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二度ある事は

 再度ジークの姿が子供に戻った事でプチパニックに陥ったものの、今度こそやさぐれたジークが部屋で「何という拷問だ」と呻いていたら、数時間後には戻っていた。


 ……拷問とは女神の試練に対して失礼だし言い過ぎなのではと思ったものの、ジークの悲痛な顔と嘆きに直接指摘出来る訳もなく飲み込んでおいた。

 あと本人には不名誉であろう泣きそうな顔が可愛いとかいう感想も黙っておいた。多分言ったら落ち込む事間違いないので。


 何にせよ再度戻った事は確かなので、微妙に引き擦りつつも立ち直ったジークと顔を突き合わせて、今回の試練について考察。


「やっぱり私が駄目なのかしら」


 私としては、お父様の指摘は尤もであると思っているし、努力して受け入れようとはしている。しかし、受け入れきれているかと言えばそうでないのが現状だ。


 ……今のジークって、目の毒というか、あんまり正視出来ないんだもの。


 精悍で見目麗しい男性に急成長を遂げている幼馴染兼婚約者に今すぐ慣れて心から受け入れろと言われて、はい分かりましたと実行出来る訳がない。


 知らない間に男になったジークは、昔のような内外共に気弱な性質ではなくなっている。寧ろ強く凛々しくちょっぴり強引にすらなっていて、余計に戸惑っていたり。


 幸い基本は紳士的な態度ではある為逃げたりはしないものの、口説いたりスキンシップの度に心臓が弾けそうな程に高鳴って、困っていた。それが仄かな恋心なのかただのドキドキなのか、判断しかねる状態なんだけど、どうもまだまだ分からない。


「一概にマリーが悪いとは言えない。そもそもこれは俺に課せられた試練なんだから、マリーが原因とは思わない」

「でも、私がちゃんとジークの事、その、夫……として、想わないと駄目なんじゃ」

「まあそれはそうかもしれないが、それだけじゃないだろう。俺側にも原因がなければ、俺に神託が聞こえる訳がない」


 まあ心当たりはないんだが、と肩を竦めたジークは、幼児化の体質を得てしまった事にこそ嘆いているが、試練自体は受け入れるし好意的に捉えているようだった。


 何故かなんて、聞かずとも分かる為、申し訳なさと羞恥と、それから嬉しさとも言える曖昧な感情が胸に灯る。

 つまり、六年間離れていようがそれだけ自分を想ってくれているという事なのだから。


 自分は、ジークに同じだけの想いをちゃんと返す事が、出来るのだろうか?


「取り敢えず少なくとも確かなのは、俺がマリーにキスしようとしたら幼児化するという事だ。その他で変化するかは試さないと分からないが。戻る方法は……時間経過なのか、マリーにトリガーがあるのか分からないから困った」

「その、……ジーク、キスしたいの?」

「マリーが嫌でなければな」


 此処まであっさりと言われると、責める気にもならない。

 求めてくれるのは嬉しいものの、六年越しに再開して間もないのにキスしたいと言われて易々とは頷けない。気持ちこそ嬉しいが、キスとなると真っ先に羞恥が来る。

 ……ジークにされたるのが嫌だという訳ではない。された事はある、あくまで幼い頃の出来事で、ごっこ遊びだったけど。


『僕がマリーを守ってあげる』


 誓いの言葉と共に交わした口付けが、懐かしい。

 あの頃はおませさんだな、くらいにしか思っていなかったのに、今ではジークの方が大人びて見えるのだから時間の経過とは凄まじいものだわ。


「まあしたいしたくないはこの際置いておくとして、これはあんまりじゃないか。俺はマリーに触れてはならないのか」

「普通に触れれば良いと思うけど……」

「……それでマリーは俺の事意識してくれるか?」

「そりゃあ、抱き締められたらどきどきはする、わ」


 ジークは私の事を何だと思っているのかしら。私だって一応年頃の女の子だし、婚約者が居るからと異性と積極的に仲良くなる事はなかった。男の子に対する免疫なんて出来てない。


 そんな私が幼馴染とはいえ将来の伴侶、その上見掛けは極上の青年に迫られたらどきどきするに決まっているでしょう。

 好悪の天秤は明らかに好に傾いているし(とうか悪に傾きようがない)、押されたら許してしまいそうではある。というか流れに拒めずにそのままさせかけたのが二度あるし、嫌という気持ちはない。


 ただ、それを女神様が許さないだけで。


「じゃあ抱き締めても良いか?」

「えっ」

「それくらいなら許してくれるか?」


 ちら、と窺うジークは、やや不安げ。

 嫌われたくはないし無理強いはなるべくしない、と瞳で語ってくるジークに、さっきキスしようとしたのはまあ気にしない事にして、恥じらいつつも頷く。


 途端にぱあっと嬉しそうに破顔するジークに、不覚にもまた胸がきゅんと擽ったさのような疼きを覚えてしまう。それが直ぐに大きな鼓動となるのは、笑顔のままにジークが腕に自身を収めてきたから。


 ぎゅ、と優しくも逃がすまいと包み込んで来る温もりに、ただされるがまま。抱き締め返せる余裕はない。どきどきする胸を必死に抑える事に一生懸命にならなければ、力が全部抜けてしまいそう。


