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朝の祈りと約束

 私の日課は、女神に祈りを捧げる事。


 お父様よりも早く起き、聖殿で領地を守る女神様に感謝し祈りを捧げる。これは体に染み付いた事で、面倒なんてとても思わない。寧ろ自らしているのだから。

 役目だからしているというのもあるが、聖殿内の澄んだ空気は好ましいし、何より女神様への感謝の気持ちが自然と溢れて来る為、たとえしなくて良いと言われても欠かす事はない。


『マルグリットの命は女神様に繋がれている』


 そう言ったのはお父様。女神様との繋がりが濃い私は、体調を崩す事なんて殆どないし怪我も治りやすい。それが恩恵なのかもしれない。


 そんな私は今日もまた、ステンドグラス越しの朝日に照されながら、女神像の前に跪いていた。


 いつものように日頃の感謝を伝え、それからこれからも守って下さいと祈るのだけど、今日はそこに『試練とは何か』という意の問い掛けをしてしまった。


 本来ならばするべきではなかったのでしょうけど、聞かずにはいられない。……試練とは、何なのか。


 抽象的な事は女神様の口聞いたものの、具体的にどういう試練で何を求められているのか、さっぱり分からなかった。

 流石に試練を課した張本神に不躾だとは思ったものの、疑問が止まらずに自然と心の内で質問してしまったのだ。


 ささやかな問い掛けに、女神様は応えない。


 正直、答えが返ってくる確率は殆どないと分かっていたので、沈黙が返ろうと気落ちする事はないけど……疑問は深まるばかり。

 自分で考えろと言われているのでしょうね。でも、考えても不確かな仮定の域を出ないから困っているのだけど。


 本当に、私自身がジークを心から愛すれば、試練を乗り越えられるのか。もし乗り越えられなかったとしたら、どうなるのだろうか。


 考えただけで、もやもやしてしまう。


 認められなければ、ジークはミュラーに婿入りは出来ない。それがしきたりである為、私には覆しようがない。つまり、婚約解消に繋がる。


 ……そんなのは、嫌だ。

 それは、絶対に避けたい。

 明確な恋情ではないが、ジークの事は好ましいし、恐らく、彼を好きだと言える日は来ると確信している。それに、ジークも自分を好いてくれていて、自分を求めてくれる。


 そのジークの心を、なかった事にして、自分は新しい婚約者を迎えるなんて御免である。私だって、ジークと離れるのは嫌だ。もう、あんな事は……。


 そこで、何かに引っ掛かって、思考が一瞬止まる。


 何に引っ掛かったのかすら分からなかったけど、何処か、頭に空白部分があるかのように、靄がかかっている気がした。

 けれど、それが何なのかまでは分からなかったし、一瞬の事で、次の瞬間には何処がぼやけていたのかすら思い出せなくなる。意図的に、何かが霞ませたかのように。


 何が気になったのかしら、と思いつつもよく思い出せず首を捻るも答えは出なかった為、ちょっとしたしこりとなりつつも思考は後回しにしようとして……。


『過去から目を背けないで』

「……え?」


 小さく、脳裏に涼やかな声が聞こえた。

 反射的に振り替えると、そこにはただいつものように光に彩られた女神像があるだけ。そもそも、この聖殿に誰も来る筈がない。入れないようにしてあるもの。


 それでも聞き間違えにしてはやけにはっきり。しかし、声に心当たりがないのだ。女神様の声にしては、やけに幼いような気がしてならない。


 普段神託を賜る時はもっと年齢を重ねたような、しっとりとしつつ厳かな声で、このような澄んだあどけない声ではなかった。……この声に聞き覚えがあるのは、気のせい?


