ネットアイドルになりたい理由
パソコンを立ち上げて僕は一番お気に入りのSNS<やまねこ>へとザッパーン!
ザッパーンなんて表現しているけど、実際はこう。
カチッ、カチカチッ。
ただそれだけ。
まあいいや。
まずは人に優しくしてみよう。
僕はやまねこのタイムラインをスクロールしていく。
そうだ、説明が遅れたけど、<やまねこ>は短い日記を投稿して、みんなとシェアするSNS。
日記には写真や動画も一緒に貼り付けることができて、ユーザーはその日の出来事をどんどん投稿していく。
<読者>というのがあって、自分の日記を定期的に読んでくれる人のこと。
逆に、自分が読みたい日記を書いている人のことを<作者>という。
他にも<コメント>や<スタンプ><お気に入り登録>などがあるんだけど、君たちのほとんどはSNSを利用しているだろうし、説明しなくても大体はわかるよね?
やまねこユーザーになったのは今年の三月の終りごろ。
今は八月だから、やまねこ歴はまだ四か月くらいかな。
今の僕があるのはやまねこのおかげと言っても過言ではない。
そう、僕はやまねこに救われやまねこで生きているからさ!
とは言っても、君たちには何も伝わっていないよね。
簡単に説明していくと、僕は受験に失敗した。
現在ニートとして働いているのもそのせい。
滑り止めとか、中卒で働くっていう選択肢もあったけど、僕には無理だった。
その理由はまたいつか話そうと思う。
受験に失敗してから僕はいわゆる<引きこもり>になったんだ。
外に出ることができなくなってしまってね。
中学校にも行かなかった。
担任の先生から卒業証書を受け取るのは少しだけ複雑だったけど、今となってはいい思い出っていうのかな。
まあ、そんなこんなで引きこもりだった僕。
僕はそのころ、毎晩動画サイトを見ていた。
動画を見ているといやなことも全部忘れて笑うことができたから。
ある日、動画サイトのコメント欄にあったリンクに飛んでみた。
そのリンクはそう、やまねこのサイト。
それが僕とやまねこの出会いだった。
SNSなんて利用したことなかったけど、友だちがやまねこをやっているのは知ってた。
暇つぶしにでもなればいいなあって思いながら登録した。
最初は日記に書くことなんてなかったから面白い作者を見つけて、日記を読んで笑ってた。
面白い日記を書く人はほんとうに面白いんだ。
動画も面白いけど、それとはまた違った面白さ。
いろんな人の日記を読んでいくうちに、僕の中にある一つの感情が芽生えた。
嫉妬。
ニートなのか知らないけど毎日日本のいろんな場所できれいな景色を撮影しているおっさん。
暇さえあれば美味しそうなスイーツを食べてる高校生。
日記に添付できる一分間の動画でバカな一人芝居をする中学生。
今のは全部皮肉だよ。
すごくすごく羨ましかった。
僕だってほんとうは外に出たかった。
友だちといっしょに写真を撮ってみたかった。
だけど外に出るのはこわいし、写真を撮る友だちもいなかった。
せめて日記を投稿してみたかった。
でも、誰が僕の日記なんかを読むっていうんだ。
そこで僕は考えた。
考えて考えて、ひらめいたんだ!
名付けて『お兄ちゃん2号を利用する計画!』
僕は早速お兄ちゃんにお願いした。
そのときの会話は大体こんな感じ。
「お兄ちゃん2号、お願いがあるんだけど」
「なんスか」
「お兄ちゃんの写真を撮らせてもらえない?」
「はァ? なんで」
「プロフィール画像にしたいんだ……やまねこっていうSNSの」
「マジで言ってんの?」
「マジ」
「ま、別にいいけど。自撮りでもいいなら使っていいぞ」
「ほんとう? やったー!」
そう、僕はお兄ちゃん2号の顔をプロフィール画像に設定してファンを獲得することにしたのだ!
2号自撮りをプロフィール画像に設定すると、日記なんて一つも更新してないのに読者がどんどん増えた。
2号パワー恐るべし。
しかしそれだけではダメだった。
日記を更新しないままでいればいずれ読者はいなくなってしまう。
そのためには日記を更新しなければならなかった。
でも、僕には日記するほどの出来事なんて起こるはずもなく。
腕組をして悩んでいると、僕はまたしてもひらめいた!
『お兄ちゃんのふりをして日記を投稿しよう!』
しかしこれはダメだった。
2号になりすましてもいいかと土下座して頼んだけど許してもらえなかった。
僕は諦めなかった。
そして僕はひらめいた。
最後の手段『イケメンだけどチャラくなくて読書が好きで勉強が得意で物静かなクールビューティー男子高校生(※プロフィール画像は本人じゃありません)になりきる大作戦』
そう、僕は生まれ変わることにしたんだ。
やまねこで生きていくためにね。
まずはユーザー名を<有倉タカキ>に設定した。
全部思い付きで適当。
同じ名前の人がいたらごめんね。
日記を読むだけだと匿名でプロフィール画像とかの設定もいらないんだけど、作者になるにはいろいろ設定をいじる必要があったんだ。
とりあえず自己紹介にはこんなことを書いた。
<私立高校に通う十六歳です。趣味は読書で、数学が得意です。リアルでは友だち少ないけど、ここでいろんな人と仲良くなりたいな(にっこりしてる絵文字)>
一日目は適当に自己紹介をダラダラ書いた。
それだけなのに読者が五十人くらいまで増えて、正直自分でもびっくりだった。
それから僕は毎日やまねこに空想日記を投稿している。
内容は主に本の感想や紹介、勉強のことなど。
知的な感じが女子の心を鷲掴みにしているらしく、最近は日記更新のために本を読んだり勉強したりすることもある。
読者が増えてしまった今、2号の顔をプロフィール画像にしておくことは危険なので代わりに麦茶の画像を使っている。
それでもなお読者は増え続けている。
麦茶だぞ?
麦茶のアイコンに一体なんの魅力があるんだ?
これはもはや、僕の文才が評価されていると言ってもいいのではないか、なんて思ったり。
嘘ですごめんねさい、調子に乗りました。テヘペロ(ほし)
そんな感じで、僕は<ニートの仕事>と称してSNSの更新に日夜励んでいるわけ。
現在の読者数は千人ちょっと。
これでも多いほうだとは思うんだけど、芸能人なんかはもう何百万とかのレベル。
そして僕は昨日、恐ろしいものを見てしまった。
恐ろしいとはいっても幽霊とかじゃない。
そう、『パンピーのくせに読者が二十万人もいる女子高生』を!
そいつのユーザー名は<アリス>だった。
なんか名前からして人気者っぽいとは思った。
顔写真を見てみたらめちゃくちゃ可愛かった。
しかもスタイルもいい。
モデルさんかと思ったけど違った。
田舎の高校に通ってる普通の女子高生だった。
気になっていろいろと調べてみた。
どうやらそのアリスという女はネットで『お姫様』と呼ばれているらしかった。
有名になった理由は可愛いから。
は?
そんな理由で有名になれるんか。
僕は学習机を二、三回殴った。
ネットで話題になったおかげで、今では時々テレビにも出ているらしい。
テレビに出るってことはお金が入るんだよな?
そこで僕も決意したんだ。
ネットアイドルになることを。
……おっといけない。
本来の目的を忘れるところだった。
今日はやまねこユーザーに優しさを届けるんだったね。
◆つづく◆