「……マリー、可愛い」

「そ、その声止めて、ぞわぞわするから」

「ふむ。マリーは耳元で囁かれると腰砕けになる、と」

「ちょっと!?」

「大丈夫、いざという時に使った方が効果的だって分かってるから」

「良くない、凄く良くない気がするわジーク」

「大丈夫、使い所は見極めるつもりだ」

「話がおかしいわ……っ、もう、ジーク!」


 ジークの声は透き通りつつも低いもので、甘い。そんな声で染み入らせるように賛辞を落とされれば、擽ったさとは別種の感覚がする。

 それを理解して囁きを落としているジークは、質が悪いのだ。わざとどきどきさせようとしているのだから、ずるい。


 顔が火照るのを自覚しつつも恥じらいに潤んだ瞳を向けると、此処でジークは今までの甘くも何処か陶然とした表情を、穏やかな笑みに。その笑顔でまた心臓が暴れるなんて、彼は知らないだろう。


「……うん、良かった。ちゃんと見てくれた」

「あ……」

「マリーは視線逸らす事が多いから、ちょっとずつでも慣れてくれ。それとも、そんなに俺の顔に見とれる?」


 最後は悪戯っぽく付け足されたが、ジークは本当にそうだとは思っていなさそうだ。というかそうであれば良いな、程度なのだろう。

 からかいなのは理解しつつも、言葉を受け止めて、小さく息を零す。


「……見とれるのは、そうだけど。ジーク、凄く好みだし……ジーク自体は、好きよ。その、異性としてかは、絶賛審議中だけど」


 聞こえは悪いかもしれないが、見掛けは好みの中心を撃ち貫いている。いや、中身だって好ましいとは思っている、し。でなければ、こんな抱擁など許さない。


 ただ恋人や夫という関係にシフトするのに困惑が強いだけで、ジーク自体は好きとは言えた。異性として、と断言出来るかと言えば、そうでもないけど。


 正直な所を言ったつもりだったのに、これまた何故かジークは私の肩に顔を埋めてぶるりと背中を震わせる。悶えるようにむぎゅっと抱き締めて来るから、気恥ずかしさも増えてしまった。

 ジークは何がしたいのか、さっぱり分からない。


「ジーク?」

「……ぅああ、俺、生殺し……」

「生殺し……?」

「これでキスしたら駄目とか。マリー可愛い」

「話が飛躍してないかしら!?」


 いきなりキスしたい発言に可愛いっておかしくないかしら!? ちょっと褒めただけでこれなら、ジークが私にするみたいに私もジークを褒め称えたら、とんでもない事になるんじゃあ……!


 それは困る、と頬だけでなく体も赤くしつつ訴えると、しっとりした眼差しと笑顔が向けられる。

 その視線だけでじわりと頬が新たな熱に侵されていくから、どきどきが溜まっていく。どうしてこうも、色っぽいのか。


「兎に角マリーが可愛いのは事実だし譲らない」

「あ、ありがとう……? よく分からないけど、嬉しいわ」


 喜んで良いのかちょっと分からなかったが、褒めてくれているのは確かみたい。

 照れ臭さを感じつつもお礼を言うと、ジークは少し呆気に取られたような表情。……何でそんなに驚かれるのだろう。私、そんなひねくれてるように見えるのかしら。


「……マリーの美徳は素直な所だよな」

「これが素直なのかしら」

「褒めて受け取ってくれるんだから素直だと思うが」

「……そりゃあ褒められて嬉しくない訳がないし。ジークだからどきどきも、するわ」


 あんな甘い笑顔で言われて何も思わない程、耐性はない。……多少ジークの贔屓目が入っているのは理解しているけど、可愛いと言われたら浮かれてしまうのも仕方ない、筈。

 ジークに言われれば尚更、だ。尤も、ジークはそれを狙っている気がするけども……。


 そんな思いがあって上手く目を合わせられず伏し目がちになると、ジークは包み込む腕の力を、強める。ちらりと窺えば、とろりとした、ふにゃふにゃの笑顔が、視線を受け止める。


 ああ、駄目だ、と目眩にも似た感覚。

 昔のような人懐っこさと、そして成長した色気を兼ね合わせた破壊力抜群の笑みに、言葉を失わざるを得なかった。


 ジークは瞳を和ませ、そして感極まったように「マリー」と甘く囁いた。


 ジークは、短慮という訳ではない。

 だからこれは、衝動的なものだった、のかもしれない。再び顔を近付けて来た婚約者に、息を飲んで……。


「あっ、ジーク……!?」


 そして勢い余ったらしいジークが光に包まれるのを感じて、どうしようもなく目を閉じて、随分と細くなった腕の拘束を受け入れつつも溜め息を零した。

 ……ジーク、何しようとしていたの……!




 結局、本日三回目の変身を成し遂げたジークは夕食までには戻れなかった。

 事の次第をお父様に話したのだけど、お父様は怒りはしなかった……けど、憐憫の眼差しを向けられ、翌日までジークは不貞腐れていた。

 因みに本人としては「流石に寸止めするつもりだった」との事。

 それを信頼して良いのか分からないけど、取り敢えずジークには「めっ」と注意した結果更に拗ねられた。何で。

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