカに頼んだ。
露天風呂を貸し切りにしてもらい、更に時間をずらして男湯と女湯にしてもらった。
流石のエリカもコテツとリヴァイ、アレスまでもいる男湯に忍び込んでこないであろう。
俺は自分の時間になると、久々に大きな湯船のお風呂を堪能しようと温泉に向かう――。
俺は三にんに言い聞かせたが、
「一応説明しておきますが、温泉はみんなで使うから、入る前に身体を洗って下さいよ……ああ、面倒だから、俺が洗ってあげますけど……」
三にんは余計なことをするなと言うと思ったが、意外にも文句を言わない。
(何だか、俺が従者みたいじゃないか……)
俺は不満を感じつつも自分の身体を洗い終え、温泉にゆっくり身体を浸けた――。
俺たちは和気藹々と温泉を楽しみ、くつろいでいたが。
俺たちと反対側から高い声が聞こえる。
「コテツは、お湯に浸かると身体が膨れて見えますね。もう冬の毛に生え変わったのですか?」
「うむ、まだ途中だが……!? あまりその辺りのことを聞いてこないで欲しい……」
「おい、お前……アレスの見た目は俺より小さく見えるが、オッサンだから気をつけろよ」
「ねえ、リヴァイ、君はヒドイことを言うね……」
「リヴァイ、あまり意地悪なことを言ってはダメですよ」
俺たちの反対側の方から、聞き慣れた声が響いて身体が硬直する。
(ど、どうなっているんだ。エリカに男と女の時間を分けてもらった筈だ。今度こそはと……強く念を押して、フロントにも確認した……)
「あのー……俺もいるんだが……!? 誤解しないで欲しい。覗きとかじゃないぞ。一応、今は男湯の時間にしてもらっているんだ。貸し切りだけど……」
俺はこのまま隠し通せるとも思わないし、自分に疚しいことはないと主張しつつ状況を説明した。
「カザマ、ですか……何だか気まずくてなって、カザマなら大丈夫だと思って……」
アリーシャの返事を聞いて、エリカに気を使っているのだと気づく。
「分かった。そんなに気を使わなくても、今は俺の貸し切りだし、湯船は広いから……。それに前も……!? こ、今度は、のぼせるまで我慢するなよ」
「分かりました……あれから、あっという間ですね……私も以前よりは成長しているのですよ……」
(ア、アリーシャのやつ、何言ってるんだ。成長って、何のことを……)
「あっ!? またエッチなことを考えましたね」
「はっ!? ち、違う……!? イッテー!」
「痛――い! 何ですか? 今のは……」
「ああ……ごめん。アリーシャには関係なかったね。お湯で弱まっているけど、電流が届いてしまったみたいだ」
「おい、お前、アリーシャに何てことをしたんだ」
「リヴァイ、大丈夫ですよ。少し驚いたくらいですから。それより、ここではみんな仲良くして下さい」
俺はいつもの様に電流が流れて、アレスに文句を言おうと思ったが、完全にタイミングを逃してしまう。
(完全に言いそびれてしまった。アリーシャは色々と気を使っているみたいだし……ベネチアーノから、エリカと二人になる。何とかしたいが……それに、今は格好つけていた訳ではないのに、どうしてだろう……)
「ねえ、君、それならリヴァイの眷属のマーメイドの娘を呼んだらどうかな。それに、野営もあるからね。陽が暮れる前にアウラとビアンカは、ベネチアーノに転移してもらうといいと思うよ。ちなみに、さっきの電流は格好をつけたからではなくて、カザマが嘘を付いたからだよ。卑猥なことを考えたよね」
「ああ、なるほど……!? アリーシャ、スマナイ! でも、健全な若い男が、全く何も考えないのは無理だと思うんだ。それに、悪いことは考えていないから」
俺は温泉の中で身振り手振りであたふたして、アリーシャに詫びを入れた。
「全く、カザマは仕方がないですね……それから、アレスもありがとう。これからの事を考えると少し不安でしたが、ホッとしました」
アリーシャは怒らずに、寧ろアレスの話を聞いて落ち着いたようである。
今回はアリーシャがのぼせることなく、のんびり温泉に浸かった。
そして念のためリヴァイだけを残して、アリーシャの退路を確保するためにも、俺が先に上がる―――。