 もう一度内心で問い掛けても返事など来る筈もなく、首を傾げながら女神像の前を後にする事にした。


 そして聖殿を出て周囲にある結界を通り抜けた所で、最近漸く見慣れてきた金髪が視界に入る。


「……ジーク?」

「おはようマリー」


 朝のそよ風にも劣らぬ爽やかな笑顔で出迎えたのは、ジーク。思わず目を瞠るものの、ジークは何処吹く風。

 柔らかな陽光で髪を化粧した、眩い姿のまま立ち止まっていた、という事は……私が祈りを済ませて出てくるのを待っていた……のかな。登場に驚いた私にジークは悪戯っぽく微笑みかけて、そのまま近付いてくる。


 何故、此処に居るのだろう。まだ朝も早いし、敷地内とはいえジークがわざわざ此処まで散歩するにはやや距離がある。

 ならわざわざ待っていたと考えた方が良さそうで。


「待ってたの?」

「言っとくが、偶々だぞ? 朝外の空気を吸っていたら、マリーが此方に向かうのが見えたから」

「それで追いかけたのね」


 声を掛けてくれれば良かったのに、と変な所で遠慮する幼馴染みに苦笑すると「君が神妙な面持ちで真っ直ぐ向かってたから止められる訳ないだろう」とジークも苦笑を返す。

 ……そんなに話し掛けにくい顔をしていたかしら、と頬を押さえると、未だに少し強張ったような感覚がしているから、ジークの指摘も間違いではないかもしれない。


「それで、どうかしたの?」

「いや、別に用事があった訳じゃないんだが……悩んでるようだったから」

「……そんなに顔に出てた?」

「まああんな顔で祈りを捧げに行ったのだから、俺関連かな、と」


 相変わらず、ジークはよく見ている。

 確かにジークの事を悩んでいたし、女神に聞ける事があるなら聞きたかった。結果は女神とおぼしき声からの一言だけであったけど。


「……ジークは私の心が読めるの?」

「マリーは分かりやすいからな。それで、女神様は何か?」

「よく、分からないのだけど……『過去から目を背けないで』ですって。私が今のジークを受け入れるだけでは駄目なのかしら」

「……女神様はそう言ったのか?」

「ええ」


 もう少し具体的に言ってくれたなら改善しようがあるのだけど、と零すものの、それがならないのも分かる。自身で気付く事もまた試練なのだから。


 難しいものね、と静かに嘆息すると、そこでジークが些か渋い顔をしていた事に気付く。

 決して分かりやすく頬を引き攣らせていた訳でも眉を寄せていた訳でもない。けれど、何処か思い悩むような硬い表情を形作っていた。……こんな顔は滅多に見せないからこそ、変化も顕著で。


「……ジーク?」

「ああいや、何でもない。それより、そろそろ屋敷に戻ろうか。今日はは街に連れていってくれるのだろう?」


 声をかければ真剣な雰囲気は雲散霧消し、いつもと同じ朗らかな笑みが浮かび上がる。


 ジークの言う街へのお出掛けは、先日の約束の事。

 ジークも六年この土地を訪れていない為、屋敷はともかく様変わりした街は迷ってしまうかもしれない。

 どうせなら自分と行きたい、というジークたっての希望で二人で街へ外出する事になった。私だって、ジークとお出掛けしたいってずっと思ってたもの。


「ええ、約束したもの」

「懐かしいな、街に出るなんて。楽しみだな」

「ふふ、ジークこっちに来てから屋敷に居たものね。色々変わってるし、案内するわ」

「楽しみだな、デート」

「へっ」

「二人でお出掛けだからデートで良いと思うが?」


 からかうように軽い笑みを浮かべてウィンクするジークに、数テンポ遅れて『婚約者同士の男女二人でのお出掛け=デート』という図式が頭に成り立ち、一気に頬が染まる。


 全く、そういう方面で考えていなかったわ。

 ただ、ジークを街に案内して一緒に見て回れたら、とかくらいにしか思っていなかった。行きたいなーとは思ったけど、子供の頃からのものだったし、そこまで考えてなんかいなかった。


 よくよく考えてみれば、世間的にはデート、なのかもしれない。

 領民は私とジークが婚約している事は知っているし、ジークの人柄を知っている為我が子のように喜んでくれる。この青年がジークだと紹介したならば、きっと、祝ってくれるのだろう。


 ……それを想像すると、滅茶苦茶恥ずかしいのだけど……!


「え、ええと、ジーク、その」

「デートは嫌か?」

「い、嫌とかじゃなくて、ね?」

「じゃあデートで良いだろう?」


 にっこりと実に嬉しそうに笑うジークに、もう行かないなんて選択肢はなくなっていた。

 ……色々と心の準備をしておかないと、色々と、大変そうだ。

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