彼氏(仮)、命名!
みなさんごきげんよう。
本日も小林世恋がお送りします。
先ほど手首を切ったところ、なんと彼氏と名乗る男が飛び出てきた事件です。
原因は未だ不明、男は僕のベッドの上で転がっています。
現場からは以上です。
……。
「あ、あの」
「はあい?」
「帰ってもらえますか……?その、僕の家はもうお金とかないし……」
「はあ、わかってないなあキミも」
「は?」
なんなんだこいつは。
勝手に僕の彼氏とか言ってさ!
ベッドでゴロゴロして!不審者だよ!
それに喋り方がほんとうにムカつく。
顔は結構かっこいい…、っていうか整ってる。
「世恋ちゃんさ、ほんとダメな子だねえ」
「いきなりなんなんですか!もう!警察呼びますよ!」
「できないくせに。ああ面白い。ま、ボク等を呼ぶ人間は大体面白いんだけどね」
「……どういう、意味ですか」
「ねえ、なんで切ったの?」
「へ?」
「だから、なんで切ったの。それ」
彼氏(仮)が僕の左の手首を指差した。
さっきは血なんか出てなくて、傷口も開いてなかった……はず。
今は傷口から血がダバダバ溢れてる。
ヤバい、血を見てると不安な気持ちになる。
「なんでって、なんとなくです。イライラしてたので」
僕は傷口にハンドタオルを当てがいながら話をする。
「……ふうん。あのさあ世恋ちゃん、一ついいかな」
「なんですか」
「ボク等もそんなに暇じゃないんだ。なんとなくで呼び出されても、困るんだよねえ」
……は?
だからなんなのこいつ!
言ってることがめちゃくちゃで理解が追い付かないんですが?
呼び出すとか、お前が勝手に来たんじゃんか!
「世恋ちゃんさ、バカだよね」
「なっ」
「キミの考えてることは大体ボクに伝わってるよ。仕方ないから、説明してあげる。ほら、そこ座って」
彼氏(仮)が体を起こしてベッドの脇に座る。
僕も言われた通りに彼氏(仮)の前に正座した。
「まずはなにから説明したらいいかなあ。ねえ、世恋ちゃんはなにが知りたい?」
「そ、そんなの一から十までに決まってるじゃないですか」
「ん、わかったよ。ま、幸い世恋ちゃんは理解力があるからね。じゃあまずはボクの自己紹介をしてあげるよ。名前は、無いよ」
「え」
「名前はキミが付けるんだよ。どんな名前でもいいけど、犬みたいな名前はあんまり好きじゃないかな。かっこいいのにしてね。さ、ボクの名前は?」
そんないきなり言われても……って、これも伝わってるのかな。
「じゃ、じゃあ……ユキ……とか」
理由は肌が真っ白で雪みたいだから、それだけ。
適当でいいよね。
「へえ。ま、いいんじゃない?ボクの名前はユキだ。次にボクの仕事についてだけど……世恋ちゃん、約束は守れるのかなあ?」
ユキの顔が僕の顔にぶつかった。
もう少し詳しく言うと、鼻と鼻がぶつかった。
とにかくめちゃくちゃ近い。
まつ毛バサバサしすぎだよ邪魔!
「ねえ、守れるのか守れないのか聞いてるの」
ノーズトゥノーズのまま喋り出すユキ。
「ま、まも、れ、ます」
「言ったね?守れなかったときは、どうなるかわかるよね。じゃあ、ちゃんと聞いてね」
姿勢を元に戻してユキが笑う。
びっくりした……
「ボクは世恋ちゃんとは別の世界で生きてるんだよね。ま、難しい話になるけど、平行世界って言えばわかるかな?」
「まあ、なんとなくは」
「ボクは普段、異世界ーー人間の意識の世界にいるんだ」
「意識?」
だんだん話が難しくなってきた。
全神経を耳に集めてユキの声を聞く。
「そ。意識の世界ではボク等は概念として存在している。簡単に言えば姿や形は無いんだ。ボクは今人間の姿をしているけど、この前は犬だったんだよねえ」
「……は、はあ」
「こんがらかってきた?ま、どんどんいくよ。ボク等の仕事は人間を救うことなんだ。意識の世界でも仕事はあるんだよねえ。ニートやってる人なんていないよ?」
ユキが僕の顔を見る。
これが上目遣いというのか……あざといな。
「ボクは今回、世恋ちゃんを救わなくちゃいけないんだ。目標としてはニートを脱してほしいんだけど……ま、とりあえずやれるところまでやってみようか」
「あ、はい……って、は?」
「だからあ、まだわからない?世恋ちゃん、イライラして自傷行為なんてするから、ボクが意識の世界からこうして救いに来たんだよ」
「なんとなくはわかります……けど、わかんないです」
「どっちかはっきりしてほしいなあ?ま、この世界にはさ、死にたい人も死にたくない人もいるわけ。みんな悩んでるんだよ。例えば今も世界のどこかで首を吊る人間もいるし、車に潰される人間もいる。そういった人間たちの強い意識がボク等を呼ぶんだよ。ボク等はどうにかして人間を救わなくちゃいけないんだ」
「う、まあ……わかります」
「そ。ボクの前回の仕事はペットロス症候群になってしまったおばあさんの飼い犬だった。おばあさんは長年一緒に暮らしてきた犬を失ったショックで、死のうとしたんだよね。睡眠薬を大量に飲んで死ぬつもりだったんだろうけど、吐いちゃったんだ。そのゲロがボクになった。ま、犬だったけど」
「ってことは、人間の体内からなにかしらが出てこなくちゃならないってこと?」
「わかってきたみたいだね。そういうこと、首吊りの場合は体液とか内臓が出る。車に潰された場合も同じだね。今回は世恋ちゃんの血液を経由して来たんだ」
「その、姿とかっていうのは、ユキが自由に選べるの?」
「まっさかあ。それはこっちに来てからのお楽しみって感じかな。大体は依頼人ーーボク等を呼び出した人間の望んでいるものが反映されてるみたいだけど」
「それってつまり…………」
言葉に詰まる。
認めたくない、けど。
「そ。世恋ちゃん、寂しいんでしょ」
「わっ」
ユキがベッドから飛び降りて僕を押し倒す。
僕の目の前にはユキの顔。
だ、だからまつ毛!かゆい!
「世恋ちゃん、しっかりしてくれないと困るから。ボクだってボランティアでこんなことしてるわけじゃないんだから、さ」
「んん」
あれ、息が。
息が、僕の口内で行き来してる。
……は?
待って、今、キス、されてる?
◆つづく◆